Interview

【マイナビ】創業50年目の大変革、グループ全社員のイノベーションマインドを醸成する

【マイナビ】創業50年目の大変革、グループ全社員のイノベーションマインドを醸成する

人材・広告事業を主軸に、幅広い事業を手掛ける株式会社マイナビ。同社による学生向け就職情報サイトの「マイナビ」、あるいは転職情報サイトの「マイナビ転職」などは特に、ビジネスパーソンにとってなじみのある名称であるはずだ。

2023年8月に創業50周年を迎える同社。2021年12月には土屋芳明氏が社長に就任。半世紀の蓄積をベースに、新たな道へと踏み出そうとしている。その象徴たるアクションとして、2022年、新たな組織風土の醸成や、新規事業の開発・支援を手掛ける「新領域開発室」を立ち上げた。

目下、注力するのは2023年1月からスタートさせた、コンペティション型の新規事業提案制度「MOVE」だ。全グループ社員約1万2,400人(2023年1月現在)から事業アイデアを広く募集し、正式な事業化検討にかけられるレベルに磨き上げていく。期間中、起案者に新領域開発室が併走し、事業の実現を全面支援する。

「新領域」という言葉に込めた想い

マイナビの新領域開発室は2022年7月に新設された。新規事業「YELLoop(エーループ)」や、2023年1月から開始した新規事業提案制度「MOVE(ムーブ)」の運営などを手掛けるが、まずは全体像を見ていこう。

同室の発案と立ち上げのプロセス全般に携わってきたのは、マイナビの林俊夫氏(新領域開発室 室長 兼 事業推進統括事業部 事業部長)。新領域開発室の活動には3つの柱がある。

林俊夫氏

1つは、新領域開発室みずからが“ゼロイチ”の新規事業開発を推進する「事業開発」。もう1つは、マイナビのグループ各事業部が新規事業を開発しようという場合に支援を行う「開発支援」。3つ目がマイナビグループ全体におけるイノベーションマインドを喚起する「風土醸成」だ。

新領域開発室で目指している新規事業の姿は、「新しい顧客」に「新しいサービス」を「新しいビジネスモデルで実現する」という、既存事業からなるべく離れることを意識したもの。

ただ、2つ目の柱である「開発支援」においては、既存の顧客に対して新しいサービスを開発したい、あるいは既存のビジネスモデルに沿って新しいサービスを開発したいという相談も現場からしばしば寄せられると予測する。

林氏:いわゆるイノベーティブな「新規事業」だけでなく、これまでのマイナビが得意としてきたような、既存サービスを横展開して広げていくような新規事業も「新領域開発室」で引き続き支援していきたい。

多種多様な案件を支援していくなかで、本格的な新規事業へと発展するものがあるかもしれない。そうした考えや展望を、新領域という言葉に込めました。

きっかけは「コロナ禍によるビジネスへの影響」に直面したこと

新領域開発室の柱は、先にも触れたように「事業開発」「開発支援」「風土醸成」の3つ。まずは、事業開発について若干紙幅を取りながら解説していこう。

1つ目の事業開発については、すでに実績が存在する。企業のアルムナイ(退職者やOB・OG)活用を支援するサービスである「YELLoop(エーループ)」だ。2022年8月末に提供開始した。

松井徹哉氏

先取的な企業は、アルムナイとのつながりを活性化することにより、協働やカムバック雇用などの面でさまざまなメリットを享受し始めている。

YELLoopは、こうしたアルムナイとの継続的な接点を持ちたい企業に向けて、アルムナイや社員らが気軽に交流できるクローズドSNSの機能を提供する。

松井氏:じつはYELLoopは、新領域開発室の前身である新規事業開発の専任部署のメンバー全員の、「まずは自分たちで新規事業を経験しないと、社内に対しても何もできない」という課題意識からスタートした事業でもあります。

私たちが率先して新規事業を手掛けていけば、各事業部門に対してサポートする際のノウハウが蓄積できますし、説得力が増します。また、グループ全体のイノベーションマインドを醸成できると思っています。

さらに「新規事業開発を推進しなければ」という課題意識は、林氏がコロナ禍で得た危機感も影響している。

林氏:コロナ禍の影響は、われわれのビジネスにとっても非常に大きなインパクトがありました。

林氏はことの始まりとなる2020年2月当時の状況をこう振り返る。同時期、日本政府による大規模イベントの中止・延期・規模縮小の対応要請などが矢継ぎ早に繰り出された。WHO(世界保健機関)による新型コロナウイルスへの「COVID-19」という命名も、この頃だった。

マイナビの主力事業は、就職情報と転職情報だが、春は毎年、新卒学生の就職関連イベントが目白押しの時期。これらも感染防止の観点から相次ぎ取りやめとなった。中途採用の動きも新卒採用に追従し、求人に関わる動きが一気に止んだ。

林氏:こんなにあっさり状況が一変するものなのかと。「VUCAの時代」と言われますが、先んじて準備をしておかないとこうなるんだ、という事実を、身をもって体験しました。

トップダウンとボトムアップがうまく合致した

この体験を通して、既存事業に引き続き注力しつつも、新規事業開発に継続的に取り組まなければいけないことを痛感した林氏は、「マイナビで新規事業開発を手掛ける部署が必要だ」との結論に行き着いた。

この考えは、イノベーションの最重要理論として支持される「両利きの経営」にも通じるところがある。両利きの経営とは、組織としては矛盾しがちな「深化ユニット」と「探索ユニット」を自社内に共存させる経営方法論のこと。経営学者のチャールズ・A・オライリーとマイケル・L・タッシュマンによる著書『両利きの経営』(東洋経済新報社)はベストセラーとなった。

間もなく具体化に向けて動き始めた林氏だが、前身となる新規事業開発の専任部署が立ち上げられたのは、そこから約1年後の2021年4月。さらに1年3か月後の2022年7月に現在の新領域開発室が設立された。

林氏と共にそれぞれの立ち上げに大きく関わった松井氏は、「当初は社内調整などの準備も含めて3年後ほどを目標にしていたのです。それが、ずいぶん早まって実現しました」と振り返る。

林氏や松井氏の想定以上に早く新領域開発室が立ち上げられた背景には、経営トップの意向と、林氏らの思いがうまく合致したことがある。

林氏たちは、2021年4月に前身となる新規事業開発の専任部署を立ち上げた頃から、経営企画室のメンバーに自分たちの仕事について、継続的に共有を行なっていたそうだ。

林氏は推測を交えつつ「2023年はマイナビが創業50周年を迎える年。(土屋氏を含む)経営陣による新たなマイナビグループの経営方針と、私たちの動きがうまくはまったのだと思います」と語る。トップダウンとボトムアップの動きが、タイミングよく重なり合った格好だ。

すでに「壁打ち」の相談も

新領域開発室の3つの柱のうち残る2つの柱、「開発支援」と「風土醸成」は、これまで述べた1つ目の柱である事業開発の取り組みをベースに進めていく。順を追って説明していこう。

2つ目の開発支援とは、株式会社マイナビの各事業部とグループ企業における新規事業の開発を支援する取り組みを指す。すでに新領域開発室には各事業部から「壁打ち(自らの考えを、知見を持つ他者に話しながら整理し検証すること)」に類する相談が増えているという。

林氏:今後、新しい経営方針やパーパスの浸透にあわせて、こうした相談がさらに増えてくると思っています。これを支援することは、私たち新領域開発室にとって、またマイナビにとっても非常に重要な仕事になってくると思います。

「誰もが新規事業を立ち上げられる」マイナビに

3つ目の柱は、「風土醸成」。こちらの直近の目玉は、コンペティション形式の新規事業提案制度である「MOVE」だ。MOVEは「Mynavi Overall Visionary Entrepreneurship Competition」の略である。

風土醸成で新領域開発室が狙っているものは何か。林氏は次のように説明する。

林氏:グループ社員の全員に等しく新規事業を立ち上げるチャンスがあって、事業の責任者になれるチャンスがある。これを制度として用意したかったのです。今後、セグメントごとの意志決定に基づく新規事業の開発は増えてくるでしょうが、社員全員に自らサービスを企画し立ち上げるというチャンスがあっていい。

グループ全社員には告知済みで、2023年1月から応募受付を開始した(応募期間は3月中旬まで)。

社員から募集するのは、マイナビの新領域開拓に寄与する新規事業アイデア、または、未来のマイナビの収益の柱となりうる新規事業アイデアだ。

「マイナビが進出していない新領域、また既存事業を脅かしたり破壊したりする起案も歓迎する」「エントリー段階では、必ずしも自社のアセット / 強みが明確に紐づくアイデアでなくとも構いません」との説明も添えられている。

フェーズは大きく3つある。第一フェーズは、アイデアを書類で募集し選考する「エントリー期間」。

第二フェーズは、採用したアイデアを新領域開発室と共に顧客ヒアリングを行い、ブラッシュアップする「検証期間①」。

第三フェーズは、導き出したソリューションを検証して事業計画にまで落とし込む「検証期間②」だ。

3つのフェーズそれぞれの最後に審査があり、第三フェーズに当たる検証期間②の最終審査でグランプリを獲得した案件が、社としての正式な事業化検討プロセスに挙げられる。

ゴーサインが出た場合、提案者は年次や役職に関係なく、事業リーダーとして登用される。なお、MOVE初年度の最終審査は2023年12月の予定。

MOVEは事業アイデアコンペティションの形式を採っているが、本質的な目的は育成にある。検証期間①と検証期間②において、各応募者にメンターがついて案件のブラッシュアップを共に進めていく。

林氏は「私たち事務局側としては、集められたアイデアをいかに発芽させていくかという観点で支援していきます」と併走の趣旨を話す。

林氏:起案者にはもちろん、グランプリを目指してほしい。ですが、制度のポイントは事務局が併走することです。グランプリを取れなかった起案者を含めて、応募者全員のイノベーションマインドの醸成、事業創出能力の育成に重きを置いています。

現業とコンペとのバランスに配慮

MOVEに応募し書類選考に通った場合、起案者は現在の業務と並行して、アイデアの課題深耕や事業計画の策定を進めることになる。

ここで気になるのが、起案者の上司の意向だ。上司の立場になって考えてみると、「担当業務に注力してほしい」と思うのは自然なこと。また起案者としても、どのように現業と新規事業開発のバランスを取ればいいか悩むところもあるだろう。

そこで林氏らは2つの策を敷いた。1つは、社長の土屋氏ら経営陣からグループ全社員に向けて、MOVEが近未来のマイナビにもたらす価値について、動画を通じて説明してもらった。

林氏:ここは力を入れて丁寧にやりました。全員に賛同と腹落ちをしてもらうことがとても大切なので。

もう1つは、起案者の立場を会社として保証すること。起案者のアイデアが書類選考を通過して検証期間①に入る段階で、起案者の所属上長と新領域開発室による面談を実施。ここで業務調整の相談をする。

また、最初の起案アイデア作成については自己研鑽扱いとして勤務時間外で行ってもらうが、検証期間①以降については勤務時間の20%相当分をMOVEの活動に充てられるようにした。

林氏:書類選考を通った起案者にとってはダブルワーク状態になります。直属の上司との関係、それから労務管理を含めてセンシティブな部分になりますので、かなり配慮しました。ただ、「上司との握り」を含めて、何が一番よいかたちなのか、解を探りながら見つけるしかない。コンペの質を保ちつつ、起案者がモチベーション高く参加し続けられるように、手厚くサポートしていく必要があると思っています。

新規事業開発は産業界全体に必要

最後に、林氏と松井氏にこれまでの歩みの振り返りと、2人と同じく自社の新規事業開発を支援する立場にいるビジネスパーソンへのメッセージを聞いた。

林氏は「私たちも始めたばかり。暗中模索の状態ですので、皆さんと同じ目線で話します」と前置きしたうえで、「私たちは1万人以上いるマイナビグループのなかでも珍しいタイプの部署です。そのため、この仕事にまつわる悩みを共有できる人が多くないのが実情です」と明かす。

林氏:所属企業や事業部は違ったとしても、同じ問題意識を持っている人なら、悩みを共有しつつ前に進めるはず。企業の枠を越えてつながりながら、自社そして産業界全体のために一緒に取り組んでいければと思っています。

松井氏は「林と同じです」と添えつつ、社内で新領域開発室と同じような部署を立ち上げたいと希求するビジネスパーソンにメッセージを贈る。

松井氏:いま振り返ると、新規事業開発を支援する部署を立ち上げるプロセスは、新規事業の開発自体と非常に似ているなと感じます。新領域開発室のような部署をつくることが、既存事業に頼りがちという経営課題を解決するソリューションのひとつでもあると思うので。新規事業開発が当たり前に実践されている社会を目指し、一緒に頑張りましょう!

取材・執筆:高下義弘 編集:佐々木鋼平 撮影:曽川拓哉

林 俊夫-image

株式会社マイナビ

林 俊夫

2005年新卒入社。就職情報事業本部の営業職として従事した後、事業企画部門へ異動。2019年10月に、就職情報メディアと転職情報メディア事業の事業企画部門の統合組織として事業推進統括事業部を立ち上げ。サービス開発、営業企画、人材開発、内部統制、総務など業務領域は多岐に渡る。2022年7月に新領域開発室を立ち上げ、両部門の責任者を兼任。

松井 徹哉-image

株式会社マイナビ

松井 徹哉

2013年、株式会社マイナビへ中途入社。新卒採用支援サービスの営業職を経て、2016年より事業企画部門へ異動。主に同領域でのサービス開発に従事し、多くの新企画・プロダクトを立案。2021年4月に同部門内に新規事業開発部署を立ち上げ、その第1号案件としてアルムナイ活用支援サービス「YELLoop(エーループ)」の開発をスタート。2022年7月に単独事業室化し、YELLoopのグロースと共に新たな事業開発や新領域開発分野における全社の取り組みを総合的に支援することもミッションとしている。