Interview

【住友商事】全社員の挑戦を支援する『0→1チャレンジ』の仕掛け

【住友商事】全社員の挑戦を支援する『0→1チャレンジ』の仕掛け

社内起業制度が用意されていても、「実情としては部門のしがらみでチャレンジしづらい」「売上の立たない事業を推進することで肩身が狭い」。そんなジレンマも、「社内起業あるある」ではないだろうか。しかし、住友商事の社内起業制度『0→1チャレンジ』はそんな既成概念を覆す。応募にあたっての上司の許可は不要、既存事業部門からも応援される雰囲気など、参加障壁の少なさが特徴的だ。事務局として制度運営を指揮する巽氏は、買収先企業での経営者としての事業開発経験、シリコンバレーでベンチャー投資を経験した後に0→1チャレンジの事務局の立場へ。事業運営/投資の両側面で経験豊富な巽氏から見る社内起業に対する考えを伺った。

経営者として「説明責任」の重要性を実感

―まずは巽さんのキャリアについて、転機になった出来事を教えてください。

インターネットドラッグストア「爽快ドラッグ」への出向経験です。当時、住友商事はインターネット関連の部署でEコマースの開発を検討していました。規制業種が面白いのではないか、と薬や健康食品関連に目を向けて検討を重ね、爽快ドラッグへの出資に至りました。

パートナーのノウハウと、弊社のEコマースのノウハウが掛け合わされば、もっと事業をバリューアップ出来るのではないか、というのが仮説でした。私は起案書を書いた本人だったので、ぜひ自分で行きたい、と出向をお願いした形です。
そこでは約7年間に渡って、まさに事業開発の現場で日々奮闘し、売上規模は3桁億円まで成長させることが出来ました。

―経営経験のない中でのチャレンジで苦労も多かったのでは?

まだ30代半ばで若かったこともあり、苦しみよりも楽しさの方が大きかったですね。

ここで学んだのは、経営者としての説明責任。時には事業会社と住友商事との方向性がずれそうになることもあります。住友商事には株主だからこそ、丁寧な説明を行い、戦略の方向性を理解してもらうよう留意していました。

経営者として重要なのは資金を継続して入れてもらうこと。そのためには戦略をアラインさせていく必要があります。これは、スタートアップ企業がVCや株主に説明責任があるのと同様ではないでしょうか。

シリコンバレーでの投資経験で学んだ視座

―その後、CVC事業の責任者としてシリコンバレーでの投資業務を経験されたとのことですが、シリコンバレーで学んだことはどのようなことですか?

視座が圧倒的に高くなり、広がったと思います。シリコンバレーには世界最高峰のベンチャー企業及びベンチャーキャピタル(投資家)が集まっているので、彼らと対等に会話するため、日々勉強が必要でした。

スタンフォード大学などのPh.D.保持者がいたり、数百、数千億円の資産を持っているような人材がざらにいる世界です。テックや業界の話はもちろん、歴史や美術といった教養面での知識も要ります。多彩な知識と視野の広さを持たなければいけない環境でした。

―VCとして、投資先から選んでもらうためのポイントはどう考えていましたか?

シリコンバレーにおいては人脈とネットワークが一番大事。キーマンを見つけて泥臭く入り込んでいくのは大変でしたが、商社マンなので得意な分野ではあったかもしれません。

ただし、もちろん入り込むだけではダメで、交流を深めるには自分自身のスキルや教養の深さを求められます。また、弊社としても狙っている分野があるので、そことのアラインも必要。その点が難しさであり、面白さでもありました。

―CVCを運営する上で、その他意識していたことはありますか?

もちろん出資資金を出すのは住友商事なので、社内向けの理解促進のためのコミュニケーションにも注力していました。住友商事の全米カンファレンスで、ベンチャー企業と住友商事の関わり方につきプレゼンするなど、インナーコミュニケーションにも意識的に力を入れていました。

上司の承認不要!事業開発と人材育成を目論むプログラム

―『0→1チャレンジ』の立ち上げ背景を教えてください。

『0→1チャレンジ』は2018年度に開始した、公募型の社内起業制度です。3年単位の中期計画において、次の成長事業の柱を作るため新規事業へのチャレンジを掲げており、そのうちの1つの施策という位置付けで立ち上がりました。

―メインの目的としては「事業創出」でしょうか?

目的は2つ置いています。1つは純粋に新規事業を開発すること。もう1つは、人材育成・マインドセットの醸成です。単純に事業の成功確度だけを考えるのではなく、グループ社員の育成やチャレンジする文化の醸成という点も重視しています。

これまでも、部門内で新規事業を生み出すためのタスクフォースはありましたが、既存業務からはみ出して新しいアイデアを提案できる場は『0→1チャレンジ』が初めてです。米州、欧州やアジア、中東などグローバルで実施しており、上司の承認も不要。募集テーマも自由で、個人の内発的動機とアイデアから提案出来るのが特徴です。

―具体的な制度の仕組みを教えてください。

最初にアイデアを審議する書類選考から始まり、中間ピッチイベントで絞り込みを実施。選ばれた数件の事業案は、約4ヶ月間にわたって業務時間も使いながらPoC等を通じ、ブラッシュアップされます。その後の最終ピッチイベントに合格すると、約1年間をかけて、本格的に専念し事業検証を行うという仕組みです。

中間ピッチに残るのはだいたい10%程度、最終段階まで進むのは2~3%程度といった具合でしょうか。

―全社公募型の制度を社内に浸透させるために実施したことはありますでしょうか?

弊社は商社ということもあり「ビジネスをやりたい」という人材が多い。もともと浸透しやすい土壌はあったと思います。また、社長が大々的に『0→1チャレンジ』をやっていくという発信を行ったこともあり、制度自体の認知が高いと思います。更に、応募に際して上司の許可が不要で、応募した後に上司に咎められたりすることがないことも大きな点ですね。

このあたりは、経営陣のサポーティブなマインドセットがポジティブに働いた結果だと認識しています。ただし、昨年度は応募件数が減っており、コロナ禍の影響があったものの、プログラムを継続的に活発なものにするべく日々、創意工夫をしています。

既存部門長も注目するピッチ審査

―制度運営の中での象徴的なエピソードはありますか?

最終選考までいかなくても、中間時点でのピッチを見た既存部門が引き取る、というケースが生まれてきたことです。特に、今年度はコロナ禍の影響でオンラインで選考会を配信したところ、昨年の4倍の社員がイベントを視聴し、社長はもちろん、部門長や各本部長も多数観戦していました。自分の部署からも誰かしらが出場しているため、社内の関心度が高いのです。

その結果、ピッチでは合格しなくとも、本部長らが「面白そうだからうちで引き取ろう」と手を挙げてくれることもあり、この経験から、事業化には多様な道があると気づかされました。人材育成という観点からも、会社を作ることだけが目的とは限りません。今後は、多様な事業化の方法を仕組み化していく必要があると実感させられました。

―実際に実証実験フェーズにある、期待している事業はありますか?

例えばですが、地中熱を使った熱供給システムや、農業関連物流マッチングサービス「CLOW」が事業化に向けた実証実験に着手しています。

募集テーマを指定することはないので、非常に多様な事業が集まります。応募者の所属部署も様々です。

―別の枠組で新規事業創出を目論む施策との連携もありますか?

住友商事が運営しているオープン・イノベーション・ラボ「MIRAI LAB PALETTE」とは定期的に交流の場を持っています。ネットワーク作りやインスピレーションを獲得する場として、双方にメリットがあるのではないかと考えています。

また、外部ネットワークの活用も積極的に実施しており、双方向の連携や支援はかなりポジティブな形で行われています。

―運営事務局として今後どのようなチャレンジをしたいですか?

とにかく成果を出しながら継続するということが大事だと考えています。全社の方向性とアラインしながら、成果を出すこと。その成果を共有して社内からの理解を得ること。そうやって積み重ねていくことで、インパクトが大きくなっていくと思います。

応募件数といった定量数も指標になりますが、事業開発を経験した人材が今後どんな活躍をするかも楽しみです。『0→1チャレンジ』を経験した人が、社内でアンバサダーとなり、チャレンジする文化が醸成されて行く事を期待しています。

―プログラムとしても長期継続での運営を目指していますか?

社内や経営陣にも情報発信し『0→1チャレンジ』の意義を理解してもらう機会を作り続ける必要がありますが、事業創出の枠組みとしての形骸化は避けたいので、必ずしも今後の恒久的な運営を経営陣にコミットしてもらう必要もないと考えています。

事務局としては都度しっかり成果を出し、経営陣に対して運営の意義を継続提案していく、というバランスがちょうど良いと思います。

「情熱・事業構築力・伝える力」が重要

―大企業の中での社内起業制度だからこそのメリットはどのような点と捉えていますか?

大企業の中でやる以上、大企業のアセットを活用した新規事業開発を思考すべきだと思います。小回りの利くスタートアップ企業と同じ土俵で勝負してビジネスを作ろうとしても、大企業のメリットは活かせません。

多様なネットワークがあったり、様々な専門家を抱えていたり。大企業だからこそのアセットを活かして事業開発をした方が、単純に成功確度も高いと思います。もちろん、既存領域の近くでばかり考えてしまうと、新しいチャンスを逃すデメリットもあります。そこはバランスが必要ですが、自社の強みを使って事業を開発する発想は重要だと思います。

―運営事務局として、起案者の事業ディレクションで意識していることはありますか?

最終的に最も厳しく見ているのは「事業としてどう成立させるか」です。商社という気質もありますが、「一定規模のお金が稼げる事業」である必要があると思っています。全くの新規事業に取り組む際にも、「お金儲けの仕組み」をどう作っていくのかは重要な審査ポイントとして置いています。

―経営者としての事業開発、ベンチャー投資、社内起業家支援、と様々な立場で事業開発に携わってきたご経験の中で、新規事業に向いている人材の特徴は何だと考えていますか?

なんといってもまずはパッション。自分のアイデアを「どうしてもやりたい」と、自発的に意思を持って表現出来ること。次に、それを趣味ではなく事業として成立させるという視点。これには冷静に組み立てる力が求められます。

最後に、その事業に対して、共感してもらえるストーリーを作れるか。新規事業への投資は不確実性の高いものなので、事業の本質やビジョンに対して、いかに共感を勝ち取れるかは重要です。

これら全ての要素を1人で持っている場合もあれば、2~3人のチームで補い合うケースもあります。運営事務局など外部の人間にサポートを求めて補うことでも良いと思います。

―そういった素養は、経験を経て後天的に身に付けることも可能だと思われますか?

応募時点での起案のクオリティは、それまでにその人が歩んできた人生や価値観・スキルが反映されることが多いですが、アドバイスや実際の事業開発活動によって、習熟度は上げていくことが出来ると思います。

ただし、仮に若手だとしても、それまで20〜30年は歩んできた人生があります。考えるきっかけを与えることは出来ても、そこでどう吸収していけるかは個人の考え方や素養も重要になってくると考えています。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、社内起業家や起業家を支える事務局へメッセージをお願いします。

特に弊社社員に向けたメッセージですが、とにかくまずはチャレンジをして欲しいですね。アイデアは自分の頭の中で持っているだけではダメ。

熱い思いを持って、それを事業という形にし、ストーリーとして伝えることが大切です。
もちろん事務局としては全面的に相談に乗ってサポートしていきます。だから、まずは自分のアイデアを具現化する第一歩としてチャレンジをして欲しいと思っています。


取材・執筆・編集:加藤 隼 撮影:永山 理子 取材協力:住友商事オープンイノベーションラボ「MIRAI LAB PALETTE」

巽 達志-image

住友商事株式会社 

巽 達志

1993年、住友商事株式会社に入社。通信電子第一部に配属。東南アジア向け通信インフラ輸出担当後、2002~03年スタンフォード大学へ留学。 帰国後はネットビジネスを担当し、株式会社爽快ドラック社長などを経て、2014年よりシリコンバレーにてコーポレートベンチャーキャピタルのプレシディオ・ベンチャーズ(米国)CEO、2020年5月から現職。 (2021年4月に理事・経営企画部 副部長 就任予定)