Interview

【清水建設】店舗開発の左脳として機能するクラウドサービス「Speed ANSWER」誕生の軌跡

飲食店、小売店、ドラッグストア、レンタカー、美容サロン……。これらの業種の事業拡大に欠かせないのが新規出店だ。当然ながらそこには、多額の「コスト」「リスク」が伴う。成功確率の高い“立地”の見極めが重要である。しかし、良い立地は競合も当然狙っており、意思決定にスピード感も要求される。

そんな店舗開発の課題にデータ分析で応えるのが、プロパティデータサイエンス株式会社のクラウドサービス「Speed ANSWER」(スピードアンサー)だ。建設業界大手で知られる清水建設グループから生まれた新規事業で、多店舗展開企業の出店予測判断基準を飛躍的にアップさせた。

プロパティデータサイエンス代表取締役の大田武氏と、スピードアンサーのデータサイエンティストを務める大関笙太氏に事業開発の道のりを伺った。

大学生のカラオケ売上予測から始まった新規事業

清水建設株式会社の社内事業家制度から、不動産の情報管理業務を行うプロパティデータバンク株式会社が誕生。2000年のことだ。同年にリリースされた不動産管理クラウドサービス「@プロパティ」を顧客として採用したのが、当時銀行員として不動産ファンドに出向していた大田武氏だった。

ソフトウェアサービスの時代到来を確信した大田氏は、2006年にプロパティデータバンクへ。そこで出会ったのは、同社代表取締役会長の板谷敏正氏が博士号を取得した早稲田大学の後輩・山岸勇太氏。のちの「スピードアンサー」開発者である。

山岸氏は大学在学中から売上データを元にカラオケ店舗の投資効果を分析、退店率を大幅に改善するという技術を開発した。店舗開発者の属人的な“経験と勘”に頼りがちだったアナログな世界に、データ分析による迅速かつ正確な経営判断を持ち込み、一気に注目の的となった。この技術をビジネスとしてどう仕立てるか。大田氏らと事業開発を進めていったという。

フットワークは「大学のサークルの如く」軽く、しかし顧客からお金という対価を得られるサービスづくりを──。「お金を払ってまで解決したいということは、サービス価値の一番の証明になる」(大田氏)。技術と事業開発の両輪が動き始めた。

すると店舗開発者たちの間で出店売上予測クラウドサービスの口コミが広がり、営業せずとも顧客がつき始めるのに1年とかからなかった。顧客のニーズを確実に捉えた新規事業、「スピードアンサー」誕生の瞬間である。

需要拡大に対応するため、プロパティデータバンクはデータサイエンス事業を担う「プロパティデータサイエンス株式会社」を2021年10月1日に設立し、大田氏が代表に就任した。

顧客解決を第一義に。データ分析で出店成功率を高める

ディスカウントストア、スーパー、レンタカー、美容サロンなどの業種は、多店舗展開が成長に直結する。毎月新規店舗を1店舗出すには、店舗開発者が20~30件の候補から物件を選定、経営陣に選定理由・成長戦略をプレゼンし、意思決定まで漕ぎ着けなければならない。多額なコストが動くため慎重な判断が必要な一方で、競合も同様に動いている中、迅速な対応が求められる。

しかし、サービス業界は一般的に経験・知識豊富な人材が中心で、社内にデータサイエンティストを抱えて過去の出店データを緻密に分析している企業は極めてまれと言って良いだろう。データ人材を一から育成し、内製化するには時間もコストもかかる。新規出店は“足で稼いで物件を探してくる”のが良しとされる風潮もある。

そこで「スピードアンサー」では既存店のデータと該当エリアの商圏データを掛け合わせ、新規出店における売上を短時間で予測できるようにした。1キロ圏内の世帯数、世帯年収等、既存店の成功要因の共通項を導き出し、効率的に候補エリアを絞り込む。売上予測を元に新規出店計画を立案、客観的な判断指標として機能する。

「もちろん現場を知る店舗開発者にしか分からない知見もあります。分析は答えを出すものではなく、判断基準の1つ。あくまで店舗開発の効率と成功確率を高めるため、サービスを提供するという意識を強く持っています」(大田氏)

だからこそ、時にアルゴリズムの精緻化よりも、現場の知見との掛け合わせを優先することも。顧客のかゆいところに手が届く、「刺さる」サービスづくり。それがプロパティデータサイエンスの共通言語となっている。

事業への理解が整った環境での事業開発が鍵に

とはいえ、山岸氏以外のメンバーは、データサイエンティストとしての技術を持っていたわけではない。大関氏を中心に、「お客様のデータを見ながら、現場担当者と会話し、実践的に実装化を考えていきました」。まさに新規事業らしい泥臭い事業開発の道のりがあった。技術先行ではなく、顧客の課題先行で成長してきた事業なのだ。

さらに特徴的なのは、数ヶ月から1年など短いスパンで結果を求めるのではなく、長期的な視点で新規事業を育てる文化だ。ポートフォリオ運用的に、複数の新規事業の種を仕込んでいた中から生まれてきたのが、本事業である。

この柔軟な対応には、プロパティデータバンク自体が清水建設の新規事業であったことが起因する。

「1つ1つの案件を受注するフロー型の清水建設から、積み上げ型のサブスクサービスとしてプロパティデータバンクの事業が生まれた。もちろん1件あたりの単価は大幅に異なるモデルですが、新規事業開発の理解があるのは大きかった」と大田氏は語る。

クラウドサービスは1年での黒字化は非常に困難であること、初期投資はかかるが軌道に乗れば安定化して収益が積み上がっていくこと。プロパティデータバンク社内はもちろん、投資家の疑問への対応などの知見があったことが有意に働いてくれた。長期で事業開発を見守る姿勢があったからこそ、大関氏をはじめとするデータサイエンティストの育成、ノウハウの蓄積が行われ、顧客に求められる的確なサービス開発が行われたとも言える。

プロパティデータバンクから学んだジョイントベンチャー戦略

プロパティデータサイエンスは、プロパティデータバンク、ゲンダイエージェンシー株式会社、株式会社山岸工務店の共同出資で設立された。ここにも大田氏がプロパティデータバンクから学んだ戦略がある。

「プロパティデータバンク自体、清水建設は筆頭株主に過ぎない。仮にこれが100%清水建設だったとしたら、清水建設の全体戦略における位置付けが求められたでしょう。株主が複数いることで事業への緊張感も生まれます。プロパティデータバンクを清水建設の社内ベンチャーとしながら、他の資本も取り入れた板谷会長の姿が学びとなりました」(大田氏)

一方で、「スピードアンサー」は親会社であるプロパティデータバンクとのシナジーも生まれてきている。「スピードアンサー」で新規出店後、売り上げ集計・運営管理をプロパティデータバンクの「@プロパティ」でサポート。新規出店から既存店管理までを一貫して行うことができるのだ。多店舗展開の企業から好感触を得ているという。

インドアゴルフ、コインランドリー。他業種展開でも描く成長曲線

「スピードアンサー」の対応業種は拡大を続けている。その一つがインドアゴルフだ。コロナ禍を機に、今若者の間でゴルフ熱が高まりつつある。コースに出る・打ちっぱなしに行く前に室内で正しいフォームを学べる、インドアゴルフの店舗展開の需要が増えているという。「インドアゴルフ特有の店舗展開ノウハウがあるはず。データを蓄積していきたい」と大田氏は業界の成長に期待を寄せている。

顧客からの要望を元にデータ分析の研究を進めているのは、コインランドリー業界だという。天気に売上が左右される特殊な事業。晴れの日には自宅のベランダで衣類を干す家庭が増えるため、売上が下がる。

雨乞いをするわけにもいかず、コインランドリーは各社キャンペーンを打つ。しかし曜日や季節、天候、日照量など多様な要因が絡み合ってくるため、キャンペーンの効果が見えにくい。そこで売上の構成要素となるこれらの要因を機械学習させ、キャンペーン効果を見える化することで、費用対効果の高いキャンペーンを打つことができるようになる。

「機械学習の性能は時代と共にかなり上がってきていて、データ分析自体は大したことではない。それを使ってどんなサービスを提供するのか、事業開発が鍵になってくる」。だからこそ、大田氏は「スピードアンサー」をクラウドサービスとして提供するのだ。事業者が求めるものを、求めるコストで。あくまで顧客視点を忘れない姿勢が、事業の成長曲線に繋がっているのだろう。

顧客ニーズに応えるサービスでなければ、意味がない。臨機応変に事業開発を

「顧客のニーズを理解し、それに応えるサービスでなければ、いくら開発側が良いと思うサービスでも意味がない」と大関氏は言う。主語を自社ではなく、顧客に置く。できる・できないではなく、顧客の要望にどうしたら応えられるかを考え、一度はトライする。「お客さんに教えてもらうのが一番です」と大田氏も口を揃えた。

「スピードアンサー」はこれまで大きな投資を行わず、自社のリソース・技術を積み重ねて着実に成長してきた。「リスクを取って投資を行い、大きく成長するのも1つの方法。しかし私たちは、まず顧客のニーズがあって、それに寄り添って修正しながら事業を作っていく。だからこそタイムリミットを気にせず、事業を成長させていけている」と大田氏は事業の軌跡を振り返る。

事業開発者の空想にも近い事業モデルを描ききるのではなく、臨機応変にアジャイルを重ねていく。リスクを抑えながら、顧客ニーズとの乖離も少ない。変動性の高い現代に対応するサービスづくりではないだろうか。

取材:加藤 隼 編集:林 亜季 撮影:野呂 美帆

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プロパティデータサイエンス株式会社

大田 武

1993年にさくら銀行(現三井住友銀行)に入行。約13年間第一線のバンカーとして活動後、2006年プロパティデータバンク株式会社に入社。2年後には取締役に就任し、同社のクラウドサービス拡充に従事しながら、新サービス開発に積極的に取り組む。2016年より出店予測サービスの開発に着手し、「Speed ANSWER」を開発。2021年プロパティデータサイエンス株式会社を設立。代表取締役に就任。

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プロパティデータサイエンス株式会社

大関 笙太

2014年にプロパティデータバンク株式会社に新卒入社後、クラウドサービスの顧客運用サポート業務を担当。その後、経営企画部で実務経験を積み、新規事業立ち上げメンバーとしてデータ分析に携わる。2021年プロパティデータサイエンスのデータサイエンティストとして活動開始。現在複数のクライアントのデータ分析を担当。