Interview

【みずほ銀行】副業解禁と同時に起業。ベンチャー経営の経験を、新規事業に惜しみなく還元する

【みずほ銀行】副業解禁と同時に起業。ベンチャー経営の経験を、新規事業に惜しみなく還元する

みずほ銀行の新規事業であるスマートフォン決済アプリ「J-Coin Pay」を手掛ける仲本雅至氏は、経営者としての顔も持つ。新卒で入行した4年目に、副業で株式会社Spicerを創業。2023年1月にはコーチングプラットフォーム事業「mybuddy」を事業売却した。現在も副業を継続し、Instagramの運用代行やコンサルティング事業を展開しながら、みずほ銀行では「J-Coin Pay」のマーケティングを担当。本業と副業を行き来しながら、多忙な日々を送っている。

メガバンクの安定した職にありながら、起業というチャレンジに至った理由は何なのか? 副業で得た経験は、本業にどう生かされているのか? 仲本氏に聞いた。

副業の解禁とともに、すぐさま起業

入行当初は法人営業担当として何件ものアポをこなしていた仲本氏。新規事業に興味を抱いたきっかけは、担当顧客に同行するかたちで上海の企業を視察したことだった。

仲本:1週間、お客様と一緒に上海のテック企業を視察しました。当時はデジタルやITにまるで疎かったのですが、テック領域でビジネスをすることに対して直感的に面白さを感じましたね。それに、当時のみずほ銀行でデジタル人材は貴重な存在で、この領域で新規のビジネスに携わることができれば、行内での自分の価値も高めていけるのではないかと思いました。

株式会社みずほ銀行 決済ビジネス推進部 仲本雅至氏

4年目に社内の公募制度に手を挙げ、当時、IT領域の新規事業を手掛けていたデジタルイノベーション部に異動。個人としてもゼロイチのビジネスを起こしたいという欲求が生まれていく。

仲本:ちょうどそのタイミングで、みずほフィナンシャルグループ(以下、みずほFG)で全面的に副業が解禁されました。会社の承認が前提にはなりますが、就業時間外であれば起業も認められる制度です。銀行を辞めずに、リスクなしで起業できるということで、すぐに挑戦することにしました。どんな事業をやるかはまったく決まっていませんでしたが(笑)。

みずほFGが副業を解禁した狙いの一つは、社員が会社外のビジネスに触れ、さまざまな刺激や気づきを得ること。そして、その成長や経験を本業に還元するとともに、副業により視野を広げた社員たちが多様な価値観をグループにもたらすことだ。

副業のビジネスで一定の成果を挙げ、その経験を現在の新規事業開発の仕事にフィードバックしている仲本氏。まさに、みずほFGの副業制度の狙いを体現するモデルケースとして、社内外で注目を集めている。

副業での成功が本業にもたらしたもの

時間もコストも限られる副業で、仲本氏はいかにして事業を軌道に乗せたのか。特に大切にしていたポイントがあるという。

仲本:まずは、そもそも具体的な事業内容を決める際に、いくつかの柱を立てました。特に重視したのは、マーケットの成長性。その業界の可能性や注目度をはかるためにメディアへの露出数、Googleサーチの検索ボリューム、さらには海外の論文や雑誌も含め、徹底的にリサーチをしました。結果的に、最小限のコストと時間で運営できるオンラインコーチングのマッチングサービス事業に行きつきました。

従業員の給与以外の利益はすべて次の施策の投資に回すことなどで順調にサービスは成長し、2022年12月にand companyへ事業売却。副業での事業売却は、みずほFGでは初めてのケースだった。市場で評価される事業をゼロイチで作り上げた実績は大きな自信になり、その経験から多くのことを学んだ。

仲本:当時からみずほ銀行の新規事業部署であるデジタルイノベーション部にいましたが、本業よりも先に、副業でゼロイチのビジネスをつくるアプローチを経験してしまったという感じですね。ベンチャー企業は大企業の事業に比べてリスクを取っていけるため、PDCAをフルスロットルで回すことができます。

高速でPDCAを回すために、チームのメンバーとどんな議論やコミュニケーションをすればいいか。どんなアジェンダを用意し、どうファシリテートすればいいか。そのやり方が身についたことは、本業の新規事業のスピード感を高めるうえでも大きいと思います。

また、副業での実績により、チームにおける仲本氏の立ち位置も変わった。事業全体の方針を策定する際や、サービスの施策を見直す際などにも、入社7年目である仲本氏の意見が反映されやすくなったという。

仲本:大きな組織の新規事業で29歳の僕がアレコレ言っても、普通はまともに受け取ってもらえないと思います。しかし、副業とはいえ市場に認められるサービスを作ったことで、言葉にある程度の重みや説得力がついたのかなと。

たとえば、通常の銀行業務ではあまり触れることのないマーケティングの知識やテクニックなども、僕から発信することでその重要性に関心を持ってもらえる。それがチーム全体のレベルを高め、結果的にサービスのグロースにつながるのではないかと思えるようになりました。

「まずは自分たちでやる」と、チームのマインドが変化

副業と社内新規事業のシナジーは他にもある。たとえば、これまで外部の専門家に依存していた、さまざまな業務を内製化できるようになった。

仲本:新規事業をやるには自社だけでは無理で、たとえば方針を決める際にはコンサルタントを入れ、ウェブ領域であればベンダー、アプリを開発する場合はデザイナーなど、多くの専門家の力が必要です。

もちろん、いまでもそうしたプロフェッショナルのお力をお借りする場面は多々あるのですが、内製化することでコストダウンはもちろん、施策のPDCAをより早く回すことにもつながります。

大企業のプロジェクトとは違い、副業では常に資金不足のなか、事業を前に進めていかなくてはならなかった。おのずと、お金をかけずに施策を回すためのノウハウやスキルも身についた。

仲本:本業では新規事業の「J-Coin Pay」という決済アプリのマーケティングを担当していますが、たとえばアプリのプッシュ通知といった細かいクリエイティブは、いちいちデザイナーさんに依頼せず僕が作っています。

また、担当外のことでも自分の経験が活かせる業務であれば、積極的に意見を伝えるようにしています。「J-Coin Pay」のTwitter運用もその一つ。運用担当者は、もともとSNSマーケティングの経験がない行員でした。対して、僕は副業でInstagramの運用代行やコンサルタントも行っているため、アカウントのコンセプト設計からアルゴリズムハックの大切さまで、具体的なアドバイスをさせてもらったんです。

仲本:以前はこうした細かい施策一つひとつを外注していましたが、いまでは「まず自分たちでできないか」と考えるなど、チームのマインドが変化しているように感じます。このように組織風土の変革にもつながることは、コスト削減以上に大きな意義があると思います。

経営視点を持つことで、社内調整もスムーズに

みずほFGで副業制度を利用しているのは、2021年度末時点で417人。仲本氏が制度の利用をきっかけに「経営者」としての経験を積めたことは、今後グループに経営視点を持つ社員が増えていくための試金石となりそうだ。

仲本:たとえば、J-Coin Payを自分が経営する会社のプロダクトだと思って運営する。それくらいの意識でコミットすることが大事ですし、僕自身は実際にそうしているつもりです。

なかには「一介の社員が経営視点や経営者マインドを持つ必要なんてない」という意見もあるかもしれません。でも、これは会社のためというより、自分のためだと思います。なぜなら、経営視点を持つことで視座が上がり、普段の行動が変わるから。少しでもプロダクトを改善するために、いろんなことをキャッチアップしようとするでしょうし、自分自身のレベルが上がるはずですよ。

さらに、チームのメンバー全員が同じ熱量でサービスに向き合うことができれば、一人ひとりからポジティブかつ具体的な意見が出てくるようになると仲本氏。「社内調整に時間・体力を取られることもなくなり、事業のスピードも圧倒的に加速すると思いますよ」と笑う。

注目されている自分が、果たすべき責任

副業で経営視点を養うこと、ビジネス経験を積むことは大きな糧になる。それは新規事業に限らず、すべての業務に通じると仲本氏は考えている。

仲本:僕の場合は、みずほ銀行でも新規事業を担当していたということで、より副業との親和性があったと思いますが、経営者にしかできない経験を積むことは新規事業だけでなく、既存の銀行ビジネスの業務にも活かせるはずだと考えています。また、外部の多様な視点や価値観をグループにもたらすという点では、アルムナイ採用などにも力を入れるべきではないでしょうか。

アルムナイ採用とは、退職した元社員を「社外で新しい経験を重ねた人材」として評価し、再雇用すること。みずほFGでもアルムナイのカムバック採用に注力していて、育児や家族の介護、あるいは転職・学業などによるキャリアアップのために会社を離れた人材に、ふたたび活躍の場を提供している。

仲本:今後は副業制度やアルムナイ制度の活用をさらに推進し、会社の外で貴重な知識や経験を得た人材を、どんどん受け入れるべきだと思います。ずっと銀行一筋でやってきた社員にとっても、そうした外部の知見を持った人間が同僚になることで、金融以外のマーケットの知識が身についたり、考え方がアップデートされたりするのではないでしょうか。

かくいう仲本氏自身も、副業制度によって貴重な経験をさせてもらった身として、社内のメンバーに少しでもポジティブな影響を与えることを意識し、行動や言動に気を配っているという。

仲本:副業を始める人が増えているといっても、グループ全体の人数から見れば数パーセントにしか満たないですし、みずほ銀行の行員に限るとごくわずかです。そのなかで、たまたまスポットライトを浴びている僕が果たすべき責任は大きいと考えています。こうしたインタビューも含め、副業で培った経験や考えをしっかり伝えていきたいですね。もちろん、僕の考え方がすべて正しいわけではありませんが、そこは受け取る人に委ねて、ひたすら発信し続けたいです。

「最もイキイキ働く人」になりたい

従来の銀行員のイメージからすると、かなり型破りに見える仲本氏。今後、どこへ向かおうとしているのか。最後に、自身の会社員としてのWillを聞いた。

仲本:会社で出世したいとかいう野心は、本当にまったくと言っていいほどありません。でも、最もイキイキと働いている人間になりたいという思いは強く持っていますね。そのためには、周りに「燃える人間」を一人でも多くつくること、あるいは味方につけていくことが大事です。そうした環境に身を置くことで、自分自身も常に燃えていられると思うので。

執筆:榎並紀行 取材・編集:西村昌樹 撮影:曽川拓哉

仲本 雅至-image

株式会社みずほ銀行

仲本 雅至

同志社大学(経済学部/体育会ラグビー部)を卒業後、2016年みずほ銀行へ入行。東京・台東区の千束町支店(現・雷門法人部)で法人営業に従事。2020年に創設された「副業制度」を活用し、株式会社スパイサーを設立。オンラインコーチングプラットフォーム「mybuddy」をリリースする。2021年にはインスタグラム事業部を設立し、企業やスポーツチームの運用代行・コンサルティング支援を開始。2022年にオンラインコーチングプラットフォーム「mybuddy」を事業売却。

J-Coin Pay - スマホでかんたん銀行の送金・決済アプリ

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株式会社スパイサー

https://spicer.jp/