Interview

【SUNTORY+】サントリー初の大規模デジタルプロダクト。異例づくしの新事業の仕掛け人

【SUNTORY+】サントリー初の大規模デジタルプロダクト。異例づくしの新事業の仕掛け人

リモートワークによる運動不足や、精神的・肉体的なストレス……。働く人々の健康に対する懸念が高まっているいま、企業は従業員の健康を重視した経営が求められている。そこでサントリー食品インターナショナル株式会社(以下、サントリー)は、2020年7月に同社初の大規模デジタルプロダクトをローンチした。組織の健康経営を促進する、法人向け健康経営サービス「SUNTORY+(サントリープラス)」だ。

手がけるのは任天堂で数々の名作ゲームや新サービスに携わりサントリーに参画した、クリエイティブとエンジニアリングの知見を持つ異色のイントラプレナー、赤間康弘氏だ。

サントリーだからこそ実現できたビジネスモデルや、赤間氏が新規事業の世界に飛び込んだきっかけに注目だ。

飲料メーカーだからこそ実現できた、「導入費・月額0円」

ローンチから約2年、SUNTORY+を導入する企業はすでに300社を超える。SUNTORY+は導入企業の対象社員なら誰でもアプリを利用でき、ビジネスパーソンの健康課題を解決することを目標としている。「できることから、健康へ」という考えを掲げた、無理のない健康習慣が楽しく身につくアプリとなっている。

アプリからは「朝起きて水を1杯飲む」や「伸びをする」など、約60種類の超低ハードルな“ゆるく続けられる”健康アクションが提案される。その提案を実行し「達成ボタン」を押すと、アプリから「褒められ」、社内の自動販売機で利用できる飲料クーポンやポイントがもらえるなど、複層的なモチベーション設計により長く続けられる仕組みとなっている。

ユーザーがアプリを利用することで、継続しにくい健康習慣を身につけてもらうことがSUNTORY+の狙いだ。

また、導入企業の健康推進担当部門には「SUNTORY+Navi」というアプリと連動したダッシュボード形式の管理ツールも提供し、社員の健康行動の状態などを把握できる。

SUNTORY+はどんなビジネスモデルなのか。赤間氏は「飲料メーカーだからこそ実現できた事業である」と強調し説明した。

「一般的な健康経営サービスは、従業員一人当たり月額数百円かかりますが、SUNTORY+では利用する社員の数や期間を問わず、導入費も月額利用料もすべて無料です。その代わりに、収益はSUNTORY+に契約し設置してもらった自動販売機による飲料の売上で稼ぐ。これは、飲料メーカーだからこそできる新しいビジネスモデルです」

赤間氏は、飲料とヘルスケア、2つの事業を組み合わせることで、競合との差別化ができるビジネスモデルにたどり着いた。飲料業界での競合に対しては、健康促進という付加価値で差をつけ、健康経営サービスを手がける企業とは、収益を飲料に絞ることでアプリにかかる費用を0円にし、コスト面でリードした。

そもそもSUNTORY+は、ヘルスケア領域で新たな事業を生み出すという目標のもと始まった事業だ。赤間氏が数々の事業案を検討する中で、法人向けの健康習慣化アプリは、飲料業界の競合も手がけてこなかったアイデアであると気づいた。サントリーが飲料以外のプロダクトで企業の健康課題に取り組むことで、目標であったヘルスケア領域での新規事業開発を叶え、競合との差別化も果たせると考えたのだ。

クリエイターが、なぜイントラプレナーに?

SUNTORY+のプロジェクトリーダーとして立ち上げ当初からチームを率いてきた赤間氏は、学生時代はエンジニアリング、デザイン思考、プロダクトデザインについて学んできた。新卒で入社した任天堂では、ゲームやサービスのプランナー、ディレクターとして活躍し、手がけた作品は『スーパーマリオシリーズ』『スプラトゥーン』『ゼルダの伝説シリーズ』など任天堂を代表するものばかりだ。

なぜ、サントリーで新規事業に挑戦することになったのか。

「ものづくりをしながら、より大きな社会課題の解決について考えるようになりました」と、赤間氏は語る。

「デザイン、エンジニアリング、企画に加え、今後は『商売』にも入り込んでいかないと、持続的かつ面白くて楽しい社会課題の解決はできないと感じました。ちょうどその頃、サントリーに入りました」

赤間氏は、サントリーでは生活でのタッチポイントが多い飲料を通して、消費者に寄り添いながらビジネスも実践できると感じたのだ。

入社後は、健康飲料のブランドマネージャーとマーケティングを担当した。その後、新規事業の立ち上げに携わることになった。

ヘルスケア領域での新規事業開発、幅広くアイデアを検討

新規事業開発の構想は、当初は会社の端でこじんまりと2、3名で進めていたのだという。

まずは企画の原案づくり。チームは自由な発想で企画の候補を出し合った。ユニークすぎるかもしれない案についても、真剣に議論したという。

「『見た目脂肪』を計測するサービスが企画に上がったこともありました。スマホのカメラでお腹を横から撮って、出っ張り具合(見た目)を計測し健康意識を高めるものです」

他にも、甘いものや塩分が多いものに慣れてしまった味覚を矯正する健康ドリンクの開発も検討したことがあったという。チームは飲料からサービスまで、新たなヘルスケア商品を幅広く模索した。

「よし、この事業でいける」と確信した瞬間

議論とヒアリング、試作を繰り返し、徐々に現在のSUNTORY+の形に仕上がった。企画の方向性が決まりアプリのプロトタイプも準備できたところで、チームは実証実験を行うことに。

「内容には自信がありながらも、一方で、本当にユーザーに刺さるかどうか不安でした」と、赤間氏は振り返った。

「10日間ほど、ターゲットとなる会社員を集めプロトタイプを使ってもらいました。結果として、数名が驚くほど気に入ってくれました。中には一つひとつの機能に自己流で名前を付け、楽しそうにサービスのフィードバックをしてくれた人もいました。ユーザーが楽しく使えるサービスであれば、導入企業に使い続けてもらえる。その結果、事業につながるのではないかと期待が高まりました」

この事業でいける、そう確信した瞬間だった。プロトタイプを通して、予想以上にSUNTORY+の価値を確認することができた。

次のステップは、顧客へのデリバリーだ。ここで赤間氏は、「まだリリースしていない商品」の魅力と売り方を伝える難しさに直面する。

「こんなの売れないよ」と言われたことも

どれだけ優れたプロダクトをつくっても、ユーザーに使ってもらえなければ意味がない。

SUNTORY+の開発が一通り終わったあと、赤間氏と事業開発チームはセールスチームへの「売り方」のレクチャーに尽力した。赤間氏にとって、新規事業開発の中で最も苦労した過程の1つだったという。

そもそもSUNTORY+はサントリーグループ初の大規模なデジタルプロダクトだった。営業チームはみな、これまで飲料や自動販売機などリアルプロダクトを売ってきた。健康領域のデジタルサービスというソリューション営業の経験は少なく、教える人もいなかった。

そこで赤間氏は自らが営業資料を作ったり、商談に同席しプレゼンしたりと、まずは営業部門にSUNTORY+の魅力を理解してもらえるよう、時間をかけて説明した。

「営業部門のみなさんからすると、SUNTORY+が今後どれだけの利益を生み出せるのかもわからず、モチベーションも上がりにくかったと思います。そのため、チームに事業と戦略について全力で伝えて、まずは社員にSUNTORY+を信じてもらわなければなりませんでした」と、赤間氏。

説明後に営業部門のメンバーからフィードバックをもらい、数カ月で指摘されたポイントをブラッシュアップ。この繰り返しが続いたという。

「こんなの売れないよ」と言われたこともあった。その後赤間氏はスピーディに改善し、「これだったら自信を持って提案できる」と営業メンバーに納得してもらった。

株式会社グッドパッチがデザインを担当しているが、赤間氏自身もアプリ全体の企画や改善に取り組んでいた。チーム全員に納得してもらうまで赤間氏は説明を続け、必要に応じてプロダクトを見直した。

導入が決まった時は「大きい会社で導入が決まったよ!」と、喜びを経営陣とメンバーに積極的に発信した。ポジティブなニュースを社内に共有し、その度にSUNTORY+に取り組む意義をチームのメンバーと再確認した。

今では、新たな専門部署も立ち上がった。営業推進やカスタマーサクセス、BtoBマーケティングチームも加わり、少しずつSUNTORY+事業が拡大し、10社・9部門・100人以上ものチームになったという。

イントラプレナーにとって、救いとなった「やってみなはれ」精神

手探り状態で事業を進めてきた赤間氏にとって、サントリー創業者、鳥井信治郎氏の『やってみなはれ』は救いの言葉だったという。

SUNTORY+の開発が始まった2017年、「DX」という言葉はまだ日本では馴染みがなく、サントリー内でもデジタルプロダクトの可能性についてあまり触れられていなかった。

「事業が軌道に乗るまでは、社内にはSUNTORY+が既存事業に貢献できるかわからないという空気感がありました。しかし、そんな中でも『やってみなはれ』という挑戦する姿勢を応援し大事にする組織風土があったからこそ、最後まで事業を任せてもらいリリースに漕ぎ着けました」と赤間氏。

不透明な状況下でもリーダーは決断を下し、事業を前に進めないといけない。赤間氏は「大胆に挑戦しながらも、チームを思い切り引っ張っていくことを意識していました」と自身を振り返る。そこで、チームづくりの際に赤間氏が掲げる「5F」について語ってくれた。

「メンバー1人ひとりの意識と行動が重要だと考え、『5F(Flat、Frank、Flexible、Fun、Fairness)』を徹底するようチームに伝えてきました。SUNTORY+で100人にもなる多様性あるチームが同じ方向を見て当事者意識を持ちながら自走してもらうためにはまさに5Fが必要であると感じ、呼びかけました」と、赤間氏。

メンバーが増えるとチームや業務もサイロ化し混沌としやすくなる。メンバーに「5F」を心がけてもらうことで、一人ひとりの個性とクリエイティビティを発揮しながらも、フラットに肩を並べ一丸となって事業に取り組めるチームに成長したと赤間氏は語った。

「おかげで非常に風通しがよく、遊び心を持ちながらも生産性の非常に高い最高のチームだと感じています。仕事だけでなくプライベートも一緒にするほどです」と、赤間氏。

継続率は、半年後も65%を維持

一般的なヘルスケアアプリの継続率が1ヵ月後に15%を切るというデータがある中、SUNTORY+利用開始1カ月後の継続率は84%、半年後も65%を維持している。ユーザーに継続してもらうために、アプリではデザインはもちろんのこと「シンプルさと遊び心」にこだわり、伝わりやすさを重視してきたという。

赤間氏の思いと努力が実ったのか、ある日、企業の人事担当者から1通のメールが届いた。

「これまで組織の健康課題解消を試みてきたものの、行き詰まりを感じていました。SUNTORY+のことを知ったとき、やっと出会えたという気持ちでした。SUNTORY+を通して、新しい健康行動獲得の方法と考え方を学べました」

ユーザーの声を通して、赤間氏自身もSUNTORY+の価値を実感したのだという。「大きな達成感を感じた瞬間でした」と、笑顔で語った。

自らの発明で、社会課題を解決する

もともと、ゲームのディレクションなどクリエイティブ畑で活躍してきた赤間氏は、新規事業の世界に飛び込み自ら主導してきた経験をどう捉えているのか。社内起業の醍醐味と、新規事業開発に挑戦したい人たちへのメッセージを伺った。

「これまで誰も発明してこなかったビジネスモデルや、最適な形で解決できていなかった社会課題に取り組めることが新規事業の醍醐味です。その中で新しい価値、新しいビジネスを自分たちがゼロから生み出せることは、素晴らしいことだと感じます。前任者がいない道を歩き、困難を一つひとつ乗り越える楽しさは何にも代えられません」

最後にはチームへの感謝を口にしながら、新規事業のもう1つの醍醐味について語ってくれた。

「はじめて導入が決まった瞬間は、みんなで目をうるうるさせながら喜びました。仲間であり友達であり、戦友であるメンバーと喜びを共有する時間も、新規事業における醍醐味です。この感動を、新規事業に挑戦する方にはぜひ味わっていただきたいです」

取材:ぺ・リョソン 編集:高村 真央 撮影:曽川 拓哉

赤間 康弘-image

サントリー食品インターナショナル株式会社

赤間 康弘

任天堂株式会社に新卒入社。企画制作本部にてゲーム/サービスのプランナー、ディレクターとして従事。スーパーマリオシリーズ、スプラトゥーン、ゼルダの伝説シリーズ、ニンテンドーeショップなどの企画開発を担当。その後、サントリー食品インターナショナル株式会社に入社。飲料のブランドマネージャーを担当後、イノベーション開発部にてSUNTORY+(サントリープラス)の立ち上げを行う。第20回英国アカデミー賞、第20回日本ゲーム大賞グランプリ、IF Design Award、グッドデザイン賞、TheGameAwards2015 2部門受賞など受賞多数。