Interview

【LIFULL】事業アイデアの種は起業家コミュニティーの外にある。fodmy責任者に聞く

【LIFULL】事業アイデアの種は起業家コミュニティーの外にある。fodmy責任者に聞く

不動産情報サービス事業を手がける株式会社LIFULLで、新規事業開発の推進を担当する大竹美沙子氏。

これまでも大企業内で自ら新規事業を手がけてきたほか、経営者として起業家支援をするなど活躍。LIFULLでは立ち行かなくなった過敏性腸症候群のための食事サポートサービスの新規事業「fodmy」を異例の経緯でスピンアウトさせ、自ら事業を担うこととなった。

もともと食事療法に興味があったわけではなく、ユーザーからの感謝の声にスイッチが入ったという大竹氏。

起業家として、ビジネス界隈だけでなく、常にその外側の世界と交流し続けることで、さまざまな社会課題を「自分ごと」として理解し、事業のヒントを見つけるように努めているそうだ。 さまざまな立場から「新規事業」に携わってきた大竹氏に、これからの日本企業における社内起業の可能性、ヒントを聞いた。

ユーザーから感謝の声。それが事業の使命感につながった

ここ数年、日本の大企業ではさまざまな新規事業開発の実践が行われており、興味深い事例も生まれている。

LIFULLからスピンアウトした、過敏性腸症候群の人に管理栄養士が伴走し、それぞれの体質に合った食生活を見つける食事療法事業「fodmy(フォドミー)」もそのひとつ。

もともとは、LIFULLのビジネスプランコンテスト「SWITCH(スイッチ)」を通過した社内応募案件の一つだったが、正式な事業化には至らなかった。

通常であればそのまま終了となるが、当時、新規事業室 事業開発グループ長をしていた大竹氏が社外に事業をスピンアウトさせ責任者を務めているという、一風変わった事例のひとつだ。

大竹:もともとはLIFULL内で、fodmyを伴走支援するアクセラレーターを担当していたのですが、紆余曲折あり事業化の可能性はなくなってしまいました。

ただ、このまま終了させてしまうのはあまりにも惜しいと思い、経営陣に直訴したところ、スピンアウトさせて私が事業を引き継いでもいいという話になったんです。

かなり異例のケースだが、何らかの理由で中止となった社内新規事業をスピンアウトさせて継続するというのは、今後の新たなモデルケースにもなりそうだ。

大竹:事業を完全に社外に切り出すというのは、LIFULLでもとてもイレギュラーなことでした。

私自身、もともと身内に過敏性腸症候群の当事者がいたわけでもなく、プロジェクトを担当するまでは症状名すらも知りませんでした。

しかし、プロジェクトを伴走支援しながら、当事者の方々と触れ合い、感謝の声をいただき、サービスを改善していくなかで、こんなに感謝してくれる人がいる以上、絶対にプロジェクトを終了させてはいけないと思い、覚悟を決めたんです。

例えば、症状が原因で不登校になってしまった中学生のお子さんを持つお母さんからは、「fodmyを利用したら2週間程度で子どもの症状が改善し、学校に行けるようになった。」と涙ながらのご連絡をいただき、本当にいいサービスだなと私自身も泣きそうになりました。

井上(高志)社長も、「そういう強い思いを持った人がやったほうがいい」と私の課題意識に共感し、スピンアウトのために動いてくれました。

せんみつ(新規事業の成功確率は0.3%という意味)と言われる事業開発の世界では、当然ながら成功する事業よりも途中で終わってしまう事業のほうが多い。

しかし、新規事業が終了となってしまう大きな理由のひとつは「本人が諦めてしまうこと」ではないかと大竹氏は指摘する。

大竹:新規事業を提案して立ち上げたのに「会社が続けさせてくれなかった、だから断念した」という人もいます。でも実際は、失敗してもそこで諦めなかった事業、また起業家だけが、残っていくのでないかと思います。

新規事業開発は、明確な成功パターンやルールがあるわけではありません。本当に事業を通して実現したいことがある人は、あらゆる可能性にかけて行動します。それくらいの覚悟を持っている人が、新しい事業を推進していけるのだと思うんです。

顧客の景色を見るために、起業家以外の人たちと交流する

大竹 美沙子氏

大竹氏の社内起業家としてのキャリア、スキルは、玩具メーカーである株式会社バンダイでの社内起業経験や、独立し、起業家の支援を行ってきた経験によって培われてきたという。

大竹:バンダイで社内ベンチャーを立ち上げたときは、玩具・エンタメ業界の新規事業だったので、顧客にどんなワクワクする体験価値を届けられるかという観点から事業のアイデアを考えていました。

しかし、LIFULLなど一般的な企業の新規事業開発では、顧客の課題に向き合い、解決するためのソリューションを考えることが事業アイデアにつながります。

このような、2つのタイプの新規事業のつくり方を実践してきたことは、自分の強みになっていると思います。

最近は「課題解決型」の新規事業をサポートする機会の多い大竹氏だが、ここから得られる学びは大きく、新しい事業づくりのヒントになることも多いと言う。

大竹:fodmyでは、過敏性腸症候群の方々の課題に向き合い、解決するためのソリューションとして管理栄養士の方々と協働させていただいています。

そのなかで、国家資格が必要な仕事であるにもかかわらず、管理栄養士の方々の就業環境にはまだまだ課題が多いということを知り、衝撃を受けたんです。いつか事業をとおして、この課題解決にも挑戦したいと思うようになりました。

こういった意図せぬ「現場」との出会いが、新しい事業づくりのヒントになる。起業家といえば、ビジネスセミナーやベンチャー界隈などの同業者との交流会に足繁く通い、人脈を培い、ビジネスのヒントを得たりしているイメージもあるが、大竹氏は意識的にそれ以外の場所にも足を運んでいるそうだ。

大竹:自身が起業家として独立したときから、あえて専業主婦や会社員の方など、自分の周囲にいる方々とは違う立場の人と会うようにしていました。

ありとあらゆる業界の企業から企画やマーケティングの相談を受けることが多かったのですが、そのためのアイデアを生み出すには、いろんな顧客の景色に触れる必要があると思ったんです。

そういう意味では、起業家が同業者のコミュニティーにばかり出入りするのは視野が狭くなるので、あまり良くないんじゃないかなとも思います。

最近ではさらに視野を広げるために、つまらないと感じていたテレビ番組を見るようにしたり、新聞を購読したりもしているそう。またECサイトなどの「おすすめ機能」をオフにすることで、普段自分では選ばないような商品があえて目に触れるようにしているそうだ。

専門家や信用などのリソースを活用できる社内起業のメリット

明確な成功パターンやルールがないなかで、さまざまな試行錯誤が繰り広げられている大企業の新規事業開発。

それでも成功のコツは何かあるのだろうか。大竹氏新規事業に取り組む際は「正解を探さず、失敗を恐れない」ことが大切だと説明する。

大竹:「新規事業開発」自体が、ほとんどの日本の大企業にとっては未経験の仕事です。起業や事業を立ち上げた経験のない経営層、役職者もたくさんいます。

既存事業と同じセオリーや成功例を当てはめてもうまくいかないので、「正解は一生見つからない」くらいの気持ちで、失敗を恐れずにやるのがちょうどいいでしょう。

違った流れを作ることが求められる新規事業は、失敗を恐れないようなちょっと変わった社員が活躍できるフィールドだと言えるかもしれません。

とはいえ失敗してばかりだと、会社も担当者もいろんなダメージを受けてしまう。失敗経験を積み上げつつ社内新規事業を育てていくには、本業に近い事業から取り組むことが成功のカギだと大竹氏は話す。

大竹:新規事業というとイノベーティブな取り組みをイメージしがちですが、最初は本業のノウハウを横展開するなど、近い分野から取り組んだほうがいいかもしれません。

そのうえで大竹氏は、大企業で長年キャリアを積んできた40代、50代のベテラン社員と新規事業の相性についてもこう話す。

大竹:40代、50代のビジネスパーソンは早期退職の対象になるなどもあり、キャリアの帰路に立つ方も多いのではないかと思います。

実際、私の元にも、大企業の50代の方からの早期退職についてのご相談は増えています。以前も、起業をしようか迷われている方に相談されたことがあるのですが、もしまだ会社のなかで挑戦したいことがあるのなら、それを経験したほうがいいとお伝えしました。

それなりにキャリア、経験を積んでいて、社内外との人脈も豊富な人は、新規事業の成功確率を上げる要因にもなり得ます。

また、40代、50代のビジネスパーソンが新しいチャレンジができる世の中にならないと閉塞感も強まってくるでしょう。ベテラン社員が現役で活躍し続けられる環境づくりにおいて、新規事業にはひとつの可能性があると思います。もちろん、そのためには本人の0から学ぶ姿勢や意識改革も必要ですが。

LIFULLからスピンアウトしたfodmyの事業責任者のほか、個人起業家としてのキャリアも豊富な大竹氏だが、社内起業ならではのメリットはとても多いという。

大竹:やはり一人でできることはリソース的にも規模的にも限られています。いっぽう社内起業であれば、メンバーも含めて会社のリソースを思う存分活用できます。また、いろんな分野の専門家が社内にいることも本当にありがたいです。

個人の起業だとチームを組むにも専門家を雇うにもすべてお金を払わないといけません。また企業名という看板の力もとても重要です。

もともとLIFULLの新規事業だったfodmyも、管理栄養士さんや医療機関との連携において、LIFULLという会社の信用力にとても助けてもらいました。いま思えば、スタートから全然違ったと思いますね。

社内事業だからこそできるスケールで、新しい価値が生まれる事業をつくりたい

さまざまな立場から事業づくりに携わってきた大竹氏。fodmy事業の展望について次のように説明する。

大竹:fodmy事業を通じての今後の展開としては、過敏性腸症候群の症状に悩み、学校に行けないような学生さんの支援策を導入していきたいと考えています。

また、やはり管理栄養士さんの就業環境に対する業界の課題解決として、スキルアップや雇用創出支援につながる事業は手がけてみたいと考えています。

fodmyで管理栄養士さんにアドバイスをもらっていると、その他の食事療法や食育など、管理栄養士さんが活躍できる場所は今以上に身近にたくさんあるのではないかと思うんです。

また、大竹氏は社内新規事業だからこそできるスケールで、LIFULLに新しい価値が生まれるような新規事業をつくりたいとも話す。

「取り組みたいことがまだまだいっぱいある」大竹氏は最後にそう語った。

取材・執筆:西村昌樹 編集:佐々木鋼平 撮影:曽川拓哉

大竹 美沙子-image

株式会社LIFULL

大竹 美沙子

みずほ銀行、IT企業を経て、バンダイにてマーケティング・商品企画業務に携わった他、社内ベンチャーの立ち上げなど幅広い経験を活かし、2013年独立。事業や商品の企画支援や女性起業家の育成を中心に事業展開。2020年6月よりLIFULLにて新規事業提案制度運営責任者、社内外の事業アイデアの目利きと事業化支援に従事。