Interview

【日本マイクロソフト】日本の社内起業家に必要なのはテクノロジーの知見と交流の場

【日本マイクロソフト】日本の社内起業家に必要なのはテクノロジーの知見と交流の場

日本マイクロソフト株式会社(以下、日本マイクロソフト)が、日本企業の新規事業支援に本気で取り組んでいる。

2019年に日系企業の新規事業創出を支援するコミュニティ「Empower Japan Intrapreneur Community」を設立。企業の新規事業担当者にクラウドやAIといったテクノロジーの知見と交流の場を提供する。

中心となるのは同社マーケティング&オペレーションズ部門の金本泰裕氏だ。自身が過去に携わった新規事業開発の経験と課題感をもとにコミュニティを立ち上げたという。

今回は金本氏に加え、コミュニティ運営に携わるエンジニアの宮坂航亮氏と、Season2 プログラム(2021年実施)参加者であり、最終発表会にてグランプリを受賞した日揮ホールディングス株式会社のデータストラテジスト、倉田浩二郎氏に、Empower Japan Intrapreneur Communityについて話を聞いた。

大手企業の社内起業家が集まるコミュニティの秘密に迫る。

日本の社内起業家にとって、必要な「場」を提供したい

Empower Japan Intrapreneur Communityは2つの目的で運営されている。ひとつはクラウドやAIといったテクノロジーの知見を日本企業に所属する社内起業家に提供し、支援すること。もうひとつは社内起業家たちに交流の場を提供することだ。つまり、社内起業家が「テクノロジーと仲間」に出会い、新規事業開発の支援を受けられるコミュニティとなっている。

日本マイクロソフト株式会社 金本泰裕氏

Empower Japan Intrapreneur Communityを立ち上げた金本氏は、前職のNTT東日本で10年以上新規事業開発に携わってきた。電子マネー「Suica」のデータを活用し、社外との協業により新たな収益源を創造する事業のほか、日本IBMに出向し、エネルギーマネジメントやクラウドゲーミングなどの事業開発を担当したことがある。

金本氏:過去の経験を通して、新規事業担当者がテクノロジーの知識を持っていることで、顧客課題に対する解決策の発想が広がったり、技術的な面での競争優位性を考えられるようになったり、事業のクオリティが格段に変わることを確信しました。そこで、テクノロジーという武器を社内起業家に提供することで、新規事業の質がより高まると考えました。

数々の企業のイノベーション創出支援をしてきたグローバルテクノロジーカンパニーであるマイクロソフトが日本のビジネスパーソンに向けて、テクノロジーとその活用方法を学べる場を提供すれば、世界に通ずるプロダクトやサービスを生み出せるかもしれない。こうして金本氏は、コミュニティの立ち上げのために動き出した。

金本氏:このコミュニティの立ち上げ自体が社内起業的に始まったもので、アイデアを想起してからさまざまな人に話をしつつ仲間集めに取り組みました。

マイクロソフトには「Growth Mindset」という考え方があり、社員の挑戦や新たな取り組みに対して背中を押してくれる環境・カルチャーがあります。そのおかげでコミュニティの立ち上げを迅速に進めることができました。また、挑戦を一緒に進めてくれる仲間の存在が非常に大きかったです。一人では恐らく実現することはできませんでした。

エンジニアと社内起業家が会話することで生まれるシナジー

当初は金本氏の声かけで集まった合計4人の社員でEmpower Japan Intrapreneur Communityの準備を始めたという。その立ち上げメンバーの一人が、日本マイクロソフトのエンジニアの宮坂航亮氏だ。

日本マイクロソフト株式会社 宮坂航亮氏

Empower Japan Intrapreneur Communityの立ち上げ前は、社内でカスタマーエンジニアとしてアプリケーション開発やクラウドの利活用を支援していた宮坂氏。新規事業の創出支援に携わることになった理由について、次のように語った。

宮坂氏:同僚を通して金本の取り組みを知りました。事業開発を志す人にテクノロジーの知見を届けたいという金本の思いに共感したのを記憶しています。エンジニア同士の組み合わせだと、テクノロジーの世界に閉じた話になりがちなところ、エンジニアと社内起業家の組み合わせであれば、ビジネスにおけるテクノロジーの活かし方ついて話せます。この違いに面白さと可能性を感じました。

なぜ、社内起業家にはテクノロジーの知識が必要なのか?

宮坂氏はEmpower Japan Intrapreneur Communityの運営メンバーとして、社内起業家に向けた「テックセッション」の講師としても登壇している。

エンジニアや専門家が登壇するテックセッションでは、クラウド、データ解析、ブロックチェーン、AI、NFT、VR / ARなどの代表的なテクノロジーについての知識のほか、テクノロジーを活用した新規事業の事例も学べる。さらに、クラウドやAIの技術を活用し、物や人の顔を判別するアプリをノーコード・ローコードでつくる体験型ワークショップも受けられる。

宮坂氏は社内起業家がテクノロジーの知識を習得する重要性を、日系企業の課題に触れながら説明した。

宮坂氏:スタートアップのメッカであるシリコンバレーには、プロダクトをつくるだけでなく、自ら事業を設計するエンジニアが多いのです。しかし日本の場合は、職能においても組織においても「モノやサービスをつくる人」と「ビジネスを考える人」に分かれていることがほとんどです。その分、事業開発のスピードも遅れます。

日本マイクロソフト提供

日本の企業の多くはIT部門とビジネス部門に分かれており、テクノロジーの力が必要な事業開発では両部門の連携が重要になる。また、社外のエンジニアや子会社に発注することも多く、その分時間やコミュニケーションコストもかかる。

しかし、新規事業チーム内にエンジニアがいたり、社内起業家がテクノロジーの知見を持っていれば、時間やコミュニケーションコストを抑えられる。

金本氏:これまで多くの日本企業はITに関わる機能をアウトソーシングしてきました。そのため、事業を考える人が技術面についてエンジニアと会話しながらプロダクトを開発するということが難しく、それが技術について学ぶ機会を失わせ、テクノロジーの便益を活用したビジネスがなかなか生み出せてないという課題があります。Empower Japan Intrapreneur Communityの取り組みを通してビジネスパーソンにテクノロジーの力を与えることが、日本マイクロソフトにいながら事業会社での新規事業開発の経験を持つ私自身の使命だと感じました。

社内起業に携わる人なら誰でも参加可能

Empower Japan Intrapreneur Communityによる社内起業家への支援は事業アイデアの発想のフェーズから始まる。テクノロジーの知見と社内起業家同士の交流の場を提供しながら、参加者の事業アイデアのブラッシュアップも支援する。

参加対象者は、日系企業の新規事業開発担当者だ。新規事業開発を考えている人やテクノロジーを使った新規事業を既に推進している人、テクノロジーの活用でビジネスモデルの変革(攻めのDX)を模索する経営企画担当者などが参加できる。

シーズン(年に1回)ごとに参加希望者を募り、約10回ほどコミュニティが提供するセッションなどがある。活動は毎回19時から21時に行われ、1日にテックセッション、事業アイデアを探し深掘りするディスカッション、そして交流会が行われる。

参加者はテックセッションなどのインプットだけでなく、実際のプロダクト開発時における技術支援、テクノロジーの実装を支援するパートナー企業の紹介、PoC(Proof of Concept:概念実証)支援、協業支援など、アウトプットのためのさまざまな支援も受けられる。

シーズン終了後も、サポートは続く

2019年、初回となるSeason1ではJR東日本、三菱地所、旭化成など20社以上の企業から約30名が参加した。運営メンバーが手分けして知り合いにコミュニティを告知し、参加者を集めたという。

シーズンの終わりには半年かけて磨き上げた新規事業案を披露する最終発表会も行われる。最終発表会では新規事業やテクノロジーに精通したメンターから事業内容へのアドバイスとフィードバックを受けることができる。

シーズン終了後は、参加者が事業アイデアを自社に持ち帰り、社内で実現に向け推進する。希望すれば、シーズンに参加した人たちは引き続きサポートを受けられるという。たとえば、Season1に参加したJR東日本の参加者が提案した旅行商品の検索・購入サービスの新規事業「BUSKIP」は、日本マイクロソフトによるパートナー企業の紹介や、クラウドサービス「Azure」の無償枠提供などの支援も活用のうえ、2021年7月にサービスを開始した。

参加者企業の組織風土にも変化が

コミュニティ参加者は、実際にどんな体験ができたのか。

日揮ホールディングス株式会社のデータストラテジスト倉田氏は、Empower Japan Intrapreneur Communityの参加者の一人だ。2021年度のSeason2に参加し、シーズン最後の審査会でグランプリを受賞した。

日揮ホールディングス株式会社 倉田浩二郎氏

日揮グループは、各種プラント・施設のEPC(設計・調達・建設)と保全事業を行う総合エンジニアリング事業や、機能材製造事業などを手がける。倉田氏はSeason2の最終発表会で、建設業に携わる人材の職歴データをブロックチェーンで管理するサービスを提案した。

例えば、中東の国のプラント建設の人員募集に別の国から採用された人が、必須スキルである「溶接作業」を職歴書に記載していたとする。しかし、いざ現場に派遣すると、実際にはそのスキルがなかったという事態が生じることが業界では珍しくない。

国を超えて従業員を駐在させるには、ビザの発行など手間とコストがかかるため、従業員の職歴詐称は日揮グループだけでなく建設業界の課題でもあった。

倉田氏の提案は、業界の採用領域の課題解決を期待できることから、グランプリに選ばれた。現在はサービスリリースを目指し開発中だという。

倉田氏はEmpower Japan intrapreneur Communityへの参加について「組織が社内起業を前向きに考えるきっかけになった」と語った。

倉田氏:組織風土やカルチャーなど、働く環境の「当たり前」を変えることは難しいです。語弊を恐れずに言うと、弊社では既存事業やそれに関連する技術開発に社員のリソースの多くが割かれ、新規事業はその次という空気感がありました。

しかし、私がグランプリを受賞したことで「日本マイクロソフトが主催するイベントで評価された事業なら、挑戦する価値がありそうだ」と社内に感じてもらえることができ、実際に事業開発が進んでいます。

倉田氏に続き、2022年度のSeason3では日揮から社員1人がコミュニティに参加し、9月に行われた最終発表会で新規事業を提案した。倉田氏の事例から始まり、日揮では社内起業家が連鎖的に生まれ始めていることがわかる。

オンラインでも交流が活発に行われるコミュニティに

2019年9月にEmpower Japan Intrapreneur CommunityのSeason1がスタートして以来、活動はほとんどオンラインで行われてきたという。

なぜなら、Season1が始まって数か月後にパンデミック宣言があり、時代はコロナ禍に突入し対面での会合が難しくなったからだ。

金本氏:Empower Japan Intrapreneur Communityの当初の売りの一つは、交流にありました。大事な対面での交流が困難となり、2020年の初めは、正直コミュニティ終了の危機を感じました。

とはいえ、金本氏の懸念は一瞬のものにしか過ぎなかった。いざオンラインに切り替えて手探り状態で運営してみると、予想以上に一体感も出て、無事最後の発表会まで終えることができたという。

金本氏:各回プログラム終了後にTeamsのブレイクアウトルーム機能を活用して、少人数グループのオンライン懇親会を行いました。小さな工夫ですが、参加者の交流しやすい場づくりを心がけました。結果、コミュニティが主催する場以外でも、参加者同士が自発的にオンラインで壁打ち会をしたり、お互いの事業について意見交換をしたり、コミュニティ内の交流が活発になりました。

2020年のSeason2には、Season1の参加者の同僚や部下が参加するなど、コミュニティの輪は拡大していった。オンライン参加が可能なことから、愛知県などの地方や上海から参加する人もいたという。最終的にコロナ禍はコミュニティが拡大するきっかけとなった。

2022年4月から開始したSeason3では半年にわたり計11回のセッションを実施し、9月に対面とオンラインのハイブリッド形式で最終発表会を行った。

事前の書類選考を経たのち、全日本空輸株式会社、株式会社電通、株式会社大林組などの社内起業家16名がこの最終発表会に参加し、外食産業支援、事業承継支援、データプラットフォーム、ヘルスケアなど、さまざまなテーマの新規事業案を提案した。

中には、リモートワークによる働く個人のメンタルヘルスの課題に注目した事業や、コロナ禍で衰退してしまった旅行業界を盛り上げるためのNFTを使った事業など、時代の変化によって生まれた課題のソリューションを提供する事業も多かった。

グランプリに輝いたのは総合建設会社の大林組の山下大夢氏による建設現場のDX化事業だ。建設現場のDX化は建設業界における根深い課題である中、その課題を深く考察したうえで解決策を導いていること、そしてオーディエンスを惹きつけるプレゼン力がメンターに評価され、グランプリに選ばれた。

Empower Japan Intrapreneur Community Season3の最終発表会の様子

日本にイノベーションをもたらす、強い社内起業家群を

金本氏と宮坂氏は、Empower Japan Intrapreneur Communityを運営する思いと今後の展望について語った。

金本氏:マイクロソフトが掲げるミッションは「Empower every person and every organization on the planet to achieve more」(地球上のすべての個人と組織が、より多くのことを達成できるようにする)です。このミッションに基づき、多くの社内起業家を支援していけたらと考えています。そのためにも、まずはコミュニティがこれからも続くよう、運営の強化と拡大に励みたいです。

宮坂氏:日本の社内起業家をエンパワーしたいという思いは変わりません。Season4、Season5もセッションを通して、優秀な人材が集まった日系企業にテクノロジーの力を提供していきたいです。

Empower Japan Intrapreneur Communityへの参加をきっかけに、自社内で新規事業創出のためのコミュニティをつくろうと動き出した企業もあります。これは非常に嬉しいことです。このような企業との新たな取り組みも検討していきたいですね。

Season2に参加して以降、サービスローンチに向けて事業開発に励んできた日揮の倉田氏は、コミュニティを通して得られたことについて語った。

倉田氏:Empower Japan Intrapreneur Communityに参加する一番のメリットは発想が豊かになることです。テクノロジーを知ること、他業種の取り組みを知ることで、これまで気づかなかった生活や仕事の不便に対するソリューションを思いつくようになります。社内起業家に必要な数々の「発想」を得られる貴重な場だと感じました。

最後に、金本氏は社内起業に挑戦したいと考える人へのメッセージを語った。

金本氏:テクノロジーの力があれば、事業アイデアは一気に豊かなものになります。コミュニティを通して、テックとビジネスの力を合わせ持った社内起業家をたくさん育て、新規事業の「アベンジャーズ」のような存在を日本に生み出したいです。一緒に、強い新規事業をつくって日本にイノベーションをもたらしましょう。

取材・執筆:ぺ・リョソン 編集:佐々木 鋼平 写真:曽川 拓哉

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日本マイクロソフト株式会社

金本 泰裕

2005年に東日本電信電話株式会社(以下、NTT東日本)に新卒入社。同社およびグループ会社においてWebやデータ活用に関する新規事業を推進。また、在籍中に日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)へ派道され、エネルギーマネジメント、クラウドゲーミングなどの写業開発に携わる。その後、東日本旅容鉄道株式会社(以下、JR東日本)にてSuicaのデータを活用した新規事業創出をリード。現職の日本マイクロソフトでは法人および個人の双方のオーディエンスに対し、クラウド/デバイスのマーケティング活動を推進するチームを統括。2019年に社内有志メンバーとEmpower Japan Intrapreneur Communityを立ち上げる。

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日本マイクロソフト株式会社

宮坂 航亮

2017年、日本マイクロソフトに新卒入社。フィールドエンジニアとして、AIアプリ開発、ボット開発、アジャイル開発導入などの技術支援を実施。現在ではAzureアプリイノベーションスペシャリストとしてAzureの最新テクノロジーやクラウドネイティブ開発を日本のエンタープライズに訴求し、クラウドを使用した様々な事例をつくり出している。得意分野は、アプリ開発、DevOps、クラウドネイティブ、マイクロサービスなど。長野県の温泉街出身ということから、地元×ITに興味を持ち、副業で地方自治体に対する講演や地方中小企業のIT導入支援も実施している。

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日揮ホールディングス株式会社

倉田 浩二郎

2011年、日揮株式会社(現、日揮ホールディングス株式会社)に入社。LNG受入基地の設計業務に従事後、2016年からデジタル系の新規事業開発に関わる。データサイエンティストとしてプラントの運転データの分析に従事したほか、アグリゲーションサービス事業会社の立ち上げ、日揮グループのDX計画「IT Grand Plan 2030」の立案・遂行などを行う。現在はSDGs、デジタルをキーワードにしたサービス事業開発を業務とし、建設現場で使用するアプリケーション事業を主に担当。2021年、Empower Japan Intrapreneur CommunityのSeason2に参加。