Interview

【荏原製作所】社内起業家の熱意を下支えする機動的な組織づくり

【荏原製作所】社内起業家の熱意を下支えする機動的な組織づくり

荏原製作所は、国産ポンプを初めて実用化し、戦後の町に安心・安全な社会インフラを構築してきた。ポンプの老舗として、また半導体製造装置メーカーとして、時代ごとの課題に対応して成長してきた荏原製作所が、2030年に向けて“進化”を加速している。

創業以来初となる社内アイデアコンペティション「E-Start」はその一つ。新規事業創出を推進する2人のキーパーソンに話を伺った。両者は国内外の企業でM&Aや新規事業開拓のキャリアを持つ、いわゆる「転職組」。それが意味することとは? 制度発足の経緯をひもとき、成功する「社内起業」の核心に迫る。

産業インフラを支えてきた荏原が新規事業に挑戦する理由

2020年6月、荏原製作所では社内公募による新規事業アイデアコンペティション「E-Start2020」の最終審査会が行われた。応募総数120件のうち最終審査会に進んだ9件のアイデアでは、荏原の長期ビジョン「E-Vision2030」との合致性や既存事業との親和性、応募者の熱意などが厳正に審査され、最優秀賞など各賞の受賞チームが決まった。そして、入賞したこれらのアイデアは、現在事業化に向けて進行中だという。

「E-Start2020」を企画したマーケティング統括部を率いる須田氏は、この制度について「2019年に就任した新社長、浅見の思いを実現した荏原にとっても、ターニングポイントになる企画だったのではないか」と捉えている。

「新しいことをどんどんやる会社にしたい」

これが新生・荏原のトップから社員に向けて投げられた強いメッセージだった。すべての社員にワクワク感のない会社は大きくならない。ボトムアップでの新事業創出は必然だった。

「新しい事業をやりたいと手を挙げる社員がいて、その事業をすれば人の役に立ち、会社の成長にも繋がります。社内からのアイデアをビジネスに仕上げて成功させている企業は他の業界・業種では国内にもありますが、製造業である『荏原』が実現することに大きな意味があると考えています」と須田氏は話す。

新しいアイデアや既存技術を全社的に横軸で繋ぐために開設されたのが「マーケティング統括部」。「“ビジネス屋”と呼ばれる我々が伴走し、資金調達や事業計画、ベンチマークの設定など、ステークホルダーが納得する戦略を一緒になって検討し、それを実践する。そのプロセスが噛み合っているのが、今の荏原です」(須田氏)

「E-Start2020」は、2つのタスクを持っていた。

・「ワクワク感を持って新しいことにチャレンジする」企業風土づくり

・利益を生む新事業を創出するためのマーケティング支援

須田氏と同じくマーケティング統括部で新規事業の開発に携わる杉谷氏は、「ワクワク感」の他にもう一つ、「自己決定」がこれからの時代のキーワードになると言う。また、フラット化を意識付け、何を言っても大丈夫という「心理的安全性」も大事にしている。そのため荏原では、社長の呼びかけのもと、「さん付け運動」に取り組んでいるという。

「役職に関係なく『さん付け』で呼び合っています。社長のことも『浅見さん』と呼んでいますね。思い切ってアイデアを口に出せる雰囲気を作るためです。もし手を挙げたとしても、いつかハシゴを外されてしまうのではないかという不透明な環境下では、手を挙げる人はいなくなってしまうでしょう」

社員一人ひとりの挑戦を大事にするという社長の思いは少しずつ浸透し始めて来たといい、意志を持って進むための仕組み「E-Start2020」が備わったことで、「荏原は『やりたいことに手を挙げられる会社』になりました」(杉谷氏)

社内公募制度は「荏原のDNA」と相性がよかった

公募制度を整えてもエントリー数が伸びずに苦戦する企業が多い中、創業以来初となる新事業の社内公募。しかも、産業インフラという安定した基盤を持つ老舗企業の中から100を超えるアイデアが出たことが驚きだ。秘策はあったのだろうか。

「すべての事業は『人』で成り立っています。荏原の社員にはエンジニア特有の真面目さがあり、お客様の要望に必ず応えたいという想いを秘めている人ばかり。上下水道、環境ビジネス、半導体など、社会貢献度の高いこれらの分野の、“縁の下の力持ち”役を普段担っているからこそ、そんなマグマのような熱い思いが、『E-Start』と合致したと考えています」(須田氏)

須田氏のように外の企業から来た社員の目には、仲間の“強さ”は頼もしく映ったに違いない。この社員の気質は、会社の成り立ちも大きく影響しているという。

「1912年に大学発ベンチャーとしてスタートし、国内初の国産ポンプを開発したという創業の歴史があります。そのため、新しいことを興したい、社会にインパクトを与えたいという気質の人材が多いかもしれません。縦割りの壁を越えて協力する文化もあります」(杉谷氏)

100件を超える「E-Start2020」の応募数は、新たな企業風土が芽生えた証し。新しいことに踏み出す象徴的な仕組みができたことで勢いを得た社員は、のちにそれぞれの花を開かせることになる。

「チャレンジ・やってみよう」の経営決断を体現した、完全自由な課題

社員が手を挙げやすい環境を整える。事務局(マーケティング統括部)は、社内アイデア公募に向けて社内発信の手を緩めなかった。一体どんな舞台設定をしたのか。

・新規事業コンペの特設サイトを開設:

社長や審査員となる執行役メンバーからの応援動画メッセージを発信し、経営層の本気度をアピール。さらに、選考プロセスの進捗を伝える場としても活用する。

「特設サイトを使って、野球でいうオールスターファン投票のような社内の『投票制度』を最終審査直前に催したところ、2日間で900件近くの投票がありました。投票した人の一部は自らアイデアを出していたはずなのですが、最終選考に残った他人のアイデアに投票する人の多さからも関心の高さがうかがえましたし、応援する気持ちが伝わってきました」(杉谷氏)

・エントリーシートはワード書類1枚:

エントリーは簡単。「社会の課題」「自分が実現したいこと」「アプローチ方法」という3段階の要素を1枚の書類にまとめるだけでエントリーができる形にした。

「入り口のハードルを低く設定し、できるだけ多くのアイデアが出るようにしました。エントリーシートでの審査を通過したアイデアは、2次、3次の選考を経て最終のプレゼンテーションに臨むのですが、その過程で事務局が伴走し、アイデアを実現するシナリオを一緒になって検証し、ブラッシュアップしていきました。良きアイデア、発案者の熱意があったからこそ伴走できた」(杉谷氏)

・募集テーマなしの完全な自由課題:

社員の発意を応援するという社長の一貫した思いを、募集テーマを区切らない課題として表現する。

「M&Aや新規事業の立ち上げには、勝ちパターンやビジネストレンドがあり、その枠から出ることは難しいと言われることもありますが、今回のコンペでは募集テーマを設けなかったことで、今ある技術や設備に囚われない突飛なアイデアが出てきました。どんなアイデアでも、逆算すれば親和性を考えることはできます。通常の研究開発と“逆転の発想”ができたことで、災害、医療、さらに宇宙まで、視野が広がったことは、荏原ならではの強みが全面に出た事例の一つだと思います」(須田氏)

世間から一躍注目を集める宇宙分野のプロジェクトも、始まりは「E-Start2020」。2021年11月に発表した、大学やベンチャー企業と協力した、超小型人工衛星打上げロケットのターボポンプの共同開発開始のプロジェクトだ。

「荏原に宇宙事業に関わりたいという社員がいるとは思わなかったと、最終審査で社長が驚いたぐらいです。事務局もここまで続くプロジェクトだと想定していませんでしたが、社外の審査員の後押しもあり、このアイデアは最終審査を通過。2023年度のロケットに積む燃料ポンプの開発を、今まさに室蘭工業大学やインターステラテクノロジズ株式会社と一緒に進めているところです」と須田氏。

「チャレンジ・やってみよう」という自由な発想から生まれたアイデアは、どれも発案者の熱が宿ったものばかりだという。社会の課題に向き合って練られた渾身の「アイデア」に「技術」を掛け合わせた時、新しい事業が立ち上がるのだ。

大企業の起業で、難所突破のカギ

これまで業界内外のM&Aや新規事業の立ち上げを手がけ、現場での課題やリスクを知見として持っている二人から見て、大企業のほとんどのスタートアップでうまくいかなくなる「難所」があるという。

杉谷氏は「スピード感」を指摘する。

「スピード感が新規事業のミソにもかかわらず、大企業での新事業の立ち上げは、スピードに欠けてしまうところです。例えば、プレマーケティングで試作品を作る際、余計なお金と時間を費やすことは珍しくありません。目先の事業が忙しいことも、利益を生むかもわからない小ロットの試作品のために既存の生産ラインに融通をつけるのが難しいこともよくわかります。荏原に限らず大企業が共通で抱えるジレンマなのでしょう。試作品作りから自前主義に拘らず、スピードの早い中小企業と連携する方法も模索しています」

須田氏は、「0から1を生み出すことはできても、100億、200億のビジネスにまでスケールアップする筋道を作れない企業は多い」と言う。

「新しいアイデアを形にするところに注目が集まりますが、勝負所はその先。数字を生み出す兆しを見せられるかどうか。コスト、設備の信頼性、トラブル対応などのチーム組成といった、まさに製造業の心臓部ともいえる、地道で泥臭いところまでていねいに仕組みと体制を整えなければ、新規事業を支援する制度として本当の成功とは言えません」

続けて、「自社の力だけでは整わない部分は、外の力を借りるべき」だとも話す。オープンイノベーションも含めて、パートナーを模索する柔軟さが重要になってくる。

「自社グループと組むことが最良であるとも限りません。ベストパートナーを見つけるために、我々はM&Aのショートリストのようなものを新事業でも整えていて、親和性の高いメーカーのリストを準備しています。それをアイデアとチューニングすることで、具現化できる組織でありたいと思っています」(須田氏)

当然、今回の宇宙分野のプロジェクトも共同開発によるものだ。

「それぞれの会社の専門技術や経験を持ち寄って一つのものを作っています。荏原はポンプに関しては100年を超える実績があり高度な技術を持っていますが、宇宙という領域は未知。そのため、室蘭工業大学と日本発ロケット開発スタートアップであるインターステラテクノロジズ株式会社と提携してプロジェクトを進めることになりました」(杉谷氏)

大企業特有の組織の「重さ」はデメリットでもあるが、起案者の未来が開けるように裏で画策する事務局のような協力者が側にいて、仕組みだけではうまくいかないものを組織力で支えてくれることはメリットである。組織で仕事をする本質といえるかもしれない。

「チーム荏原」がこれからの武器になる

新規事業を立ち上げる時の選択肢は大きく分けて2つある。アイデアを会社の内から生み出すか、トップダウンのプロジェクトとして外から持ってくるか。しかし須田氏は、「これからは会社を知る内の人と、外とのコンビネーションで生まれてくる」と起業の未来を描く。

「そのためには、『セレンディピティ(幸福な偶然を引き寄せる力)』をキャッチできる状態で常にいることが大切になってきます。社長の浅見から教えてもらった大切な言葉『セレンディピティ』の精神を持って、オープンマインドでいることで、仕事から離れたふとした時に幸運(ビジネスアイデア)をキャッチすることはよくあります」

マインドを変えることは一朝一夕でできることではないけれど、備えることができればアイデアはもっとチューニングしやすくなる。ネットワークがあり、情報量が多いという大企業のメリットも生きてくる。

「ベンチャーと交流する機会を作り、オープンマインドで外に目を向ける社員が増えてくれば、次回以降の『E-Start』では、荏原社員単独ではなく『チーム荏原』としてアイデアが出て然るべき。外と組むことで相乗効果が期待できます。それを実現するアイテムに『E-Start』がなるといいですね」(杉谷氏)。

自社で閉じずに、チーム内で情報やアセットをヒアリングしながらみんなで“武器”を増やしていければいい。他社と補完関係を築くというアプローチは、「転職組」ならではの柔軟な発想といえるだろう。これも就任まもなく「イノベーションを起こしたい」と手を挙げた、社長自身のオープンマインド精神によるセレンディピティかもしれない。熱意のある人の下にはそれに共鳴するたくさんの人たちが集まるのだから。

「産業界でイノベーションに強い“荏原育ち”の社員はすごい」と言われる日はそう遠くなさそうだ。

最後に、社内起業家へのメッセージを伺った。

「新事業スタートが難しい環境下においても、セレンディピティの精神でオープンな状態で社内・社外との情報パイプを持ち続け、M&Aでいうロングリストやショートリストを、常に準備しておくことは重要です。新規事業の成功においては、Teaming&Timingに勝機ありです。然るべきタイミングを見逃さず、手を挙げてみることから全てが始まります。」(須田氏)

「起業や新規事業はうまくいかないことばかり。それはベンチャーでも企業内でも同じです。一度立てた計画がうまくいかずに朝令暮改は当たり前。トライアンドエラーで軌道修正していく覚悟を持ってください。そして、周りでサポートしている人には、それを受け入れる度量が必要です。そういう土壌をつくっていくことが事務局の役目です」(杉谷氏)

取材:加藤 隼 編集:林 亜季 撮影:野呂 美帆

須田 和憲-image

株式会社荏原製作所

須田 和憲

2020年入社。エンジニアとしてキャリアをスタート。東芝で鉄道事業の責任者を務めたのち、日本電産で永守社長直下の新事業開発統括部で統括部長として4年間、EVやロボットなど新業領域を軸にビジネス組成を牽引。海外M&A事業も多数参画。2019年に浅見正男氏が代表執行役社長に就任。荏原が新しい取り組みをスタートするという流れを感じ、イノベーションを加速することを命題に入社を決意。2022年1月より現職に。

杉谷 周彦-image

株式会社荏原製作所

杉谷 周彦

2015年入社。モルガン・スタンレー証券や野村證券などの金融機関でM&Aや資金調達のアドバイザリーのキャリアを研鑽。クライアントであった素材・化学メーカーと関わる中で、日本のモノづくりを支える企業の熱意に心を打たれ、いつかメーカーで働きたいという思いを抱く。そんな折、自身のキャリアを生かすべく新天地、グローバルに事業展開する方針を掲げた荏原へ。2018年に現部署の前身である事業開発推進部に異動して、新規事業推進部署の立ち上げを担う。新規事業を手がけて5年目。