Interview

【商船三井】初投資枠40億円、異例の海運版CVC「MOL PLUS」の勝算

【商船三井】初投資枠40億円、異例の海運版CVC「MOL PLUS」の勝算

グローバルでの脱炭素の流れやデジタル化の潮流を背景に、変革期にある海運業界。国内大手海運会社の株式会社商船三井(略称MOL)は、激変する事業環境の中で既存の枠に捉われないアイデアの受け皿になることを目的として、2019年に社員事業提案制度を導入。その制度を通じて、翌年、全額出資でコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)「MOL PLUS」(エムオーエル・プラス)の設立を決定した。

初投資枠は40億円、さらに設立から1年足らずで投資実績は国内外のスタートアップ企業5社という、異例尽くしの「海運版CVC」。その旗を掲げるまでの経緯や商船三井との連携について、代表・阪本拓也氏に話を伺った。

課題の多い業界の内にいる自分だからできることがある

「MOL PLUS」代表の阪本氏は開口一番「当初はCVCを思いついていませんでした」と破顔する。

2021年4月に商船三井が100%出資するコーポレートベンチャーキャピタルが設立。この「海運版CVC設立」の青写真を描き、社内起業制度を通じて実行した張本人である阪本氏からの思いがけない言葉だった。

「入社当時からベンチャーに興味があったので、社内起業制度が始まると聞いて、応募は即決でした。社内起業といえばスタートアップだろうと、いざ海運業における新規事業のアイデアを箇条書きしてみたものの、マネタイズが難しくて。スタートアップ起業家たちにヒアリングしたりアドバイスを受けたりするうちに、スタートアップの人たち自体をリスペクトする気持ちが芽生えてきたのです」

さらに、ディスカッションを繰り返す中でCVCの存在を知り——

「スタートアップへのリスペクトがあり、これまで海運業に携わってきたという強みもあるならば、『一緒にやっていく』方向性にしようと。シフトチェンジに納得感がありました」

当時、国内でCVCが100社ほどある中で、海運業界はゼロ。「市場規模が大きく、課題だらけの海運業だからこそ、自分が何かやらないと」。海運業のスタートアップを軸としながらも、スタートアップ企業側ではなく、事業会社側に立って座組みを支援するという、自分の強みを発揮できる新しい場を見出した。

ボトムアップから異例の高額出資でCVC設立を「通した」秘策

商船三井の社員提案制度「MOL Incubation Bridge」のプロセスは大きく2つに分かれる。

1、エントリーシート提出後のプレゼンテーション→選考 

2、1年間の仮説検証

喩えるならば、前者は全員に機会が与えられる「予選」で、後者は「決勝」。仮説検証を経てブラッシュアップされた阪本氏による「海運版CVC」の起案は、初開催の大会の決勝戦でゴールを決めたようなものだ。さらに40億円という高額投資金を設立時に獲得したことから、そのゴールは目にも鮮やかだったと想像できる。

一般的に、新規事業の社内公募における投資の論点は、「事業仮説の確からしさ」とされる。投資のリスクとリターンのバランスを取る経営陣に、新規事業で蓋然性の高さを示すのがどんなに難しいことか。

阪本氏はどのように経営陣を説得したのだろう。

「とにかく人に話を聞きまくりました。スタートアップ企業の方、CVCの方、スタートアップ企業に投資することをなりわいとするベンチャーキャピタル(VC)の方など、おそらく100人以上とディスカッションしたと思います。商船三井という名に「CVC設立プロジェクト プロジェクトマネージャー」という肩書きを勝手に添えた名刺を携えて、起業カンファレンスに足を運んだこともありました。スタートアップ企業側と海運業界側、その双方から興味を持っていただけたことで、対話を通して仮説がブラッシュアップされていく確信がありました」

海運業という市場規模の大きい産業でスタートアップエコシステムを取り入れようとする阪本氏の動向を歓迎する声は多く、スタートアップする上でこれだけはやったほうがいい、避けたほうがいいことなど、それぞれの立場から忌憚のない意見をもらえたという。また、ボトムアップであることへの応援の声もあったそうだ。

阪本氏は、海運業の企業に所属しているという自身の強みを生かした“草の根”の対話によって自信がつき、「(起業を)やらない理由がなくなった」と振り返る。業界外からの声を拾うことで、事業仮説の“解像度”が上がっていくのを肌感覚で掴めたことは、社内決裁を通すことに直結していないように見えて、のちに大きく効いてくる。

「社内でもやることは同じです。ただし、会社としてCVCを設立したら面白いと思っているということを単刀直入に伝えるよう心がけていました。とにかく相手が誰だろうと均一に、忖度なく。すでに自分の中に確信があったので、経営陣に対しても『MOLの投資キャッシュフローのうち、一定額はCVC事業に割り当てることがポートフォリオ上、合理的で、特に海運業・当社には最適な手段だ』ということを、具体的なCVC 10か年計画を提示し、伝えていました。」

事業化検証の間に人脈を作り、CVCの領域において社内で最も詳しくなったことも重なり、ボトムアップとしては異例人事ともいえる、代表取締役のポジションを獲得することになる。

「スタートアップ企業側と投資を検討する時、社に持ち帰って責任者と相談することを善しとしない節があることがわかっていたので、責任者として立ち回らせてほしいと要望は出していました。結果的にボトムアップから代表となりましたが、トップダウンでも同じです。MOL PLUSの本質的な強みは、海運業からのスタートアップエコシステムであるところ。商船三井のノウハウがあるというメリットを存分に生かしていきたいと思っています」

新規事業実行の分かれ道。やるからには気を使う必要はない

新規事業の社内公募制度を導入する企業が増える一方、上司と部下の信頼関係、人間関係の悪化を懸念する声がある。社内起業をするための大事なスキルを阪本氏に尋ねると、「自分が正しいと思うことを最大限にやってみること」。起業の核心ともいえる答えが返ってきた。

「『周りの人がどう思おうが自分はやる』という信念を持てるかどうかが大きな分かれ道だと思っています。空気を読みながらだと、どうしても中途半端になってしまいます。実行することにこだわることさえできれば、大企業にいてもできることは結構あると思います」

続けて、「自分を信じて応援してくれる人は社内にも社外にもいるので、その人たちの声に耳を傾けることも大事」と話す。基本的に人は新しいこと対しては、ネガティブな部分やリスクに目が行ってしまうもの。その上で応援してくれる存在は、起業家にとって精神的な支えになるだろう。

実行力のある組織に必要な「3つのリターン」

「海運業と社会に新しい価値をプラスすること」。商船三井グループのリソースと、スタートアップ企業が持つ斬新なアイデアやテクノロジーを掛け合わせて新規事業に取り組むことを使命とする、MOL PLUSの投資事業の特徴を阪本氏に聞いた。

「意思決定の分離ですね。メリットとデメリットを考慮した上で、商船三井の100%子会社となる形を取ることを選びました」。その理由は、海運業特有の文化にあるという。

「海運業は海のサプライチェーンを担うことがメイン事業なので、投資を確実に回収することが求められていました。不確実性の高い投資とは無縁の世界感がある。だからMOL PLUSには独自の投資基準を持たせ、実行力のある組織にすることが重要だったのです」

業界の事情を熟知した阪本氏が描く事業シナジーは?

「この3つのリターンを総合的に達成するということです。どのようにリターンに貢献するかは案件によって異なります。短期的には貢献しない投資案件も出てくるかもしれません。

・戦略的リターン

・財務的リターン

・副次的リターン(中長期的に自社に適した社員へと育成する機会提供)

ほとんどは戦略的リターンと財務リターンのどちらかに分類できるのですが、副次的リターンについては、起案時に10カ年計画の目標を立てた時から想定していました。例えば私と同じぐらいの世代の人たちに、スタートアップ企業との連動を通じて事業開発のスキルアップをする場を提供したいと考えています。新しいことにチャレンジしていこうという考え方の育成も同時に狙っていけるといいですね」

事業開発経験を持つ経営層がいることが当たり前になる将来を見据えているようだ。

海運業って面白い。MOL PLUSのこれからの挑戦

投資実績は、昨年4月の設立からすでに5件。4年で20〜25件を目指し、商船三井が内側から生み出すことが難しい技術などを提供できる可能性を秘めた企業との出会いを求めている。さらに今後は、「商船三井グループのリソースを活用してスタートアップ企業が持つ新しい技術や製品の社会実装を支援し、海運・海洋分野での新しい産業を一緒に作っていきたい」と語る。

「やっぱり海運業が好きなんです。海運業に携わるすべての人たちには、物流で世界の経済を支えてきたというプライドがあります。そのエネルギーを新しい産業を作るベクトルに持っていけるかが今後のポイントになるはずです。新しいことを生み出すモメンタムを商船三井に作ることが、MOL PLUSの役割だと思っています。就活生に『海運業って面白そう』と見てもらえるようになることが、最大の挑戦ですかね」

最後に、社内起業家へのメッセージを伺った。

「新規事業を立ち上げるということは、どんな立場であれ、困難な過程を進むことになることに変わりはありません。私が100人を超える人と対話させてもらうことで突き進められたように、成功も失敗も情報を共有し、ノウハウを連携しながら学び合いましょう。一緒に進められるとうれしいです」

取材:加藤 隼 編集:林 亜季 撮影:野呂 美帆

阪本 拓也-image

株式会社MOL PLUS

阪本 拓也

2012年入社。 鉄鋼原料船部やシンガポール法人出向、自動車船部を経て、2019年9月に導入されたMOLグループ社員提案制度「MOL Incubation Bridge」の初年度に応募する。翌年に社内事業提案制度1期生として、海運版CVCの設立を経営陣に提案し、採用。以降、設立準備を行い2021年4月にMOL PLUSを設立、代表就任。「海運業と社会に新しい価値をプラスする」ことをコンセプトに、新規事業の創出に挑む。