Interview

【東急不動産ホールディングス】挑戦するDNAで事業を生み出す

【東急不動産ホールディングス】挑戦するDNAで事業を生み出す

都市開発や住宅事業、仲介・管理・ウェルネス事業など幅広い事業展開を行う東急不動産ホールディングスグループ。東急不動産ホールディングスのグループ企画戦略部でグループの成長戦略施策を担当する坂東氏は、今後の会社の成長のためには既存事業の成長を超える新規事業が必要だと強い危機感を持つ。渋沢栄一氏から始まり、挑戦の歴史を刻んできた東急不動産ホールディングスが描く新規事業制度とは? 2019年度に開始したグループ共創型社内ベンチャー制度「STEP」について、立ち上げから推進する坂東氏に、制度としてのユニークなポイントや未来像を伺った。

新起案者が事業の経営者になれる。本気の新規事業制度

―新規事業制度を作るきっかけは何だったのでしょうか?

1918年に渋沢栄一が田園都市株式会社を設立したことをルーツに持つ東急不動産ホールディングスグループは、不動産事業だけでなく東急ハンズやスポーツフィットネス事業など様々な新規事業を創ってきた歴史があります。ただ直近では目立った新規事業が生み出せず、当社グループが打ち出している「挑戦するDNA」と「現実」の乖離が起き始めていることを社内全体が感じていた時期でした。これまでの新規事業制度は社内風土改革が主軸の目的になっており、事業化はしにくかったのも事実です。

ここで「会社が本気で新規事業を創りにいく姿勢が見える制度」を創る必要があると考えていました。

―グループ共創型社内ベンチャー制度「STEP」の特徴を教えてください。

STEPとは、「S(Start/Sustainable/Shibuya)」+「TFHD(東急不動産ホールディングス)Entrepreneur Program」の略称です。2019年度にグループ従業員を対象として制度が始まりました。事業化の際に起案者がその会社の経営者になれることが、今までの新規事業制度との大きな違いになります。また、STEPでは、リーンスタートアップの考え方とステージゲート方式を取り入れ、顧客との対話を進めながら段階に応じて投資を行っていくことができ、事業成立確度が低いことがわかれば途中でも撤退を速やかに行うことができる方法を採用し、事業を小さく産んで大きく育てる制度にしています。

加えて、起案者が新規事業会社の株式を保有することができるようにもしています。株という明確な形でのインセンティブを受けられる上、起案した会社の成長に自ら携わることが可能となりました。起案者にとって大きなモチベーションになるのではないでしょうか。最後に、グループ従業員全体を対象にした制度としたため、都市開発事業や住宅事業、ウェルネス事業、管理・仲介事業など多様なグループのリソースを活用できることも大きな利点だと思います。

―「STEP」を始めた背景は何だったのでしょうか? 

もともと経営企画に所属していた時の仕事の1つであり、グループ全体の長期経営計画のための情報収集としてメガトレンドの調査・分析を始めたのがきっかけでした。分析の結果、人口減少などの社会課題が見えている中で、10年後の将来を考えると様々な事業が大きく成長することが難しい可能性があることが分かっていったのです。

特に危機であると感じたのは、DX化が遅れていることです。既存のビジネスモデルの発想から脱却し、新たな事業を創っていく必要があると感じました。これまでも経営企画部に所属していた時に新規事業開発に携わることはありましたが、1人の力で新規事業を考えるには限界がありますし、実現するのは事業部門でした。私だけでなく、従業員皆で会社の未来を創っていく公募型社内ベンチャー制度の仕組みが要ると考え始めました。

―これまでにもグループ内で公募型の新規事業制度はあったのでしょうか?

過去から何度か挑戦してきています。グループ会社単体では、2000年代から新規事業提案制度の運営自体はしておりましたが、グループ全体での枠組みはありませんでした。

―今までの経緯を振り返り、どのあたりがボトルネックになっていたと考えられますか?

今回、「STEP」を企画するにあたり、グループ会社含め、過去に新規事業制度に参加した従業員や新規事業を企画した従業員や経営層に徹底的にヒアリングを重ねました。参加者側は新規の企画を起案してもすぐに利益になるかどうかが問われるなど、事業化が難しかったそうです。また、いざ事業化まで進んだとしても別の人間がトップになり、新規事業会社の経営者として事業を推進することはできませんでした。

社内の評価にも繋がらないので、新規事業を企画しても大きなメリットがないことが課題に挙げられました。事務局・経営陣側の課題は、アイデアを選ぶことはできても事業化し成長させるノウハウがなく、段々と事業が尻つぼみになってしまうことが多々ありました。結果として、新規事業制度はあったものの、事業の柱になるような新規事業は近年生まれにくい構造にあったのです。

企画〜社内調整を経て1年がかりで実現

―社内ベンチャー制度を始めるにあたり、何から手をつけたのでしょうか?

他社事例を調べながら、どうすれば実証実験や事業化に必要なお金が確保できるか、またきちんと評価に繋がり仲間や支援者が増えていく仕組みになるかを考えていきました。他社事例を調べる中でステージゲート方式や、リーンスタートアップという考え方を知ることができ、「STEP」に活かすことができました。

また、弊社では2017年にCVCを立ち上げ、すでに多くのスタートアップに出資していたため、スタートアップ企業が、どういう段階でどう成長するのか、という知見も活かして制度を企画していきました。その後、当時の副社長(現社長)の西川を始め、経営陣に1人1人相談を重ね、実現に当たっての懸念点などをリスト化しました。ほかにも、制度に応募してくれそうな現場社員の候補者を見つけ、どんな社内ベンチャー制度であれば参加したいかをヒアリングしていきました。

企画に半年、調整に半年、計1年ほどをかけて「STEP」の形が徐々に出来上がっていきました。

―最終的に「STEP」の立ち上げが決議された要因は何だと思われますか?

経営企画がいくら考えても、現場が既存事業に忙しい。かといって、挑戦する人間がいなければ結局新規事業は生まれません。そういった意味では制度の企画段階で現場へのヒアリングを行い、現場に挑戦したい人材がいることを経営陣に示せたことは大きいと感じています。また、今後の会社の成長を考えると新しい事業の柱を生み出す必要性があることは当時の副社長(現社長)も実感していたことでした。

今までは経済危機が訪れると、新たな挑戦は抑えられる傾向がありましたが、今や消極的なスタンスでは生き残っていけません。これらの背景から、「STEP」の創設を承認してもらえたのではないかと思います。

初年度参加者200名。会社と個人のwillの「交差点」を設計

―東急不動産ホールディングスグループの領域は多岐に渡りますが、テーマ設定で工夫している点はありますか?

未来洞察のワークフレームを使用し、アウトサイドイン・インサイドアウト両面からの視点で取り組むべき領域を設定しています。グループの長期ビジョン「GROUP VISION 2030」で掲げる「デジタル活用による新しい体験価値の創出(DX)」や「新領域ビジネスの創造」にも沿うテーマにすることで、会社の将来像と起案者のやりたいことの交差点に事業が生まれるように設計しました。

いくら個人がやりたいことだけを提案していても、会社の将来像と合わなければ事業化の実現性は低いままとなってしまいます。かといって、会社がやってほしいことの範囲だけで新規事業を企画すると、新規事業の推進者にモチベーションは生まれません。既存事業の周辺や関連の事業などの事業しかうまれず、革新的な事業が生まれにくいことになってしまいます。会社と個人のwillを上手く合致させるテーマを設定することで、実現性と成長性のある事業が生まれると考えています。

―制度開始初年度の反響はいかがでしたか?

初年度は募集から選考期間が半年もなく、忙しいスケジュールだったので、参加率は低いと予想していました。しかし、予想と反して、250名を超える参加登録、そして106案の応募があったことには驚きました。短い期間で多くの従業員の参加があったことで、制度への反響の大きさを実感しました。

―実際に運用してみて、事務局のメンバーにとって苦労もあったのではないでしょうか?

応募段階ではスムーズに進んでいったのですが、実証実験が始まっていくと参加者の期待値と事務局としての会社側の事情のギャップを埋めていくことに苦労しました。やがて事務局と参加者の対立構造が出来上がってしまったのです。参加者の方々から見ると、事務局は“自分たちの取り組みを制御する側”という立ち位置になってしまった。

ワンチームになれなかったことが反省点であり、苦労した点でもありました。ただ実際に運用したことで問題点を明確にすることができました。そこから外部の法律事務所や金融機関にアドバイスをもらいながら、細かい規定や契約などを詰めていきました。初年度はバタバタしてしまいましたが、一通り経験したことで次年度からの運営に活かせていると思います。

期待の事業化第1弾案件「TQコネクト」

―2021年5月にはついに事業化第1弾として、TQコネクト株式会社が設立されました。注目していること、期待していることはありますか?

TQコネクト株式会社は「すべての人が、インターネットにつながる社会を実現する。」を企業理念に、高齢者やインターネットを使い慣れない方も簡単に安心してインターネットサービスを利用できるよう目指しています。今秋からのサービス提供を予定しており、東急不動産のウェルネス事業ユニット、イーウェル、東急スポーツオアシス、東急不動産R&Dセンターなどのグループ会社と連携しながら事業展開していくことを目指しています。設立から5年間は東急不動産ホールディングスが資金支援を行い、事業成長が続けば、その後グループ会社に譲渡される予定となっています。

当社グループの中で事業が大きく育って、それが創業者にとっての成長にも繋がれば良いなと思います。創業者が「やって良かった」と思ってもらえたら1番ですね。他社では新規事業が本業を超える事例もあるので、そのくらい非連続な成長を遂げてくれることを期待しています。

―社内の風土や文化の変化など副次的な効果も見えてきていますか?

あくまで事業創出が1番の目的であり、それに伴って経営者が育ったり会社の風土が良くなったりするのが望ましい形だと考えています。そういった意味では「STEP」はまだ始まったばかりなので大きな効果を感じることはまだないですが、CVCやイノベーション風土醸成イベントなども含めて、新規事業やイノベーションに対する理解は深まってきていると思います。グループの雰囲気が徐々に変化してきていることは感じますね。

また、「STEP」で意外な結果だったのは、若手の社員だけでなく50代の社員などが起案者として本気で参加してくれたことでした。事業化第1弾となったTQコネクト株式会社の創業者もベテラン社員です。様々な社歴の社員が制度に参加してくれているため、その期待に応える制度にしていかなければならないと実感しています。

成功しやすい人材には「執着心」がある

―これまでの運営を通して、新規事業に向いている人材のスキルやマインドはどのようなものだと感じていますか?

まずは現状に満足しておらず、“こんな未来を創りたい”という思いがあるかどうかですね。かつ執着心を持って最後までやり抜く力が必要です。仲間と事業を育てていく段階になればコミュニケーション能力も求められてきますが、まず「0→1」を生み出すには、孤独でも試行錯誤し解決策を見つけていくことが求められます。どんな苦難に直面しても「執念」のようなこだわりを持っていることが重要だと思います。

―これから3期目に入る「STEP」において目指していることは何でしょうか?

社内のイノベーションマインドを育てることはもちろん、事務局としては既存事業に負けない大きな成長事業をどんどん生み出していきたいですね。これまでの新規事業制度は2、3年で終わってしまうことが多かったのですが、「STEP」は事業化が目的なので、少なくとも事業化決定後5年間は事業への支援を行う、長いスパンを前提にした制度になっています。途中で終わってしまうのではなく、10年、20年続く事業を生み出せる制度にしていきたいです。

―会社にとってインパクトのあるレベルの事業を育てるための具体的な構想はありますか?

CVC機能を持っているので、グループ内のリソースだけでなく外部企業とも積極的に共創していきたいですね。これは当社グループの長期ビジョンにおける重要な要素でもあります。制度の応募自体も外部企業と一緒に申請が可能ですし、成長段階でもアライアンスパートナーは必要になってきます。東急不動産ホールディングスグループ内だけでなく様々な企業との共創により、イノベーティブに成長していける仕組みを事務局が支援していけたらと思います。

新規事業の醍醐味。歓喜の瞬間「ブレイクスルー」を一緒に

―坂東さん自身はもともと新規事業に対する想いを持っていたのでしょうか?

商業施設の開発・運営を担当していた時期は、その仕事の中で新しいことに取り組むことにやりがいを感じていましたが、経営企画に異動後は、経営に関わることに興味を持ちました。建物を建ててテナントを呼んで運営することにクリエイティビティを感じていたところから、会社の経営にクリエイティビティを感じるように変化したのです。ですので、制度を通して様々な新規事業が出てくることにとても魅力を感じていますし、いつかは自分も起案してみたい気持ちもあります。

―新規事業創出を支援する事務局としてのモチベーションを教えてください。

冒頭に申し上げたように、この制度自体が新規事業そのものだととらえています。この制度の運営を通してたくさんの事業が生まれて、グループに大きな貢献をすることができる装置の役割を担っているということがモチベーションにつながっています。また起案者を支援することによって起案者たちが大きく前進する姿を見るのはとても楽しいです。審査を通過した時の起案者の希望に満ちた顔にはいつも刺激をもらいます。メンタリングなどを通して起案者たちが悩みながら解決策を見出す姿を見ると、自分事のようにわくわく感を得ることができます。起案者たちのブレイクスルーの瞬間を見られることが、事務局としてのモチベーションにもなっています。

―最後に大企業の中で新規事業に取り組む社内起業家へのメッセージをお願いします。

渋沢栄一の著書『論語と算盤』で仕事に対する姿勢・取り組み方に関して述べた中に、“自ら箸を取れ”という言葉があります。

美味しいものを食べるためにはまず箸を取らなければそれは食べられません。仕事も同様で、実現したい将来のためには機会を待っているだけでなく、自分自身で一歩を踏み出す必要があるということです。私自身大切にしている言葉であり、新規事業に挑戦する人に共通して贈りたい言葉です。

取材:加藤 隼 構成:ぺリョソン 撮影:野呂 美帆

坂東 太郎-image

東急不動産ホールディングス株式会社

坂東 太郎

2007年に東急不動産に入社。商業施設の開発・運営・財務に携わったのち、2014年に東急不動産ホールディングスに出向。経営企画として新規事業の推進を担当。2019年度にグループ従業員を対象としたグループ共創型社内ベンチャー制度「STEP」を開始。事務局として事業化創出の支援を行っている。