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【博報堂DYホールディングス】葬儀業界に新しい可能性を示すオンライン追悼サービス「しのぶば」

【博報堂DYホールディングス】葬儀業界に新しい可能性を示すオンライン追悼サービス「しのぶば」

博報堂DYグループ横断で推進する、公募型・ビジネス提案制度「AD +VENTURE(アドベンチャー)」。グループ傘下のAD plus VENTURE株式会社の新サービスとして2021年6月にリリースされたのが、オンライン追悼サービスを提供する「しのぶば」だ。オンラインで故人を偲ぶ会「しのぶば」を始め、よせがきムービーや追悼サイトの制作を行う。葬儀業界に新たな付加価値を生み出すサービスの価値や特異性とは──。「しのぶば」事業代表の勢村理紗氏と、事業担当の松尾良馬氏に話を伺った。

もっと話したかった。亡き母への思いから、事業立ち上げへ

「しのぶば」生みの親である勢村氏は、2007年博報堂に入社。営業職としてキャリアを重ねたのち、出産を機にコーポレート部門やグループ会社の管理統括部門を経験した。2人目の子供を出産後、MBAの勉強を始め、事業立ち上げに関心を持つようになった。

自身の課題意識、市場規模や時代背景を鑑みて事業の種に選んだのは、母との原体験。28歳の頃に母を亡くし、生前もっとコミュニケーションを取りたかったという後悔があった。人生会議やACP(アドバンス・ケア・プランニング)の視点で、元気なうちに家族で将来に向けて話すコミュニケーションを支援するサービスを「AD+VENTURE」に起案するも、採択には至らず。

しかし勢村氏は諦めなかった。「MBAで、成功するまでやり続けることを学びました。社内でも気にかけてくれる方がいて、“あいつ紹介するよ”と繋いでいただくことが多かった」。現在協業しているテレビ東京の番組制作チームとの出会いや、応援してくれる社員の声もあり、「もっと話したかった」という課題意識はそのままに、サービス内容をブラッシュアップして2度目の起案へ。結果、オンラインお別れ会・追悼プラットフォーム事業として走り出した。

事業メンバーの1人である松尾氏は、2018年博報堂DYグループである株式会社アイレップに入社。デジタルマーケティングを中心に、CM企画・構成などを手掛けてきた。入社4年目、社内からの紹介で勢村氏と出会う。勢村氏の事業プランを聞き、「人間の本質に触れる、目を背けられない業界へのチャレンジに魅力を感じた」。更に松尾氏はコロナ禍で友人を亡くし、葬儀に参列できないという事態に直面した。そんな経験から改めて業界への意識が強まり、事業メンバーに加わったという。

故人を偲ぶオンライン追悼サービス「しのぶば」

“持ち寄ろう、思い出と想いを。”のキャッチコピーと共に展開するオンライン追悼サービス「しのぶば」。故人を偲ぶ会をオンラインで開催でき、葬儀の報告会や、葬儀に参列できなった方々が集まることのできる偲ぶ場を提供。また、四十九日・一周忌などのタイミングでも開催できる。故人への想いを語り合う「しのぶば」の開催をはじめ、故人へのメッセージ・写真を集めたよせがきムービーの制作、写真の閲覧や故人へのメッセージ送付ができる追悼サイトの制作などを行う。

「亡くなった後でも故人との思い出を語ることが、故人を想うことに繋がります。私自身、母の知人や親族と母の思い出を語ることが、母の供養であり母との会話のように感じます。今、大人数で集まれない状況下でも故人への想いは絶対にあるし、デジタル化によって想いが消えるということもない。どんな形であれ故人を偲ぶ場所を作ることが大切だと考えています」(勢村氏)

読経やお焼香など儀式が中心となる葬儀とは異なり、「しのぶば」では1人ひとりが故人への想いを語り合う。コミュニティの異なる人々が故人を中心に集まり、司会者の進行をもとに故人との思い出を共有していくのだ。

90代の祖母が、母の話をしてくれた

とは言え、オンラインの開催は高齢者から障壁が高いのではないだろうか。そんな不安を抱えながら、勢村氏の家族による第1回の「しのぶば」が行われた。「90代の祖母が2ヶ所から参加、気持ちを込めて母の話をしてくれました。“これは何よりの供養だね。ありがとう”と言われ、オンライン上でも伝わるものがあると確信しました。」(勢村氏)

そして勢村氏の確信が実績に変わる。半年で20件以上の受注があった。1から提案したケースもある。若くして亡くなったクリエイターの方を想い、約400名もの人がオンラインに集まったこともあった。クリエイター同士の繋がりも生まれ、感謝の声もあったという。

松尾氏が印象的だったと振り返るのは、追悼サイトを制作した経験だ。「お父様を亡くした息子さんが呼びかけ、30〜40名からメッセージや写真を集めました。車を愛していたお父様で、息子さんとよく一緒にドライブをし、息子さんの運転に小言を言っていたそうです。集めたメッセージの中には、大学時代の同級生から『車の運転のアドバイスをくれたよね』というものがありました。お父様の思い出の点と点が初めて繋がる体験をしたと聞き、『しのぶば』の価値を実感しました」(松尾氏)

家族葬が主流だからこそ、友人主催で故人を偲ぶ新たな場を提供

「しのぶば」が特徴的なのは、オンラインで行うという点だけではない。家族が主体となる葬儀とは異なり、友人も主催できることで新たな市場を創出している。コロナ下で大人数の集まりが制限される今、葬儀に呼ぶこと自体を控える遺族も多いという。「一方で、周りの方は故人のため、ご家族のために何かしたい。本当はお香典もお渡ししたいし葬儀も参列したいのに、家族葬で何もできなかったとおっしゃる方がたくさんいらっしゃるんです」と勢村氏。友人・知人を中心に「しのぶば」を開催し、その様子のアーカイブを遺族に送ることで喜ばれるケースもある。

葬儀社の現場に赴き、真に業界理解を得たサービスづくりを

「しのぶば」は、2020年8月末にAD+VENTURE一次審査を通過。3名のメンバーで日夜ブラッシュアップを重ね、21年2月に事業化承認に漕ぎ着けた。21年6月にサービスリリースするも、当初はユーザーにうまく届かず悩んだこともあった。

「しのぶば」は葬儀社が販売パートナーとなる事業モデルだ。葬儀社の打ち合わせに同席し、一定期間現場で葬儀について学んだ。「葬儀社ならではの打ち合わせの仕方やスピード感がある。顧客との寄り添い方、どう意図を汲み取ってプランを提案しているのか。実際に働かせていただき、業界を知るよう努力しました」と松尾氏。現場を見ることで業界への想いも生まれた。

「以前はご近所との繋がりが深く、大規模な葬儀が多い環境でした。高齢化や都市化によって、今は葬儀自体は簡略化しつつあると思います。葬儀プランも金額や負担のなさに着目されがちです。私たちは葬儀の簡易化・合理化の流れに逆行したいと思っています。オンライン・オフラインは手段に過ぎない。『しのぶば』で思い出を振り返る機会を創出し、共に故人を想うという価値を創出するサービスを提供していきたい」(松尾氏)

勢村氏は、「葬儀は悲しくなくてもいい」と言う。「お別れは悲しい。もちろん悲しむことも大切。だけど故人のことが好きであればあるほど、どんどん明るい話になっていくんです。『しのぶば』では涙1割、笑い9割。故人も嬉しいのではないでしょうか。またそういった未来が待っていると思えると、自分の準備もしやすい。そういう世界観に繋がっていくと良いなと思います」と事業の未来を見据える。

ルフィ級の巻き込みと、純粋に夢を訴える力

事業代表であり、事業の生みの親である勢村氏について、松尾氏は「ルフィ(少年漫画『ONE PIECE』の主人公)」だと思っているそう。“海賊王になる”という夢を掲げて数多の仲間を味方につけてきた主人公の如く、社内や業界の有識者などを巻き込みながら、事業を推進してきた。側でそれを学び続けてきた松尾氏は、こう見ている。

「以前は、相手にとってもWin-Winな話でなければ頼れないという前提で動いていた。でも純粋に“僕はこういうことをしたくて、あなたの力が必要なんです”と訴えると意外に動いてくれる人が多いことに気づきました。誰もが大切な人を亡くしたり、後悔したりする経験を持っている。それだけで充分共感し、協力してくれます。夢を持って人に頼るというのは、社内起業家に必須のスキルだなと感じています」(松尾氏)

勢村氏自身は、社内起業家という立場について「プラスもマイナスもある」と語る。「社内には、面白いことは忖度なく勧めたり、アイデアをくれる文化があり、驚くほどの人脈をフランクに繋いでくださる時がある。「うちの新しいビジネスでね」と紹介してくださる方は本当に多い。会社単位で動いていなければ、ここまでの協力者は現れないと思います。様々な方が私達の事業について、少しでも自分ごと化して意識してくれる機会があるのはありがたいです」。

社内起業家の2人は今後のキャリアについてどう見据えているのだろうか。松尾氏は「しのぶば」の経験を、出身であるデジタルマーケティング事業に還元したいと語る。

「デジタルと言うと、親和性の高い若年層への施策が中心になりがちです。しかし『しのぶば』を通して、シニアの方にもデジタルのコミュニケーションは届くということが分かりました。生々しい知見をデジタルマーケティングの場に持ち帰ったら面白いはず。『シニアビジネス×デジタルマーケティング』という自分にしかできない視点で還元したい」(松尾氏)

一方、勢村氏は「『しのぶば』という全く新しい領域での事業立ち上げは、大きな意味を持つ。」という。「今の変化の時代を経て、これから先、世の中は新しい領域だらけになります。生活者が抱える課題から目を背けず、きれいごとや机上の空論ではなく、目の前のお客様に本当に役に立つ価値にコミットし続ける。この挑戦が会社にも私自身にも勇気になると思う」。

最後に、社内起業を通して得られた成長実感と、社内起業家へのメッセージを伺った。

「広告会社って意外にお客様の声を直接聞く機会が限られている気がしています。今回の新規事業では直接お客様の声を聞きながら、仮説検証を繰り返してサービスを創っていく。営業、販促を実施するにしても、1つずつアイデアを練って試行錯誤する。視野が広がったし、アイデアを生み出す脳みそが柔らかくなりました。日々成長実感があって、楽しいです」(松尾氏)

「以前の自分は、全体を見て自分の立ち位置を認識し、役割を全うしようとしていました。しかし新規事業では自分が動かなければ何も始まらない。0から何をどうするか、考え続ける必要があります。責任も伴いますが、自分達で決定して動くことは楽しい。チャレンジし続けている感覚があるので、とても前向きな気持ちで事業に取り組んでいます」(勢村氏)

取材:加藤 隼 編集:林 亜季 撮影:野呂 美帆

勢村 理紗-image

AD plus VENTURE株式会社

勢村 理紗

2007年博報堂入社、営業職とマネジメント職を経験。大学院へ通い経営学研究科経営管理修士(MBA)を取得。5歳・3歳男児の母.28歳で母を亡くした自身の経験から、本事業を起案し社内起業プログラムに応募。2021年4月よりAD plus VENTURE株式会社しのぶば事業 代表。

松尾 良馬-image

AD plus VENTURE株式会社

松尾 良馬

2018年アイレップ入社、コミュニケーションプラナーとしてCM制作・アプリ制作のPM・コミュニケーションプランニングなどに従事。主にクリエイティブ視点から願容とサービスを考え事業を推進する。自身もコロナで友人を亡くし何もしてあげられなかった経験を持つ。2021年4月より AD plus VENTURE株式会社しのぶば事業 副代表。

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