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【アコム】既存事業との競合をどう乗り越えた? 次世代金融サービス「GeNiE」の場合
消費者金融の最大手・アコム。超低金利やFinTechの大波、暗号資産の台頭など、旧来の金融業のあり方が大きく変わるなか、長期的な視野から金融業界全体の課題をとらえ、新規事業に挑む動きが生まれている。
2022年4月にアコムの社内起業家としてGeNiE株式会社をカーブアウトさせた齊藤雄一郎氏もその一人。「日常に金融が寄り添うカタチこそが金融機能のあるべき姿」と考える齊藤氏は、アコムの主力事業ではカバーできないニーズに応えるサービスとして、エンベデッド・ファイナンス(組み込み型金融)に注目し、事業開発をスタートさせた。
しかし、エンベデッド・ファイナンスの推進は金融業界内における競争を激化させる要因にもなる。他業種が金融サービスを抱えることで、顧客の奪い合いになることが考えられるからだ。
自社の競合を生み出すような新規事業の推進において、経営層や既存事業部からいかに承認を得たのか? 齊藤氏に、立ち上げまでのエピソードを中心に聞いた。
▼目次
「冬の時代」と奮闘した20代。悪いことばかりではなかった
2022年4月、アコム100%出資の子会社として船出したGeNiE。ECサイトなど非金融事業者のサービスに金融機能を組み込む、エンベデッド・ファイナンス事業を手掛ける。それまで十数年にわたり経営効率の改善に注力してきたアコムとしては、久しぶりの本格的な新規事業だ。
齊藤:アコムは「消費者金融の会社」というイメージが強いと思いますが、じつはこれまでにも金融以外のさまざまな事業に取り組んできました。
もともとは呉服屋からスタートし、質屋を経て金融業に参入した流れがあり、その後もレンタルビデオ事業、EC運営、旅行業などを展開しています。また、日本で初めて24時間稼働のATMを設置したのも、じつはアコムなんです。
そう語るのは、GeNiE代表取締役の齊藤雄一郎氏。自身が新卒でアコムを選んだのも、ここでなら色々な挑戦ができそうだと考えたから。
しかし、思いとは裏腹に齊藤氏が入社してからほどなく、金融業界全体が「冬の時代」に突入。とても新しい挑戦ができる状況ではなくなってしまったという。
齊藤:2006年に成立した改正貸金業法などの影響を受け、業界全体にとって厳しい時代がやってきました。そこからの10年は新たに何かを始めるよりも、経営体質の強化が最優先。
私自身も入社3年目の25歳で経営企画部に異動し、組織再編をはじめとする業績回復の業務を推進してきました。正直、当時は会社全体に閉塞感が漂っていたと思います。
齊藤氏自身も不安を覚え、一時は転職も考えた。コンサルティングファームなど複数社から内定も得たが、最終的にアコムへ留まることを決めた。理由は何だったのか?
齊藤:コンサルは高給ですし、当時30歳手前の私にとっては何となく華やかでカッコいいイメージもありました。ただ、いまからコンサルティングファームに勤めたとして、スキルアップや幅広い業界に触れる機会は得られますが、特定の事業にコミットするような長期的なビジョンは見えなかった。
いっぽう、アコムは長く消費者金融業界のトップにいる会社で、ここにいれば社会に影響力を与え、より良い方向へ変えていける可能性がある。このタイミングで短期的な欲望を優先して転職したら、いずれ後悔するだろうと思いました。
それに、当時のアコムは30代後半の中堅社員が一気に退職し、本来その世代が担うべき重要な仕事が私たち20代に降りてきていました。
優秀な人たちが会社を去ったことでのマイナスもありましたが、結果的に下の世代が若くして得難い経験を積むこともできた。私に限らず、あの時期はマイナスを何とか取り返そうと奮闘する20代がたくさんいて、いま振り返れば悪いことばかりではなかったですね。
ボトムアップで役員の意識を変える「勉強会」
アコムに残ることを決めた齊藤氏はその後、ローンの統括部門やマーケティング部門を経て、2015年にイノベーション企画室を立ち上げ。そこで初めて、新規事業に携わることとなった。
齊藤:当時はFinTechの波が来ていた頃で、AIやRPA(Robotic Process Automationの略。事務作業などを自動化する技術)などの新しいテクノロジーを事業に活かすことがイノベーション企画室の主なミッションでした。新しく事業をつくるというよりは、既存事業に資する効率化の案件を推進していく仕事ですね。
ただ、いくら既存事業を効率化しても、重厚長大な基幹システムに足を取られ、思うようなスピードで前に進めない。早い段階で限界を感じ、まったく新しいサービスの立案に舵を切ったんです。
その時に企画提案したのが、GeNiEの原型となるアイデア。当時、エンベデッド・ファイナンスという言葉は生まれていませんでしたが、原型の構想は7年前にはすでにありましたね。
しかし、当時はまだ冬の時代が明け切っておらず、会社として新規事業に投資する優先順位は低かった。提案はいったん見送られたものの、それから数年後、齊藤氏が38歳の時にふたたびチャンスが巡ってくる。
齊藤:アコムは2021年に木下政孝新社長が就任し、中期経営計画の検討がスタートしました。会社の業績も上向き、ようやく新しいことを始められそうな気運が高まってきたタイミングでもあり、私も仲間と集まって何かをやろうと議論を始めたんです。
そのなかで私が「以前に出したエンベデッド・ファイナンスのアイデアをブラッシュアップして、新事業を立ち上げたい」と話したところ、数名が賛同してくれました。それが、GeNiE立ち上げメンバーでもある白神と橋本です。
齊藤氏らは事業計画をブラッシュアップするとともに、社内調整を開始。事業部門やシステム部門、リスク管理部門などと幾度もミーティングを重ね、意思決定者との個別面談を何度も行った。厳しい指摘や反対意見もあったが、7年前に初めて提案した頃に比べれば、たしかな手応えを感じたという。
齊藤:イノベーション企画室で業務効率化の施策を進めていた頃から、経営陣や現場の社員向けに、新しい技術の可能性などについて共有する勉強会を行なっていました。
「FinTechという言葉だけは何となく知っている」という状態から、その実態や事業のバリエーション、どんな価値を生むのかなど、外部のゲスト講師もお招きしながら少しずつインプットを重ねました。数年かけて、関係者全員の思考のOSを入れ替えるようなイメージですね。
その下地をつくっていたこともあり、企画を再提案した頃には役員とも共通の言語でスムーズにコミュニケーションできるようになっていました。議論も活性化し、ようやく提案を通すことができました。
「イノベーションのジレンマ」をいかに乗り越えるか
事業化にあたり、最大の懸念事項は既存事業との食い合い。いわゆるイノベーションのジレンマだ。
他業種に金融サービスを組み込むエンベデッド・ファイナンスは、潜在顧客の奪い合いにつながり、母体であるアコムの収益に影響を及ぼしかねない。複数の役員からも、そのことを指摘されたという。
齊藤:私たちもイノベーションのジレンマについては考えていました。ただ、アコムという会社は過去にも、そうした壁にぶつかってきている。
たとえば、自動契約機の「むじんくん」を全国に設置するビジネスモデルを展開していたわれわれが、インターネットキャッシングに力を入れ始めたときも、既存事業を潰すことになるのではないかと社内では議論がありました。
また、三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)が発行する「バンクイック」という個人向けカードローン商品は、2010年からアコムが信用保証業務を担っています。
見方によっては競合を育てる事業と言えますが、こういった壁を何度も乗り越えている。つまり、私たちはこれまでにもイノベーションのジレンマを経験しているわけです。
アコムには創業者・木下政雄氏が残した「新しい方法を選べ」という言葉がある。齊藤氏は折に触れてこれを引用し、関係各所や経営陣への説得にあたった。
齊藤:じつは私自身も先代の社長から、木下政雄の言葉を繰り返し伝えられていました。新しい方法を選ぶことは、アコム創業以来のDNAなのだと。経営陣のなかにも、この言葉を信条としている人は多いはずです。そんな文脈があったからこそ、最終的には認めてもらえたのだと思います。
社内起業家に求められる「重要なポイント」とは?
入社18年目にして社内新規事業による子会社立ち上げを果たした齊藤氏。「まだ何も成し遂げていませんが」と前置きしつつ、社内起業家に求められる資質について語ってくれた。
齊藤:社内起業において、大切な要素は大きく2つ。「アントレプレナーシップ」と「経営リソース」です。
前者は、事業への熱意、ひらめきや創造的破壊、柔軟性、スピード、決断力、成功への執念といった個人の資質ですね。後者は、たとえば、顧客基盤やブランド、資金力、人材、組織力などです。ただ、これはあくまで一般論。私は、他にも大切なポイントがあると考えています。
そのポイントとは、「(社内での)実績や評判」「信頼のおける人物であること」。つまり、実力や人望を含めて、その事業を担うに値する人物であることを社内外に示す必要があるという。
齊藤:会社としても、社内外に対して「なぜ、あいつを新規事業の責任者にするのか」「どうして、あいつの事業に投資するのか」を説明しなくてはいけませんよね。
もし事業の起案者がその信任を得られるレベルに達していないのであれば、他に実績や信頼のある人物を巻き込んでおく必要があるでしょう。
私の場合、最初に企画を提案した7年前は、この部分が足りずにGOが出なかった。そこからの数年間で勉強会や広報活動を行い、私や仲間に対する理解を深めてもらえたからこそ、投資をしてもらえたのだと思います。
ただ、最終的には企画が実ったとはいえ、起案してから相当な時間を要している。その間、アコムを離れ独立する考えはなかったのか?
齊藤:よく「なぜ自分で会社をつくらなかったのか?」と聞かれますが、そもそもエンベデッド・ファイナンスは、いきなり会社をつくって始められるような事業ではありません。
とてつもない額の資金調達が必要ですし、与信モデルには貸し倒れのリスクが常につきまとう。その点、社内起業であればアコムが培ってきた個人金融ノウハウや人材をフル活用できます。
また、もともと仲間だった2,000人の社員が背中を押してくれることも大きいですね。最初から、いきなり応援団を抱えた状態で船出ができる。これは、イントレプレナーにしか味わえない喜びだと思います。
その事業アイデアに「大義」はあるか?
最後に齊藤氏の経験をふまえ、いままさに新規事業のアイデアを温めている人、これから社内起業を目指す人に向けてアドバイスを送ってもらった。
齊藤:イントレプレナーに限定した話になりますが、お伝えしたいことは主に3つ。
1つ目は、多くの仲間を見つけること。
大企業の新規事業は、現在の基幹事業と並ぶ柱になるような、圧倒的な成長を求められます。それを実現する最大の肝は、やはりチームづくり。
イントレプレナーは、一人ですべてを抱える必要はありません。なるべく自分とは違う属性やスキル、考え方を持ったメンバーを集めて強固なチームをつくり、最初からある程度の規模を取りにいくことが大事です。
2つ目は、アントレプレナーシップを持つと同時に、大企業としての「問い」を忘れないこと。
大企業の経営は、問いによって成り立っています。業界内での自社のポジショニングをふまえ、常に「これでいいのか?」と問うている。事業家の資質と、大企業が持つべき問い。イントレプレナーは、その2つをバランスよく備える必要があると思います。
3つ目は、手段と目的を履き違えないこと。
新規事業は、あくまで課題を解決するための手段です。「新規事業をやりたい」「社会起業したい」が目的化しているうちは、会社から承認を得られないでしょう。
その会社のポジショニングをふまえたうえで「業界や社会にとって、どんな大義があるのか」というところから逆算して考えないと、誰も賛同してくれませんから。
齊藤氏の場合「人々の日常に金融が寄り添うカタチこそ、金融機関のあるべき姿」という大義があり、そのためにエンベデット・ファイナンスという手段が必要だった。その大義に賛同してもらえたからこそ、イノベーションのジレンマという高い壁を乗り越えられたという。
齊藤:最高のアイデアなのに、なかなか会社が認めてくれない。その場合は上層部の無理解を疑う前に、新規事業に対する自身の姿勢や考え方を見つめ直すべきなのかもしれません。企画書や能力だけでは社内起業のハードルは高い。私自身、そのことを身を持って実感しましたから。
取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ株式会社) 編集:佐々木鋼平・石川香苗子 撮影:西田香織
公開:2024/2/2
GeNiE株式会社
齊藤 雄一郎
GeNiE株式会社 代表取締役社長。2005年アコム株式会社に新卒入社。支店勤務を経て経営企画部へ。以降、企画部門を中心に全社戦略の立案やマーケティング業務に従事。2016年、フィンテックが日本で注目され始めた頃、テクノロジー活用を推進すべく、イノベーション企画室を立ち上げ。デジタル領域におけるサービス企画・立案、新規事業開発などに取り組む。マーケティング部門の責任者を経て、2022年4月、アコムの社内起業家としてGeNiE株式会社を設立。
GeNiE.Inc
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