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【ベネッセホールディングス】エントリー数1700件超! 組織風土を活かした新・社内提案制度

【ベネッセホールディングス】エントリー数1700件超! 組織風土を活かした新・社内提案制度

60年以上にわたり教育や介護など幅広い事業を展開するベネッセグループが、2021年6月に社内提案制度「B-STAGE(ビー・ステージ)」をスタートさせた。創業以来、「現場発」で課題解決を実現する組織風土を培い、1970年代から他社に先駆けて社内提案制度を開催してきた企業が新たな手を打って出た。

グループ社員が参加可能、かつ社外メンバーを交えたチームでの参加もOKの新・社内提案制度は、過去実績を大幅に超え、エントリー総数なんと1700件超の大反響となった。事務局PMOの松原弘樹氏と白井あれい氏に、グループ社員の心に火をつけた秘策を伺う。

社長がコミット、ボトムアップ型「新・提案制度」

日本企業における経営者の交代の影響は大きい。トップ交代によって戦略や組織が一変し、業績においても大きな変化がもたらされることは珍しくはない。2021年4月、代表取締役社長に小林仁氏が就任したことでベネッセホールディングスにも大きな風が吹いた。

「とにかく社長の小林のリーダーシップは、すごいんです」

2021年12月に「新・提案制度」の最終審査会が行われた。白井氏はその時を振り返り、社長自らがホワイトボードの前に立って選考する姿は会社としての強い意思を体現しているようで、強く共鳴したと話す。

小林氏はこれまでの社長と異なる経歴を持つ。1985年株式会社福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社。ベネッセスタイルケアの代表取締役社長を経て、2016年ベネッセコーポレーション代表取締役社長、2021年4月にベネッセホールディングス代表取締役社長COOを兼任するに至る。ベネッセ生え抜きの、現場を知る社長の強いコミットの下、「B-STAGE」と名付けられた新制度が発足した。

「『現場と経営を一体にする、現場の力を経営に生かす仕組みを作りたい』と小林が提起した時、ちょうど居合わせたのが僕だったんです」。B-STAGEの仕掛け人であり事務局PMOの松原氏は、それ以降、2020年秋に発表された中期経営計画の中にある「既存事業のオーガニック成長と、その周辺領域を含めたインオーガニック成長」という大きな命題に向き合うこととなる。

社内提案制度「B-STAGE」では、「新規事業提案」と「業務改革提案」の2部門を同時に設置し、グループ社員全員から積極的な応募を呼びかけた。社外のメンバーを交えたチームでも提案できるようにしたことで、中途社員からの反響もあったという。

社長の強いコミットがあるならば、トップダウン型の新規事業開発でもよかったのでは?

「ベネッセのフィロソフィーにマッチする新規事業であることが重要でした。あくまで現場の社員が主役。そのため、M&Aなど外から持ってきただけではなく、現場のアイデアが大事であり、そのアイデアと外とを掛け合わせることが求められました」(松原氏)

社内公募にこだわる理由は「現場」。

「『現場が強いときがベネッセの強いとき』というのは社長の小林の言葉なのですが、お客様との接点は現場にあるので、現場から生まれた新規事業にこそ、次の柱となる事業に育つという確かな考えがあったのだと思います」(松原氏)

1700件超のエントリーを集めた秘訣

応募期間はおよそ2か月。蓋を開けてみれば、エントリー総数1782件(新規事業提案部875件、業務改革提案部門907件)のアイデアが集まった。

「過去の社内提案制度の応募実績を鑑みて、両部門を合わせて300件あればいいほうだろうと、B-STAGEを企画した当初は考えていました。けれども当時の上司に1000件を目指そうと発破をかけられまして。その根拠を探しに外を見渡すと、新規事業を成功させているような会社では、毎年500、1000のアイデアが出続けていることがわかりました。選りすぐりの100から1を選ぶのではなく、玉石混交だとしても1000のアイデアが生まれ続ける土壌にこそ、大きく育つ1件が芽生えることに気づかされました」(松原氏)

しかし、規模は違えども数々の社内提案制度が繰り返されてきたことで、むしろ劇的に応募数を伸ばすという壁は高かったという。社内提案制度をリブランディングする改革の中で特に注目するのは、次の2つだ。

1、「提出書類」の簡素化:

テキストだけのペーパー1枚のみ。スマホから入力もできる。

グループの社員全員が1名から参加でき、複数の案件に応募ができる。「出し続けると“枯渇感”が出てくるのですが、自分の中で方向性も見えてくるんです。その過程も含めて出し続けることに意味があることを実証するため、自ら1日1案提出していた時期がありました」と白井氏。広報部による強力なインターナルコミュニケーション、また事務局の地道な広報活動が身を結び、少しずつ応募は増加。「発案者の欄に『白井』の名ばかり列挙される日が続きましたが、そのうち同じように1日1案出してくれる方も出てきました。実は今回、その方が両部門で優秀賞を受賞しました」

松原氏は、「1人で30件の提案を出してくれた方もいました。本業のほうは大丈夫なのかと心配になるぐらい。でも、とても嬉しかったです。」と続ける。

2、経営陣の「本気度」をアピール:

社長を含めた経営陣が「B-STAGE」に駆ける想いを社員に向けて発信した。

「社長コミットの案件とはいえ、経営陣の“本気度”が見えないうちは、社員の意識は変わらない」と考えた松原氏は、この制度を通過したアイデアが事業化される経営のシステムだということを、経営会議や全社会議の場、動画やメールマガジンなどを駆使し、かつてないほどの情報量で打ち出し続けたという。「今回は本気度が違うね」という声が届き始めた頃、社員の意識が変わるのを肌で感じたという。

事務局は「イベント屋」であってはならない

マインドセットが必要だったのは事務局スタッフも同じだったという。「本当に1000件もいるの?と、目標設定を疑問視する声はありました」と松原氏。それもそのはず、プロジェクトを支える18名ほどの事務局スタッフはコーポレートのスタッフ部門から集結した精鋭たちで構成されており、いずれも兼務。日々の業務の合間を縫ってワークショップやメンタリングを行うなど、まさに寝る間を惜しんで、各々がやるべきことに没頭していたという。

「自分たちが新規事業を作る、事業改革をするという当事者意識を持って取り組めるようになれるかが肝でした。半ば部活のように。大変だけれど楽しいなと思えるようになってからは、その気持ちが他の方々にも伝播していくのがわかりました」。白井氏は、「未完成ながら突き進めることを善しとする仲間がいてくれてよかった。1年目だからできたことだった」と振り返る。

松原氏は事務局の成果は「事業が生まれること。業務改革が実行されること」だと言い切った。「審査会や発表会を取り仕切って終わり。イベント運営が事務局の主な業務と捉えられることも多いと思いますが、本来やるべきは事業実行なのです」。また、白井氏は事務局を「伴走者」と喩える。「扉は開いているので、熱い思いがある方はきてください。スキルアップできますよ。私たちと一緒にアイデアのブレストやブラッシュアップをしていきましょう」。せっかく練って出したアイデアを否定する事務局はもう存在しない。

2年目をスタートさせた今、「事業化するまで伴走する」という事務局の新たな存在意義を確立しつつあるという。最終審査を通過した優秀賞企画を育てていくための「インキュベーション部門」も設立し、サポート体制を整備している。

「パーパス」を重要視した「ベネッセらしさ」が選考基準

「B-STAGE」の選考過程は、エントリー受付後の一次審査(書類)のあと、プレゼンによる二次審査、最終審査のピッチコンテストへと進む。新規事業の選考はとても難しく、事務局の地道な広報活動の甲斐あって、ようやくこぎつけた選考の最終段階であっても破綻するという声も少なくない。新規事業のよさが失われることを避けるため、ベネッセはどのような選考基準を経営層と共有していたのか。

「ベネッセでは今、『存在意義』を軸とした『パーパス経営』を実践しています。そのため、今回の選考はあくまで、『お客様の声に対し課題解像度の高い提案になっているかどうか』が基準です。できる、できないではありません」(松原氏)

ベネッセには「進研ゼミ」という希代の成功事例がある。そのスケール感と比較し、既存事業とのシナジーが見込める事業になりえるのかが経営者の頭をよぎるのは想像に易い。そのため選考は経営層だけに委ねず、外部の人や事務局を交えて行っている。

「ワークショップやメンタリングを通して、発案者やそのメンバーの『熱量』を直に感じてきた私たちだからこそできることがあります。『このチームにかけてみたい』という周囲の共感を引き出し、事業を具体化する術を一緒に考えることはその一つです」(白井氏)

社内起業の核は「熱量」。それを見極める方法とは?

松原氏は今回の選考を通して、新規事業で重要なものは「能力の差より熱量の差」だと強く感じたという。「課題を解決したいという“原体験”を持っている人は相当強い。選考過程で課題意識の深度が増すにつれて、課題と企画者が一致してきます。どんな困難でも諦めない強い気持ちが伝わってくるのです」

内なる強さだけは、外から支援しようがない。その本物の熱意を、書類で見つけることはできるのか。

「実は、最優秀賞を受賞したチームは一次審査(書類)では当落線上にいました。けれど、彼女たちはワークショップにはすべて出るし、メンタリングにも参加する。実際に顔を合わせてみると、貪欲さを強く感じました。事務局が提供するものを余すところなく吸収してやろうという意志がありましたね。そして、二次審査ではトップ票を集めるまでに駆け上がっていったのです。一時審査通過からの“伸びしろ”が本当にすごかった。プロモーションのために始めたワークショップでしたが、企画者との接点を持てたことで可能性の芽を摘まずにすんだことは、大きな成果です」(松原氏)

次年度の事業計画に反映されることが約束されているとはいえ、最終選考の通過アイデアはまだ、事業化のステージゲートのスタート地点に立ったばかり。この先の課題に立ち向かい続けるための「熱量」は何より必要なものかもしれない。

「大企業にいるデメリットはもちろんあります。でも、こんな動きの“重い”ところで新規事業を立ち上げるのは難しいと思う人もいれば、組織の枠組みを使い倒してやろうという気概のある人もいます。幅広い業務を行っているからこそのメリットを生かせる素直さのある人が、組織の中で何かを生める人なのだと感じます」と白井氏。「そして、その組織を好きかどうかも大切なことだと思います」

最後に、社内起業家へのメッセージを伺った。

「『新規事業』と身構えずに、『愚痴や不満を自分で解決してみる』くらいでいいと思います。自分の思いを形にする基盤や能力がなくても、会社の中にはサポートしてくれる人がたくさんいます。思い一つあれば、キャリアも夢も実現していけるものだと、僕自身が強く感じています」(松原氏)

「会社の可能性を信じ、仕事以外の“やらなくていいもの”に参加するのは楽しいものです。やるやらないは紙一重ですが、一歩越えてみるだけでぐんと面白くなるはずです。『何をやってもいい』という制度があるならば参加したもの勝ちだと思います」(白井氏)

取材:加藤 隼 編集:林 亜季 撮影:野呂 美帆

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株式会社ベネッセホールディングス

松原 弘樹

2011年、ベネッセコーポレーションに入社。学校事業のコンサルティング営業からキャリアをスタートする。以降、全社戦の立察・推進や事業開発などを経て、2021年にベネッセHD経営戦略室に異動。同年4月に就任した小林仁社長のコミットの下、ベネッセグループの新・提案制度「B-STAGE」の実現に導いた立役者。

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株式会社ベネッセコーポレーション

白井 あれい

厚生労働省、マッキンゼー・アンド・カンパニーでキャリアを積んだのち渡英し、「ビジネスとパブリックをどのようにつなぐか」に関心を寄せて勉強。帰国後は、株式会社資生堂でプランド戦やマーケティングなどの分野に携わる。2020年にベネッセコーポレーションに入社。「B-STAGE」事務局業務を通じて、経営層と現場社員の風通しの良い組織づくりに尽力するとともに、新規事業のインキュベーション活動を推進する。