Interview

【OKI】ISO 56002を先取りしたイノベーション・マネジメントシステム「Yume Pro」で社会課題に挑む

【OKI】ISO 56002を先取りしたイノベーション・マネジメントシステム「Yume Pro」で社会課題に挑む

国際標準化機構(ISO)は2019年7月に「ISO 56002」を中心とした新たな規格を発行した。世界中の先進企業のマネジメント手法を分析して導き出したイノベーション・マネジメントシステムの国際的ガイダンス規格だ。これにより、雲を掴むように見えていた「イノベーション」の輪郭が浮かび上がり、暗中模索していた経営者たちの前に一つの道が示される──イノベーション経営の標準化に向けて、世界は大きく動き始めた。

国内他社に先駆けて、ISO 56002を先取りしたイノベーション・マネジメントシステム(IMS)「Yume Pro」(ユメプロ)の構築に向けて動き出したのが沖電気工業株式会社(OKI)。2017年にイノベーション推進プロジェクトを発足し、全社的に地道に取り組むことで、部署の垣根を超え、企業文化を180度転換させようとしている。

イノベーションの土壌を作るべく、OKIはどのような策を講じたのか、新しい発想を常に導き出せるようなマネジメントの手法とは何か、組織やトップはどうすべきか。イノベーション推進センターで企業文化改革のための教育や実践支援を推進する千村保文氏と岩本聡氏に話を伺った。

社内から“エセ正義の味方”をなくさなければ

OKIでは、2018年から毎年1000人規模でイノベーション推進センター主催の社内ワークショップ研修を行っている。2021年度にはeラーニングを開始。2021年度末現在、国内社員約1万2,000人のうちeラーニングは8,000人以上、ワークショップは3,600人以上が受講している。つまりこれは、イノベーションという“共通言語”を理解する社員がOKIに8,000人(7割)以上存在することを意味する。

「研修の中では、イノベーションの芽を摘んでしまいがちな人を“エセ正義の味方”と呼び、自分は悪気なく足を引っ張っていないかどうかを考える機会を設けています」と千村氏。

千村保文氏

“自分事”として考えられていれば、イノベーションを興こそうとしている人に、『いいアイデアだね。頑張って』と他人事のように突き放すことはなくなる。

「どんな立場の人でもイノベーション活動に参加することができます。全員が『発案者』でなくてもいいんです。一般的に企業には様々な専門部署があります。当然、OKIも例外ではありません。『イノベーション』、『Yume Pro』という言葉が出てくると、『それはイノベーション推進センターがやることでしょ?』と、他人事のように思っている人がいます。まずそこを意識変革するのです。現場の社員に社会の課題を見つけてより良い未来の構想を描いてチャレンジしてもらいたい。今の仕事の仕方で10年後に会社はどうなっていますか?と、研修を通して社員に粘り強く伝えています」(千村氏)

「全員が発案者でなくてもいい」という言葉には、どうやら続きがあるようだ。

「それぞれの立場から“お客様のための”という視点でアイデアに関わることが大切です。元々、OKIには、社会のインフラを支えてきたという自負があります。そんなOKIの社員だからこそ、会社を離れて、普段の生活の中で感じる不便や社会の課題に対するアイデアを“全員参加”で提案していくことができるはずです」(岩本氏)

岩本聡氏

経営者の“本気”なしに、イノベーションは興こらない

「イノベーション活動が当たり前」の社内文化にするために行ったのは、社員への研修だけではない。2017年以降、IMSの導入に向けて現場の課題を探るべく、新規事業の立ち上げ経験者や役員など50人にヒアリングを実施。1人につき1時間かけてじっくり話を聞き、課題を徹底的に拾い上げた。

「経営者が本気でない状態で生まれたイノベーションを『密造酒』に喩えることがあります」と千村氏。酒造が禁止されていた時代、偶発的に生まれたのが『どぶろく』。つまり、スーパースターに頼ってイノベーションが突然起こるのを待っているようなもの。

「何より役員たちに本気になってもらいたい。短期的な業績に注力する上層部に、SDGsが掲げる社会課題に向けてOKIができることを議論してもらうため、役員たちを集めてワークショップを行いました。何十年かぶりの研修に最初は戸惑いがちな役員も次第に議論に白熱していきました。その場で生まれた危機感や会社の未来像を経営陣だけで持っていてはいけない。社員全員で共有すべきだと確認することができました」。この日のことは、OKIのイノベーション・マネジメントシステム(IMS)「Yume Pro」をグループ全体へ展開させる大きなきっかけになったと、千村氏は当時を振り返る。

2017年のイノベーション推進プロジェクトでは、イノベーション活動を日常的にすることと世の中にイノベーションパートナーとしてOKIの認知度をあげるという目指す姿を描き、これまで散発的だったイノベーション活動を組織的、日常的な活動にしていくことを目標に掲げました。

参加者増加「社内コンテスト」最大1億円の支援も

あらためて、OKIのイノベーションのプロセスを見ていこう。

OKIが社会課題を解決するためイノベーション活動に向けてスタートを切ったのは2017年。当時、代表取締役社長であった鎌上信也氏の掛け声で検討が始まり、2018年にはイノベーション・マネジメントシステム(IMS)「Yume Pro」を始動、社内ビジネスアイデアコンテスト「Yume Proチャレンジ」をスタートする。2020年4月には、グループ全体にイノベーションプロセスを実装することを目的にイノベーション推進センターを発足させ、Yume Proを「全員参加型のイノベーション」として全社に拡大する。

注目したいのは、社内ビジネスアイデアコンテスト「Yume Proチャレンジ」の右肩上がりの応募件数だ。初回の応募が37件というところから、45件(2019年度)、147件(2020年度)、254件(2021年度)と、初年度の約7倍に。イノベーション文化の浸透が順調に進んでいることがわかる。

研修を始めた当初から、刺激を受けた社員からアイデアは生まれていた。「しかし、これまでのOKIにはアイデアをアウトプットする場がありませんでした。そこで生まれたのが『Yume Proチャレンジ』です。アウトプットする場をつくることが狙いですが、役員が一堂に会する場で評価してもらえるところも魅力の一つです」(千村氏)。

ともすると「何から始めていいか分からない」「現業が忙しく新しいことに取り組む時間がない」と現場からの声があがりかねないが、「OKIではYume Proチャレンジに必要な時間を確保することを経営陣も了承しているので、チャレンジしやすい環境にあります」と岩本氏。新規ビジネスの創出に向けて、アイデアの質をさらに高めていって欲しいという経営陣からの要望もあり、今後はさらに実践力を高める研修に力を入れていく予定だ。

応募数増加の背景には、IMS始動段階での経営陣の意識改革があった。「Yume Proチャレンジ」の大賞を受賞したアイデアには仮説検証等を進める資金として最大1億円の援助があることからも、経営陣の本気度がうかがえる。

3つの成功ではなく、997の失敗に負けないこと

千村氏は賞を逃したアイデアにも着目し、「大賞を獲得することはできなかったけれど、実際にお客様の声を拾い、それに基づいて検討されたアイデアが埋もれてしまうことがないように、社外の専門家から適切な助言を得られるような支援や、成功事例・失敗事例の共有、社内で協力者を見つけるためのグループ内ネットワークの構築など、イノベーションに取り組みやすい環境を作り続けています。アイデアにこだわりを持って検討し続けてほしい」と応募者に願いを込める。

さらに千村氏が自身の経験から振り返るのは、イノベーションに必要な資質だ。

「私の友人を見ていても、いい意味で諦めの悪い人が多い」と語る千村氏。諦めが悪いというのはどういうことなのか。

「一度決めたら誰に何を言われようとやり遂げようとする執着心があります。そもそも、天才的なひらめきがなくてもイノベーションをみんなで興こせる仕組みを企業の方針として構築することがIMSですが、何をすれば諦めなくてよいのかを明確にし、ピボットしながら前に進むことが前提にあります。1,000のアイデアのうち、成功するのは3つぐらい。その3つの成功ではなく、997の失敗に負けず、あきらめないことが重要です」

社員にフィットする「型」をつくる

社員がイノベーション活動に参加しやすい環境を整える一方で、アイデアを実現していくときにもう一つ重要になるのが、イノベーション活動を実践するための「型」。例えば、剣道においても闇雲に竹刀を振ったところでどうにもならない。型を身に付けた上で鍛錬を積み、型があるからこそ自分に合った形で型破りもできる。

現在、イノベーションにおける型は、国際標準化機構(ISO)が2019年7月に公表した「ISO 56002」ということになる。

「OKIの社員は長年、顧客からの要望に合わせて高品質の製品、ソリューションを開発するという、メーカーにとって非常に大事な「ISO 9001(品質マネジメントシステム)」の中で生きてきました。品質を高める、完璧なものを仕上げるというメリットがある一方で、お客様自身も気が付いていない真のお困りごと(インサイト)を捉えて、商品にフィードバックしていくことが難しいというデメリットがありました」(千村氏)。

イノベーションの肝であるフィードバックするサイクルを強化したのが、ISO 56002に準じた「Yume Proプロセス」。まるで新しい型と思いきや、俯瞰すると、実はOKI社員に親和性が高い。

「ISO 9001の型の前段階に、『顧客の課題を発見し、仮説を立て、コンセプトを検証するサイクル』が連結していると捉えれば、社員全員でイノベーション活動に参加しやすくなります」と千村氏は話す。

また、後進育成という自身の立場について「火付け役」と表現する。「前例がなく、かつ、蓋然性がないからこそ“イノベーション”なのです。お客様に言われてもいないのに、困っていませんか?と、社内で仮説検証中のアイデアを持ち込むことも増えました。『Yume Proチャレンジ』からだけでなく、ビジネス化に向けて実装するプロジェクトもすでに存在しています。まだ躊躇している社員は、『まずやってみる』ことから始めてほしいです」

取材:加藤 隼 編集:林 亜季 撮影:野呂 美帆

千村 保文-image

イノベーション推進センター

千村 保文

1981年入社。主にテレックス交換、メッセージ交換、パケット交換やVolP(Voice over Internet Protocol)などのシステム開発に従事。2018年に定年を迎え、当時の鎌上社長から後進の育成の命を受けて理事に就任。これまでの0KIの受注型ビジネスの根元を担う社員の意識改革に挑む。かっての松下村塾のような場をつくるという意味を込めて「塾長」として、2018年から毎年1000人規模で社内研修を行っている。

岩本 聡-image

イノベーション推進センター

岩本 聡

1996年入社。キャリアのスタートは営業。半導体、通信システム、情報システムなどOKIの中核を担う事業に携わる中で、技術の変化、社会の変化を実感し、新しい価値を生み出すことに対する意識が強くなる。その後、企画管理部門在籍中もオープンイノベーション系のイベントや交流会に積極的に参加し、多くの起業家やイントレプレナーの考えや現状に触れる。 2017年に本社に異動、イノベーション推進プロジェクトの事務局を務め、現在、イノベーション推進センターのメンバーとして、OKIグループのイノベーション人材育成(「OKIイノベーション塾」の企画運営)を担当している。