Interview

【日建設計】新規事業開発提案制度“峰コンペ”、世界的な建築を生み出してきた精鋭集団の次の一手

【日建設計】新規事業開発提案制度“峰コンペ”、世界的な建築を生み出してきた精鋭集団の次の一手

建築設計・都市開発等を行う株式会社日建設計。日建グループ全体で3,000名ほどいる職員のおよそ3分の1を一級建築士が占める。世界的にも知られた建築・都市のプロフェッショナル集団である。

120年以上にわたり革新的な建築を数多く生み出してきた日建設計だが、2016年に新規事業開発提案制度をつくり、新しいビジネスの創出を試みている。コロナ禍で暮らし方や働き方、楽しみ方が変化した中で、その活動の舞台となる街と建物はこれからどうデザインされていくのか。建築や都市の業務領域を超えて新ビジネスを志す理由は──。同社の“峰コンペ”を担当する、執行役員新領域開拓部門イノベーションデザイングループの石川貴之氏に話を伺った。

「富士山」のようなピラミッド型ファームを「八ヶ岳」のような連峰型ファームへ

日建設計は1900年に従業員26名で創業。東京タワー、東京ドーム、大阪・梅田の阪急ビル、東京ミッドタウン、東京スカイツリー、渋谷スクランブルスクエアなど、日本の都市を代表するランドマークを始め、国内外の著名な建築、まちづくりを多く手がけてきた歴史ある精鋭集団である。

上海緑地中心/mintwow

2016年に立ち上がった日建設計の新規事業開発提案制度「Discover Peaks! Competition(通称“峰コンペ”)」では、大きく分けて2つのテーマで起案できる。1つは、これまでの日建グループの業務領域の延長線上にある「関連・拡張領域の事業」、もう1つは既存の業務領域からかけ離れた「非連続領域の事業」。これまで築いてきたビジネス領域でより高みを目指す一方、新たな“峰(ビジネス)”の創出にも乗り出そうという会社のビジョンを取り入れている。

「日建設計は、建築設計という事業に関連する数多くの技術を有する専門家が集って巨大な組織になりました。建築という1つの峰のもと、建築や都市の周辺領域に業務を拡張し、その裾野を広げることで成長した“富士山型”の組織と言えます。しかし近年、我々に対する社会の要請は、より多様化・複雑化しています。我々自身がこうした要請の変化に柔軟に適応していくためには、旧来のように1つの大きな山の裾野を広げることに留まらず、我々が提供可能なビジネスやサービスを新しい”峰”として生み出し、育て、山々が連なる“八ヶ岳”のような連峰型組織としてさらなる進化を遂げていく必要があります。峰コンペは既存領域の資産を活かしながらも、将来会社を支える新たな“峰”を作っていくための仕組みです」(石川氏)

長きにわたり、世界に名を馳せる建築や都市開発を手がけてきた日建設計は、まさに建築業界においてはワンストップサービスを提供し得る富士山的な存在といえる。そのうえで、日建グループが歩んできた「デザイン領域」を再定義し広義に展開することで、持続可能な社会の構築や人々の幸福の追求に向けた“新たな峰”の創出を目指している。

そのため、峰コンペは単なるアイデアコンテストで終わらせない仕組みで実施されている。全職員を対象に公募制でエントリーを受け付けたのち、アイディエーション・インキュベーション・アクセラレーションの各ステージで審査を設けている。職員が事業創出を本気で目指すコンペだ。

我々のスキルやノウハウは、建築業界にとどまらず、もっと社会に生かせる

石川氏が“峰コンペ”の運営に参画したのは2021年1月から。2008年にグループ会社である日建設計総合研究所に転籍した。日建設計総合研究所は日建グループのシンクタンクでもある。グループ経営の中長期的戦略のための研究や事業開発を施策として取り組むことに加えて、研究所の職員には公募型の自主研究を支援する制度が設立当初からあった。こうした取組みを通して、石川氏は事業開発の種を育てていく難しさや開発プロセスでの課題を感じてきた。

2020年6月頃、“峰コンペ”の見直しを含む日建設計の新しいビジネス(峰)づくりである「造山活動」タスクフォースの責任者であった川島克也氏(現・日建設計取締役副会長)から、石川氏はチームの一員として参加することが求められた。日建設計の次期経営計画の策定に向け、峰コンペや新規ビジネス創出の仕組みについての改善提言をまとめるためだった。

「当時はグループ会社の職員であり、『造山活動』からも少し距離を置いた立場だったため、『理想的な仕組み』への改善提案を傍観者的な感覚で取りまとめました。すると、『新規事業開発を一緒にやらないか』というオファーを受けました(笑)。その後、日建設計に再転籍し”峰コンペ”の担当として本格的に携わることになりました」

石川氏は日建設計総合研究所の在籍時に一般社団法人日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)に出向した。当時は民主党に政権交代した時期で、政府と産業界との関係も変化しつつあり、JAPICもそれまでの建設業界主体の会員構成から幅広い産業界へ参画を募り活動スタイルを変化させた時期だった。ここで建設業界以外の業種・業界の人々とともに、新産業創出という観点から都市・環境問題について政府等関係機関に政策提言を行う機会に関わった。「我々が持っているスキルやノウハウは、建築業界だけに留まらず、社会のために広く生かせる」と、石川氏は強く感じたという。

自律的な職員の想いを具体的なカタチに変える、“峰コンペ”の重要な役割

日建設計では年齢や役職に関係なく、一様に「さん」付けで呼び合うそうだ。フラットな企業風土、個々人を専門家としてリスペクトする気風、そして建築・都市に関わる技術者ならではの社会貢献意識の高さなど、社会と向き合い自律的に行動できる職員も多いと語る。

「建築士は建物を『作品』と評することもありますが、常に「公共性」という側面も強く意識しています。建物はクライアントが所有するものではありますが、不特定多数の方々が利用することや、街の景観を構成する社会資本としての意味もあるため、パブリックなストックと言えます。建物の設計や街づくりを通じて社会の課題に向き合い、自分たちなりの回答を空間として提案したい、またはそうしなければならないという強い想いと責任感を感じる職員は多いです。一方で、個々人が感じている社会や環境の課題に対して、日常の仕事の中で消化・提案できないものも多いはずです。“峰コンペ”はこうした職員の想いが日常の業務以外の場で、モチベーションとして発散できる場にしたいです」

企業の新規事業制度に自律的な職員が集まるのは理想的とも言えるだろう。

しかし事務局は、職員の個性や主体性とマネジメントのバランス、個のアイディアを育てるために、効果的に仲間を集めてチームを組成していくことの難しさも感じていると言う。「個の主体性を最大化するために必要な事務局のサポートや会社のバックアップとは何かと考えた時、仕組みとしてのデザインが重要だと感じました」と、石川氏。

特に事業化検証では、起案者は自らが設定した課題を社会とどう共有し、提供するサービス(ビジネス)の市場をどう創造できるかについて考えなければならない。日建設計の優位性も踏まえ、事業としてグロースするための検証は社内リソースのみでは難しいことも多い。

「わが社の経営者の多くは建築・都市の技術者でもあるので、起案者の想いに共感しやすく、定期的な検証報告会でも『なんとか続けさせてあげたい』と判断することが多いのは事実です。しかし、明確な目標と期間を区切って推進と撤退の判断を適切にしなければ、コンペの意義と持続性を失うことはもちろん、起案者にとっても前向きな環境にはならないと思います。ビジネスの創出を目的とした“峰コンペ”ですが、社会課題解決に対する多様な視点や人材を見つける場にもなってほしいので、この制度が複数の目的と成果を出せる制度として認識され、運用されるべきであると感じています」

定款すら変えた。公共空間の運営に乗り出す「公共家守事業」

“峰コンペ”から生まれた取組みの1つに、「公共家守事業」がある。具体的な活動には、東京都渋谷区の北谷(きたや)公園の指定管理者としての運営事業がある。

北谷公園/中戸川史明写真事務所

北谷公園の指定管理者は、東急株式会社を代表とする企業体だ。その中で日建設計は、周辺地域の人々と協働で公園を利活用する「地域連携活動」の企画・運営を主に担当している。日建設計独自の取組みでは、2021年4月に社会実験として始まった都市の遊休空間を「あなたの場所」として使うプロジェクト「YOUR PARK」がある。

「YOUR PARK」は日建設計の新領域開拓部門パブリックアセットラボラボリーダーで、都市デザインが専門の伊藤雅人氏を中心に、公共空間の「遊び場」以外の有効活用方法を模索する。期間中、公園の階段下ステージに、可変的な木製ユニット「つな木」を配置した。「つな木」は同じく峰コンペから生まれたNIKKEN WOOD LABが企画・プロデュースした製品であり、置き方次第で店舗や休憩スペース、ワークプレイスなどとしても利用できる。

さまざまな活動を可能にするツールや運営ルールを提供し、施設の所有者・管理者と利用者をつなぐサービスとなっている。

YOUR PARKの取組みが特徴的なのは、これまで建築と都市開発における企画・計画・設計を行ってきた日建設計が公共空間の「運営」という新しい領域に乗り出したこと。そのために会社の定款を変更したという。「空間の企画・設計だけではなく、運営にも積極的に携わっていくべきだ──」伊藤氏にはそんな思いがある。

石川氏はこう語る。「運営に関しては経験や勉強がまだまだ足りないと思っています。企画・計画・設計という領域で、BtoBの仕事が主流だった弊社が、利用者と直接向き合うBtoC事業に取り組むには、想像できるものからできないものまで、さまざまなハードルがあると思います。それらを一つひとつ乗り越え、この活動の狙いとする『公共空間を介して地域を連携する』ことにどう繋げていけるのかを考えていきたいです。また、この取り組みを地域に根付づかせるプロセスを通して、我々が世の中にどんな価値を提供できるのかについても考えなければなりません。この過程はまさに、我々が考える新規事業創出そのものだと思います。これからが本当に正念場です」と石川氏は未来を見据える。

石川氏はさらに続けた。「公共空間を対象としたビジネスを拡張させるためには、公共空間のオーナーである国や自治体も含めて、空間の利活用に関する課題意識の共有が不可欠です。旧態依然の補助金や公共空間の維持管理費のみで新しい取組みを事業として回すことは、社会的意義のある取り組みであったとしても、限界があります。新たな活動・プレイヤー・ファンドなどを総動員できる仕組みとして、きちんと世の中に着地し、多くの人が参加可能な制度を官民が連携して仕立てていく。コンペから生まれた小さな取組みではありますが、社会変革、業界変革を起こせる事業に成長してほしいです」

開発力があるからこそ、顧客視点・社会課題起点へのマインドチェンジが必要

自社にさまざまな開発リソースを持つ日建設計は、事業開発を進めていく上での「危険性もある」と石川氏は危惧する。元来、日建設計の仕事は請負業であり、顧客から具体的ニーズや課題をもとに、適切なソリューションを提供する中でノウハウを蓄積し、品質とサービスを向上・確立してきたという。

ニーズや課題を起点とした取組みは得意であるものの、社内起業のように内発型の事業開発の過程では、自ら設定した仮説を十分に検証せずに、最後まで開発しきってしまいう傾向があると石川氏は語る。開発の途中で別の角度から見たり、第三者の意見を聞いたりするピボットの重要性を感じていると強調した。

「新しいビジネスをつくるために、ニーズありきでスタートする請負ではなく、自らが顧客やニーズと市場を創り出すための仮説を立て、それらを確認しながら事業開発を始められるようマインドや行動様式を変えていく必要があります。事務局は新規事業開発に取り組む意識と機運を醸成し、行動変容を促さなければなりません」

“峰コンペ”から、日建設計を支える新たなビジネスを生み出す。その目的の重要性を認識する一方で、石川氏は「イノベーション人材の創出」も大きな目的として掲げる。

「峰コンペ”のもう1つの価値には、自分たちが持つスキル・アセットを現業や建設業界以外にも役に立てられないかと考える自律的な人材を社内で育てられることにあると感じています。イノベーション思考を持った人材は、現業でも豊かな発想力(妄想力)で提案を磨き輝かせていくはず。こうした人材が増えれば、さらなる“峰”が生まれるでしょう。今後峰コンペにどのようなメッセージを職員に発信し、最適な仕組みをつくるのかが今後の課題であり、大きな展望です」

新規事業に向いているのは「手ぶらでも話を聞きにいける人」

新規事業開発に向いている人材の条件を聞くと、以下の3点を挙げてくれた。「なぜ?」と疑問を抱ける人。会話を「否定」から始めない人。手ぶらでも人の話を聞きにいける人。

特に、「手ぶらで話を聞きに行く」ことは意外に難しい。

「普段人に話を聞きに行く時に、資料を用意する人が多いと思います。ビジネスや商談の話をする場合は効率的かもしれませんが、資料を準備することはある意味『枠をはめる』ことでもあり、返って話が広がりにくくなると考えています。自分の素直な疑問や想いをぶつけると、経験豊富な相手から思いもよらない意見やヒントを引き出せることもあります。市場や社会に対して自分たちができることを見つけるためには、資料を用いてプレゼンするのではなく、市場や社会が求めるものが何かを敏感に受け取るための『雑談』が重要です。さまざまな場所に足を運び、話を聞ける人材は強い」

入社直後の大阪配属時、20代後半で大規模な都市開発プロジェクトを担当していた石川氏は、同じプロジェクトにいた年配で経験豊かな地元の自治体や企業の人々に育ててもらったという。当時得た経験と教えが、新規事業開発の仕組みや環境と重なるという。

「大阪ではわが社は『日建さん』と呼ばれています。『日建さんが20代半ばの入社したての若造を担当に就けたんだから、こいつを僕らで育ててやらんといかん』という空気を感じていました。経験も少なく、うまく仕事を進めることができなかった時、僕でも理解できるわかりやすいヒントをいただきました。新規事業開発の取り組みも似ている感じがします」

起案したもののどのように進めるべきかわからない。そのような起案者に対していかに周囲が手を差し伸べられるかが重要だと石川氏は語る。一方で、新規事業に挑戦する人材は周囲を巻き込む力が必要だと強調した。

「オール日建」からオープンイノベーションへ

新規事業を支援する中で、今一番の課題は他社との協業、「オープン・イノベーション」をいかに組み立てていけるかだと石川氏は語る。

日建設計には「オール日建」という言葉がある。顧客が持つ課題や要望に対してグループ会社のノウハウや技術サービスも組み込みながら、日建グループ全体で適切なソリューションを提供する「ワンストップサービス」を示す言葉だ。

「我々に問いかけられる課題も年々多様化し、複雑になっています。既に『オール日建』でも解けない課題が多くなっています。今後『オール日建』をさらに拡大し、『オープン・イノベーション』の取組みでベストなソリューションを提供することが不可欠になりつつあります」

最後に、新規事業に取り組む人へのメッセージをもらった。

「自分たちの日常生活や業務の中に、挑戦したいことや取り組みたい課題が転がっているはず。それをスルーせず、『なぜ?』と興味を持って、一度自分の中に疑問をストックし温めておくことが大事です。見つけたら、自分1人で考えず社内にも発信してほしい。この会社には、そんな発信を受け止めてくれる人も多い。我々もこうした『想い』を繋ぐ支援をしたいと考え、コンシェルジュデスクを用意しています」

新規事業に興味を持っている人や取組みを繋ぐ。未来の街の変化の礎が、“峰コンペ”を通じて築かれ始めている。

取材:加藤 隼 編集:林 亜季 撮影:野呂 美帆

石川 貴之-image

日建設計

石川 貴之

1987年九州大学大学院を経て日建設計に入社。専門は都市計画。施設企画や大規模な都市開発まで幅広く建築と都市に関する業務を担当。2004年から東アジアを中心に部市デザイン業務を担当した後、2008年に日建設計総合研究所に転籍。「環境と共生する街づくり」をテーマに大都市圏の郊外再生まちづくり、インフラシステムの海外展開業務でスマートシティやTOD(公共交通主導型都市開発)の案件組成を支援。2021年1月日建設計に再転籍し、現職。