Interview

【味の素】女性向けサブスク「LaboMe®️」が直面した新規事業「2つの谷」

味の素_LaboMe橋氏

2023年8月、味の素株式会社は新規事業「LaboMe®️」をスタートさせた。心と体のゆらぎに悩む女性たちに寄り添い、セルフケアをサポートするサブスクリプション型サービスだ。サービスの内容は「プロダクト」と「コミュニティ」の2軸で、会員になると味の素の研究員が厳選したセルフケアプロダクトが毎月届くほか、研究員やプロダクトの開発者、会員同士でセルフケアについて学び合うつながりの場に参加できる。

起案したのは、当時入社4年目の営業職だった橋麻依子氏だ。自身もPMS(月経前症候群)に悩まされ、心身の不調に向き合いながらセルフケアに試行錯誤してきたという。その経験を活かしたいと考え、2020年に始まった社内起業家公募プログラム「A-STARTERS」に応募。見事、事業化第1号案件に採択された。

事業化へ至るまでには複数回にわたるピボット、そしてメンバーのモチベーション低下という、2つの大きな「谷」があった。チームを率いる橋氏は、その難局をいかに乗り越えたのか。若きリーダーの、挑戦の日々に迫った。

つねに気を張り、不調を隠していた営業時代

「LaboMe®️」の起案者で、リーダーとして事業を推進する橋麻依子氏。もともとは法人営業として関東全域を飛び回る、多忙な日々を送っていた。

橋氏は学生時代からPMS(月経前症候群)に悩まされ、社会人になってからも時折、心身に不調をきたすことがあった。しかし、仕事への責任感から、つらいときも不調を押して仕事をしていたという。

橋:PMSの症状は、人によりまったく異なります。私の場合は急に涙が出てきたり、ベッドから出られなくなったり。とことん憂鬱になって「自分は何をやってもダメなんだ」と、世界の終わりみたいなモードに突入してしまうことも度々ありました。心に引っ張られて体の調子も悪くなるという悪循環を繰り返していましたね。

学生の頃は症状が出たら休むこともできましたが、社会人の場合はなかなかそうもいきません。お客さまの前で急に泣き出したりしないよう、つねに気を張っていたように思います。

橋麻依子氏
橋麻依子氏

最も症状が重かった学生時代から、アプリを使った体調の記録と管理、サプリ、ハーブティー、ヨガ、ピラティスなど、自身もさまざまなセルフケアを試してきたという。

橋:当時の私は、「セルフケアには一つの絶対的な正解がある」と誤解していたように思います。ですが、「LaboMe®️」の事業化にあたって、同じようにPMSに悩む人たちのたくさんの声を聞くようになってから、セルフケアと一口に言っても、困っていることやフィットするものは人によって本当にさまざまだと気づきました。

何か一つの正解はなく、一人ひとりが自分なりの対処法に出会えるよう、「自分で自分を研究する」ことが大切なのだと。この考え方から「LaboMe®️」(Labo:研究室、Me:自分)が生まれました。

「プロダクト」と「コミュニティ」を軸としたサブスクリプションサービス「LaboMe®️」
「プロダクト」と「コミュニティ」を軸としたサブスクリプションサービス「LaboMe®️」

3回のピボットを経てたどり着いた、「本当に届けたいサービス」

「LaboMe®️」を事業化するきっかけとなったのは、味の素が2020年に発足した新規事業創出プログラム「A-STARTERS」。全従業員を対象に新規事業アイデアを募り、採択されればそのまま責任者として事業を推進できるというものだ。

橋:もともと、社内起業したいなんて考えたことはまったくありませんでした。ただ、コロナ禍でお客さまに訪問できない日々が続くなか、次第に自分自身の次のキャリアを考えるようになっていきました。

当時の私は、漠然と「商品開発やマーケティングに携わりたい」と考えていました。それを上司に伝えたところ、「マーケターになるというのは、手段であって目的ではないはず。最終的に『誰のどんな役に立ちたいのか』を考えてみたら?」とアドバイスをもらったんです。

この頃、ちょうど「A-STARTERS」のアイデア募集がスタートしました。それで「誰のどんな役に立ちたいのか」を真剣に考えたときに、PMSに悩んできた経験が自分のなかで大きいことにあらためて気づいて。同じように苦しむ人の助けになり、人生を変えられるような体験を提供できないだろうかと思うようになりました。

LaboMe®について語る橋氏

とはいえ、入社4年目で新規事業を自分で立ち上げ、責任者として推進していくことに、ためらいはなかったのだろうか。

橋:不思議と不安を感じることはありませんでした。そのころ試しにFacebookでPMSや生理の悩みについてアンケートを行なったのですが、その結果を見て、「この声を聞いてしまったからには、やるしかない」という責任感のようなものが生まれたんです。

当時はアンケートのつくり方もわからなかったので、回答欄を自由記述式にしてしまい、集計・分析をするときに大変なことに。それでも約200名もの方々から回答をいただくことができました。

まったく悩んでいる様子を見せなかった中学・高校時代の友人たちが秘めていた思いや、それまで面識のなかった知人の知人の切実な悩み……。アンケートにびっしりと書かれたコメントの一つひとつに目を通すうち、生理やPMSについて誰にも話せず悩んでいたり、何か話したいことがあったりする人がこんなにいるということに気づかされました。

さっそくアイデアを企画書にまとめて「A-STARTERS」に応募。集まった133件のアイデアのなかから、書類審査、面接審査で5件に絞られた。そしてピッチ審査や中間プレゼンを経て、晴れて「LaboMe®️」は第1号案件に採択されることとなった。

そこに至るまでの道のりは決して順風満帆だったわけではない。

橋:応募から採択までは1年弱の期間があり、その間に複数回にわたって社長や役員、社外の方々へプレゼンし、審査してもらう機会がありました。そこでいただいたフィードバックをもとに事業アイデアをブラッシュアップし、企画書を練り上げていきました。私たちのチームはプレゼンの度にサービス内容が変わるなど、かなり迷走していたと思います。

最終的に現在の「LaboMe®️」にたどり着くまで、3回のピボットを繰り返すことになったという。「アイデアを捨てる→つくりなおす」を繰り返し、アプリやスイーツなどその都度サービスは大きく変化した。

橋:最初の頃は、「PMSの悩みを解決できる何か1つのソリューションがあるに違いない」と、体調管理できるアプリはどうか、スイーツやドリンクで心身を整えるのはどうかと試行錯誤していました。

けれどペーパープロトタイプや試作品を想定ユーザーに試してもらっても、あまり響いているようには感じられませんでした。直感的に「このサービスでは、使い続けてもらえないだろう」と思い、ピボットすることにしたんです。

とはいえ、橋氏がぶれていたわけではない。何度やり直しになっても、PMSに悩む女性たちが「本当に使いたい」と思ってもらえるものを追い求めた。

橋:迷走期に私が悩んでいたとき、「A-STARTERS」の事務局の方がかけてくれた言葉に励まされました。「このサービスは橋さん自身がペルソナなんだから、あなたが本当に欲しいと思うものをつくればいい。橋さんが特殊なわけじゃない。橋さんがつくるものに共感して、使ってくれる人もいるはずだよ」と。この言葉は、サービスを設計するうえで大きな指針になりましたね。

困難を乗り越えた橋氏の手振り

最終的に、セルフケアに悩む女性たちのコミュニティをベースにしたサブスクという「LaboMe®️」のアイデアに行き着いたのは、最終審査の段階。ようやく、橋氏自身が心から必要だと思えるサービスができ、納得のいく事業プランになったという。

橋:コミュニティ型のサービスにシフトしたのは、他愛もない「おしゃべり」がきっかけでした。ある日、20人くらいがオンラインで集まり、体調やセルフケアについて、あけすけに話す場を設けてみたんです。そのときに「PMSがしんどい」「生理がつらい」という話題で、変な言い方かもしれませんがすごく盛り上がって。

例えば「救急車で運ばれたことがある」という体験談に、「じつは私も」という声が上がり、普段なかなか人に話せない話題だからこそ、「私だけじゃなかったんだ」という反応が次々と生まれたんです。

また、ある参加者が「生理の際の会議がとにかくつらい」という話をしたときには、同じ経験を持つ別の方が「私は会議前、5分くらい瞑想をしています」とアドバイスされていました。実際、その方は会議前の瞑想でかなりラクになったそうで、コミュニティがお悩み解決のきっかけを生む場になるのだと気づきました。

そのとき、こうして同じ悩みを共有する人とつながれるコミュニティには大きな価値があるんじゃないかと思うようになりました。コミュニティで対話することで、自分にとってしっくりくる対処法や不調の乗りこなし方を見つけることができるのではないかと。

そんなサービスなら私自身も使ってみたいし、同じ悩みを持つ方々の困りごとを解決できるのではないかと思ったんです。

新規事業を通じて、全社に貢献

事業化第1号案件に採択された後、「LaboMe®」はユーザーのみならず、研究員や事業パートナーも交えた共創型コミュニティという現在のかたちに落ち着いた。橋氏は営業からR&B企画部(R&B:Research and Business)へ異動し、チームには管理栄養士や理学療法士をはじめ、健康的な食事や睡眠にまつわるエビデンスを精査できる、味の素の女性研究員たちが加わった。

橋:味の素って、じつは「無形の資産」をたくさん持っている企業だと思うんです。普段、お客さまの目に触れるのは、食事、運動、睡眠などに関わるさまざまな商品ですが、その裏側には専門領域ごとに研究者がいて、膨大な研究成果や知見があります。

「LaboMe®️」では、会員のみが閲覧できる記事コンテンツや、月に1回届くプロダクトのセレクトに、その知見が生かされています。味の素としては、そうした「無形の資産」をサービスとして世の中に提供するという、新しいビジネスモデルへの挑戦でもあるんです。

味の素としても、ちょうど「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」というパーパスに切り替わった時期。「無形の資産」で多くの人のウェルビーイングに貢献できる事業だと社内にも伝えていきました。

会員には、厳選されたセルフケアプロダクトが月に1回届く。写真は、ライフスタイルカンパニー「生活の木」のエッセンシャルオイル
会員には、厳選されたセルフケアプロダクトが月に1回届く。写真は、ライフスタイルカンパニー「生活の木」のエッセンシャルオイル

その後は事業化に向けて、チーム一丸で課題を一つひとつクリアしていった。たとえば、他社製品を販売する仕組みをつくることもその1つだ。

橋:アンケートやヒアリングで明らかになった、女性たちの悩みは千差万別。味の素の製品だけでは、ユーザーに寄り添いきれないのではないかと感じていました。

「どうにか他社の製品を扱えないか」と社内に聞いてまわったところ、そもそも他社製品を販売したことがなく、取り扱うルールもないことがわかりました。そこで品質保証部の方に相談し、他社製品を扱う際のルールを一緒に考えてもらったんです。

このルールを整えたことによって、味の素としても、他社とのコラボレーションを含む新しい取り組みが推進しやすくなったと思います。社内新規事業の取り組みを通じて、全社にメリットのあることができてよかったと思っています。

こうして企画書の状態だった「LaboMe®」のアイデアは、プロダクトの選定や配送体制の手配などを済ませ、2年の歳月をかけ徐々に姿を現していった。

ローンチ直前、メンバー全員が「ブルー」に

しかしローンチ直前になって、思いもよらぬ問題に直面する。サービスに対し、メンバー全員が疑心暗鬼になってしまったのだ。

橋:ローンチが近づくにつれて、メンバーがブルーになっていくのがわかりました。準備に追われるうちに、自分たちのやっていることが正しいのか、本当に買ってもらえるのか、確信が持てなくなってしまったのだと思います。まだお客さまがいないなかで「どこを向いて頑張ればいいのかわからない」と悩んでいるメンバーもいました。

自信を失った相手に対し、「最終的には自分で乗り越えてもらうしかない」と感じていた橋氏。それでもリーダーとして、必死にモチベーターの役割を務めた。

橋:結局は、「お金を払ってサービスを使ってくれるお客さま」の存在を実際に確認することが、一番の解決策だと思っていました。リリースまでのモチベーションをどう保つかは新規事業ならではの悩みですね。

みんなの気持ちを引き上げられなくて落ち込むこともありましたが、少なくとも私だけはつねにポジティブでいようと、全体で集まる会では良いことしか言わないようにするなど、「あえて無神経ぶる」みたいなことは意識していました。

また、こう言ってしまうと身も蓋もありませんが、新規事業ってほとんどが失敗するといわれていますよね。そもそも極めて難しいことにトライしているわけですから、「仮に『LaboMe®️』が事業として成功しなかったとしても、それは誰のせいでもない。大事なのは、転んだときにいかに多くのことを学べるかじゃない?」とも伝えていました。

「失敗してもいいから、とにかく思ったことを全部やってみて」ということは、経営層も日々私たちに伝えてくれていたんです。社内向けに実施したリリースイベントでも、社長と副社長が二人揃って、「挑戦に対しての応援である」と何度もスピーチのなかで語ってくれて。そうした後押しも大きかったですね。

橋氏の横顔

セルフケアを「自己責任」にしたくない

「LaboMe®️」のローンチから半年以上が経過。少しずつ会員数も増え、定期イベントには平均20〜30人が参加している。今後はさらにコミュニティの輪を広げていくとともに、「心身のゆらぎ」に対する社会全体の認識も変えていきたいと橋氏は言う。

橋:セルフケアって、どうしても「個人で頑張るもの」という認識の人が多いと思うんです。でも、女性に限らず男性だって、誰にでもどうしても元気が出ない日、気持ちが沈んでしまう日はあるはず。自分の隣にいる人に対して「もしかしたらこの人も何かつらいのかもしれない」という想像力を持つことが大切だと思います。

そして、「自己責任」で済ませるのではなく、会社や学校、行政など、社会全体が「体調の波」というものを理解し、もっと寛容になってほしい。たとえば、いまよりも少し休みをとりやすくするとか、小さなところから変わっていけばいいと思うんです。

「LaboMe®️」は「Selfcare for Selflove」というビジョンを掲げていますが、「セルフケアって、会社のためとかパフォーマンスのためとか、誰かのためではなくて、まずは自分自身のためにするものであっていい。それができれば、誰かを大切することもできるはず」という思いがあります。

大事なのは、個人で抱え込みがちな体調の悩みに対して、会社や社会として何ができるかを考えること。「LaboMe®️」がその対話のきっかけになればと思っていますし、今後は自治体などとも連携して、ゆくゆくは社会的な活動につなげていきたいです。

正面を向いた橋氏

取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ株式会社) 編集:原里実、石川香苗子 撮影:西田香織
公開日:2024/03/15

橋麻依子-image

味の素株式会社

橋麻依子

味の素株式会社 コーポレート本部 R&B企画部 アクセラレーショングループ所属。2017年に味の素株式会社に入社。BtoB営業を経験後、2020年に社内起業家公募プログラム「A-STARTERS」に応募し、133件のアイデアの中から採択される。2023年、女性のセルフケアのためのプロダクト&コミュニティサービス「LaboMe®︎」をローンチ。