Interview

【パナソニック】初のカーブアウト。日本発のグローバルプラットフォーマーを目指すVieureka

【パナソニック】初のカーブアウト。日本発のグローバルプラットフォーマーを目指すVieureka

パナソニック株式会社は、松下幸之助によって設立された日本を代表する総合家電メーカーだ。長らく「モノ売り」を強みとしていた同社は近年、同社製のエアコンをスマホで遠隔操作できるアプリの開発や、冷調機器・空調機器の遠隔運用サービスの提供などの「コト売り」にシフトしつつある。

そんな同社において、エッジAIプラットフォーム「Vieureka(ビューレカ)」を新規事業として立ち上げ、2022年7月にパナソニック、JVCケンウッド、WiLの共同出資を受け、Vieureka株式会社としてカーブアウトさせたのが宮﨑秋弘氏だ。

カーブアウトによる会社設立は、じつはパナソニック史上初。そんな偉業を達成した宮﨑氏に、エッジAIプラットフォームに着目した経緯から、事業化、独立までの道のりを伺った。

労働生産性を向上させるエッジAIプラットフォーム「Vieureka」とは

Vieureka株式会社は、「世界の今をデータ化する新たな社会インフラを創造」をミッションに掲げ、エッジAIプラットフォーム「Vieureka」の開発・運用を行っている。

エッジAIとは、カメラなどの端末(エッジデバイス)にAI(人工知能)を搭載することで、取得したデータを外部サーバーで処理せずに端末上で活用する技術をいう。

現在主流となっているクラウドAIは、エッジデバイスが得たデータをサーバーに送る必要があるため、リアルタイムで端末を反応させるためには、どうしても遅延が発生してしまう。

また、エッジデバイスの数が増えればデータ量は膨大になり、通信コストが跳ね上がってしまう。個人情報が外部ネットワークを介してエッジデバイスの外に出てしまうことで、漏えいリスクが上がるというデメリットも抱えている。

さらにクラウドAIの場合、リモートメンテナンスの際にはエッジデバイス一台一台に直接ログインし、アップデートするなどの作業が必要。接続するエッジデバイスが1万台、10万台と増えていけば、メンテナンスが追いつかなくなる事態が想定される。

一方、エッジAIはエッジデバイス内でデータ処理が可能だ。そのため、通信コストを1万分の1にまで削減できるほか、メンテナンスやアップデートは、スマホのアプリのように遠隔で操作できる。

宮﨑:エッジAIにはさまざまなメリットがあり、労働生産性を大きく向上させる技術としても注目されています。そんなエッジAIの開発・導入・運用のハードルを下げ、なおかつ機能の柔軟なアップデート・拡張を叶えるのがVieurekaプラットフォームです。

宮﨑秋弘氏

Vieurekaプラットフォームは、エッジデバイス「Vieurekaカメラ」、カメラを遠隔で一元管理できる「Vieureka Manager」、カメラ用のアプリケーション開発キット「SDK」で構成されている。

Vieurekaカメラは手のひらサイズのエッジAI端末で、用途に応じたアプリをインストールできるのが特徴だ。

一台のカメラを用途に応じて使い分けることも可能で、たとえば、交差点に設置されたVieurekaカメラを警察、工事会社、飲食店などの異なる行政・団体・企業が共有し、それぞれが必要とするデータだけを収集・活用できる。

宮﨑:これまでは、行政や企業、目的ごとに別々のカメラを設置し、それぞれのメンテナンスを人が現場で行っていたことを、Vieurekaプラットフォームを導入すれば、低コストでAIやIoTに置き換えられる。そんなプラットフォームの社会実装を、当社が支援できればと思っています。

1兆円規模の携帯電話事業が失われた衝撃

宮﨑氏の古巣であるパナソニックは2000年代、携帯電話に関する事業だけで1兆円規模の売上があった。しかし、iPhoneの登場などにより業績は大幅に落ち込んだ。

また、消費者の傾向が「モノ消費」から「コト消費」へとシフトしていくなかで、テレビやカメラといったハードウェアに毎年新機能を付け加え、単品で売り切るだけのビジネスモデルは行き詰まりを迎えていた。

1995年にパナソニックに入社し、携帯電話や監視カメラの組み込みソフトウェア開発などに携わってきた宮﨑氏は、そうした状況を目の当たりにし、「モノ売りではなくコト売りをやりたい」「Appleのようにプラットフォーマーにならなければ利益は上げられない」と考えるようになったという。やがて行き着いたのが、現在のVieurekaプラットフォームのもととなる構想だった。

Vieurekaオフィスに飾られていた松下幸之助(パナソニック創業者)の写真

宮﨑:当時から「人がやっている仕事はいずれAIに置き換わる」と言われていました。人が行動したり、判断したりするためには五感による情報収集が不可欠です。

では、私たちの五感はどのように情報を収集しているのか? 調べてみると、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のうち、視覚から得ている情報の割合が87%を占めていたんです。

であれば、カメラに脳、つまり人工知能を内蔵すれば、これまで人がやってきた仕事をテクノロジーに置き換えやすいのではないかと考えました。

監視カメラはすでに世界中に普及しているが、それらができるのは映像を撮り続けることだけ。映像データの99%以上は活用されることなく捨てられている。

けれど、一つひとつのカメラに人工知能を内蔵し、それらをサーバーとつなぐことができたら、効率よく世界をデータ化し、人々の生活に役立てるプラットフォームが実現するかもしれない。

そんな思いのもと、2009年、宮﨑氏はエッジAIカメラを中心とした研究・開発をスタートした。2017年にはR&D部門の傘下で事業化し、2022年にはVieureka株式会社を立ち上げ、パナソニック史上初となるカーブアウトを成し遂げる。しかし、独立するまでの道のりは決して平坦ではなかった。

イノベーティブなアイデアを社員全員に理解してもらうなんて無理

総合家電メーカーとして知られるパナソニックは元来、モノ売りが強み。また2010年代以降、コト売りやプラットフォームビジネスの重要性が社内で認知された後も、IoTプラットフォームは端末側ではなくクラウドサーバー上で情報処理するのがベストだと考える人が圧倒的に主流を占めていた。

そのなかにおいて、カメラというエッジデバイスにAIを搭載し、分散型プラットフォームを築くという宮﨑氏の構想は、当時のパナソニックでは異端中の異端。あまり大きな声で公言してしまうと、既存事業とのハレーションが起こるのは明らかだった。

そのため宮﨑氏は、ネットワークカメラとしての研究・開発を前面に押し出して事業収益を上げつつ、空いた時間にプラットフォーム構想の研究・開発を進めるという方法をとった。プラットフォーム構想について報告したのは、当時の上司や一部の役員だけだった。

宮﨑:イノベーター理論によると、イノベーターは全体のわずか2.5%しかいません。つまり、イノベーティブな事業アイデアを社員全員に理解してもらうなんて、そもそも無理な話なんです。仮に理解してもらえたとしたら、そのアイデアは二番煎じ、三番煎じの可能性が高いでしょう。

「おまえがそう思うならやってみろ」と言ってくれる上司や役員が数人でもいてくれたら十分です。少なくとも私はそう考えて、各部署に合わせて情報をコントロールしながら交渉し、Vieurekaプラットフォームの事業化を進めました。

新規事業を立ち上げるなら「何でも屋」になれ

顧客開拓も自身で積極的に行った。そして、十分なユースケースが揃ったところで、「お客様がVieurekaカメラを含むプラットフォームを導入したいとおっしゃっています。あとは契約書を交わすだけです」と会社に報告した。

分散型プラットフォームの事業アイデアを提案し、承認をもらうのではなく、ネットワークカメラを購入した顧客がプラットフォームを求めているという既成事実をコツコツと積み重ねることで、会社としてGOサインを出さざるをえない状況をつくり出したのである。

こうして宮﨑氏は、エッジAIによるプラットフォームサービスという、業界内でも異色の新規事業をスタートさせたのである。

なお、社内で数人の上司や役員から後ろ盾を得られたのも、新たな顧客を開拓できたのも、サッカー選手でいうところの「ポリバレント(複数のポジションをこなせること)」を心がけて行動してきた成果だという。

宮﨑:私はソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートさせましたが、プログラミングだけをしていたら、Vieurekaプラットフォームを実現することはできませんでした。

プログラミングやテクノロジーに精通するだけでなく、週末には役員とゴルフ外交したり、社外の勉強会に参加したりして、たくさんの人とつながりを持ち、新規事業に活かすことを心がけました。新しいビジネスを興そうと思ったら、一つのポジションに固執していてはダメなんです。

日本発のグローバルなプラットフォーマーに

宮﨑氏が率いるVieureka事業は、2022年7月、パナソニック、JVCケンウッド、WiLの共同出資によるVieureka株式会社を設立することでカーブアウトを果たした。

宮﨑:世界中にある数百万台、数億台というエッジデバイスをつなぐプラットフォームを実現するためには、パナソニックにとどまるより、別会社としてニュートラルなポジションにいたほうが、この先いろいろと都合がいいだろう。そんな判断からカーブアウトを決意し、最終的には会社にも理解してもらいました。

事業の成長スピードをもどかしく思う気持ちも、カーブアウトを後押ししたという。

宮﨑:2017年に事業化してから売上は毎年50%ほど伸びていたものの、T2D3(サービスローンチ後の年間経常収益を1年ごとに3倍、3倍、2倍、2倍、2倍に成長させる指標)の成長モデルにはほど遠い状態が続いていました。

その原因を考えたとき、パナソニックという大企業に所属しているという甘えが、自分を含めたメンバーにあることが一因ではないかと感じたのです。

また、独立するべきかあちこちで相談していたら、「独立するなら出資するよ」と、多くの方がおっしゃってくれたんです。だったら独立しよう。そう覚悟を決めました。

エッジAI市場は今後大幅に拡大することが予測されており、Vieurekaプラットフォームは非常に将来性がある事業といえる。ゆえにパナソニック内部から引き留める声も多かった。しかし、そこで助け船を出してくれたのが、同社CTO(最高技術責任者)の小川立夫氏だ。

宮﨑:社内の人々に「独立しないとこれ以上の成長は難しい」と説明しても、なかなか納得してもらえませんでした。

ところがある日、小川さんが「パナソニックではこの30年間、R&Dベースで大きく育った事業はない。その事実が、パナソニック内で事業を続けるのは難しいという宮﨑の判断の正しさを証明しているのではないか」と言ってくれたのです。

2024年中に100万台のエッジデバイスをプラットフォームにつなぐ。これが、Vieureka株式会社の目下の目標だ。「中長期的には数億台とつなぎたい」と宮﨑氏。勝算は、もちろんある。

宮﨑:第二次世界大戦後、日本はモノづくりで大きく経済成長しました。対するアメリカはインターネット分野に力を入れ、1990年代以降、日本企業は大きく後れをとるかたちになりました。

けれど近年、インターネットとモノづくりが高度に融合するサイバーフィジカル社会に移行しつつあり、そのなかでエッジAIも注目されています。これはモノづくりに精通している私たち日本企業にとって、とても有利な状況だと考えています。目指すは、日本発のグローバルなプラットフォーマーです。

100のうち99は苦しい。それでも楽しさが勝る

新規事業の立ち上げにはさまざまな苦労がともなう。宮﨑氏も、「100のうち99はしんどい」と話す。

宮﨑:でも、前例がないことに挑戦して答えを見つけるのは、とてもワクワクするプロセスです。これからの社会には、エッジAIプラットフォームが不可欠になるという確信が私にはあります。そんな自分が思い描く未来に向かって、Vieurekaが貢献できるよう主体的に動く。それが本当に楽しいんです。

インタビューの最後に、新規事業がなかなか軌道にのらず悩む担当者に向けてアドバイスをお願いしてみた。すると……。「(会社を)辞めちゃえば?」という強烈な一言が返ってきた。

宮﨑:新規事業がうまくいかない理由が会社にあると考えているのなら、辞めてしまってもいいのではないかと思います。その事業のために会社を辞めるほどの情熱や信念、行動力があれば、その事業に協力してくれるところがきっと現れるはずです。

実際に会社を辞めないにしても、それくらいの決断がイメージできないのであれば、その事業に自信を持ちきれていない証拠かもしれないと、宮﨑氏は言葉を続けた。

宮﨑:以前「パナソニック・スピンアップ・ファンド」という社内ベンチャー制度で起業した社長たちに向けて、津賀一宏会長がこう言っていたんです。

「雇われ社長でいる間はうまくいかないよ。いつでも会社に戻れると思ったら、どこかで甘えが出てしまう。退路を断って挑戦しないと、人は真剣になれないものだ」と。この言葉はいまも私の胸に残っています。

取材・執筆:小川裕子 編集:佐々木鋼平 撮影:曽川拓哉

宮﨑 秋弘-image

Vieureka株式会社

宮﨑 秋弘

1995年、パナソニック入社。本社R&D部門などで通信規格の国際標準化やソフトウエア開発に携わったのち、2009年にVieurekaプラットフォームにつながる技術の研究・開発をスタート。2017年に事業化、2022年7月にVieureka株式会社を設立し、現職に就く。