Interview

【embot】NTTドコモ社員がプログラミング教育玩具を手掛けた理由

株式会社NTTドコモから2021年8月に生まれた株式会社e-Craft。ダンボールと電子工作パーツを用いてロボットを組み立てるプログラミング教育サービス「embot」(エムボット)を、株式会社タカラトミーをパートナーに開発している。代表取締役CEO額田一利氏の“完全趣味”のプライベートから生まれた事業が、なぜNTTドコモの子会社化に発展したのか。事業内容と目指すビジョン、社内新規事業推進の鍵を紐解いていく。

休日にテレビを見るのと同じ感覚。完全趣味で週末起業へ

「実用化まで遥か遠い技術研究を学会で発表する日々。世の中からフィードバックのあることがしたかった」と語る額田氏。NTTドコモの先進技術研究所(当時)という特殊な環境でキャリアが始まったこと、採算度外視でやりたいことをやってみたいという想いがあったことから、社内のエンジニアである友人と共にロボットプロジェクトがスタートした。

秋葉原まで基板を買いに出向き、平日に有給を取ってクライアントと打ち合わせ。当然出費は自腹だ。「休日にテレビを見たり漫画を読んだりするのと同じ感覚。趣味としてやっていました。仕事後に車でチームメンバーの家で資料やプロダクトを作り、そのまま泊まってその家から出社する。楽しくないとできないことですね」

そうして生まれたのが、ダンボールと電子工作パーツを用いてロボットを組み立てられるプログラミング教育サービス「embot」だ。

額田氏の意向が社内にも伝わったのか、R&D部門にあるイノベーション統括部へ異動に。仕事として、オープンイノベーションや新規事業創出に携わることとなった。他の新規事業に携わり推進していたところ、embotを事業化してほしいという話があったと言う。

小学校でのプログラミング教育必修化がビジネスチャンスに

社内で巡ってきた絶好のチャンス。しかし額田氏は事業化に迷いがあった。embotの体験イベントで顧客の反応が良かった分、サービスへの愛着も湧いていた。社内で事業化すれば、“好き”だけでは続けられない。

「embotは、自由に、社会的インパクトを出すことを目的に始めた事業です。社内で事業化するとなれば、収益を出すビジネスモデルを組み立てる必要がある。金儲けできなければ“駄目なサービス”というレッテルが貼られてしまう」

懸念する額田氏を動かしたのは、次の3つだったと振り返る。NTTドコモのイノベーション統括部の自由な風土、社内事業であるものの額田氏のチームがembotのライセンスを持ちながら推進できるという大企業では異例の条件、そして小学校でのプログラミング教育必修化だ。2020年に小学校でのプログラミング教育が必修化されたことで市場が生まれ、ビジネスモデルの糸口が見えたのだと言う。

所属していたイノベーション統括部内の新規事業創出プログラム「39works(サンキューワークス)」を通して事業化を進め、2021年には株式会社e-Craftの設立に至った。元々embotはNTTドコモの通信端末事業にとって追い風になりうる新規事業であることから、社内で注目されていた。その大きな理由は、通信事業との連動性だ。額田氏が手がけるembotによるプログラミング教材は、自社のタブレットとスマートフォンを使うソリューションとして期待できたのだ。組織の後押しもあり、額田氏は顧客のニーズを肌で掴みながらサービスを作り、市場性への整合でビジネスに昇華した。

「プログラミングができる小学生はモテる」世界を目指して

株式会社e-Craftではプログラミング教育サービスembotを企画・開発・販売しながら、embotを用いたプログラミング授業・ワークショップの開発、デジタルコンテンツの制作などを手がけている。

メインターゲットは小学生。ダンボールと電子工作パーツでロボットを組み立てることで、プログラミングを楽しみながら学べる仕組みだ。

額田氏がembotを通して実現したいのは、プログラミングに対する価値観の変容。「プログラミングと聞くと、ハードルの高いイメージが強い。オタク的な印象もあると思います。そんな固定概念を、embotのサービスを通じて変えていきたい。足の速い子だけではなく、プログラミングできる子もモテるような世界にしていきたい。プログラミングを通じた表現・ものづくりをわかりやすくして、人々のオリジナリティを具現化できる力を育てることが、弊社のミッションだと捉えています」

さらに、授業やワークショップでembotの作り方を学んだ子どもたちが、また別の子どもたちに提供するプログラムを作る。「大人が用意したゲームを子どもが買うという図式を、子ども対子どもに変えていきたい。子どもたちがそこまで理解できるプラットフォームを作ることが、会社設立当時からの構想です」

プログラミング事業に乗り出した理由は、実体験から

さて、額田氏はそもそもどこから着想を得て、プログラミング事業に乗り出したのだろうか。「当初はそこまでプログラミング教育に執着していませんでした」と額田氏は明かす。週末起業時代、仲間のエンジニア2人と様々なプロダクトを考案していく中で、徐々にプログラミング技術の重要性に自分自身が気づいていったのだという。

「2人に教わりながらプログラミングを習得し、プロダクト作りを行っていたのですが、API(アプリケーションの開発を容易にするためのソフトウェア資源)を使用するために外国語だらけのサイトに電話番号やら個人情報を入れて、大丈夫かな?と不安でした。エンジニアに“そのサイトは大丈夫”と教えてもらわないと分からなくて。プロダクトを作る上で必要な知識を当たり前に身につけられる世の中にしたいという思いが生まれ、プログラミング教育を提供していくことに価値を感じるようになりました」

自身の経験を糧に、始まったプログラミング教育事業。額田氏が可能性を確信したのは、自らが主催で行ったプログラミング教室のイベントの評判が良かったこと、そして顧客の「プログラミング教育は、これからの基礎教養になる」や「embotは、きっと子どもたちのよきパートナーになるはず」などの声が一番の軸足になった。

顧客のファクトを得てから仮説を作るべき。「カレースプーン理論」に注意

週末起業と社内での新規事業、子会社での事業化と、様々なフェーズを体験してきた額田氏。それぞれにメリット・デメリットがある故に、何を検証しているのかを明確化することが重要だと語る。

「コンテンツの検証、サービスをいくらで売るのかという価格検証、PL作りで事業性の確認。フェーズごとに切り離して議論しないと、コンテンツの検証段階なのに“儲からないのに時間とお金が消えていく”という喪失感につながってしまいます」

そこで大企業の社員が陥りやすいのが、「カレースプーン理論」だと額田氏は語る。机上の空論を重ねて失敗してしまいやすいのは、大企業の人間が注意すべきポイントだと強調した。

「仮説に仮説を重ねても、それは確かなものにはなりません。例えば、“お父さんは恐らくカレーが好きだ”、“だからカレーを食べるスプーンを買ってくれるだろう”という理論には2つの仮説があります。カレースプーンで利益を得ることを考えてしまいがちですが、せめてカレーが好きかどうかを確認してから、スプーンを売るべきです」

額田氏は趣味で週末起業を始めた頃を、「好きなことだから時間とお金を費やすことができた」と振り返る。プログラミング教育の必修化がなければ、embot事業は趣味で終わっていたかもしれなかった。そのプロジェクトが今何に重きを置いているか、設定したテーマに全員が納得し、合意を得ておくべきだと語った。

ドコモのアセットを使い倒す。営業同行は社内営業にも繋がる

事業化するからには、NTTドコモのアセットを使い倒そう。そう決意した額田氏は、法人営業の同期に連絡し、プログラミング教育必修化に伴う、小学校の端末配備営業への同行を依頼した。営業がドコモの回線についてプレゼンするアポイントの最後の5分で、embotのサービス説明をさせてもらうようにした。

「直接顧客からフィードバックが得られるのはもちろん、これは社内営業でもあるんです」と額田氏。営業担当者の目の前で、embotに対する顧客の良い反応を見せることができる。「端末を仕入れた後も、embotが新たな売上に繋がるという空気を営業部の中で醸成しました」

多角的に事業を捉え、社内のどの事業部から見てもembotをメリットのあるサービスに仕立てる。例えば在庫観点で見れば、ハードウェアをタカラトミーが生産しているため、コスト面でのリスクが低いことも事業を推進する上でのメリットの一つだ。

「サービスに魅力を感じたVCのみが投資するスタートアップと違い、社内起業はそのサービスを紹介する話者が決まっている。その人から見て、自分から話したくなるくらいポジティブなサービスかどうかは、重視したポイントです」

開発スピードにも影響する、子会社化する大きなメリットとは

社内事業から子会社へ。この出口設定にも、額田氏の事業構想が起因している。「ロボットの事業検証は続けながら、デジタルコンテンツやスクール事業も展開してこそミッションを達成できる。しかし社内事業のままだと、検証フェーズを終わらせなければ次の事業に手をつけられないことに限界を感じました」

また事業に取り組む体制について、「横断的なチームにしたかった」と語る。大企業は開発事業や営業などスペシャリストが育ちやすい分、それぞれのキャリアによって視野が異なる。しかし、横断的なチームを社内で作るには人事異動が必要だ。優秀なエンジニアをアサインするのに膨大な時間がかかってしまう。大企業のアセットを活かしながら、社内起業時代のようなスピード感を持って開発を行いたい。そこで子会社化の道を選んだ。

嫌われてもしゃあない。プライドを捨てて、正しく助けを求めよう

大企業の事業開発家としてのスタンスを問うと、「嫌われてもしゃあないという気概で臨むこと」という答えが返ってきた。コロナ禍でスクール事業の集客が難しい中、プログラミング教育のイノベーター層とアーリーアダプター層は既に競合に獲得されている。そこで額田氏は思いきった行動に出た。現在も住んでいる社宅の連絡網を使って、スクールのカリキュラムを体験してもらえる子ども向けのプログラミングワークショップを告知したのだ。

様々な部署の人間が住む社宅に営業。大企業では躊躇してしまう状況だが、意外にも反応は上々だった。「協力的であるだけでなく、総務部の方がコロナ対策のグッズを無償で配布してくれる提案もありました。社内で正当に通そうと思ったら、貸し出しのリース代、社員の人件費が議論になって進まない。重要なのは、プライドを捨てて助けを求めること。全部自分1人でできることを証明しようとするのではなく、できないことをいかに社内で見える化するかが大切です」

何歳になっても良い。また新たな事業開発を体験したい

今後のキャリアビジョンを尋ねると、「まずはembot事業をC to Cプラットフォームまで完成させること」と掲げた。

その上で、embotで得た経験を活かして新たな事業を開発したいのだと言う。「それが何歳になっても構わない。もし60歳以降であれば、会社関係なくやるでしょうね。そこはあまり縛っていないです」。額田氏らしいビジョンだ。

最後に、社内新規事業家へのメッセージをもらった。

「なるべく多くの人に、事業の話をしてください。社内新規事業をしていると、時に心折れそうな瞬間も訪れます。人格否定されているかのようなコメントが届くこともある。そんな時に仲間になってくれた人、顧客になってくれる人からフィードバックをもらい続けることが力になります。自分の事業部以外の人と雑談できる場を作ることが、精神衛生上も良い。色々な側面から、様々な人と話す機会を持つことをおすすめします」

取材:加藤 隼 編集:ぺ・リョソン 撮影:野呂 美帆

額田 一利-image

株式会社e-Craft

額田 一利

NTTドコモに入社後、先進技術評究所(現クロステック開発部)で基地局におけるエネルギー最適化研究を担当。その後、イノベーション統括部で新規事業(楽器演奏者支援サービス、embotなど)の立ち上げを担当。プログラミング教育であるembot事業をカープアウトさせ、株式会社e-Craftを設立。現在、同社 代表取締役 CEO。