Interview

【シャープ】家電だけじゃない。マスク3億枚を売り上げた後、次にスキンケア開発に挑んだ理由

【シャープ】家電だけじゃない。マスク3億枚を売り上げた後、次にスキンケア開発に挑んだ理由

2020年、人々の生活が一変した。コロナウイルスの感染拡大により「マスク生活」が浸透し、2年以上が経った今もマスクが手放せない状況が続く。マスク不足で世間が混乱したことも記憶に新しい。

シャープ株式会社は世の中のマスク不足に貢献すべく、2020年にマスクの生産を開始。子会社である株式会社SHARP COCORO LIFE(以下、ココロライフ)は、そのマスクの販売業務を一手に担い、3億枚ものマスクを販売し、ヒット商品となった。家電のシャープがマスクを開発したことで既に話題となっていたところ、2022年、ココロライフは医薬部外品のスキンケアアイテム「薬用Crystaliq(クリスタリーク)」を開発し、さらに世間を驚かせた。

同ブランドを率いるのは、ソリューション開発部の森真世佳氏だ。森氏に、シャープの新たな挑戦の裏側について話を聞いた。

家電からマスク、マスクから……

ココロライフは、ECサイト「COCORO STORE」を運営するシャープの子会社だ。2019年10月に立ち上がって以来、同社のサイトには家電、日用品、食品、ペット用品など、幅広い商品が揃っている。ほかにも、IoT機器をつかったサービスの提供、会員マーケティング、カスタマーサービス事業を手がけている。

シャープクリスタルマスクを着用しながら説明する森氏

ヒット商品の「シャープマスク」は、感染症拡大下のマスク不足の中で、日本政府からの要請を受ける形で社会貢献を目的として2020年3月より製造を開始した商品だ。2020年4月に「シャープ不織布マスク(ふつうサイズ・小さめサイズ)」を、同社初のマスクとして抽選販売した。その後2021年9月に、クリスタルのような清潔感や形状をモチーフにデザインしたシャープクリスタルマスクをECサイトにて発売した。マスクの開発はシャープ創業以来初の挑戦だったのもあり、子会社であるココロライフにとって大きな転機となった。

そもそも、10年以上総合通販やカタログ通販などダイレクトマーケティングに携わってきたという森氏は、どうしてシャープに参画することになったのか。

「2019年に、シャープが子会社であるココロライフのECを強化するという話を耳にしたことが転職のきっかけです。ココロライフはシャープが持つECサイトなので、入社したら家電や付属品を扱うことになると想像していました」

しかし森氏の入社のタイミングで、時代はコロナ下に。世間でマスクが不足していることから、マスク生産の話が立ち上がった頃だったため、森氏は入社と同時にマスクの販売を担当することになった。

消費者の声を聞き続けた結果、思いついた「次の一手」

2020年に発売されたシャープのマスクは、マスクが不足していたことに加え、“シャープがマスクを手掛けた”ということが注目され、発売以降、森氏が予想していた以上に人気が高まったという。一時はサーバーダウンするほどアクセスが殺到した。マスクが必需品となったことで需要が一気に高まり、使い心地の良さから定期便で購入するリピーターも多いという。一方、森氏はマスク生活が想像以上に長引いていたことから、次に取るべきアクションを考えはじめた。

「調べてみると、マスク生活が始まって以来、女性は4割、男性は3割以上が肌の悩みを抱えていることがわかりました」

マスクが手放せない生活になった中で、今度は消費者の肌の悩みにダイレクトに応えるソリューションが必要ではないか。そこで辿り着いたのが、スキンケア商品の開発・販売だった。

「マスク着用による乾燥や肌あれなど、お肌に悩みを抱えている方が多いとわかり、少しでもマスク生活が快適になるよう、お悩みにお応えできる商品をつくるべきだと感じました」と、森氏。

シャープクリスタルマスクは、シャープの液晶パネルの生産を行なっている三重工場(三重県多気町)で生産している。当時森氏は、肌に触れる国産の商品をつくって大きな反響を得ることができたシャープが、スキンケア商品をつくることで、消費者にも安心して使ってもらえるのではないかと考えた。同時に、ヘルスケア領域においてシャープに新たな価値をもたらすことができる。顧客と組織、両方に新たな価値を提供できるかもしれないと森氏は感じた。

「それまでココロライフでは、キッチン家電や生活家電、その他生活用品を扱っていました。パンデミック宣言直後、シャープが組織全体にヘルスケア領域を強化するよう呼びかけたことをきっかけに、ココロライフも消費者に身近な商品を自社で企画・販売しようと動き始めました」と、森氏は振り返る。

当時シャープはヘルスケア分野をさらに強化するフェーズにいた。ココロライフがマスクに続いて健康意識を高める商品をつくれないか検討していた背景もあり、森氏がスキンケア商品の開発を提案すると、社内の協力もあり承認が降りた。こうして、商品の独自開発・販売により、シャープのヘルスケア領域に貢献できる道が生まれた。

また、スキンケアの企画は顧客を第一に考えるココロライフからすると自然なアイデアだったという。

「ココロライフでは、お客様の声をもとに次のアクションを考えます。いただく声の中にはポジティブなものからネガティブなものがありますが、いずれも我々への期待があるからこそ。言葉の中にあるニーズをうまく拾い上げて、製品にする。価値の高いものづくりを実現するために欠かせない考えです」

こうして森氏は本格的にスキンケア商品の商品化に取り組むことになった。

シャープが、どうやってスキンケア商品を開発するのか? 

森氏にとっての最優先事項は、一刻も早く顧客の肌の悩みに応えることだった。シャープにはスキンケア開発に活かせるノウハウや事例はゼロ、新たに自社の工場を建て化粧品を開発する時間はなかった。

そこでスキンケア商品の開発は外部に委託し協業で進められないかと考えコンサルティング会社をいくつかまわり相談したが、「シャープが新たに化粧品事業を手がけるのは難しいだろう」という反応がほとんどで、企画が前に進まなかったという。

中でも唯一、委託先の一つとして検討していた化粧品製造メーカー、株式会社コスモビューティー(大阪市中央区)だけは違うリアクションだったと森氏は振り返った。

「コスモビューティーは『挑戦する前提』で私の話を聞いてくれました。それまでは誰に聞いても、『できる、できない』の議論で止まってしまっていたのです。品質における安心感があったのはもちろん、前向きに実現性について考えてくれる心強い会社だと感じ、ご一緒することになりました」と、森氏は振り返る。

コスモビューティーとタッグを組み、マスクによる肌荒れに効果的な成分を調査するところから始めた。

丸投げにはしない。委託会社との議論の日々

商品のラインナップや配合する成分は、早い段階で固まった。マスクによって発生する、乾燥と蒸れが原因の炎症を抑えることが商品開発の目的だったため、保水有効成分である「ヘパリン類似物質」を配合した商品をつくることになった。

大事なのは品質。2021年、企画の立ち上げ時に集まった2、3人のチームで、コスモビューティーとプロトタイプをつくっては試す日が続いた。

「チームメンバーは男性が多いのですが、検証のために毎朝全員に化粧水を塗って試してもらいました。開発の真っ只中にあった時期は、会社の寮に化粧品がずらりと並ぶほど。コスモビューティーに開発を丸投げするのではなく、自らも体験し効果を確かめながら取り組みました」

こうして2022年5月に発売したのがCrystaliqシリーズだ。ラインナップは「保湿クリーム」、「保湿化粧水」、「保湿乳液」の3つ。いずれもヘパリン類似物質が配合されており、乾燥を防ぐ効果があるほか、抗炎症有効成分「グリチルリチン酸ジカリウム」も含まれていることで、肌あれやニキビを予防できるという。2022年8月には、「薬用洗顔フォーム」も新たにシリーズに加わった。

使いやすさにもこだわった。「少しの量でも肌の上で伸びるテクスチャーは、お客様からも好評です。ヘパリンは元々塗り薬のように少しかたくて伸びにくいテクスチャーのため、スキンケアには使いにくい成分です。そのため、乾燥に欠かせない保湿成分を配合しながらも、伸びやすい質感になるようこだわりました」と、森氏。

結果、企画から1年半で商品ローンチに漕ぎ着けた。

組織風土が、挑戦を後押し

ココロライフが日用品を多く手がけていた背景があったとはいえ、電機メーカーであるシャープの子会社でいきなりスキンケア事業を立ち上げるのはそう簡単ではなかったのではないだろうか。

対して森氏は、むしろココロライフがシャープの子会社だったからこそ実現できた事業だと答えた。ココロライフの組織風土が森氏を後押ししたという。

「ココロライフには、新しいものでも、まずは挑戦しようという組織風土があります。今はチームのメンバーは6人にまで増えましたが、少数精鋭であることには変わりありません。立ち上げから1人で推進してきたという感覚はなく、むしろ色んな人に手を差し伸べてもらってローンチできたと感じています」

シャープの社員には、「誠意と創意」の経営信条のもと、困難なことにも進んで取り組もうとする姿勢が根付いている。

ココロライフの社員も同様、社内では新しいアイデアが常に歓迎される環境が維持されてきた。そんな組織風土のおかげで、森氏は社内の協力を得ながらCrystaliqの開発を進めてこられたと強調した。

「これからも家電にとどまらず、消費者にとって身近な商品を検討していきたいと考えています」と、森氏。

今ではCrystaliqは、シャープ全体のヘルスケア領域に寄与する事業としても期待されている。一方で社外では、今回スキンケア商品をローンチしたことで、さまざまな企業から協働での商品開発の提案があったという。歴史とブランド力に加え、柔軟性も持ち合わせたシャープが、消費者だけでなく他の企業にも注目されていることがわかる。

思いもよらない出来事は、クリエイティブの始まり

今後Crystaliqは、商品のラインナップを増やすほか、シャープが持つ家電との連動も視野に入れているという。しかし森氏は、「大企業における新規事業では本業とのシナジーを考えすぎないことも重要」と語る。一体どういうことなのか。

「スキンケア商品を初めて幹部に提案した時は、将来性を示すためにもいずれはシャープが持つ家電とあわせて新たな価値提供をすることがロードマップにあると説明しました。シャープらしさも出したいと思いますので、今後検討は進めていきますが、必ず商品化するとは限りません。シナジーありきの新規事業開発だと、無理やりくっつけてしまうことで、却って顧客のニーズを汲み取りきれないこともあります。親会社と子会社、双方がやっていることを共有しながら、顧客起点で接点が見つかれば一緒に取り組むことが理想だと思います」

シャープは2016年、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下となった。ココロライフはASEANを中心にグローバルに商品を展開していることもあり、Crystaliqはグローバル市場での展開も狙っているという。そのシナジーから、現在はココロライフのグローバルチームが、台湾版のココロライフのECサイトも運営している。「台湾では日本の商品が親しまれています」と、森氏。スキンケア商品を手がける森氏のチームもCrystaliq含め既存の商品を、今後どのようにグローバルに展開していくか模索中であると語った。

最後に、社内起業家へのメッセージを聞いた。森氏は「思いもよらないできごとに出合うことは非常にクリエイティブな体験」だと語った。

「マスクを発売し始めた時は、弊社のECサイトにあんなにも多くの人がアクセスし購入していただけるとは思ってもいませんでした。半年もすれば普通の生活に戻り、私も別の商品を担当しているだろうと想像していたのですが、マスク生活はもう2年以上続いていますし、その影響で化粧品の開発に携わることになりました。日々さまざまな声を拾い、新たなソリューションを探す中で、思いもよらない出来事に直面します。そこにはきっと、新たなものづくりにつながる大事な発見があるので、怖がらずに挑んでみてください。新しいことを始めることで見えなかったものが見え、世界が変わります。これは、非常にクリエイティブなことではないでしょうか」

執筆:ぺ・リョソン 編集:林 亜季 写真:曽川 拓哉

森 真世佳-image

株式会社SHARP COCORO LIFE

森 真世佳

2003年より大手総合通販会社でダイレクトマーケティング、サイト運営を担当。日用雑貨、アパレル、化粧品など幅広いジャンルの商品に携わる。化粧品サイトの立ち上げ、サブスクサービスのCRMを担当するなど、多数のECの取り組みを行う。2020年、株式会社SHARP COCORO LIFEに入社。シャープ公式ECサイト「COCORO STORE」の運営を担当するとともに、マスクの抽選販売にも携わる。2022年、シャーブ初のスキンケアシリーズ「薬用Crystalig」をローンチ。