Interview

【パソナグループ】約20社の「社内起業」を導いたファンド事務局長に直撃

【パソナグループ】約20社の「社内起業」を導いたファンド事務局長に直撃

主に地方で活動する中小企業が減少傾向にあるといわれるいま、地方経済の活性化に資する産業を生み出すことが、今後の日本の経済成長には欠かせない。

そんななか、東北・京丹後・淡路島など、全国で自治体や地元企業などと連携しながら「人材誘致」による独自の地方創生事業を展開するパソナグループにも熱い視線が集まっている。

そんなパソナグループでは、社内起業家のためのインキュベーションファンドNVCF(ニューバリュークリエーションファンド)を立ち上げ、地方創生による豊かな社会の実現に向けて、新しいチャレンジを行っている。

強い意志を持つ社内起業家をサポートするNVCFはどのような仕組みになっているのか。これまで約20社を設立に導いてきたNVCF投資政策委員会事務局長・進藤かおり氏に伺った。

挑戦者の心に寄り添う企業文化が生み出す好循環とは

創業以来、雇用創出をミッションに、いくつもの新しいワークスタイルのあり方を世の中に提案してきたパソナグループ。

創業者であり、グループ代表の南部靖之氏の「一人でも多くの雇用を創出したい」という思いと「社会の問題点を解決する」という企業理念のもと、1976年に株式会社テンポラリーセンターとして立ち上がった。

2013年には「雇用を生み出す起業家」を輩出するために、社内ベンチャーインキュベーション制度「ニュー・バリュー・クリエーション・ファンド(NVCF)」を設立。グループ内のリソースを活用して社内起業家を育成しつつ、新規事業を支援、これまで約20社の設立をサポートしてきた。

NVCF事務局長の進藤氏は、前職では日系投資顧問会社でファンドマネジャーとしてベンチャ―企業などについて勉強してきた。

進藤:南部から、「志」をもってチャレンジしようとする社員の起業を支援する仕組みの一つとして、ファンド事務局の立ち上げのミッションをいただきました。

パソナグループにはNVCFが立ち上がる前から社内起業家は何人もいましたが、時代の変化に伴い、より多くの事業創出と人材育成を目指す必要性を私自身も感じていました。ファンドを立ち上げることで、社内起業を志す人を可視化してつなげ、事業を創り上げる風土を促進できると考えました。

私自身、ファンドマネージャー時代に数多くの起業家の思いに触れてきたのもあり、パソナグループでも志高く、大義名分を持った社内起業家の熱量に感動し、チャレンジしたい人の背中を押す存在でありたいと思っていたため、ファンドの立ち上げと運営に携わることができて非常に嬉しいです。

アイデアは外部から募り、社内起業家として採用。起案者も自ら出資

2015年には東日本大震災後の復興を目的に東北の地で事業を興したい社内起業家を支援する「東北未来戦略ファンド」が設立。2017年には地方の課題解決を目的とした社内起業家を支援する「地方創生ファンド」も立ち上がった。いずれもNVCFの傘下に存在するファンドだ。

これらの2つのファンドには大きな特徴が2つある。一つは、事業アイデアを社外から募集するという点だ。審査に通った参加者は、パソナグループにて起業を目指すアントレプレナー社員(契約社員)として採用され、新規事業立ち上げにチャレンジできる。

もう一つの特徴は、会社設立に際し、起案者自らが子会社の株式を一部保有するという点だ。

進藤氏:自己資金を入れることで、起業家の事業に対する真剣さは格段に上がると思います。当事者意識と熱意から、周囲の支援も受けやすくなることもあるでしょう。

スタートアップを立ち上げた数々の起業家を見てきた進藤氏だからこそ、起業家が持つべき責任とマインドセットの重要性を感じるのだろう。

創立記念日は、新たな社内起業家を発掘する「チャレンジの日」

毎年、創立記念日の2月16日を中心に募集が始まる社内起業制度「チャレンジの日」という仕組みもある。これは既存のパソナグループ社員に向けた制度であり、これに通過し事業化の見込みが見えた場合、ファンドから出資を受け起業することができる。

創業者である南部氏が「チャレンジ精神」を大切にし、社員の夢の実現のために設けられた制度だ。国内外・雇用形態問わず、パソナグループ全社員が、新規事業提案や社内改善案を応募することができる。

進藤:チャレンジの日の歴史は長く、パソナグループの社員には欠かせないイベントであり、「挑戦の場」です。思いついたばかりのアイデアを持ち寄って参加する人もいれば、起業したいと1年かけて考えて挑戦する社員もいます。2022度は700件を超える提案があり、過去最高応募数を更新しました。

新規事業提案のほか、業務改善提案も含めると毎年2,000件以上の案件が集まるという。

進藤:案件を一つひとつ丁寧に拝見し、既存事業の新サービスとして検討したり、業務改善の新たなアイデアとして現場に提案したりと、幅広く出口を作っています。

社員の提案を取りこぼさず、最適な形で組織の成長につなげたいという進藤氏の強い思いが見える。

過去の成功事例には、パソナグループを代表する子会社であり、福利厚生代行サービスをはじめとした人事総務部門に向けたサービスを幅広く手がける株式会社ベネフィット・ワンがある。

進藤:ベネフィット・ワンに次ぐ事業を生み出し育てられるよう、社内起業制度の充実やNVCFを通して社員に社内起業家の活躍を見てもらい、チャレンジすることの楽しさを経験してもらいたいと思います。

新規事業への挑戦が伝播する秘策は「メンター」と「リファラル」?

進藤氏はパソナグループで新たな事業が生まれ続ける理由について、「助け合いの文化」が社内に浸透しているからだと答える。南部氏は創業の際、たくさんの仲間に助けられたことから、ベンチャーは仲間が大切だと社員に伝えているという。

進藤:事業開発を経験したことがある人や、関わったことのある社員がメンターとなり、起業までいかなくとも事業をつくりたいという若手社員をサポートしています。

実際に社内ではさまざまなアドバイスが行き交っており、メンターが生み出すポジティブな連鎖が小さな事業を拡大させているという実感があります。

南部氏が発信するベンチャーにおける仲間づくりの重要性を、社員が認識し実践していると進藤氏。結果、社員同士が支え合い、挑戦を後押しする風土がパソナグループに定着しているという。

また、そのポジティブな連鎖は社内にとどまらず、社外にも行き渡っている。先述の「地方創生ファンド」では、社外から人材を募集しているが、応募者の多くはパソナグループ社員のリファラルだという。

進藤:事業づくりと社会貢献に熱意を持つ人の輪が、社外にも広がっています。志の高い社員と外の方がつながるおかげで、パソナグループの活動に参加してくれる人々が増え、事業開発が促進されていると感じます。ファンドを通して新たな起業家がパソナグループに参画し、事業が生まれるのは、組織にとって非常に大きなメリットです。

出資の軸は「人」。サポートの幅は広く

新規事業開発に挑戦したくても、なかなか応募まで踏み出せない人もいるだろう。そう考えた進藤氏は、事業創出を目指すファンドや社内起業制度だけでなく、起業家の挑戦を促すための「サポートプログラム」も立ち上げた。

兵庫県淡路島を舞台にした女性起業家のための事業プランコンテスト「LBA女性起業家コンテスト Awaji Startup Queen Award」など、年に4、5のコンテストを催しており、社内外から参加者を募っている。

優れたアイデアを提案した人には、事業化に向けたブラッシュアップを行うメンタリング支援が提供され、場合によってはファンドによる出資も検討されるという。

進藤:事業としてできあがったものに出資することが一般的ですが、パソナグループが投資するのは「人」です。志を持ち社会を変えていきたいという強い思いを持った人財、あきらめず挑戦しようとする人財をサポートし投資ができればと考えています。アイデア、志はあるけれど一人でどのように立ち上げたらいいかわからないという方から、サポートプログラムに対する感謝の声も多くいただくことができました。

社内外問わずパソナグループでは自身のフェーズに合わせてさまざまな機会を選ぶことができる。

また、社員の挑戦を促進する仕掛けとして、パソナグループならではの「休暇制度」にも注目すべきポイントがある。

社会福祉活動や災害支援を希望する社員を対象に、国内なら3か月以内、海外なら2年以内の休職を認める「ボランティア休職制度」や、社員のキャリア形成や夢の実現のために一定期間休職することを認める「ドリカム休職制度」など、パソナグループでは独自の休暇制度を設けている。

進藤氏は休暇制度の目的と込められた思いについてこう語った。

進藤:起業を志す社員の挑戦は、会社として全面的に後押ししたいと考えています。事業開発の準備期間として休職したり、興味のある国や地域を訪れたり、休暇を取る理由はさまざまだと思います。もし、事業の種になるものを見つけられなかったとしても、またパソナグループに戻って別の方法で新たな挑戦をしてほしいと考えています。

地方創生の好事例 ボランティアから社内起業家に

休暇を活用して生まれた子会社の事例として、株式会社パソナ東北創生がある。

代表である戸塚絵梨子氏は、東北の震災を機にボランティア休暇を取って1年間、岩手県釜石市のまちづくり団体で支援活動を体験。その活動経験をもとに「東北未来戦略ファンド」に応募し、2015年に釜石市でパソナ東北創生を立ち上げた。

これまでの活動を通じて培った幅広いネットワークを活かし、被災地のさまざまな課題解決に向けてボランティア仲間とともに、全国の企業や団体等を召致し、人材育成・研修事業、事業開発支援事業を通じて被災地域の産業復興に貢献している。

進藤氏が釜石市を訪れた際、現地で震災復興に励む戸塚氏の姿を見て感動したと、進藤氏は当時の思いを振り返った。

進藤:震災後、パソナグループでは人の支援だけでなく、新たな産業を通じて復興支援を行おうと考え、「東北未来戦略ファンド」を立ち上げました。雇用創出と復興支援を実現した事例として、非常に誇らしく思います。

「東北未来戦略ファンド」は、戸塚氏の事例以外にも新たな観光事業や特産品をつかった事業などが立ち上がっており、震災後の新産業を生み出すファンドへと成長している。

進藤:本社機能の一部を移転している淡路島でも、起業家の育成とベンチャー企業の誘致などを含めて活動しており、私自身、現在東京と淡路島の二拠点生活です。今後、淡路島をベンチャーアイランドとして人材育成にも力を入れながら新しい事業をたくさん生み出したいです。

パソナグループは東北以外にも、日本全国で地方創生を軸とした事業創出に励んでいる。

社会貢献と事業は「両輪」でなければならない

事業会社であるパソナグループが起業を支援する目的は、あくまで「雇用創出」にあると進藤氏。

そのうえで「企業という車は利益と社会貢献の両輪で相まって前進する」というのが創業者である南部の一貫した考えだと、進藤氏は強調する。

社会の課題を解決したくても、お金を生み出さなければ新規事業開発に励むことはできない。そのバランスが両輪たる所以である。近年のSDGsの流れも相まって、さまざまな企業が経営戦略の一貫として社会貢献を掲げるようになり、その流れを無視する会社が淘汰される傾向はさらに加速した。

進藤氏によると、南部氏自らがこういった考え方について社員と積極的に話し合っていることが、組織風土の活性化にもつながっているという。

進藤:南部が直接話すことで社員のモチベーションが高まる瞬間を何度も目にしてきました。南部の背中を見て、私自身もNVCF事務局長として積極的に社員の悩みを聞いたり、アドバイスを伝えたりしています。おかげで、社会課題解決や事業創出に対する強い思いを持った社員が揃った組織へと成長していると感じます。

制度やファンドの立ち上げにとどまらず、南部氏を含む組織のトップ層は社員とのコミュニケーションを絶やさないという。パソナグループの、事業創出を下支えする風土づくりが見えてきた。

最後に、進藤氏に社内起業家へのメッセージを伺った。

進藤:起業はハードルが高そうに思いますが、挑戦しなければ何も変わりません。日々の忙しさに流されてしまわないように一分一秒を大切にしながら、どうすれば課題の多い世の中を変えられるかを考えてみてください。志があれば集まってくれる仲間はきっといます。仲間の声に耳を傾けて、社会課題を解決する事業を提案できるよう頑張ってください。

取材・執筆:ぺ・リョソン 編集:林亜季 撮影:野呂美帆

進藤 かおり-image

株式会社パソナグループ

進藤 かおり

2010年株式会社パンナグループに入社。社内起業家のためのインキュベーションファンドの事務局を務める。起業による雇用創造を目指し、社内起業家の輩出に力を注ぐ。スタートアップのビジネスモデルの分析など、日系投資顧問会社のファンドマネジャーの経験を活かし社内起業家のメンターや事業構築に携わる。