Interview

【ソフトバンク】審査通過から2年半、0.1%の難関くぐり会社化。SBイノベンチャー初の輸出支援事業

アジアへの日本食輸出プラットフォームを提供するumamill株式会社は、ソフトバンク株式会社の社内起業制度「ソフトバンクイノベンチャー」(以下、SBイノベンチャー)から誕生した新規事業だ。SBイノベンチャーの応募件数は2021年で累計約6900件にもなるが、これまで会社化したのはたったの6件。狭き門をくぐり抜け、umamillは2019年にSBイノベンチャー株式会社の子会社として立ち上がった。

代表取締役 COOの松原壮一朗氏によると、審査通過から会社化に至るまで約2年半かかったという。SBイノベンチャー史に残る、新規事業ローンチまでの道のりを辿ってみたい。

輸出業界に、新たなマーケットをつくる

海外では日本食への関心が高まっている。農林水産省の調査によると、海外にある日本食レストランの数は2006年の約2.4万店から15年後の2021年には6.6倍の約15.9万店に増えている。

しかし日本国内の中小規模の食品メーカーの多くは輸出に関する知見が少ないことから、販路を広められずにいるのが現状だ。中小企業庁による調査では、海外進出を考える中小企業が抱える一番の課題として「販売先の確保」が挙げられており、他には「信頼できる提携先・アドバイザーの確保」、「進出先の市場動向・ニーズの把握」があった。

そこでumamillは、ソフトバンクが持つITやAIの知見を活用し日本食の海外進出を支援するプラットフォームを開発した。

umamillが提供するサービス

・国内食品メーカーの輸出支援

・海外バイヤーへのサンプルの提供

・海外飲食店・小売店と連動した輸出後の食品プロモーション支援

(提供)umamill株式会社

取り扱う食品は5,000品を超え、海外のバイヤーはこれらのサンプルを無料で試すことができる。一方、日本の食品メーカーは、umamillを通すことで海外に自社のサンプルを簡単に提供でき、より多くの商談の機会を得ることができる。

とはいえ、日本食の海外輸出を手がける企業やECサイトは多数ある。umamillはどのように競合他社と差別化を図るのか。松原氏に直撃した。

「umamillのサービスには、これまでになかった天才的なアイデアや特別な仕掛けが隠されているわけではありません。競合他社との差別化のために、そしてumamillをリピートしてもらうために、輸出後の食品プロモーション支援を強化しています」と松原氏。

umamillは食品の輸出を支援するだけでなく、輸出先の消費者の購入にもつなげるため、現地でのYouTubeやSNS上でのプロモーション支援事業も手掛けているのだ。umamillを通せば輸出先の小売店や飲食店の集客効果も期待できるのは、海外のバイヤーにとっても魅力的なポイントだ。

「輸出プロセスの改善だけでは、競合の多い輸出業界では勝負できません。umamillがプロモーション事業も提供することで、輸出における新たなマーケットをつくることができると考えています」

同僚からの熱い誘い「一緒に起業しよう」

SBイノベンチャーの会社化率は、たった0.1%。競争率の高い社内起業制度であることがわかる。

松原氏は前職で、CD・DVDの仕入れや企画を行っていたという。32歳のタイミングでキャリアについて考え、今度はIT業界に挑戦しようとソフトバンクに転職した。当時は、新たに通信・ITの世界に飛び込んだからには、まずは業界について1からしっかり学ばなければならないと感じていたのもあり、新規事業について考える余裕はなかったと振り返る。

ところが、入社2年目に転機がやってきた。

現在umamillの代表取締役 CEOである佐藤晶洋氏から、毎日のように「一緒に新規事業をやろう」と声をかけられるようになったという。佐藤氏はもともと、法人営業部に所属する松原氏の同期だった。

佐藤氏によると、ソフトバンクで連続的に売り上げ予算を達成することは難しいとされる中、松原氏は毎回それを達成し好成績・高評価を得ていたことから、社内でも広く知られていた人材だったという。「彼の戦略を考える力と収益を生み出す力、行動力を直近で見ていて、新規事業開発に誘わずにはいられなかったです」と佐藤氏は振り返る。

松原氏は 「新規事業開発は、そう簡単に挑戦できるものではないと考え断り続けていましたが、最終的に佐藤の熱量に負けました(笑)。社内起業を通して、これからの時代に必要な経験とスキルを得られると考え挑戦することにしました」

第一次産業に挑戦、まずは農業体験から

SBイノベンチャーに向けて、松原氏と佐藤氏含むチーム5人は事業の構想を始めた。当初は現在のumamillとは違った事業アイデアで、制度に応募したという。

「チームみんな第一次産業に興味を持っていたため、事業テーマを農業に絞りました。課題を洗い出すために、まずは現場で仕事を体験することが大切だと考え、農家を訪問し稲を植えにいくところからスタートしました」

農家へヒアリングをした結果、次のような案があがった。農業にはGLOBALG.A.P.認証(グローバルギャップ)という食品安全、労働環境、環境保全に配慮した「持続的な生産活動」の実践を証明する国際基準がある。グローバル輸出を目指す農家のために認証取得を支援するシステムをumamillで開発しようと考えた。松原氏はこの案でSBイノベンチャーに挑戦し、見事合格した。

umamillができるまで。2年半に及ぶ憤怒の立ち上げ期

SBイノベンチャーに合格後、課題をさらに深堀りするために松原氏らは再度農家を訪問した。そこで、多くの農家がマネタイズの難しさを感じていると気づき、生産活動の内容を証明する支援よりも農業には「出口戦略」が必要だと考え、現在のumamillの事業にピボットしたという。

また、メンバーの1人だった横井晃氏はumamillのかたわらで構想していたシェアサイクリングサービス「HELLO CYCLING」の事業化が決まり、チームを離れることになった。umamillチームはもう一度メンバーを集めるところからはじめ、マーケティングとコンサルティング能力に優れた伊藤一仁氏をチームに迎え、立て直した。

通過してからの1年半は、事業案のブラッシュアップと食品メーカーを集めることに専念した。松原氏は当時を振り返りながら「ほかのSBイノベンチャーの新規事業の中でも、umamillは会社化までに時間がかかった方なんです」とつぶやいた。

「ピボットしたものの、食品の海外輸出支援というテーマは新規事業のアイデアとして重たかったかもしれません。なぜなら、貿易に必要な物流を0から調べて整えるところからスタートしなければならなかったからです」

国によって法律が違えば、貿易手続きの手順も違う。法律、物流、ビジネス、アプリ開発など、調べる量が膨大だったのだ。

また、国内の食品メーカー探しにも骨を折ったという。ユーザーがいないとプラットフォームとは言えない。そこでチーム4人は食品メーカーの集まる展示会に出向き、全ての企業ブースをまわった。「イベントではチーム総出で朝から夜までブースを回り挨拶をしました。草の根活動で認知拡大に励むしかありませんでしたから」と、松原氏。1年半もの間、チーム一丸となりスピードを緩めることなく仕事をこなした。

事業開発に取り組み2年が経とうとする頃、SBイノベンチャーの役員より思いがけない連絡があった。「事業の準備に時間がかかりすぎている。残り3カ月でumamillの実現可能性を証明しなければ、君たちの事業は終わりだ」

その言葉にチームは衝撃を受けた。

負けられない勝負、海外で実証実験を試みるも

ここにきて引き下がるわけにはいかない。

umamillのサービスが海外で機能するかどうかを確かめるために、チームは手分けしてシンガポールと中国へ視察に行くことに。

これまで磨いてきたプロダクトを現地のバイヤーに使ってもらい、日本食を届けたい。そう考え気合いを入れて臨んだ海外視察だったが、シンガポールで松原氏は予想外の出来事に遭遇したという。

シンガポールの商社を訪問しバイヤーに挨拶したところ、険しい表情で「生半可な気持ちで声をかけないでくれ」と突き放されてしまった。他のバイヤーを訪ねた佐藤氏も、同じような対応を受けたという。

これには理由があった。バイヤーたちによると、日本からきたビジネスパーソンはみなヒアリングを行った後、音沙汰なく去っていくという。取引予定のない企業の検証に付き合っている暇はないとのことだった。

せっかくアジアに来たのに、手がけてきたプラットフォームが機能するかどうか実験できない。絶望的な状況だった。

その時、松原氏の頭にはパートナーである日本の食品メーカーの人々の顔が浮かんだという。umamill事業を立ち上げると決めてから、中小企業を中心とした食品メーカーとは地道に関係を築いてきた。まだumamillが成功するかどうかもわからない中、自社の商品をumamillに託してくれたことでプラットフォームを充実させ海外視察のフェーズまで来られた。松原氏は、その恩を事業で還元しなければならないと感じたのだ。

松原氏は気を取り直し、現地のバイヤーがどんな課題を抱えているのかヒアリングした。その数週間後に「この間お話ししていた悩みについてですが、我々のプロダクトで解決できそうなので試してみませんか」と、小売店・飲食店と輸入商社を自動で紐づけるシステムを追加で開発し、バイヤーに見せた。結果、少しずつ話を聞いてもらえるようになり、実証実験に漕ぎ着けたという。

売れる商品の秘密は、ストーリー性にあり

粘り強くヒアリングと検証を続けた海外視察では、ある発見があった。umamillでプロモーション事業を手がけるようになった重要なきっかけでもあると、松原氏は語った。

「シンガポールの飲食店視察を通して、食品の味よりもストーリーを楽しめるかどうかが重要であると感じました。ある餃子店では、店員がお客さんにメニューを説明する時『この餃子の皮は職人が作った、神の皮だ』と伝えていました」

店員が餃子の味ではなくストーリーを語ることで、次々と注文が入る様子に松原氏は目を見開いた。

他にも、松原氏が海外のバイヤーにどんな商品が売れるのか聞いた際にも学びがあったという。「我々バイヤーにシンガポールの流行食品について聞くのは間違っている。仕入れる私たちは日本の魅力的な商品を知りたいのだから、売れる商品を教えるのはumamillの君たちだろう」と指摘された。

輸出ビジネスではその土地の流行とニーズを把握することも大切かもしれないが、届けたい商品の魅力を伝え、試してもらえるようプレゼンするのもより重要な行動であることに気づいた。

以降松原氏のチームは海外輸出の支援だけでなく、食品の魅力を伝えるプロモーション事業も強化することになった。プロモーションを通して飲食店や小売店など輸出先を支援することで、より一層umamill事業の価値が高まると考えたのだ。

忘れられない、新規事業の醍醐味

周囲の応援もあり、松原氏チームは運命の3カ月を乗り切った。結果は会社化決定。松原氏は大きな達成感と感動を味わった。周囲の支えがあったからこそ会社化を実現できたと、松原氏は涙ぐみながら振り返った。

「2年半もの間、我々社内起業家を信じて背中を押してくれたのはたいへんありがたかったです。社員の挑戦を本気で応援してくれる風土は、SBイノベンチャーの最大の特徴であり魅力かもしれません」

また、パートナー企業など社外の人々のumamillに対する思いにも勇気づけられたという。過去に一度、umamillに関与する食品会社が役員会に出席したことがあった。そこで、「umamillのみなさんは日本の食品業界にとって必要な存在です」と、SBイノベンチャーの役員に伝えたという。

「どんなに苦しい状況も、応援してくれる数々の食品メーカー様のおかげで乗り越えることができました。人生でこんなに全力疾走した期間はありませんでした」

挑戦したいなら、迷わず飛び込んでほしい

ローンチから2年半、umamillの輸出成約件数は1531件。今後はプラットフォームの認知度を上げ、自然に流入が増えるようマーケティングを強化する必要があると松原氏は語った。同時に、他社との差別化のポイントでもあるプロモーション事業の成長にも力を入れているところだという。

最後に、社内起業家へのメッセージを聞いた。

「新規事業開発は想像以上に大変でしたが、挑戦することで組織の仕組みを網羅的に理解でき、この経験は今後どんなキャリアにも生かせると感じます。また、パートナー企業や仲間との出会いは素晴らしいものです。事業開発をすると決めたら、自社のミッション、ビジョン、目標に賛同し協力してくれる方々のためにも、覚悟して全力で事業を推進するしかありません。子会社化が決まった時の感動は、今も鮮明に残っています。少しでも挑戦したいと考える人には、迷わず新規事業の世界に飛び込んでいただきたいです」。松原氏は力強く語った。

取材:ぺ・リョソン 編集:中村 信義 撮影:曽川 拓哉

松原 壮一朗-image

umamill株式会社

松原 壮一朗

2002年、CD/DVDの商社(現・株式会社ハピネット)に入社仕入れや企画に携わりマーチャンダイジング責任者を経験。2012年にソフトバンク株式会社へ転職し、通信事業の法人営業マネージャーを経験。2015年、社内起業制度「ソフトバンクイノベンチャー」にて日本食輸出プラットフォーム「umamill」事業を立ち上げる。2019年、umamil株式会社を設立し代表取締役 COOに就任。