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Interview
創業期からおよそ100年にわたり、化粧品の製造・販売を軸に成長を続けてきたマンダム。2021年の新社長就任を機に事業改革を掲げ、化粧品以外の新たなビジネスの創出にも挑んでいる。2023年からは「10年後の生活者のウェルビーイングを実現する新規事業」をテーマに、社外の一般生活者から広く事業のアイデアを募集。そこで採択されたアイデアをもとに、起案者とマンダムの社員がチームを組んで事業化を目指すという、画期的なチャレンジがスタートした。
100年企業であるマンダムは、新たにどんな価値を生み出そうとしているのか。そして、どう変わろうとしているのか。事務局として運営やサポートを担う経営改革室のメンバー、そして、実際に新規事業の推進リーダーとして奮闘する森野修、宇津木裕貴に話を聞いた。
――マンダムでは現在、主力事業である化粧品以外の新しいビジネスを創出するため、社内外のメンバーで構成される新規事業プロジェクトが動いているそうですね。はじめに、その背景を教えてください。
西山:大きな転機となったのは、2021年に現社長・西村が社長に就任し、新たな企業スローガン「BE ANYTHING, BE EVERYTHING.」(意味:なりたい自分に、全部なろう)が発表されたことでした。この言葉には、マンダムが化粧品の枠を超え、お客様一人ひとりの「なりたい姿」を応援し続ける存在でありたいという強い想いが込められています。さらに2023年には、社長直轄の「経営改革室」が新設され、次期ビジョンや長期戦略の構想・策定に加え、新規事業の本格的な探索が始動しました。当時、トップダウン型でのLP投資等の実施と併行して、マネジャーの私とここにいる福地、中島の3名を中心に、ボトムアップ型での新たなゼロイチ事業を生み出すためのスキームづくりが始まりました。
――それまでにも、社内で化粧品以外の事業を模索する動きはあったのでしょうか?
西山:私が以前所属していたマーケティング部門でも、新規事業のアイデアを募集したことはありました。ただ当時は、どうしても「化粧品会社としての枠組み」から抜け出せずにいたように思います。長年、化粧品事業を中心に展開してきた会社であることから、社員も「どこまで踏み込んでいいのか分からない」と感じていましたし、会社としても新しい挑戦を後押しする体制や仕組みが十分に整っていなかった。そうした背景から、なかなかチャレンジしにくい環境だったのではないかと思います。
――同じ轍をふまないために、今回はどんなアプローチを?
西山:本気で新しい価値を創出していくためには、マンダムの社員だけで完結するのではなく、まったく異なるバックグラウンドを持つ方々の発想や知見を取り入れながら、共に取り組んでいくことが重要だと考えました。たとえば、家電メーカーの方、広告代理店の方、そして一般の生活者の方々と協働することで、これまでにない視点や発想が加わり、アイデアの幅が大きく広がるはずです。そうした考えのもと、生活者とともに価値を共創していくプロジェクトを立ち上げました。
福地:具体的には、Wemakeという3.5万人以上が登録するオンラインのプラットフォーム上で、事業アイデアを募集しました。募集テーマは「“健康・清潔・美”の領域における10年後の生活者のウェルビーイングを実現する、これまでにない新たな事業の提案」。我々としても初めての試みで不安もありましたが、2か月で153件ものアイデアが集まりました。
集まったアイデアは私たち経営改革室のメンバーだけではなく、マンダム全社員にも公開しました。そのうえで、社員が「一緒に取り組みたい」と思えるアイデアを絞り込み、最終的には10案を選定。その段階で、社員から希望者を募ってプロジェクトチームを結成し、起案者の方とともに事業アイデアをブラッシュアップしていきました。その後、MVP検証や社長を中心とした社内審査員および新規事業の有識者にも加わっていただいた審査などを経て、現在は2つのチームが事業化に向けて動いているという状況ですね。ここにいる森野と宇津木も、普段は所属部署で通常業務に携わりながら、新規事業のプロジェクトに各チームのリーダーとして参加してくれています。
――アイデアを社外から公募し、やる気のある社員がチームに加わる。面白いやり方ですね。
中島:ありがたいことに、アイデアはたくさん集まりました。じゃあ、これをどう進めるかと経営改革室で議論した時に、マンダム側でアイデアに共感し、意思を持って取り組みたい社員がいるなら、一緒に取り組んでもらえばいいのではないかと。たとえ自分発でなくても、起案した生活者に触発されて意思が沸き起これば、チーム全体により強いwillが生まれるだろうと考えました。
福地:マンダム側から手を挙げた社員の多くは新規事業未経験でしたが、起案者の方とチームを組んで取り組むなかで、どんどん視座が高まっていった印象です。2025年の3月に行われた審査会(MVP期からSEED期に昇格するための審査会)では、各チームのメンバーが経営陣を前に熱意を持ってプレゼンする姿が印象的でした。なかでも、審査会を突破した森野と宇津木のチームはアイデアの中身だけでなく、willの強さも大きく評価されています。
――ここからは、今まさに事業を形にするべく尽力している森野さん、宇津木さんにお話を伺います。ただ、現在はSEEDステージということで、事業の詳細についてはまだ明かせないと。
森野:はい。ざっくり言うと、“時間と手間がかからずにできる、全身ボディケア”にまつわる事業を推進しているのですが、それ以上のことはまだ明かせなくて。
宇津木:私も同じく詳細はお伝えできないのですが、“熱中症の新しい対策”を検討しています。
――では、事業の中身ではなく、プロジェクトに対する思いやこれまでのプロセスについてお聞きします。まず、お二人はなぜ、これに参加しようと思われたのでしょうか?
宇津木:まずはシンプルに、非常に面白い取り組みだと感じました。生活者からアイデアを募集して、その方と一緒に推進できるという建て付けも秀逸ですし、これまでの業務の枠を超えた仕事ができそうだなと。もちろん所属部署での業務の兼ね合いもありますし、上長の許可も必要でしたが、どんな手を使ってでもエントリーしてやろうと思っていましたね(笑)。
森野:所属部署の上長から「こんなプロジェクトが始まったから、エントリーしてみないか」と勧められたのがきっかけです。私が所属するフロンティア開発研究グループは北里大学と共同研究講座を開設しており、技術的な価値を新しく生み出していこう、という部署なので、上長もこのプロジェクトには非常に注目していて。
最初は上長からの提案でしたが、私自身も応募アイデアを見て個人的に興味が湧き、チャレンジしたいと思いましたね。
――お二人とも意欲的とはいえ、本業との両立という点ではご苦労もあったと思います。両立のために意識していること、工夫していることがあれば教えてください。
宇津木: 確かに、単純に業務量は増えますし、本業との時間配分に悩むこともあります。所属部署の上長やメンバーは活動に理解を示してくれているとはいえ、私のなかで「本業に支障が出てはいけない」という思いは強く、当初は自分の気持ちに折り合いをつけるのが難しかったですね。
ただ、業務負荷に対するストレスは、あまり感じませんでした。どちらも自分のやりたいことですし、そこはしんどくても泥臭く頑張るしかないと思っていましたから。工夫というより精神論みたいな話ですが。
森野:今の話の後だと申し訳ないのですが……、私の場合は上長から参加を勧められたということもあり「いくらでも時間を使っていいよ」と言われていました。ですから、本業との時間配分で苦労したことはあまりなくて。そのぶん、絶対に審査を突破しろというプレッシャーは強く感じましたが(笑)。
――部署により、事情がかなり異なるわけですね。では、両立以外で苦労した点はありますか?
森野:一番はユーザーへのヒアリングですね。新規事業では欠かせないプロセスの一つですが、私は技術領域の人間なので、これまでの業務ではお客様の声を直接お聞きするような機会はありませんでした。最初は緊張もあり、うまくできているのか不安でしたね。ただ、何十人とヒアリングを進めていくうちに課題に対する解像度が上がり、「誰の何を解決するのか」が明確になっていきました。
宇津木:私も森野と同じく、ヒアリングは未経験でした。やはり勝手が分からず苦戦しましたが、初期段階での大きな反省点は、ヒアリングの対象がかなり狭い範囲に限定されていたことです。チームのメンバー全員があらかじめ設定していたコアターゲットに固執してしまい、その周辺にまでなかなか広げられない。結果、狭い範囲でしか可能性を検証できていない時期がありました。幸か不幸か、コアターゲットへのヒアリングからは課題やニーズを見つけることができず、早い段階でチーム全体のマインドをチェンジすることができましたが、あのまま突っ走っていたら審査会を突破してSEEDステージに進むことはできていなかったのではないかと思います。
――最初に設定した顧客だけに集中的にヒアリングを行い、耳障りのいい話だけを抽出する。結果、バイアスがかかったまま突き進んでしまうのは、新規事業あるあるかもしれません。宇津木さんのチームがそこでぐっと立ち止まれたのは、どうしてなのでしょうか?
宇津木:エントリー直後に受けた、「クリティカル・シンキング(批判的思考)」の社内研修が大きかったですね。仮説を一つに絞って証明するのではなく、深掘りをする前にできるだけ広げて、どれが正しいのか検討することが大事だと。この考え方が念頭にあったので、最初のヒアリングがしっくりこなかった段階ですぐに頭を切り替えられたのだと思います。
――今後、プロジェクトがどんな結果を迎えるにせよ、新規事業に関わった経験は無駄にならないと思います。具体的に、本業や今後のキャリアにどう生かせそうですか?
森野:このプロジェクトに参加してから、顧客課題に徹底的に向き合ってきました。「誰の何を解決するのか」という考え方は、新規事業だけでなく、本業である技術開発の仕事でも役に立つはずです。マンダムではこれまでにさまざまな新しい技術を開発してきました。しかし、振り返ると顧客目線になりきれていないものも多いと思っています。どうしても「こんな技術があったら凄いのでは?」という技術観点で考えてしまうことが多く、正直「でも、それって誰かの役に立つの?」と感じてしまうこともあったんです。
森野:実際、当社では色んな特許技術を保有していますが、使われているのはほんの一部です。残りの大多数の技術も優れたものばかりですが、顧客視点が抜け落ちているために活用の仕方が分からない。せっかく手間と時間をかけたのに、その技術の出口が無いと、非常にもったいないですよね。技術ができてからマーケティングに提案するのではなく、顧客起点で「どんな技術が必要とされているか」を議論し尽くしてから開発するというやり方を、技術チームにもインストールしていけたらと思っています。
宇津木:SEED期昇格審査会が終わったあと、所属部署にこれまでの成果や知見をフィードバックする機会がありました。そのなかで、特に現業に生かせると思いチームにシェアしたのは、新規事業ならではの仕事の進め方と考え方です。
先ほどのクリティカル・シンキングの話にも通じますが、たとえばチームで何か新しいことを始めようというとき、従来の業務の枠に縛られてしまうと思考が凝り固まってしまいます。まずやるべきなのは、広く深く顧客の声を聞いたうえで大きな戦略を立てることです。
これまでは顧客の声を聞くといっても、自分1人で気軽に的確にヒアリングするノウハウがありませんでした。今回のプロジェクトを通じ、どのようなツールを使えばいいのかや、大規模に外部の力を借りなくてもヒアリングはできることを知り、ハードルが下がりました。直接的な顧客接点があってもなくても、各部署にこのような進め方や考え方が浸透していけば、得られる成果も変わってくると感じましたので、伝えていきたいです。
それから、最後にもう一つだけ言っておきたいことがありまして……。
――是非お願いします。
宇津木:私は今回の新規事業だけでなく、本業も楽しく、熱意を持って取り組んできました。それでも同僚からは「新規事業に携わるようになってから、すごくイキイキとして見える。楽しそうに仕事をしている」と言われるようになりました。自分では態度に表さないよう努めてきたつもりだったので意外な言葉でしたが、それくらい大きなやりがいを感じているのだと思います。
やはり、自分たち主導で仕事を進めていける新規事業には、普段の業務とはまた別の喜びや醍醐味があります。このことはマンダムの他の社員にも強く訴えたいですし、実際にぜひ体験してほしい。会社全体に、チャレンジの輪が広がっていけばいいなと心から思います。
取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ株式会社) 撮影:小野奈那子
株式会社マンダム
西山史晃
経営改革室マネジャー 2001年に入社後、ヘアサロンプロ向け商品開発、男性化粧品ブランド「GATSBY」商品開発・戦略と、ビジョン・新理念や全社戦略の立案に携わる。2023年からは経営改革室で新規事業探索および次期ビジョン・戦略策定に従事。
株式会社マンダム
福地俊博
経営改革室 主幹 1993年に入社後、営業・営業企画部門を経て経営戦略部にてグループ経営の推進や中期経営計画策定などを担当。2023年から経営改革室にて新規事業探索として社内新規事業創出に携わり、現在事務局としてプロジェクトメンバーと共に事業化に向けた実証活動を推進。
株式会社マンダム
中島佐紀
経営改革室 主任 2017年に入社後、財務部で債権管理を担当。2020年よりマーケティング領域へ異動し男性化粧品ブランド「GATSBY」の宣伝に携わる。2023年からは経営改革室で新規事業探索および新規事業創出制度構築に従事。
株式会社マンダム
宇津木裕貴
先端技術研究所 微生物・分析研究グループ 主任 分析機関数社にて生体試料の多成分・多検体分析に携わったのち、2015年にマンダム入社。実分析に加え、業務進捗管理や他部門・他社との連携調整を担当。チームパフォーマンスの最大化と、戦略的なチーム価値向上を追求する。 2023年に生活者共創型の新規事業推進ワーキングに参画。現業と兼務しながら、2024年よりプロジェクトリーダーとして新たな価値創造と事業化に挑戦している。
株式会社マンダム
森野修
スキンケア研究所 フロンティア開発研究グループ 主任 2015年に入社後、ヘアスタイリング製品の製剤開発業務に従事。その後、同社生産工場にてスケールアップ業務を担当し、製品量産に向けた技術検討および生産現場との調整に取り組む。スキンケア製剤の開発を経て、既存技術を活用した新規市場の開拓業務に携わる。2023年より現プロジェクトのスターティングメンバーとして参画し、現在はプロジェクトリーダーとして事業化に向けた推進を担っている。