Interview

【ノバレーゼ】新規事業コンテスト5回目の挑戦で採択。ブライダル業界の盲点とは

【ノバレーゼ】新規事業コンテスト5回目の挑戦で採択。ブライダル業界の盲点とは

結婚式、出席が重なると出費がかさむ。

立て続けにご祝儀を出すことになり、「ご祝儀貧乏」に陥ったことのある人はどのくらいいるだろうか。特に女性の場合は、交通費、ヘアセット、ドレス、靴、バッグなど、結婚式に参列するための出費は男性よりも多い。

この課題に着目した大手ブライダル企業の株式会社ノバレーゼ 松田愛里氏は、2019年4月に、安価にドレスをレンタルできるECサイト「ANDYOU DRESSING ROOM(以下、アンドユー)」を立ち上げた。

アンドユーは「安さ、流行、手軽さ」を押さえているのがポイントであると松田氏。大手ブライダル企業で、なぜ社内起業に挑戦しようとしたのか。話を聞いてみると、長く見落とされていたブライダル業界の「盲点」が見えてきた。

社内起業制度は、毎年恒例の「お祭り」

2014年、松田氏は結婚式場運営を中心にウエディング事業を手がけるノバレーゼに新卒入社した。本来ならブライダルプランナーやドレスコーディネーターとしてキャリアをスタートさせる人が多いなか、松田氏の最初の配属先は社長室だった。

松田氏:約1年、社長室で子会社の経営管理と秘書を兼務しました。その後、2015年に当時の上司と一緒に社長室を出て、広報室の立ち上げに携わり、IRやPRの仕事を担当してきました。

松田氏の仕事の内容は、入社以来1年ごとに変わっていった。同時に、1年に一度、新規事業提案制度にも応募していたという。

ノバレーゼでは、起業家精神を持って仕事に取り組んでほしいという思いのもと、年に一度社員が新規事業を提案できるコンテストがある。表彰された社員には賞金も贈られるほか、子会社の社長または事業責任者として事業を推進することになる。応募時期になると社内は「お祭りムード」になるそうだ。

株式会社アンドユー 代表取締役社長 松田愛里氏

松田氏:コンテスト前はほとんどの社員が前のめりになって新しいアイデアを探し、見様見真似で企画書を書いて提出するんですよ。各部署から1つは必ずアイデアが出るほどで、毎年100案ほど集まります。

松田氏も過去に5回挑戦。提案したアイデアには、ビジネス街で昼寝ができる「お昼寝カフェ」や、平日に空いた結婚式場の庭を活用した「スターライトシネマ」などがあった。

松田氏:4年目までは、毎年アイデアの種にしかならないような案を2、3個ほど提出しては落選していました。5回目のチャレンジでやっと「アンドユー」が通過したんです。

衣裳はボレロだけじゃない。参列者も自由におしゃれを

それでは、どのようにしてレンタルドレス事業「アンドユー」の着想を得たのか。これには松田氏のプライベートでの経験が影響しているという。

松田氏:一般的に多くの人は25歳以降に「結婚ラッシュ」を経験しますよね。私も同じでした。いざ自分が経験してみると、ご祝儀3万円、交通費、ヘアセット、衣裳……と、友人の結婚式に1回参列するだけで最低5万円はどうしてもかかってしまう現実を知りました。

松田氏にとって、仕事柄結婚式は身近なイベントだったとはいえ、自ら参列して、初めてその出費の多さを痛感した。それだけでなく、周囲の反応にも衝撃を受けたという。

松田氏:結婚式の帰り道、友達がポロッと「こんなに友達が参列するのに大変な思いをするんだったら、自分の結婚式はやりたくないなぁ」とこぼしました。それを聞いて、とても悲しくなりました。

私は業界にいるので結婚式の素晴らしさをよく知っていますが、一般の参列者からしたらそうでない。今後ブライダル業界は、結婚式を挙げる人たちだけでなく、参列者に向けたサービスも手広くしていかないと、この先厳しいのではないかと実感しました。

友人の何気ない一言から業界の課題を見つけた松田氏。そこで思いついたのが「レンタルドレス事業」だった。

パーティードレスは1着1万円以上することが多いにもかかわらず、多くが黒や紺など、似たような色、デザインのものばかり。ほとんど着る機会のないドレスなのに値段が高額であること、デザインが限られていることにもったいさなさを感じていたという。

松田氏:せっかくドレスを着ても、日本の場合、マナー上肌を見せすぎてはいけないためボレロやストールを羽織ったり、お花のコサージュをつけたりするのが多いのですが、現代の流行とは離れています。もっと、その時の流行にあわせて豊富なデザインを選べる、かつ安くドレスを借りられるサービスを提供したいと思いました。

そこで、「安くて、かわいい、手軽なレンタルドレスサービス」が松田氏のアイデアの軸となった。

松田氏は2018年度の新規事業開発制度のコンテストに、レンタルドレス事業のアイデアで挑戦した。シェアリングビジネスやレンタルドレス市場の大きさについて語りながら、役員たちを説得したという。

松田氏:役員も男性が多く、年齢も40代と、女性のパーティードレスとはほとんど無縁の人ばかりでしたが、プレゼンしてみると「参列者衣裳」は意外とブライダル業界にとって盲点だということは理解してもらえました。

ドレスのデザインだけでなく、ユーザーが服をレンタルして着るというシェアリングビジネスが世の中に浸透しつつあることも審査員に強調した結果、2018年10月、見事松田氏のアイデアは採択された。

「手軽に」レンタルできるための仕組みづくり

事業化が決まったあとすぐに、松田氏は経営陣よりレンタルドレス事業を子会社として進めることを知らされ、翌年1月の会社設立を目指して動き出すことに。

松田氏:会社が指定したスケジュールにはじめは驚きましたが、提案した事業にフルコミットさせていただけると知って、とても嬉しかったです。引き継ぎ期間も3か月しかありませんでしたが、引き継ぎ完了後は事業に集中できました。

アンドユーでは、アメリカ、台湾など海外製のドレスを積極的に買い付けている。

松田氏:安価に提供したいという思いから、ハイブランドのドレスは入れていませんが、華やかさをしっかり重視して仕入れています。

価格とデザイン以外にも「手軽なユーザー体験」にこだわっていると松田氏。ユーザーがドレスを注文すると、着用する2日前に自宅に届く。返すのはドレスを着た翌日中という、3泊4日のシステムだ。クリーニングは必要なく、ドレスが届いた時と同じダンボールに梱包してコンビニで送り返す。

松田氏:お客様がレンタルして返すまでの過程で「面倒くさい」と感じてしまうと、リピートしてもらえません。着払いの伝票を同梱しているので、近くのセブンイレブンやファミリーマートに箱ごと持っていくだけで返却処理が完了します。

立ち上げ当初は、着用日の前日到着の2泊3日制度にしていたのですが、顧客にヒアリングをしたところ「前日だと、仕事の都合で受け取れずに当日を迎えるリスクがある」という声があり、到着日を着用の前々日に変更しました。

また、アンドユーは実店舗を持たないことにもこだわりがあるという。

松田氏:立ち上げ当初、完全オンラインサービスにするかどうかはとても悩んだ部分です。お客様から「試着できないと不安」という声もありましたが、北海道から沖縄まですべての人に等しくサービスを提供したいという思いが立ち上げ当時からあり、オンラインでいまも運営しています。

その分、アンドユーはチャットサービスを活用している。問い合わせフォームよりも、気軽に質問できる場を意識しているという。友達感覚で聞けるチャットサービスでユーザーの相談に乗る。試着ができない不安をチャットサービスで取り除き、安心して借りてもらうための仕組みだ。

始まって以来、ユーザーからさまざまな声がある。レンタルだからこそ可能な、「普段選ばないデザインのドレスを着ることができて嬉しい」「手軽に借りることができる」など。

実際に人気のドレスも、一般的にパーティードレスで使われる黒や紺のデザインではなく、派手な色や刺繍が全体的に入ったデザインのドレスだという。狙い通り、レンタルならではの長所を活かし、ユーザーから支持を得ているそうだ。

コロナ禍で「事業の価値を見つめ直せた」のは、社内新規事業だったからこそ

2019年4月、ECサイト「ANDYOU DRESSING ROOM」がローンチして以来、事業は好調に進んでいた。しかし約1年後、世界中を襲ったコロナウイルスの影響により、ブライダル業界も大打撃を受ける。2021年頃までは業績が安定しない日々が続いたが、コロナ禍は松田氏にとってサービスの価値を振り返る重要な時期にもなったと語る。

松田氏:2019年に会社を設立してから2020年3月頃まで、事業立ち上げと推進のために毎日休みなく働いていました。2020年後半から黒字化する計画を立て、配送、クリーニング手続き、経理系の業務、ウェブサイトの修正、あらゆることをこなしていました。

しかし、2020年初頭からはじまったコロナ禍でブライダル業界全体が打撃を受け、アンドユーの計画も見直さざるを得なくなりました。

ただ、コロナの影響で仕事が減ったのは悪いことばかりではありませんでした。なぜこの事業をやりたいのか、どんなユーザーの悩みを解決したいのか、サービスを見直す時間ができたのです。

また、当時は既存事業も悪戦苦闘していたのですが、「成果が出にくい時期があっても既存事業がある限り、新規事業に集中して大丈夫」と経営陣に言ってもらえたのは本当にありがたかったです。

新規事業立ち上げ時、社内起業家は毎日が大忙しで、一つひとつのプロセスにかけられる時間にも限界があります。しかし、忙しすぎると見逃してしまうポイントも出てきてしまう。業績で見ると苦しい時期でしたが、「一度立ち止まって考える」という重要性を実感した大事な時期でした。

「アイデアマン」でなくても「発見マン」であるかどうか

松田氏に今後の展望について聞くと、事業利益の拡大に注力することはもちろん、アパレル事業における社会課題解決にも取り組んでいきたいと語った。

松田氏:弊社では、新婦の方に披露宴のお色直しで着ていただくカラードレスもたくさん保有しているのですが、中には使い古したものもあります。それをキッズドレスに再生して、アンドユーでレンタルできるサービスもはじめました。ユーザーにとって衣裳にかけるコストを抑えることに貢献するだけでなく、エコでエシカルな側面も発信していきたいと思っています。

レンタルドレス事業を手がける以上、アパレル業界のクリティカルな課題にも向き合い続けると松田氏。最後に、新規事業開発に挑戦したい人へのメッセージを聞いた。

松田氏:正直、私はアイデアマンではないです。そのかわり「発見マン」だと思います。よく周りからも、日常の不便を注意深く観察していると言われます。

もし新規事業に挑戦したいけれど、アイデア力がないと感じている人がいるならば、生活の中で不便を感じたら、それを解決するためにどんなビジネスが考えられるかを妄想することから始めてみるのもいいと思います。

ありがたいことに社内でも、「松田にできるなら、私にもできそうだ」と、新規事業に応募してくれる人が増えたみたいです。日常で何気なく感じた不便を、ぜひアイデアの種として大事に育ててみてください。

取材・執筆:ぺ・リョソン 編集:佐々木鋼平 撮影:赤松洋太

松田 愛里-image

株式会社アンドユー

松田 愛里

1991年生まれ。上智大学総合人間科学部を卒業後、ノバレーゼに入社。社長室・広報室でIRやPRを担当する。2018年10月、新事業提案制度「ノバレボ」に応募し、大賞を受賞。2019年1月、株式会社アンドユーを子会社として設立し、代表取締役社長に就任。同年4月よりレンタルドレスサービス「ANDYOU DRESSING RO0M」を開始。

ANDYOU DRESSING ROOM

https://and-u.jp/