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【朝日新聞社】若手社員が入社半年で挑戦した新規事業「コジンレン」
2023年4月に朝日新聞社がスタートした中高生の吹奏楽部向けオンラインレッスンサービス「コジンレン」。「全日本吹奏楽コンクール」を運営してきた朝日新聞社ならではの新規事業として、リリース間もないながらも着実に導入校を増やし、成長を続けている。
そして、この新規事業を立ち上げたのが入社5年目の若手社員、郡有毅氏だ。じつは朝日新聞社への入社前から新規事業の立ち上げを考えていたと語る郡氏。入社1年目から取り組んだ新規事業開発で得た学びとは? 率直な話を聞いた。
▼目次
入社半年。「メディア×テック」の領域で新規事業を立ち上げたい
吹奏楽部は全国的に人気の部活動。しかし楽器数が多く、指導楽曲も幅広いため、顧問の先生の負担は大きい。また生徒側も指導やサポートを受けづらいという課題があるという。
その課題を解決するオンラインレッスンサービス「コジンレン」は、リリース3か月で約40校、800名が利用するプロダクトとなっている。
日本3大吹奏楽団のひとつといわれる、東京佼成ウインドオーケストラのプロ演奏家によるレッスン動画を楽器ごとに提供。生徒は動画を見ながら練習を進められ、先生もそれぞれの進捗を把握できると好評を得ている。
このサービスを社内新規事業として立ち上げたのが、朝日新聞社の若手社員、郡有毅氏だ。郡氏は情報系の学部学科を卒業。もともとはIT企業への就職を考えていたという。
郡:大学在学中にエンジニアとしてベトナムや日本のテック企業でインターンを経験しました。そのときに「プログラミングスキルでは上には上がいる」と痛感したんです。
自分に付加価値を出すためには、プログラミングスキルに何かを掛け合わせる必要があると考えるようになりました。
いろんな業界を検討しましたが、「テック×メディア」の領域、特に新聞社や出版社は紙媒体の売上が落ちているので、テクノロジーを活用する機運があると感じました。その流れで朝日新聞社に入社したのが2019年のことです。
入社後、3か月間のOJTを終え、広告局のデジタルマーケティング部門に配属となった郡氏。デジタル広告の運用に従事しながら、入社半年でコジンレンのもととなる新規事業案を起案する。
郡:入社前にシンガポール支局でインターンをさせてもらったのですが、支局の近くにシンガポール国立大学が運営するブロック71というインキュベーション施設がありました。
何百社というスタートアップがひしめき合っていて、新しいモノが生まれる場所の熱を感じ、「事業づくりって面白いかもしれない」と感じていたんです。
OJTのときも「この部署で新規事業を立ち上げるとしたら、何をするだろう?」と、常に考えながら各部署を回っていました。
朝日新聞社が「全国吹奏楽コンクール」を運営していることを知ったのもこのときです。私自身、高校でオーケストラ部に所属していたことから、演奏をテーマにした事業はどうだろうと。
その後、入社半年のときに社内の新規事業創出プログラム「STARTUP!」が開催されたので、さっそくチャレンジしました。
半年で150人にヒアリング。「また同じ話?」と思ったことも
起案当初、コジンレンの事業案にはさまざまなコンテンツが盛り込まれていた。たとえば、楽器を購入するためのEC機能やコンサート情報、ユーザー同士が交流できる機能など。しかし二次審査を通過し、顧客ニーズを検証するフェーズで、郡氏はコンテンツを絞ることにする。
郡:当初はターゲットになり得るユーザーが多ければ多いほど良いと考えていたんです。事業規模も大きくなるので。
しかし、実際にオペレーションを組むとなると、機能が多いほどさまざまなスキルを持つメンバーが必要になり、開発も大規模になってしまいます。仮説検証をするうえでも、いろんなデータをとらなくてはいけなくなります。
投資側の立場で見ても、いくつかの小さなマネタイズポイントがあるより、コアになる強いキャッシュエンジンがあったほうが投資しやすいだろうと考えました。特にニーズが強そうで、かつユーザーの顔も想定できる場所に絞ろうと。
この判断に至ったきっかけが、ターゲットとなる顧客へのヒアリングだった。郡氏は半年間で150人以上の顧客にヒアリングを重ねている。
郡:平日は社内メンバーに壁打ちしてもらったり、外部の事業コンサルタントに事業案のブラッシュアップを手伝ってもらったりしました。
土日は、吹奏楽部の顧問の先生や、音大生、社会人になってからも楽器を続けている人、作曲家や、音楽関係の企業の担当者などに会いにいきました。事業のステークホルダーになりえそうな人からは、ひと通り話を聞いたと思います。
じつは社内新規事業に挑戦する人の多くが脱落するのが、顧客にヒアリングするフェーズだといわれている。たくさんの知らない人にアポイントメントをとって話を聞くということは、想像以上にハードルが高い。
郡:ここで挫折する人の気持ちもわかります。私は自分に近い顧客をターゲットにした事業アイデアを考えたのがよかったと思います。高校時代だけでなく、大学時代もオーケストラに所属していたので、顧客ヒアリングにはそれほど苦労しませんでした。
さらにラッキーだったのは、父親が学校教員だったこと。そのつながりで何人もの先生に話を聞くことができました。社内の「全日本吹奏楽コンクール」の担当者から関係者を紹介してもらうこともありました。
ただ、本当にたくさんの人に話を聞いたので、何度も同じ話を聞くこともありました。当初は「本当に意味があるのかな?」と思ったこともありました。
でも、新規事業に関する本を読むと「顧客の話を聞きなさい」と必ず書かれているんですよね。顧客視点がずれたまま事業開発を進めてしまうと、仮説が外れたときにピボットがしにくくなる。
なので、とにかく素直に顧客の話を聞き続けようと覚悟を決めました。その後は同じ話が出てきても逆に腹落ちするようになったんです。「やはり、ここが重要なのか」と。
定性調査と定量調査。権威も借用しながら最終審査をクリア
約半年にわたった顧客ニーズの検証期間を経て、郡氏は中学・高校の吹奏楽部に絞ったサービスの提供に舵を切る。
郡:中学・高校の部活動に絞ったのは、意思決定者である顧問の先生1人に対して、ユーザーである生徒が何十人もいるということ。加えて朝日新聞社には「全日本吹奏楽コンクール」のドメインもある。ローンチ後のプロモーションも比較的簡単になると感じました。
新規事業創出プログラム「STARTUP!」の最終審査では、事業の成長性もプレゼンしなければいけない。これまでに例のないサービスをどのように説明したのだろうか。
郡:定性的には、顧客となる吹奏楽部の顧問の先生複数人がサービスのメリットについて語ったインタビュー動画を撮影し、審査員に見てもらいました。
また、社内のキーパーソンも巻き込んで、この調査は◯◯さんに協力いただいてとか、この調査は◯◯さんに監修いただいて、ということを何度も強調しました。
定量的には1,000人ほどの吹奏楽経験者や顧問の先生のアンケートを集めました。
定性、定量の両面からインパクトのあるデータを集めてニーズがあることを伝え、社内の先輩の方々には、私にまだ足りていない信頼性を担保してもらい、一定以上の認識を得ることができたと思います。
細やかな配慮と根回しの甲斐もあり、そして何より事業の「確からしさ」が評価され、最終審査も無事に通過。そこから郡氏は、事業プランの仮説検証を進めることとなる。
生徒がアプリを使ってくれない! そこで気づいた「販売がゴールではない」
部活動で利用してもらうサービスの性質上、すべての楽器パートのコンテンツをつくらないと不公平が生じ、学校に導入を検討してもらいづらい。しかし仮説検証の予算では、全楽器の動画をつくることは難しい。
そこで郡氏が選んだのは、プレイヤー数の多いクラリネット、トランペット、パーカッションの3つの楽器に絞ってプロトタイプをつくり、顧客課題に対するソリューションがフィットしているかを検証する方法だった。
アプリケーションは郡氏が自らコーディングし、仮説検証フェーズからチームに合流した同期社員が3楽器6レッスンの動画撮影・編集を担当した。
郡:実際にプロトタイプをつくって学校に提供すると、思ってもいなかった課題が見つかりました。サービスを継続して使ってくれる生徒が思いのほか少なかったんです。
ここで私は「プロダクトを販売することがゴールではない」ことに気付かされました。プロダクトを通じて、部活動が充実するという先生や生徒の体験価値を提供しなくてはならない。それがあって、はじめて継続して使ってもらえるんです。
とはいえ体験価値を充実させるには、機能を追加しなくてはならない。しかし仮説検証の予算には限りがある。この時期が一番しんどかったと郡氏は振り返る。
郡:プロトタイプ制作のリソースに限りがあるなかで、体験価値を検証して高めていくにはどうすればいいのか。当時は「完成できなかったらどうしよう」という焦りがありました。
ありがたかったのは、好意的に使ってくださった顧問の先生方に全面協力いただけたこと。自分が不安に感じていることも正直にすべて話して、相談に乗ってもらいました。
また生徒の方々に部活での活用法をヒアリングしたところ、思わぬ発見を得ることができました。部活がはじまってから30分くらいは、部員が揃うまでの待ち時間があり、そこでコジンレンを使えば、空き時間を有効活用できる。このような使用事例は、後の商談の際にも顧客から共感を得ることができました。
「で、結局いくら稼げるの?」へのアンサー
当初、郡氏は半年間の仮説検証を経て、事業を役員会に起案し、正式に事業化をスタートすることを考えていた。しかし、その前にもう一つの壁が立ち塞がった。
郡:マーケットフィットは証明できたとしても、「で、結局いくら稼げるの?」という話になる。そこでさらに半年かけて事業計画をつくりなおしました。
そのためにトランペットパートだけ完璧なレッスン動画をつくりこみ、実際に販売したところ4か月で8校に契約いただくことができました。
その販売実績をエビデンスに5年間の事業計画を立てたんです。全楽器の動画を揃え、◯校以上がサブスクリプションを継続してくれれば、◯年後にペイしますと。
2022年春には、ついに役員会の承認を受け事業化が決定。2023年4月に正式なサービスとしてローンチした。じつに入社から3年のスピードで、郡氏の提案した新規事業が花開くことになった。ここまでを振り返ってみて、大企業で新規事業を推進するために、どのようなサポートが必要かを郡氏に聞いた。
郡:金銭的な支援よりも、むしろ人的な支援のほうが重要だと感じました。プロトタイプをつくるときでも、開発を外注してしまうと予算がすぐにショートしてしまう。
コジンレンでは、途中から同期の社員がサポートしてくれましたが、通常業務と掛け持ちなので、フルで入ってもらうことは難しく、サービスローンチまでのほとんどの期間は平均1.5人で進めている感覚でした。
現在は業務委託の開発メンバーにも入ってもらっていますが、全然人手が足りないので、大学時代の友人2人に声をかけて、中途入社で事業に入ってもらいました。
事業と向き合ううちに「Will」が生まれた
郡氏の今後の目標は「場所や経済状況に関係なく、誰でも吹奏楽の指導が受けられる世界をつくること」。学べる機会が増えることで、吹奏楽を続ける人が増え、吹奏楽経済圏が広がっていく。究極的には「全日本吹奏楽コンクール」から高校球児のようなスター選手が現れて、注目されるような世界を目指しているという。
郡:新規事業を推進していくためには「Will」が重要だとよくいわれます。でも、じつはもともと「吹奏楽界を変えたい!」という想いはそれほどありませんでした。
ただ、コジンレンの開発を続けるなかで、いろんな現場の方々と触れ合っているうちに、「学校を卒業してからも吹奏楽を好きでいてほしい」という思いが学校の先生方にも、自分のなかにもあることに気づかされたんです。
吹奏楽は楽しい、音楽は楽しい、学校を卒業してからも続けたい、と思ってもらうには、ある程度まで技術が上達している必要があります。楽器の演奏は難しい部分もあるので、上手くなるためのステップが必要。そのためにコジンレンがある、という流れが自分でもすごく腹落ちしました。
いま一緒に仕事をしている大学時代の友人2人もオーケストラ仲間なのですが、この目標にはすごく共感してくれていて、いいよね、面白いよねと言ってくれています。それがいまの自分の「Will」かな、と思います。
取材・執筆:佐藤友美 編集:佐々木鋼平 撮影:西田香織
株式会社 朝日新聞社
郡 有毅
「コジンレン」プロジェクトマネージャー。2019年入社後、メディアビジネス局広告編成部に配属。デジタル広告の企画・運用に従事しながら、新規事業提案制度「STARTUP!」に応募。2021年より新規事業部にて、吹奏楽部向けオンラインレッスン カリキュラム「コジンレン」のプロジェクトマネージャーに従事。二度の事業化検証期間を経て2022年4月に事業化が決定、2023年4月に本格的なサービスリリースを実現させた。
コジンレン|トッププロによる吹奏楽レッスンサービス