Interview

【旭化成】社外交流が起業のきっかけに。コミュニティアプリ「GOKINJO」誕生の裏側

【旭化成】社外交流が起業のきっかけに。コミュニティアプリ「GOKINJO」誕生の裏側

2022年4月、「同じ地域に住む人々につながりを提供する」スタートアップとして、旭化成グループから誕生した株式会社コネプラ(Connect Platform Inc.)。

代表取締役社長の中村磨樹央氏は、旭化成一筋20年の生え抜き社員。営業からキャリアをスタートし、スペイン留学を経て経営企画へ。その間にも事業アイデアや起業への思いを温め続け、41歳にして社内起業を果たした。

当時、旭化成には新規事業創出にまつわる体系的な支援制度がなかったため、手探りで道を探っていったという中村氏。そこには次に続く同僚・後輩のためにも、自分がやって道をつくらねばという思いもあったという。

前例や仕組みがないなかで、中村氏はいかにして事業化や社内起業を実現させたのか。その経緯や試行錯誤について伺った。

ネットとリアルの両面からマンションコミュニティを支援

コネプラの主力事業であるGOKINJO(ゴキンジョ)は、マンション居住者同士の新しいつながりを醸成するサービス。

住人同士がスマートフォンアプリ上で情報交換できるデジタルプラットフォームの提供に加え、住人同士の顔が見えるリアルなコミュニケーションも活性化させる仕組みが用意されている。

GOKINJO

中村:実際にGOKINJOを導入しているマンションでは、アプリをきっかけに住人の間でさまざまな情報交換、譲り合いや助け合いが見られるようになりました。

「近くに新しいお店ができました」といった何気ない投稿から、「落雷で家電の不具合が起こっていないか?」「キッチン横の収納をどう使っているか?」など、同じマンションに住んでいるからこそのやりとりも多いですね。

また「お譲り」機能は、ベビーカーや子ども用の学習机など、使わなくなったアイテムを欲しい人に譲ったり、食べきれない食品のお裾分けをしたりする際に使われています。

「お助け」機能は、家具を組み立てるときに誰かの手を借りたり、ノコギリや電動ドライバーといった工具の貸し借りをしたりと、さまざまな助け合いに使われています。

またGOKINJO主催のイベントも開催しており、マンション内での無農薬野菜の共同購入やバザー、親子で参加できるお絵描きイベントなどを過去に開催している。

GOKINJO主催のイベントの様子

「ご近所づきあい」をちょうど良くアップデートしたい

GOKINJO は2020年9月に実証実験として運用をスタート。会社設立日の2022年4月1日に本運用を始めた。現在はマンション居住者を中心に普及を進めているが、その先に見据えるのは地域コミュニティのアップデート。古くから日本の地域社会を支えてきた「ご近所づきあい」の再構築だ。

中村:いわゆる町内会や自治会は、地域社会における自治活動や交流促進などの役割を担ってきました。しかし、近年は会員の減少や高齢化などによって解散する町内会も増えています。

そんなリアルな場所で失われたつながりを、デジタル技術の活用によって、いまの時代に即したかたちに再構築するのが私たちコネプラのミッションです。

中村磨樹央氏

地域に根ざした自治組織は、お祭りなどの年間行事の運営や防災・防犯、交通安全の見守りなどを担い、地域の生活を共助で支えてきた。しかし、昨今は濃密なご近所づきあいを望まない世帯も増えている。

こうした背景から、コネプラが理想とするのは「人と人とのちょうど良いつながり」だ。かつてのように「家族ぐるみ」とまではいかなくても、アプリ上で情報交換したり、ものの貸し借りをしたり、気軽に助け合う。

そうした「ちょうど良い」距離感の関係性をGOKINJOのサービスを通じて生み出し、従来の自治会に代わる持続可能なコミュニティをつくることを目指している。

中村:コミュニティを醸成するためにお祭りやイベントを開催しても、そのときに一回だけ顔を合わせておしまいというのでは、あまり意味がありません。

それよりも、ゆるくてもいいから日常的なつながりを持ち、災害などの有事の際に助け合える。そんな関係性を築いたほうがいいのではないかと考えています。

将来的にはマンションだけでなく、地域の人同士がつながるためのツールとして各地に普及していくことが望ましいと考えています。一民間企業のサービスを超え、地域における当たり前のインフラになっていくことが理想ですね。

社外人脈とのつながり、出会いが社内起業のきっかけに

中村氏は、2004年に旭化成に入社。以後、営業畑一筋で国内外を飛び回っていた。大きな転機は2018年。37歳にして社内の留学制度を利用し、スペインのMBAスクールへ。スタートアップ関連のプログラムが充実しているIE Business Schoolで、起業や事業開発のイロハを学んだ。

中村:入社以来、営業の仕事にはやりがいを感じていましたが、30歳のときに将来のキャリアを見据え、幅広くジェネラルなスキルを身につけようと中小企業診断士の資格を取りました。37歳で留学する際には、自分で事業を起こしたいという明確な目標を持つようになりましたね。

スペイン留学を終えた後は、半導体と住宅事業の経営企画部門へ。会社員としての業務をこなしつつ、社内起業に向けた動きを加速させていく。

中村:他社のイントレプレナーの先輩方に会って話を聞いたり、さまざまなピッチコンテストを視察したりしていました。そこで出会ったのが、コネプラの創業メンバーでありCTOの森屋大輔です。

彼は、保活を中心とするママさん同士のマッチングアプリを開発する株式会社クレヨンの代表を務めていました。産後間もない女性同士をつなげ、気軽に情報交換したり、育児の悩みをシェアすることで、孤独感を解消するような場をつくろうとしていたんです。

そうしたコミュニティの力を価値に変える仕組みと彼の静かな闘志に大きな可能性を感じ、ぜひ彼と一緒にやりたいと。そこで「旭化成ホームズグループが持つ住宅やマンションのアセットを活用し、一緒に事業を興しませんか?」と持ちかけました。

コネプラのメンバー(右から4人目が森屋大輔氏、一番右が根本由美氏)

また、同じ頃に出会ったのが、もう一人の創業メンバーである根本由美だった。根本氏は当時、旭化成ホームズのくらしノベーション研究所に所属し、ヘーベルハウスの研究開発を担当していた。

中村:二人との出会いは、本当に大きかったですね。彼女はもともと建築士なのですが、その後、住居・くらしの研究を行う部門で、次世代の収納やシニアライフなどの研究に取り組んでおり、サービスのコンセプトメイキングにも長けていました。

私たちが目指す持続可能なコミュニティづくりは、どんな伴走支援をするか、どのような仕組みをつくるかが非常に重要なのですが、根本はその設計が抜群にうまいんです。

また、森屋は有能なプロジェクトマネージャーであり、開発に対する幅広い知識も持っています。加えて、いわゆるコンサル脳というか、ロジカルシンキングにも長けていました。

私は私でゴリゴリの営業として、顧客やステークホルダーとコミュニケーションすることが得意でした。スペインで事業開発のイロハを学び、帰国後は経営企画部門にいたことで、大企業の経営層に合わせたプレゼンの勘所も心得ていたと思います。

こうした、三者三様の強みを持った創業メンバーが揃ったことが、事業化につなげられた大きなポイントだったと思います。

心強い仲間を得た中村氏はさっそく、GOKINJOの前身となる事業アイデアを固め、旭化成グループの新規事業コンテストに起案(森屋氏は社外メンバーとして参加)。結果は4位だったが、経営層へのプレゼンの機会が与えられ、PoC実施の許諾を得る。

中村:森屋にベータ版のGOKINJOアプリをつくってもらい、根本のツテで旭化成ホームズグループの分譲マンション部門のメンバーと住民の方々にPoCに協力いただけることになったんです。これがとても大きかったですね。

実証実験は約2年に及び、最終的には住人の8割が利用。投稿数は2年間で約3,000件、満足度83.7%とコミュニティづくりに大いに役立った。

2021年には「キッズデザイン賞」を受賞するなど、社内外での評価を高め、正式に事業化が決定。2022年4月に旭化成ホームズと、コネプラ創業メンバーが共同出資するかたちで株式会社コネプラを設立し、中村氏が代表取締役社長に就任した。

一見、順風満帆のようだが、事業化に至るまでにはひと言では言い表せない苦労もあったという。

中村:旭化成グループでは、新規事業コンテスト・アクセラレータープログラムが体系的・継続的に行われておらず、通過した起案を事業として育てたり、起案者を支援したりするノウハウが社内にあまりありませんでした。そのため、自分自身で試行錯誤しながら事業をつくりあげていく大変さはありました。

それでも事業化まで漕ぎ着けたのは、周囲の方々の応援があったから。たとえば、経営企画部の上司が経営層へのプレゼンの場をセッティングしてくれるなど、さまざまなかたちで協力してくれました。

今後は、会社全体としてアイデアと熱意を持った人に伴走し、サポートしてくれるような仕組みや、外部の支援者が上層部の意思決定をサポートする仕組みがあれば、より優れたサービスを早いスピードで検証し、世に送り出すことができるのではと感じています。

社内起業の知見を旭化成に還元する

サービスの運用開始から約3年。現在では新築マンションだけでなく、既築の集合住宅や地域の自治会までユーザーが広がっている。

今後はGOKINJOの事業をスケールさせていくと同時に、中村氏は自身の起業の知見や経験を後輩たちへ残したいと考えている。

中村:もともと独立起業ではなく社内起業を選んだのは、旭化成グループへの貢献意欲があったから。起業の意思を持つ若手社員がイントレプレナーとして後に続けるような仕組みをつくらなければと思っていたのも理由の一つです。

スペインから帰国した直後には「旭化成起業家クラブ」という有志コミュニティを立ち上げました。起業や事業開発にチャレンジしたい人、留学したい人、その他にもさまざまな熱を持った人たちを集めて、思いやノウハウをシェアしたり、助け合うことで「はじめの一歩」を後押しできるような場をつくりたいと考えたんです。

当初、後輩数人を集めて立ち上げた旭化成起業家クラブは、現在400人のメンバーが参加する大所帯に。コミュニティ内で事業アイデアをブラッシュアップしたり、PoCを実施するなど、さまざまな成果も生まれ始めてきた。ここから第二、第三のコネプラが誕生する日もそう遠くはないだろう。

中村:そのためには、こうした活動の価値を会社に認めてもらい、よりオフィシャルなものにしていく必要があります。一応、旭化成起業家クラブは会社公認のコミュニティではありますが、さらに多くの上層部の人間を巻き込んで影響力を上げていきたい。

あるいは、起業家クラブ独自のファンドを設立したりして、社会起業を後押しするような仕組みをつくるのも面白いかもしれません。

こうした仕組みづくりに加えて、旭化成の社員一人ひとりの意識を変革し、会社全体に起業家マインドを波及させていくことも重要だと中村氏は言う。

中村:いまコネプラには、旭化成と兼務するかたちで働いてくれているメンバーが複数います。一人ひとりの熱量も高いですし、事業の状況もよくわかってくれている。皆、目の色を変えて頑張ってくれています。

コネプラにとっては貴重な戦力ですし、彼らが私たちと仕事をすることで社内起業の心得やイロハを学び、それを各々が所属する既存の事業部へ持ち帰ってくれれば、旭化成にもポジティブな影響を与えられるのではないでしょうか。

じつは、起業家クラブのメンバーのなかには、会社を離れ独立した者もいる。中村氏自身も、そうした気持ちがなかったわけではない。それでも会社に残ったのは、旭化成に対する強い思い入れと、自分なら会社を変えられるという強い自信があったからだ。

中村:辞めるのは簡単ですが、やはり僕は旭化成と、そこで働く仲間が好きなんですよね。それと、旭化成のポテンシャルの大きさも感じています。だからこそ、この会社にいながら新しいことを始めたいと思ったし、自分がそれをやらないといけないと感じていました。

もちろんコネプラはスタートしたばかりで、何かを成し遂げたわけではありません。「イントレプレナー継続創出の道」をつくるためには、単に起業するだけで終わらず、経営者として、事業経営としての結果を残さなければなりません。この事業を何としても成功させるのだというプレッシャーは、大きいほうがちょうどよいと思っています。

取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ株式会社) 編集:西村昌樹、佐々木鋼平 撮影:曽川拓哉

中村 磨樹央-image

株式会社コネプラ

中村 磨樹央

株式会社コネプラ代表取締役社長。神戸大学経済学部卒。2004年旭化成入社後、コンシューマ向け(B2C)国内営業、企業向け(B2B)海外営業を経て、2018年にスペインにMBA留学(IE Business School)。留学後は半導体部門および住宅部門の経営企画担当を経て、2022年4月に旭化成グループ発の社内ベンチャー、コネプラを創業。旭化成公認「起業家クラブ」発起人。

コネプラ | 人と人とのちょうど良いつながりをつくる

https://conepla.co.jp/