Interview

【JR東日本】ワーママ社員が立ち上げた新規事業。キャリア支援サービス「PeerCross」とは?

【JR東日本】ワーママ社員が立ち上げた新規事業。キャリア支援サービス「PeerCross」とは?

産休・育休から復職した女性社員が、昇進や昇給などのキャリアアップの機会を逃してしまう、いわゆる「マミートラック」問題。

東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)で運転士業務やSuica事業を担当していた小西好美氏も、育休復帰後にキャリアの悩みに直面。しかしめげずに、その経験をもとにした新規事業、ワーキングマザー向けキャリア支援サービス「PeerCross」を立ち上げた。

価値観や境遇の近いワーママ同士をマッチングし、キャリアにまつわる悩みをタイムリーに共有し合える「PeerCross」。入社当初は自身が新規事業を立ち上げるなど想像もしていなかったという小西氏と盟友の堀元氏に、新規事業開発のやりがいと苦労、サービスを通して目指す未来像について聞いた。

育休から早期復職も仕事と育児の両立に苦しみ……

小西氏のキャリアのスタートは鉄道業務。駅員として切符販売の窓口業務のほか、山手線の車掌、京浜東北線の運転士も務めた。現場での仕事に充実感を抱いていたものの、女性が出産後に働き続ける難しさを当時から感じていたという。

小西:鉄道業務は始発電車を運行する関係で、泊まり勤務がつきものです。当時からワーキングマザーの同期社員が苦労している姿も見てきました。産休からの復職後に変わらずに働き続けるためには、会社の制度の整備だけでなく、個人の置かれている状況に応じたサポートなどさまざまな課題があると感じていたんです。

左から堀元氏、小西氏 撮影協力:SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)

そうした思いもあるなかで、希望が叶って「採用・ダイバーシティ推進」の部署へ異動。その後、本社のIT・Suica事業本部に移ったタイミングで第一子を出産する。1年弱の産休を経て復職するも、そこで小西氏自身も、いわゆる「マミートラック」の壁を感じるようになった。

小西:復職から2年くらいは特に、仕事と育児の両立に苦しみました。時間の制約のなかで働く難しさもありましたし、復帰前のような期待をかけられていない、機会を与えられていないと感じてしまうことも多くて。もう会社でのキャリアを諦めなければいけないのかなと。

社内のワーママの先輩に相談しようにも、復職後も活躍しているのはとてもパワフルなバリキャリの方だったりして、当時の私には雲の上の存在に思えてしまいました。同じ目線で悩みを共有できる人は、なかなか見つからなかったですね。

そこで自分と似たような境遇、価値観を共有できるワーママに気軽に相談できる場があればいいなと考えたことが「PeerCross」のアイデアのきっかけでした。

「軽い気持ちで」社内の新規事業公募制度にエントリー

さっそく小西氏は事業アイデアをまとめ、JR東日本グループの全社員を対象にした新規事業公募制度「ON1000(オンセン)」にエントリーする。見事に書類審査を通過し、その後も実証実験や事業化審査などのステージを突破。「PeerCross」は、晴れて事業化を勝ち取ることになる。

小西:じつはアイデアを思いついた当初は、事業に対してそこまで強いWillがあったわけではなく、「会社に新規事業の公募制度があるから、とりあえず出してみようかな」くらいの軽い気持ちでした。エントリーシートもA4用紙2枚で、その段階では事業計画書などを細かく書く必要もなかったので、敷居は低かったですね。

事業に対する意識が大きく変わったのは、事業化へ向けた顧客ヒアリングが始まってから。サービスのターゲット層にヒアリングを重ねるうちに、あらためてワーキングマザーが抱える悩みや課題を再認識。サービスに対する確かなニーズを感じるとともに、自身のWillも醸成されていったという。

小西:PeerCrossのアイデアは、私自身がマミートラックに乗ってしまった経験から生まれたので、自身が顧客でもありました。

そこで同じような課題を持つワーママは他にもいるのかと、さまざまなツテを頼りに、大手企業を含めた30人ほどのワーママにお話を伺っていったんです。すると、置かれた状況はそれぞれ違っても、私が感じていた悩みは多くの人に共通していることがわかりました。

また「同じ目線で話を聞いたり、共感してもらったりするだけでモヤモヤが晴れました」「自分の考えを言語化できてスッキリしました」と言ってくださる方も多くて。ヒアリングを重ねるうちに「これは何としても私がかたちにしなければいけない」と、事業化への思いが強くなっていきましたね。

撮影協力:SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)

当時、小西氏から相談を受けていたのが、同期入社の堀元由梨氏だ。新人時代は同じ駅に勤務し、ほぼ同時期にワーキングマザーになった二人は共通点が多く、キャリアや働き方に関する悩みや不安を共有できる仲でもあった。堀元氏のなかにも自然と、小西氏の新規事業を応援したい気持ちが芽生えていったという。

堀元:小西さんがON1000にエントリーする頃から継続的にPeerCrossのアイデアの相談に乗ったりもしていました。私自身も産休・育休復帰後の働き方についてもどかしさを感じていたので、ワーキングマザーのキャリア支援に取り組んでいる小西さんの事業をぜひ応援したいなと。

これまでは一友人として応援していたのですが、2023年3月に社内新規事業部署への公募制の異動募集があり、応募したところ無事に採用されることになりました。現在はPeerCrossと運転士業務を兼務しています。

小西:私はメンバーを選考できる立場ではなかったのですが、ぜひ堀元さんと一緒にやりたいと思い、「応募してほしい」とお願いしたんです。申し訳ないけど「自力で選考を勝ち上がってください」と(笑)。

見事に突破してくれて、いまでは私に足りない点を補ってくれたり、私とは別の視点からアドバイスをくれたりと、本当に助けられています。

難航した「見込み顧客」の獲得。それでも諦めず協力者を増やしていけたワケ

新規事業開発は大変なことばかりだが、もっとも苦労したのは「見込み顧客」の獲得だという。PeerCrossの想定顧客は企業の人事担当者。社員への福利厚生として導入してもらうBtoBのビジネスモデルだ。しかし、当初は話を聞いてもらうだけでもひと苦労だった。

小西:いま大企業ではダイバーシティ推進として女性社員の比率を増やしています。いっぽうで女性社員たちが長く働き続け、キャリアアップしていくための環境が十分に整っていないケースも多々ある。

そうした企業にはPeerCrossを必要とする女性社員の方がたくさんいますし、企業側としてもダイバーシティ推進の課題解決になるのではないかと考えたんです。

ただ、現実は厳しかったですね。そもそも人事担当の方にアポをとるのも大変でした。お話を聞いていただけたとしても、最初のうちはサービスの価値をうまく伝えることができずに苦戦しました。事業を否定される経験って、普通はあまりないと思うので、正直きつかったですし、かなりへこみましたね。

堀元:当時、小西さんは本当に苦労されていて。でも、彼女がすごいのはそれでも挫けずに、躊躇なく色々な企業に飛び込んでいけるところ。話を聞いてもらえるチャンスがあればすぐに動き、そこでつながった一つひとつの縁を本当に大切にしている。だからこそ、少しずつ協力いただける企業が増えていったのだと思います。

撮影協力:SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)

まずは「実証実験への協力」というかたちでサービス導入企業を増やし、最終的には20社から協力を得ることができた。実証実験では80組160名がマッチングし、利用者へのアンケートでもポジティブな結果が得られた。

小西:実証実験の後も営業活動を続け、現時点では30社を超える企業にご参加いただけるようになりました。このサービスは多様な業界の皆様に参加いただいてこそ、様々なロールパーツモデルの方に出会えるという価値を発揮できるはずなので、導入企業の数は妥協できないポイントでした。

利用者の方からは、「普段の仕事では絶対に出会えない業界や企業、職種の方と会話できて良い刺激を受けた」というお声もいただいています。

「PeerCrossがいらなくなる世の中」が理想

正式なサービス提供開始は2024年1月を予定しているが、すでにほぼ同じ内容のトライアルで多くのワーキングマザーから好評を得ている。今後の展望としては、さらに導入企業を増やし、事業としての足場を固めること。その先にはさらに大きな目標もある。

小西:女性活躍という言葉が叫ばれて久しく、国も企業も取り組みを推進していますが、私たち当事者からすると十分に達成できている実感はまだありません。

たとえば、政府が掲げている「2030年までに東証プライム上場企業の女性役員比率30%」という数字もいまはまだ現実味がない。

私たちの理想は「女性活躍」という言葉が死語になること。そのときはPeerCrossが必要じゃなくなる世界が来てもいいと思っています。

また、いずれは女性に限らない、男性も含めたさまざまなマイノリティの課題に寄り添えるサービスになれたらいいなと思っています。

かつてはマミートラックを経験し、キャリアに対して不本意な思いを抱いた時期もあったという小西氏。しかし「いまは大変なことだらけですけど、入社してから一番、会社へのエンゲージメントは高いです」と語る。

小西:そう感じられるのは、仕事において「自主性」が求められる割合が非常に大きいからだと思います。新規事業の仕事って、ルールや前例がない世界で、答えは誰かが教えてくれるものではなく、自ら考えて動いていかないと進まない。それっていわゆる大企業の一般的な働き方とは異なる部分も大きい。

堀元:私自身のキャリアだと、このまま行くと現場の管理者などになっていくルートなのですが、管理者になる前に自身の幅を広げ、外を見る経験がしたいと考えていました。今回、PeerCrossにかかわることになって、新しい視点が開けた気がします。

堀元:新規事業開発は、自分からどんどん動かないと仕事が進みません。こんなに当事者意識を持って仕事をするなんて、昔の自分からはまったく想像できなかったですし、そういう意味でもチャレンジして良かったですね。

取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ株式会社) 編集:佐々木鋼平 撮影:西田香織 撮影協力:SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)

小西 好美-image

東日本旅客鉄道株式会社

小西 好美

東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部 くらしづくり・地方創生部門 新規事業UT(ON1000) イントレプレナー 副長 2009年JR東日本入社。駅や運転士など鉄道現場を経験後、支社にて人事(採用・ダイバーシティ推進)、本社にてSuica事業を担当。第1子の育休後、仕事と育児の両立に悩んだ自身の経験をもとに、2019年度に新事業創造プログラム、ON1000に応募。実証実験を経て、事業化審査後、事業創造本部(現マーケティング本部)へ異動。第2子の出産を経て、2023年7月~大手企業向けワーキングマザー向けキャリア形成支援サービス、PeerCrossをスタート。現在30社を超える企業様にご導入いただき、事業推進を行っている。

堀元 由梨-image

東日本旅客鉄道株式会社

堀元 由梨

マーケティング本部 くらしづくり・地方創生部門 新規事業ユニット 主務 2009年JR東日本入社。駅、車掌、運転士など鉄道現場に長く携わった後、社内の公募制度を利用し2023年7月現部署へ異動。PeerCrossの事業推進とともに、現在も兼務で運転士として乗務している。第2子育休中に育休者向けの勉強会の運営ボランティアを経験し社外とのネットワーキングの重要性を感じる。

PeerCross/ワーキングマザー向けキャリア形成支援サービス

https://www.peercross.jp/