Interview

【レジリエンスラボ】明電舎発の「出向起業」で叶えた、新たなビジネス

【レジリエンスラボ】明電舎発の「出向起業」で叶えた、新たなビジネス

地震や地球温暖化による自然災害が国内外で頻発し、気象庁が災害や異常気象に注意するよう呼びかけることも少なくない。そんな中、災害などの危機に瀕していても企業を存続するためのBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の重要性が高まっている。

明電舎社員が設立した株式会社レジリエンスラボは、防災・BCPトータルサービスのスタートアップだ。明電舎グループは、危機管理体制の構築を全社的に推進したことが評価され、「BCAOアワード2019(主催:特定非営利活動法人 事業継続推進機構)」優秀実践賞を受賞した。日本のインフラを支える明電舎でBCPを構築したプロジェクトチームが、新たなビジネス領域に挑戦する。どんな未来を描いているのか、株式会社レジリエンスラボのお2人に話を聞いた。

明電舎社員での経験が「起業のタネ」

災害大国日本。四季があり、世界が羨む美しい自然を持つ日本の国土は、一方で地形・地質・気象等の特性により災害に対し脆弱で、極めて厳しい自然条件にある──。国土交通省ウェブサイトには、このように記載されている。確かに東日本大震災や2019年の台風19号など、甚大な被害を伴う災害が後を断たない。いつ、災害に生活を脅かされるかわからないという不安を感じる人も少なくないだろう。

そんな中、企業のBCPが重要視されているものの、実際に取り組んでいる事例は少ない。明電舎も、2017年に沖山氏が入社した当時はまだBCPに積極的ではなかったという。

「入社して半年も経っていなかったと思います。全社危機管理委員会(社長を含む常務以上の役員で構成)の場でBCPの重要性を問いました。まだ半分“外の人間”のような社員だからこそ、言いたいことをストレートに言えたんだと思います。生意気と思われようと、やらないといけないものは言うべきだと、考えを伝えました」

沖山雅彦氏

沖山氏は、前職の日立物流で、2015年「災害時燃料調達BCP」の策定などに尽力。首都直下地震や南海トラフ地震など大規模災害時でも、トラックなど運搬車両の燃料を確実に調達し、業務を継続する体制を先頭に立って整備してきた。災害に強い社会を実現するためには、日本の社会インフラを支える明電舎でもBCPを策定する必要性を感じていたという。

また明電舎にとっても、沖山氏の入社は心強いものだった。沖山氏の推進力により、3年という短い期間でBCPを全社的に根付かせることができた。

「それもこれも、多少のハレーションを起こしてでも通し切れる、強い推進力のある沖山さんがいたからこそ。もし沖山さんがいなければ、役員など上層部からの意見に対して何もできずに塞ぎ込み、前に進むことができませんでした」と、総務として沖山氏とともに明電舎の防災・BCPの推進チームを組んだ伊東氏は語る。

スピード感を持ったBCPの推進を肌で感じた伊東氏は、「今は何もないが、BCPを一気に推進したいと考えている企業はきっと多い。社会で生かすことができるのでは?」と考え、現業で得た知見をそのまま新規事業にすることを思いついた。

伊藤未来氏(右側)

これは、のちに起業するレジリエンスラボの事業の柱の1つである「BCP対策デザイン事業」の原型となった。

明電舎の現存の事業との相性も良い。

「明電舎の製品に、非常時のバックアップ電源というBCPのハード面を担うものがあります。そこに防災やBCPを社内に根付かせるための実行支援という、ソフト面を補う事業があれば良いと考えたのです。それにより、BCPという切り口で、明電舎として新たな価値を社会に提供できるのではないかと思いました」(伊東氏)

メーカーである明電舎は、複数の取引先から部品を取り寄せて初めて、自社のモノづくりができる。どれか1つの部品が欠けても成立しないことを知っているからこそ、バリューチェーン全体でBCPを整える必要性がよくわかる。明電舎だけがBCPを万全に整備していても意味がない。会社の枠を超えてBCPのノウハウを共有しようと考えたことは必然だった。

「リアルなナレッジを提供する」という強み

将来の明電舎の事業となるようなアイデアを募る。そんな新規事業の社内公募に、沖山氏と伊東氏は「防災・BCPのトータルサービスの提供」というテーマで応募した。2人の案は400件の応募の中から30件ほどの検討テーマに選ばれ、社内予算がついて仮説・検証をするフェーズに入った。メーカーという特性もあり、技術開発部門の応募が多かったが、コンサル事業で売上規模も小さく、かつ総務というバックオフィス部門からの提案は異質だったという。

「社内の検討テーマに選ばれ、まずニーズをヒアリングすることから始めました。どうせならと、明電舎と取引のない企業へ積極的に出向き、50社ほどお話しすることができました。明電舎が『BCAOアワード2019』を受賞し、危機管理体制の構築を評価されたことも、取引実績のない企業とお話できた要因だったと思います」(伊東氏)

受賞実績が顧客開拓の追い風となった。これまでのすべての経験が後ろ盾となり、地歩を固めることができた。

「BCPに関する企業の情報は公に開示されていません。色々な書籍はあるけれど、あくまで教科書。社外秘に触れる部分もあるので、現場でのリアルな情報までは載っていません。明電舎がBCP対策を始めた2017年当時に私も探していましたが、他社の事例を見つけることはできませんでした。それだけ貴重な情報を今、我々は当事者として持てていることが強みですね」(沖山氏)

独自の知見を生かし、今は「総務という立場で他社と接する中で、今まさに課題を抱えている企業に我々の知見を提供する。それと同時に、私たちがこれから考えている取り組みを説明しながら、ニーズのすり合わせをしているところ」だと沖山氏は話す。

ヒアリングを通してニーズを拾いながら仮説・検証を繰り返し、事業計画を練り上げる。まさに起業の準備として理想的な形である。

大手コンサルティング会社に負けない強み

ヒアリングをしながら見えてきた競合優位性は、実務担当者としての経験だった。

「BCPのコンサルティングを手がける大手企業は数多くあります。そうした企業は、マンパワーがあり、文書を作ることにも長けています。しかし、企業の内部からBCPを構築したことはありません。一方、明電舎で我々は体制を作り、運用してきました。多くの企業にヒアリングをしてわかったことですが、現場の担当者が本当に困っているのは、作った文書をどうやって組織に根付かせるか。明電舎がどのように役員を巻き込んで経営の一環として対策を講じたのか、実務面のノウハウを知りたがっていたのです」(伊東氏)。

プレーヤーになった者だけが得られる唯一無二の価値。明電舎が始めようとしている「BCP対策デザイン事業」への企業からの期待値の高さが窺える。

では、具体的にどんなサービスを想定しているのだろうか。企業や組織、自治体を対象に展開される、2つの防災・BCP対策支援について伊東氏に伺った。

1、BCP対策デザイン事業

「日本の多くの中小企業では、BCP対策を総務が様々な業務と兼務しています。専門でやっていないためなかなか推進できない。ましてや、いつ起こるかわからない災害に対して予算をつけたり時間をかけたりする余裕がないのが実状です。そんな担当者に代わって、BCPを推進するための実行支援をするという、ソフト面での事業です。サービスの内容は、教育、訓練、防災の備蓄品の調達など多岐に渡ります」

2、共同備蓄サービス事業(BCPチャージ)

「大規模災害時に必要となる電源・燃料などの備蓄を会員同士で補い合う、『共同備蓄サービス』です。例えば南海トラフ地震が起きた場合、首都圏で1週間の停電が起こると言われています。そのバックアップを1社で賄うのに限界があるならば、会員同士で備え合おうというサービスを、今まさに開発しているところです」

(提供)株式会社レジリエンスラボ

東京都の『東京都帰宅困難者対策ハンドブック』によると、大規模災害への備えとして、事業者は「3日分の飲料水、食糧、物資」を備蓄する努力義務がある。これを都内のすべての企業が個々に対策するとかなりの手間がかかる上、消費期限が過ぎた水や食料など、大量の廃棄物を抱える可能性もある。現場でヒアリングをしてきたからこそ見出せた、企業が望む画期的なサービスといえるだろう。

「少しでもニーズがあることに対してサービスを提供していくことをイメージし、時間をかけてていねいに仮説と検証を繰り返してきました。しかしある時、事業化に向けての道筋が見えなくなってしまいました」と伊東氏は当時を振り返る。

明電舎は、「よい商品は売れる」という「モノづくり至上主義」。安定して高品質なものを生み出せなければ自社の製品として販売できないという、日本のライフラインを支えてきたメーカーとしてのプライドがあった。しかし、伊東氏の「顧客のニーズに素早く応えたい」という思いは、安定・高品質を求める社風と相反する時もあったという。

スピンアウトするという選択肢

その時、伊東氏が目をつけたのが「出向起業」。

出向起業とは、会社を辞めることなく事業を立ち上げ、出向という形で経営者として新会社で働くという、経産省が推奨する新たな起業手段だ。企業に属しながらもしがらみから離れ、自分たちでスピード感を持った意思決定ができる選択肢である。

社内の予算と膨大な時間、そして労力をかけて積み上げてきた検証から、ようやく見出した小さいながらも確かな「ビジネスの種」。それをこの先育てていくためには、この方法しかない、2人はそう心に決めた。それ以来、社内の説得に奔走する日々が始まったという。そして、約半年に渡る交渉の末、出向起業が認められる決め手になったのは、「沖山氏の“腕力”」だった。

沖山氏は、「前例のないものに対しては、とにかく行動するしかない」と話す。

「新規事業を大企業の中でやるということは、エネルギーをかけて行動に移さなければ始まらない。どれだけ考えても想定外のことはあるし、だからこそ面白い。

私が若い頃は、子会社を上場させることが盛んに行われていました。子会社上場の担当事務局になった時に、『上場は申請書類の作成が膨大で、さらに、東京証券取引所、主幹事証券会社等とのやり取りも大変で、できれば担当したくない』と当時の先輩に話したら、『上場に携われることなんて一生に何度もない』と返されたことがありました。それから何年か経って、その通りだったと感じたのです」

新しいことを経験できる人は、そう多くはない。今まさに総務でBCP、イノベーション、新規事業の立ち上げに携われている人は、果たしてどれだけいるのだろう。チャレンジできる場にいるなら、それを逃す手はない。

どんな経験も、起業はキャリアのプラスになる

総務というキャリアを歩むのではなく、ロールモデルがない新規事業に取り組む伊東氏。自身の未来に迷いはなかったのだろうか。

「メーカーの総務に加えて、新規事業に挑んだというキャリアの積み増しができる。たとえダメになったとしても、失敗した経験のある人のほうが視野は広くなるし、面白いんじゃないかと。沖山さんのような、強いリーダーシップを持つ先輩がいることも、恵まれていると感じていました」

自身のやりたいことが、社会や地域への貢献に結びつくという実感があれば、さらに強い動機付けになるだろう。また、今回の2人のように設備投資のいらない新規事業ならば、立ち上げ時のリスクも低い。やらない後悔より、やって後悔するほうが得るものがある。沖山氏の言葉を借りるならば、「やってみての面白さがある」。

出向起業という選択肢を取り、社員のアイデアを事業化に結びつけるロールモデルが生まれた明電舎。今後さらに社会課題やニーズをいち早くキャッチし、自発的に事業を創造できるのではないかと、期待が高まる。

最後に、社内起業家へのメッセージを伺った。

「大企業の体力があれば、多少失敗しても大丈夫です。そして、大企業には様々な人がいて、反対してくる人も当然いるけれど、味方になってくれる人も必ずいます。そこも大企業の利点です。失敗よりも挑戦することのほうが、価値があります。今の自分の立ち位置をよく把握し、機会をいかにキャッチするかが重要です」(沖山氏)

「自分がやりたいと思ったことが価値のあるものかどうかは、何もせずに見えてくることはありません。一歩踏み出して、生の声を聞いてみてください。そのプロセスを楽しむことが、私にとってモチベーションでした。少しずつでいいので考えたものをアウトプットしてみてください。たとえ失敗しても「経験」は財産になります」(伊東氏)

取材:加藤 隼 編集:高村 真央 撮影:野呂 美帆

沖山 雅彦-image

株式会社レジリエンスラボ

沖山 雅彦

電機メーカーの人事・総務・法務・広報、リスクマネジメント業務を担当。日立物流で経営戦の一環としてBCPを構築したことが、現在の取り組みのきっかけになる。明電舎入社後は、伊東氏とチームを組み、明電舎の防災・BCP構築のためにリーダーシップを発揮。企業における防災・BCPの事例について、多数の講演実装のあるスペシャリスト。2021年8月に株式会社レジリエンスラボを設立。

伊東 未来-image

株式会社レジリエンスラボ

伊東 未来

2009年明電舎に新卒入社。全社および生産拠点の環境管理業務を経て、防災・BCPの推進を抱当。明電舎のBCPに関する体制構築から運用まで取り組んだという自身の経験を一企業の枠を超えて社会に役立てたいという思いが芽生える。新規事業の実現に向け、調査・ヒアリング活動を行ったのち、2021年8月に、代表取締役CEOの沖山氏と企業・組織の防災・BCPを支援する株式会社レジリエンスラボを設立。