Interview

【ANA】現役CAがスキルをシェアするタレントマネジメント事業「ANA Study Fly」。誕生の背景にある、起案者の想いとANAグループの“人財力”

現役のANA社員が自ら講座を企画し、さまざまなスキルをシェアする「ANA Study Fly」。語学やワイン、キャリア、手話、カラー、ヨガ、料理など、200以上のオンライン講座が用意されています。

 起案者は自身も現役CAである渡海朝子さん。20年間のフライト経験で目の当たりにしてきた、社員が持つ多彩な知見や技術を人的資本と捉え、それを活かすユニークな事業を思い立ちました。

 「眠れるスキルを本業以外でも活用し、マルチキャリアの糸口にしてほしい」と語る渡海さん。個々の新たな可能性を開きつつ、企業の人的資本を最大化する事業が生まれた背景と、CAを続けながら新規事業に取り組む渡海さんの思いを伺いました。

ANA社員が講師として、多彩なスキルをシェア

渡海朝子さん/ANAホールディングス株式会社 未来創造室 ANA Study Fly 事業責任者

――ANAグループの社内新規事業として2022年11月から本格始動した「ANA Study Fly」とは、どのようなサービスなのでしょうか?

 渡海:ANA Study Flyは、CAを中心としたANA社員が講師となり、さまざまなオンライン講座や対面講座を通じてお客様にスキルをシェアするサービスです。CAは語学やコミュニケーション、マナーといった業務に関連するスキルから、ワインやヨガ、料理など業務には直接関係のないスキルまで、それぞれが多様な知識と技術を持っています。そうした個々のスキルを活かし、機内での本業だけでなく地上でも輝くことができないか、という思いからこの事業が生まれました。

当初は少人数でスタートしましたが、現時点で講師の登録は200人以上、講座の数も200を超えました。また、法人向けの「共創型研修」もご提供していて、多くの企業様にご利用いただいています。

オンライン講座は「語学」や「コミュニケーション・マナー・多様性」「健康・ウェルビーイング」「ライフスタイル・趣味」「アート・クリエイティブ」など8つのジャンルがあり、多彩なテーマを扱う。たとえば、ライフスタイル・趣味のジャンルでは【ANA現役CAと学ぶ 初心者にやさしいハンドドリップ講座】や【ANA現役CAと作る 本格キーマカレー講座】なども。
法人向けの「共創型研修」では、ANAグループの現役社員が日々の業務のなかで実践している「生きたビジネススキル」を提供。講師側が一方的に教えるのではなく、講師と参加者がお互いに発信・交流しあうことで学びや理解を深めるアプローチが特徴。

――「想いに翼を。学びに翼を。」というコンセプトに込めた想いも教えてください。

渡海:学びたい意欲はあるけれど、最初の一歩をなかなか踏み出せない。そんなお客様に対して、旅先で新しいものに触れるような感覚で学べる場を届けたいという気持ちを「想いに翼を。」という言葉に込めました。また、一つの学びは次の学ぶ意欲につながるなど、新しい世界を広げてくれます。その広がりを飛行機の旅になぞらえ、「学びに翼を。」という言葉で表現しています。

――200名以上の講師がいるということですが、有志の方が登録されているのでしょうか?

渡海:有志ですが、ボランティアではなく報酬を支払っています。ANA Study Flyで得た報酬は個人事業主としての収入という位置付けで、勤務時間外の副業扱いになります。

じつは、サービスを開始した当初は副業ではなく、各自が上長の承認を得たうえで、業務時間のうち何割かを使ってANA Study Flyの業務にあたっていました。当時はコロナ禍でフライトが減少していた影響で時間的に余裕があり、じっくりと講座を作り込んでいくことができました。

実際に講座を開いてみると受講されたお客様からの評価が非常に高く、事業化に向けて十分な手応えを感じました。同時に、勤務時間内の限られたリソースで中途半端にやっていたら、クオリティを維持できなくなるのではないかと。今はよくても、コロナが収束しフライトが戻ってきたら難しくなるのではないかと考えました。そこで、業務時間外の副業扱いにして、報酬もしっかり支払う形に変更しています。ですから、講師もある種のプロ意識というか、「これでお金をもらっている」という責任感を持って、しっかり務めてくれていますね。

「人のために学ぶ」CAが持つスキルを本業以外でも活かす

――報酬を得られるだけでなく、自分のスキルや知見を活かせることにやりがいを抱いている方も多いのでしょうか?

渡海:そう思います。CAは職業柄、日頃から学びを欠かしません。より良いサービスのために国際マナーの資格を取ったり、英語だけでなく中国語や韓国語を習得したり。お客様に喜んでいただくためにワインやチーズ、日本酒の勉強をしたり。ちなみに、私はキャリアコンサルタントの資格を取ったのですが、それも自分のためというよりは、後輩のキャリアを一緒に考えてあげたかったからです。生き生きと働くCAが増えれば、お客様により還元できるという思いもありました。

そうやって「人のために学ぶ」のはCAの性分と言えるかもしれません。ただ、コロナ禍でフライトがなくなった時期はそうした思いも宙に浮いてしまい、スタンバイしているしかない状態が続いて。学んできたスキルを発揮する場をなんとか作れないかと考えたことも、ANA Study Flyを起案するきっかけでした。

――CAという人的資本が、この事業の肝になっていると。

渡海:まさにそうですね。私自身、20年間フライトをしてきて、CAの秘めた可能性みたいなものを強く感じていました。休日にはイギリスに紅茶の資格を取りにいったり、アロマの資格を取りにいったり、ステイ先でも現地の有名な料理教室に習いに行ったりする人がいて、この人たちは業務以外でもすごい知見を持っているんだろうなと。それに、話術もあるから聞いていて楽しいんですよ。こうした知見やスキルって、趣味を楽しむこと以外にも活かせるのではないか。この事業を起案する前から、そんなふうに思っていました。

ちなみに起案の際に、現役CAを対象に「どんな資格を持っていますか?」とアンケートを取っています。すると1000人から回答があり、資格の数はおよそ500、そのうち200以上が国家資格。これは会社にとっての財産だと確信しましたし、眠らせておくのはあまりにもったいないと思いました。

――より「売る」ための企画や内容を考えたり、講座のクオリティを上げたりと、ANA Study Flyというプラットフォームのなかで個々の工夫も生まれそうですね。

渡海:売れないということはコンテンツとしての魅力がないのかもしれないし、金額設定が誤っているのかもしれないし、そもそも自分のスキルが不足しているのかもしれない。ある意味、CA以外のマルチキャリアを、お金をもらって試せる場でもあると思っています。

私がANA Study Flyをやりたいと思ったもう一つの大きな理由が、まさにそれでした。人生100年と言われる時代、多様なキャリアを見据えて自分の可能性をどんどん探ったほうがいいですし、自分で自分の市場価値を高めたほうがいい。会社を辞めてからそれをやるのはリスクが大きすぎるので、このプラットフォームを使ってチャレンジしてもらいたいという気持ちがあります。

――ある意味、ANA Study Flyのなかで自分の事業を営むようなものですね。

渡海:それも一つではなく、さまざまな事業をここで試すことができます。たとえば、ワインソムリエとキャリアコンサルタントという、全く違う講座を開催している講師もいるんです。あるいは、最近は来日した海外VIPをアテンドする需要が出てきたことをふまえ、語学力を活かして「ラグジュアリーアテンダント」のような新しい講座を立ち上げる人もいました。自分のスキルがどこでマッチするか、ANA Study Flyを使って探るような動きも出てきていますね。

今もCAを続ける理由「マルチキャリアの大事さ、楽しさ」を伝えたい

――ANA Study Flyは、2021年度からスタートしたANAのビジネスコンテスト「ダヴィンチ・キャンプ」の採択案件でもあるそうですね。どのような経緯で応募を?

渡海:最初にダヴィンチ・キャンプのことを知ったのは社内報だったと思いますが、そこには「1円でも稼ぐアイデア募集」みたいなことが書かれていたんです。今思えば安易なのですが、「1円でいいなら、私にもできるんじゃない?」と思ってしまって(笑)。

あとは、同じく社内報に書かれていた「ANAには挑戦と努力のDNAがある」という文言や、「現在窮乏、将来有望」という創業者の言葉にも、心を掴まれるものがありました。これまで先輩たちが色んなことに挑戦してきたからこそ、現在のANAという会社がある。それなのに、コロナで世の中の人たちが本当に困っている時期に、会社内でも大所帯である客室センターの私たちが何もせず、スタンバイしているだけという状況は本当に良くないんじゃないかと思ったんです。それこそ約8000人のCAが力を合わせれば、1円といわず大きなことができるのではないかと。

――それで、自ら手を挙げたわけですね。

渡海:ただ、その時点では自分が事業化を推進するリーダーをやるとは全く想像していませんでした。当時はただ、自分が知っていることを経営層に伝えたいと思ったんです。「CAはたくさんのスキルを持っていて、機内だけでなく地上で活かせるものも多い。それをぜひ活用したらいいんじゃないでしょうか」という思いを込めて、企画書を書きました。

そうしたら、まさかのトップ通過。しかも、最終選考を通過すると起案者はANAホールディングスの未来創造室という部署に異動して事業化を目指すことになるんですけど、当時はそれも知らなかったんですよ。制度についてちゃんと把握していなかった私が全て悪いのですが、これは大変なことになったなと思いましたね。

――どの時点で、リーダーとして事業を推進していく覚悟が決まりましたか?

渡海:覚悟というよりも、戸惑ったり、立ち止まったりしている暇がないくらい、どんどん課題が出てきて。その都度、目の前のハードルを超えているうちに、現在に至りました。

あとは、早期にお客様がついたことも大きかったです。ダヴィンチ・キャンプの1次選考を通過してすぐPoCを行ったのですが、そこで少ないながらもオンライン講座を受講してくれる方が現れて、サービスに対する期待を寄せてくれていました。こうなったら、お客様のためにも突き進むしかない。考えるより行動しようとマインドが切り替わったように思います。

――部署移動後はCAの職からは完全に離れたのでしょうか?

渡海:いえ、じつは今も3か月に1度はCAとしてフライトの業務にあたっています。私の場合は異動といっても客室乗務職からの出向という扱いで、あくまで本業はCAなんです。

ANA Study Flyに参加してくれる仲間を集めるにあたって、CAたちに「マルチキャリアは大事だよ、楽しいよ」と呼びかけていることもあって、まずは私自身がCAとイントレプレナーのマルチキャリアを見せていくべきだろうと思っているので、どんなに大変でもそこは両立しようと。もちろん、CAの仕事もANA Study Flyの仕事もどちらも好きだから続けたいという思いもあります。

多くの人が自分のスキルを活かし、長く輝ける社会へ

――法人利用も含めると、現時点でANA Study Flyの受講者は5000人を超えていると伺いました。この実績をどう評価されていますか?

渡海:多くの方にご利用いただいて、本当にありがたく思っています。ただ、事業としてはスタート地点に立ったばかり。私はこの事業を、いや事業というよりも仕組みですね、「自分が好きなことを気楽に活かしながら、新たな可能性を探る場」という仕組みを長く続くものにしたいと思っています。私の手を離れてからも事業承継ができるくらい、もっと多くの人に関わってもらいたいんです。できれば、ANAだけでなく、他社さんにもこの仕組みを広げていきたい。

そのためには事業を大きく育て、さらに注目度を高めなければなりません。そういう意味ではまだまだ道半ばですが、スケールさせていくための打ち手も見えてきています。私自身もどこまで行けるか、これからが本当に楽しみですね。

――渡海さんがおっしゃる通り、CAさんに限らず、自身のスキルをもっと活かしたいと考えている人は多いと思います。そのうえで新しいキャリアが開かれるなら、本当に素晴らしいことですね。

渡海:特に、エッセンシャルワーカーの方々にこの仕組みを届けられたらと思っています。私自身もそうでしたが、出産や育児でキャリアが中断し、収入が減ったり、今後の働き方について迷いが生じたりと、悩みを抱えている人は本当に多いですから。

このままでは社会を支えるスキルを持ったエッセンシャルワーカーが、どんどん仕事から離れてしまいかねません。その時にANA Study Flyのような仕組みがあれば、どんなタイミングでも自身の技能や知見を活かしながら社会で輝いて、世の人たちに貢献できるはず。今はそんな未来を描いています。

取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ株式会社) 撮影:松倉広治

渡海朝子-image

ANAホールディングス株式会社

渡海朝子

未来創造室 ANA Study Fly 事業責任者/全日本空輸(株)にて約20年間客室乗務員として乗務にあたる(国内線/国際線チーフパーサー資格、ファーストクラス資格、チームリーダーなど)。2021年度ANAグループ社員提案制度において、提案した社員のタレントマネジメントによる人材活用最大化案が最終審査通過、2022年6月ANAホールディングス株式会社 未来創造室に出向し、現在はスキルシェア・タレントマネジメント事業『ANA Study Fly』事業責任者を務めている。客室乗務職掌を兼務。【資格】国家資格キャリアコンサルタント、プロティアンキャリア協会認定ファシリテーター・メンター