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Interview
「社会課題にイノベーションで応える」。そんなビジョンを掲げる株式会社日立製作所では、各ビジネスユニットでさまざまな取り組みを行なっている。金融ビジネスユニット(金融BU)では、事業を創出するための「FIBU Incubation Lab(以下、FIIL)」というプログラムを2023年に始動させた。いま、そこから生まれつつある新規事業が、「工場と修理業者を繋ぐマッチングプラットフォーム(サービス名未定)」だ。工場の生命線とも言える生産設備の修理メンテンナンスをサポートするサービスで、2024年のローンチを目指している。
起案者は、システムエンジニア出身の土屋亮平氏。父親が町工場を営んでおり、自身が直面した事業承継にまつわる課題を解決するサービスを発案。そこから度重なるヒアリングや仮説検証を繰り返し、複数回のピボットを経て現在のかたちにたどり着いた。初めての新規事業に取り組むなかで、苦しい時期をいかに乗り越え、アイデアをブラッシュアップさせていったのか。同じチームで起案した、プロジェクトメンバーの新家隆秀氏とともに、事業開発のプロセスを振り返る。
▼目次
──土屋さんたちは現在、「工場と修理業者を繋ぐマッチングプラットフォーム」という社内新規事業の立ち上げを進めています。具体的なサービス内容を教えてください。
土屋:工場にはたくさんの生産設備や機械があり、長く使われています。もちろんメーカーの保守契約やサポートがありますが、20年、30年と使い続けている機械はサポートが切れてしまっていることも多く、そもそもメーカー自体が廃業されているケースもあります。
このような状況で、対象の機械に故障や不具合が発生してしまうと、お手上げ状態となってしまいます。結果、機械の一部が壊れたまま放置されていたり、機能を限定して利用したりすることも。現場で工夫を凝らして何とか使い続けていることも少なくありません。
当然ながら修理をすれば生産性が上がるとわかっていても、製造メーカー以外は修理できないと思っている経営者の方もいらっしゃいますし、どの修理業者が良いのかの判断も容易ではありません。修理を半ば諦めている経営者が多いような状況でした。とくにいわゆる町工場においてはリソースも限られており、自社内で保守・修理に専任できる方も少ないので、この傾向が顕著でした。
土屋:ネットで単純に検索しても、最適な修理業者はなかなか見つからないこともわかりました。我々が把握していないだけで、地域に根差したコミュニティ等で解決できるのではとも考えましたが、機械を購入したメーカーや販売会社、同業者に聞いて探し回っているのが現状でした。
また、苦労して探した修理業者に問い合わせをしても、ケーパビリティや専門領域が異なる、忙しく日程が合わないなどの理由からお断りされるようなケースも発生していました。そこで、機械を修理したい工場の方と、対応可能な修理業者をマッチングするサービスを起案し、事業化に向けてさまざまな検証を進めている次第です。
──工場の方はどんな修理業者に頼みたいと思っているのでしょうか?
土屋:対応実績、費用感や修理技術もさることながら、臨機応変に対応してくれるかどうかや、距離の近さも重要なポイントです。他には、修理の悩みに対して真摯に向き合ってくれるかどうかも大切です。
たとえば、「100万円ですべて交換すれば性能はぐんと上がりますが、30万円で一部分を修理するだけでもあと4〜5年は使い続けられますよ」といった具合に、工場の状況に合わせて第三者として俯瞰した幅のある提案をしてくれると、工場にとっては非常に嬉しいですよね。
こうした複数のポイントと各工場の状況を鑑みたうえで、それぞれに適した業者が求められていると考えています。
──この事業アイデアはもともと、日立製作所の金融ビジネスユニットによる新規事業創生プログラムから生まれたそうですね。
新家:順を追って説明すると、もともと私は2015年から2022年まで、前部署で新規事業を創出するミッションを担っていました。しかし、自分としてやるべきことを全てやりきっているつもりでも、立ち上げた事業でPMF(プロダクトマーケットフィット)をすることはできなかった。
振り返ってみると原因はいろいろありますが、「顧客に向き合う覚悟」が足りなかったことも要因の一つです。数社にヒアリングして反応が良いと、それだけで顧客ニーズがあると思い込んでいました。ところが、別の顧客に提案してみるとまったく響かず、そこで初めて、顧客ニーズの深掘りが足りていなかったことに気付くんです。
また、社内に新規事業をつくるための仕組みが整っていないことも要因の一つだと感じました。次第に「これはやり方を変えなければならない」と思うようになりました。
そのなかで、2022年4月に金融ビジネスユニット(FIBU)の企画部門として「金融BU戦略本部」が立ち上がり、異動することになりました。そのなかで新規事業を生み出せる仕組みをつくる施策の一つとして始動したのが、「FIBU Incubation Lab(以下、FIIL/フィール)」でした。
新家:FIIL(フィール)は、金融BUの社員一人ひとりがワクワクし、イノベーションを起こせる組織に変革したいという想いから、「①真の顧客ニーズを捉える人財の育成 ②組織風土の醸成 ③新たな事業の創生」の3つを目的としたプロジェクトとして生まれました。
そのなかで、新規事業の創生にチャレンジできる仕組みを立ち上げようと考えたのですが、まずはFIILの企画メンバー自身が提唱する方法(顧客起点のアプローチ)で事業を起案し、立ち上げまで実践することを検証する必要があると考えました。そこで生まれた事業案の一つが、土屋さんの起案した「工場と修理業者を繋ぐマッチングプラットフォーム」です。
──土屋さんの上司にあたる新家さんも、同じチームでこの事業に取り組んでいるとのことですが、どのような役割分担なのでしょうか?
新家:土屋さん起案のアイデアですので、彼にリーダーになってもらい、私ともう一名のメンバーはチームメンバーとして参画しています。このプロジェクトにおいて、私はあくまでも「一担当者」。チーム3人で平等に意見を出し合い、フラットに議論しながら協働しています。
土屋:お二人とも大先輩なのですが、工場へのヒアリングなどにも積極的に取り組んでいただいて本当にありがたいです。もちろん上司に対するリスペクトは持ちつつ、このチーム自体はあえてフラットな関係を新家さんがつくってくれているように感じます。
新家:組織でメンバー一人ひとりが最大限の力を発揮するためには、上司の顔色をうかがわず思い通りに動ける環境や、自由に意見を言い合える関係性が大切だと考えています。そのため、日頃より社内で一番フラットでチームワークの良い組織づくりを心掛けており、まさに今回のプロジェクトでは、理想的なチームの関係性ができていると思っています。
──そもそも、土屋さんはなぜ「工場」の課題に着目したのでしょうか?
土屋:じつは私の実家は町工場で、当時、父親から事業承継を含めた家業に関する相談を受けていました。その際、「これは父の会社のみならず、町工場全体の抱える大きな課題だ」と感じたことがきっかけです。
入社時はシステムエンジニアとして地方銀行のシステムを担当していて、町工場は「顧客の顧客」の一つでもあり、重要なステークホルダーでした。また、海外に赴任したときに製造業のお客様の工場を訪問する機会もありました。これまでのキャリアを振り返っても、工場のことを意識する機会が多かったのかもしれません。
FIILで新規事業を立ち上げるなら徹底的に顧客の課題に向き合おうと思っていたので、これまで携わってきた金融システムとは異なりますが、自分にとって最も身近なこのアイデアで起案することにしました。
──最初は、事業承継の課題にまつわるアイデアだったと。
土屋:当初は事業承継の計画書作成をサポートするようなサービスを考えていました。私自身が事業承継者としてとても困っていたので、同じような悩みを抱える人は必ずいると思ったんです。
ところが実際に事象承継の可能性がある方や、実際に事業承継をされた方にヒアリングをしてみると、誰もそこに課題を感じていなかった。そこで、別の課題を探っては検証し、5回のピボットを繰り返して現在の事業アイデアに至りました。
具体的には、書類審査の段階では「事業承継計画書の作成サポートサービス」で、すぐに「ITよろず相談サービス」にピボットしました。しかし、こちらも顧客の反応が芳しくなくさらにピボット。
その後も、「生産設備のEOL(End of Life)情報提供サービス」など検証とピボットを繰り返し、中間審査のタイミングでようやくいまのサービス案に行き着きました。
土屋:当初からサービスの内容は大きく変わりましたが、顧客は変えていません。この事業における私の最大のWillはやはり、町工場を支援すること。そこだけはぶらさず、課題と解決策は柔軟に変えていきました。
──新規事業の経験が浅いと、最初のアイデアに固執してしまいがちだと思いますが、土屋さんはすぐに切り替えられたのでしょうか?
土屋:もちろん、当初はジレンマもありましたし、自分自身が考えていた課題や仮説を否定されたような気にもなりました。ただ、チーム全員でヒアリングと検証をとことんやり切った結果、ニーズがない・顧客がいないことがわかり「やはりこれじゃないんだな」と最終的には納得することができました。
また、検証を進める過程で新たな課題と思われるものや、次の仮説も見えてきました。転ぶにしても「前に転んでいる感覚」があったので、「思い切って違う事業案に変えよう」と舵を切れたのだと思います。
──とはいえ、事業承継と工場の設備修理では、同じ町工場の課題でも大きく性質が異なります。モチベーションが下がることはなかったですか?
土屋:それはないですね。というのも、このサービスは最終的に事業承継にもつながると思っているんです。私が最初に考えたような事業承継をサポートするツールが役に立つシーンもあるかもしれませんが、結局はその会社や事業が好調かつ魅力的でなければ、親族でも親族以外の人でも後を継ぎたい、あるいは買いたいと思う方は現れにくいと考えました。よって、まずは会社や事業が少しでも良い方向に向かうサポートが必要なのではないかと思います。
その一つが、設備修理の課題を解決すること。「機械が壊れて稼働していない、まだまだ使える機械なのに修理ができない」という困りごとを解決することで、少しでも事業が改善する。そうやって一つひとつ足元の課題を解決していくことで工場の業績や職場環境が向上すれば、事業承継もスムーズに行なわれるはずです。
──土屋さんは、新規事業を手掛けるのは今回が初めてということですが、特に苦労したことは何ですか?
土屋:顧客課題を見つけるためのヒアリングです。合計50社以上の町工場にヒアリングしたのですが、そもそもヒアリング先を見つけるのに苦労しました。せっかく時間をいただいても表層だけの会話に終始してしまい、なかなか真の課題に辿り着くことができませんでした。ざっくり仮説を立てて顧客にぶつけてみても、微妙な反応をされたり、時には厳しい言葉が返ってきたりすることもありました。
ある程度、深さと再現性のある課題が見えてくるまでは、相手の貴重な時間を無駄にしてしまっていると感じたり、せっかくの期待を裏切ってしまっているのではと思うこともありました。
これまでゼロからプロダクトをつくったり、そのためにヒアリングした経験はなかったので難しかったですね。
──ヒアリングから課題を見つけられるようになったのは、具体的に何かを変えたからなのでしょうか?
土屋:大前提として、相手の話を聞くことに慣れたり、体系化されたヒアリングのフレームワークを学んだりしたことだと思います。あとは、対象とする顧客の解像度を上げることが重要です。
顧客の状況を知れば知るほど芯を食った質問ができますし、顧客の答えも変わってくる。そうやって、徐々にヒアリングに深さが出ていったように思います。
──50社以上のヒアリング先をどうやって確保しましたか?
新家:もう、使えるツテは全て使ってやろうという感じで、知り合いに片っ端から声をかけました。少しでも多くの人に話を聞くために、長らく連絡を取っていなかった中学や高校の同級生にも連絡し工場との接点を模索しました。そこまでやって初めて、顧客の生の声を聞くことができ、真の顧客課題に少し近づけたように思います。
それまでも、さまざまな課題仮説を立て、ヒアリングに挑戦してきましたが、そもそも課題設定が間違えていたことに気付き、幾度となくピボットを繰り返しました。
土屋:一つの転機になったのは、現場、つまり工場まで実際に足を運んでヒアリングしたことです。それまでは基本的にオンラインで、現場を知らない我々が立てた仮説を中心にヒアリングをしていました。いま思えば、「自分たちの土俵で」綺麗にそつなくこなそうとしていたような気がします。
しかしどうも顧客の反応が良くないということで、一度メンバーで私の実家である工場に行って現場で話を聞いてみようということになったんです。上司に実家を見られることに抵抗はありましたが(笑)、自分たちの土俵から出て、相手のフィールドへ出向くことで何かしらの糸口を見つけたいという思いでした。
新家:そこで初めて現場を見て、経営者である土屋さんのお父さんに対面でお話を伺うことができました。一気に顧客と課題の解像度が上がりました。
やはり現場の情報量は、圧倒的でした。別の工場に訪問やヒアリングをした際も、土屋さんのご実家で見せていただいた機械と同じような設備を保有され、起こっている状況が似ていることも多く、工場の様子が頭の中にシーンとして浮かぶようになりました。
工場へ足を運ぶ度に顧客についての情報量が増えていく。そして私自身のWillが高まり、工場との信頼関係も強くなっていく。おかげで、アイデアをピボットしても何度もヒアリングさせてもらうことができました。ヒアリングがうまくいくようになっただけでなく、事業アイデアのブラッシュアップのためにも欠かせない経験だったと思います。
──現在はサービスのローンチに向けて様々な検証を行なっているところかと思いますが、進捗状況を教えてください。
土屋:MVP(Minimum Viable Product / 検証可能な最小限の製品を試作して仮説の検証を進めること)のフェーズです。もともとはβ版をつくって検証を行なう予定でしたが、プロダクトやWebサイトなどはつくらず、アナログな手法でのプロトタイピングを進めています。
──アナログな手法というと?
土屋:システム等を使ってサービス提供をするのではなく、我々メンバーが工場から直接修理のお悩みをお伺いし、それに適した修理業者さんを探してご紹介するといった形で、人力でサービスを提供しています。
もちろん、実際に動くものをつくったほうが、より多くのことを検証できると思います。
ただ、現段階においては、プロダクトの設計よりも顧客が本当に求めていることや必要な機能をしっかりと見定めることに注力すべきと感じました。サービスの提供価値を見極め、それをしっかりプロダクトに落とし込み、正式なリリースに持っていきたいと考えています。
──最後に、新規事業にチャレンジして個人的に良かったと思うことを、土屋さんにお伺いできますでしょうか。
土屋: 誰も正解がわからないことを推進するという、ある意味貴重な経験ができていること、それから、その経験を通して得られたスキルや知識があることです。この経験やスキル、知識は不確実性の高い世の中において、多くの職種や業種にも活かせると思います。紆余曲折ありましたが、そういう意味でも諦めずにチャレンジして良かったですね。
──苦しかった時期を乗り越えたからこそ成長できたと。
土屋:そうですね。最初は2歩進んで3歩下がるみたいなことの繰り返しでした。ただそれがあったからこその現在だと理解しています。スタートアップでも大企業でも、事業として成り立つサービスやプロダクトをつくりあげるのは、非常に難しいと痛感しました。
そのおかげで、うまくいかないことがあっても、それはまだ取り組み方や突き詰め方が足りていないだけで、行動しきれていない証拠だと考えるようになりました。
諦めずに顧客に向き合い続けたことで、「真の顧客課題」が見えてきたように、自分自身で腹落ちするまで行動をし続けることが大切であり、何かしらの突破口を見出すのだと思います。
取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ株式会社) 撮影:西田香織 編集:石川香苗子、佐々木鋼平
公開日:2024/5/20
株式会社日立製作所
土屋亮平
金融BU戦略本部 Lumada事業統括部 技師。 株式会社日立製作所に新卒入社。地銀向けフロントシステムエンジニアとして、複数の顧客先にてプロジェクト管理やシステム構築を担当。その後、パッケージソリューションの拡販・導入支援、海外駐在を経て、2022年4月より現職。社内新規事業推進及び事業創生プログラム「FIBU Incubation Lab (FIIL)」の運営に従事。
株式会社日立製作所
新家隆秀
金融BU戦略本部 Lumada事業統括部 部長。 システムエンジニアとして入社して約10年間、証券取引所や保険会社など金融機関のミッションクリティカルなシステム開発に従事。労働組合の執行部を経て、その後、中国や国内保険市場での新規事業創出に従事 日立で提唱するデザイン思考を活用し、複数の保険会社との協創プロジェクトを立ち上げ、事業創出にチャレンジ。2022年4月より現職。