Interview

【プロパティデータバンク】「不動産管理のデジタル化」に向き合い続ける

【プロパティデータバンク】「不動産管理のデジタル化」に向き合い続ける

清水建設の社内起業家公募制度第1号案件として採択され、プロパティデータバンク株式会社での事業立ち上げ・経営を行ってきた板谷氏。近年話題のSaaS型事業を2000年時点で立ち上げ、サブスクリプションモデルを取り入れながら、不動産業界のDXを牽引してきた。20年という長期間に渡って、大企業発ベンチャーで事業開発・経営を推進する同氏ならではの視点、マインドに迫った。

全ては 「屋根裏部屋プロジェクト」から始まった

―プロパティデータバンク社の立ち上げに至るまでの板谷さんのキャリア/ご経歴を教えてください。

1989年に清水建設に新卒入社、エンジニアリング事業部門にて約10年働いていました。建物工事を担当する建築事業、土木工事等を担当する土木事業以外、何でもやる部門です。砂漠の緑化・農業・エネルギー・プラント・医療福祉・情報システムなど。とにかく新しい分野へのチャレンジが多い部門でした。


―社内起業家公募制度に応募したのは、どのようなきっかけと経緯でしたか?


1990年代後半、不動産の証券化の動きがありました。オーナーが投資家やファンドに変わっていった時代。J-REIT(不動産投資信託)といった新ビジネスの話もあり、不動産の管理や運用が変わっていくという肌感覚がありました。そこで、エンジニアリング事業部の若手有志で、いわゆる屋根裏部屋プロジェクトとして非公式に不動産管理について情報を集めたのがきっかけです。

そこでのリサーチの結果、アメリカではすでに不動産の運営ソフトが進化していることが分かり、日本にも新しい不動産管理のIT企業が必要だと実感しました。ちょうどそのようなタイミングで、社内起業家公募制度の話が入ってきたのです。

―制度の立ち上がりよりも先に有志で事業案を温めていたのですね。


そうです。社内起業家公募の制度があろうがなかろうが、このビジネスはやりたいという想いで温めていて、社内起業でやるのか、事業部として起案するか、起業するか、という3つの選択肢がありました。

清水建設は建設業が本業ですが、考えていた新ビジネスは必ずしも建設業への貢献が多くないので社内事業部化は難しいと考えていました。清水建設が保有する特許やソフトウェアなどのノウハウを活かしながら新分野に挑戦できるハイブリッドな選択肢として社内起業家公募制度が良いと考えて、応募に至りました。

自らも出資して社長になる

―第1号案件として採択に至ったポイントは何だと考えていますか?

清水建設の経営陣は建設事業の経験者が多いのですが、不動産管理の重要性は理解していました。既存の不動産ストックが膨大にあること自体は既知の事実でしたので、そこに対するビジネスは必要だと考えたのではないでしょうか。そのため、クラウドやITといった概念への理解はそこまで深くなくとも、事業に取り組む背景に共感していただいたと考えています。

―挑戦された当時は、どのような仕組みでの社内起業制度だったのでしょうか?

「新しいビジネスにチャレンジする、考えた本人が社長を務める、自分でも1割出資する」というルールとなっていました。建設業との連携は必須ではなく、事業のスケールもあまり重要視されませんでした。そのため、清水建設のビジネスモデルとは正反対なサブスクリプションモデルでも挑戦を認めてもらうことが出来ました。

また、起業に際するフォローとして、財務諸表の読み方、サービス業としての原価管理の仕方、特許、法務など、経営に必要な知識を身につける研修を実施してくれました。

情報通信革命という「神風」

―会社設立に際して、初めに着手されたことを教えてください。

清水建設が出資企業を探してくれるわけではないので、まずは株主集めから始めました。様々な株主候補の皆様に交渉を繰り返して、結果的には、大手不動産会社や国際的なIT企業あるいは信託銀行やベンチャーキャピタルです。IT・不動産・金融と様々な分野の企業に株主になっていただき、資金面以外でもバックアップをいただけることになりました。

―清水建設の出資ではなく、外部資本の獲得が必要だったのですね。事業としての滑り出し自体はスムーズに進んだのでしょうか?


いえ、初めは上手くはいきませんでした。ASPソフトが完成したのですが、2000年当時は64kのISDN回線1つを各企業で共有していたような時代。全くスムーズに動きませんでした。当時の通信環境では、ASPに進化させるのが早すぎたのですね。

セキュリティも厳しく、動かないソフトを前にして、これからどうしていくべきか顔が真っ青になりました。しかし、その時にちょうどYahoo!BBのADSL無料配布が始まり、ADSLが急速に普及することで一気に動くようになりました。まさに神風が吹いた瞬間だったと思います。その後、2001年にJ-REITが登場したことも追い風になって、なんとか事業として立ち上げることが出来ました。

―初期の顧客獲得はどのように進めていったのですか?

資料やデモを持って足繁く通い、自分の構想を根気強く伝えてサポーターを増やしていきました。それと並行して、顧客ヒアリングもライフワークのように継続して、事業としての完成度を上げていきました。大企業発ベンチャーといえども、他のベンチャー企業と動きは同じですね。

当時は珍しいSaaS事業の構想だったのですが、実際にお客様のPCでも動くところを見せられ、イメージを持たせることが出来たことは効果的でした。不動産は物理的に場所が離れているため、全国に数千棟の不動産を持つ管理会社や大きなデベロッパーは、一元管理が出来るメリットに対して、大きな関心を示していただくことが出来ました。

不動産だからこそ気付けたクラウドへのニーズ

―クラウドという概念も主流でない中、約20年も前からSaaS事業に着手出来たのはなぜでしょうか?

不動産は「場所が離れている」というのが決定的なポイントでした。例えば、経理ソフトだったら会社の経理部の中だけで使えば良いですが、不動産は100棟あれば100箇所に管理ソフトが必要になるわけです。賃貸契約やメンテナンス情報などを現地から直接打つ必要があります。東京と大阪に不動産があれば、わざわざ出張で現地に赴いて報告していました。

また、ファンドは分業制です。会計は信託銀行、統括管理はアセットマネジメント会社、各不動産はプロパティマネジメント会社と、多い場合は1棟の不動産に10社〜20社ほど関わっていて、企業間の連携が必要になってきます。これらの状況が「どこからでも、誰でも使える」という、クラウド/SaaS事業とぴったりハマったのです。

「@プロパティ」では、土地建設情報や工事、賃貸借契約管理、不動産会計をソフトウェアで一元管理することが可能です。「もう全国に出張してデータ入力を行う必要はない」という提供価値は非常に強力なものでした。

―業界の構造課題を解決する打ち手だったのですね。今でこそ認知が広まっていますが、当時は得体の知れないビジネスだったかと思います。営業に際してはどのような工夫をしましたか?

SaaS事業と言うと、一般的には安価に業務効率化が実施できる中小企業向けのサービスをイメージされることが多いようです。しかし、我々は立ち上げ当初から、自治体では東京都や民間企業では大手デベロッパー、ファンド、金融機関あるいは生命保険会社に提案しました。彼らのようなテクノロジーへのアンテナの高いIT部門の方がニーズが強かったのです。

わざわざ内製で不動産のシステムを開発するにはコストがかかりますが、「@プロパティ」を導入すれば、自社サーバーもシステム運用も不要です。「こういうのを待っていたよ」と言われたのが印象的でした。そのような大手を攻略した後で、その実績を元に中小企業へのアプローチも進めて、今では大手/中小ともにバランスよくご活用をいただいている状態です。

自分の事業に自分でエンジンを積む

―会社設立の翌年に黒字化を達成されていますよね。ソフトウェア型のビジネスではとても珍しいケースだと思いますが、立ち上げ期の経営の秘訣を教えてください。

多額の資本金を調達したITベンチャーでは時には過剰開発になることもあると考えています。我々は、「システムの質は高く、メニューは小さめに」という意識でスタートすることを心がけました。とにかく初期の減価償却費を抑えることで、早期に黒字になるよう計画したのです。特に大企業のベンチャー制度だと、本体会社の資本に頼ってしまいがちですが、本質的には事業のなかでフリーキャッシュフローを生み出し、それを原資の再開発投資するのが経営の基本です。

また、ベンチャー企業は非連続成長のプレシャーから、他の事業にも手を出してしまうことがありますが、我々は「@プロパティ」の開発のみに専念しました。1つのサービスを磨くことに集中することで、よりスピード感を持って事業の質を高めて、顧客からも支持される、という好循環に入ることが出来たと考えています。

―今後中長期でチャレンジしていきたい事業・領域を教えていただけますでしょうか。


まずは、これまでの事業運営で蓄積したデータの分析と活用です。その足掛かりとして、2019年7月に、GISによる分析と統計学に基づくデータ分析を掛け合わせ、不動産の賃料予測・アパレル等の出店場所での売上試算などを行うクラウドサービス「Speed ANSWER」をリリースしました。収益向上に貢献するデータサイエンス領域は、まさに今求められている事業だと感じています。専門性がなくても解析出来るよう設計しており、好評をいただいています。

さらに、BIMと設備台帳を連携できる機能を開発中です。BIMとは、設計図面を三次元で描くことで設計を効率化する技術です。これを運営管理にも活かすことで、テナント管理や日頃の工事修繕の効率化に結びつきます。最終的には「不動産の価値を上げる」ことにも貢献出来るのではないか、と期待しています。

―長年に渡って、事業家/経営者として活躍されている板谷さんから見て、社内起業家として重要なマインドや持つべきスキルセットはどんなことだと思われますか?


社内起業は、大企業のノウハウや信頼を活用出来るメリットがある一方、経営幹部を説得しなければなりません。そのためには、社会的な意義のある構想を描いた方が良いと思います。

また、本業とあまり近いとバッティングする可能性があったり、本業の中でやれば良い、という結論に陥ったりしがちです。だからこそ、本業では出来ない新しい領域にチャレンジすべきです。大企業では大きなプロジェクトに関われる機会が多いはずですよね。プロジェクトに積極的に関わり現場に足を運ぶことで、課題や事業のヒントを見つけていけるのではないでしょうか。

また、世の中のベンチャーと変わらないという心意気で、自分の足で駆け回って、株主を説得する経験をして欲しいです。それは世の中のベンチャー企業は、全部自分でやっていることです。社内起業だからと言って会社に頼るのではなく、「自分の事業に対して、自分でエンジンを積む」という意識が重要です。

―各社で社内起業の仕組みが整備されていく中で、「自分でエンジンを積む」人材が少なくなる懸念もあるかと思います。起業家マインドを醸成するにはどうしたら良いと考えていますか?


「新規事業を立ち上げること」を目的にするのではなく、「これで世界を変える、新しい世の中に絶対に必要だ」と思えるテーマを見つけることが重要だと思います。

「立ち上げること」を目標にしてしまうと、少し軌道に乗った時点で目標を達成してしまいます。事業開発は長く険しい道のりなので、そういった人材では事業への熱意が続かなくなってしまいます。さらに、「本当にやりたいこと」が絞れずに様々な事業に手を出すと、結局どれも上手くいかないです。新規事業にはランチェスター戦略が必要です。「これが産業にとって必要なのだ、社会課題を解決するのだ」というテーマ・事業を見つけて、集中して突き進んで欲しいですね。

―20年間、最前線で挑戦を続けてこられた板谷さんご自身のモチベーションの源泉を教えてください。


私は「不動産管理をどのような組織・仕組み・ツールでやっていくのが良いのか」というテーマで常に探究しています。実は会社設立の後に、早稲田大学にて博士号を取得して、学術面からも研究を続けています。顧客のニーズも高度化していくし、ITも進化していきます。常にお客様のニーズを聞き続け、怠けずにビジネスで実践していかなければいけません。それは起業した当時から変わらないですね。「建物が建つまで」の研究は多いのですが、「建物が建った後の在り方」にはまだまだ課題があります。その回答を見つけるため、これからも探究を極めていきたいと考えています。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、大企業で新規事業をやりたいと思っている方、新規事業にチャレンジしている方々に向けて、板谷さんから声をかけるとしたらどんな言葉になりますでしょうか?

少なくとも私自身は、挑戦したことに悔いはないですね。大手企業の既存事業の中では、絶対に出来なかったことを、プロパティデータバンクで経験出来ているからです。

本業で活躍するのもとても素晴らしいことですが、ベンチャー事業は、世の中に対して新しい価値を、自分たちで作っていけるのが醍醐味です。我々プロパティデータバンクも「不動産管理のクラウドビジネス」という、世の中になかったものを世界で初めて生み出しました。世の中になかったビジネスを作れるのは、とてもワクワクすることです。

人類は歴史の中で、ずっと新しいビジネスを作り続けていますよね。新規事業にチャレンジするからには、「既存事業を安価にする」といった小さな変化ではなく、まだ世界にはない新しいビジネス・新しい価値を生み出してください。それはとてもやりがいのあることだと思いますよ。


取材・執筆・編集:加藤 隼 撮影:野呂 美帆

板谷 敏正-image

プロパティデータバンク株式会社

板谷 敏正

1989年、清水建設株式会社入社。エンジニアリング事業部門にて活躍後、2000年に社内起業家公募制度を活用しプロパティデータバンク株式会社を設立。不動産管理向けクラウドサービス「@プロパティ」を開発・リリース。2000年時点でDXとサブスクリプションモデルを徹底し、不動産の資産管理における業務効率化を推進。2010年には早稲田大学大学院理工学研究科後期博士課程を修了。同年に芝浦工業大学客員教授・早稲田大学招聘研究員に就任。学術・ビジネス両面から不動産管理を追求する。2018年に東京証券取引所マザーズ市場への上場を果たす。