Interview

【ライオン】社員から生まれた体験型新規事業「休日ハック」創業秘話

【ライオン】社員から生まれた体験型新規事業「休日ハック」創業秘話

「たとえ今どんな部署に配属されてもやっていける自信がある。それくらい新規事業で成長したと自負しております。ずっと営業しか知らず、夢中になれるものもなかった僕が、社長になれたんですから」

そう語るのは、株式会社休日ハックの代表取締役社長・田中和貴氏。同社はライオン株式会社が2019年4月1日より始めた新価値創造プログラム「NOIL(ノイル)」から生まれた、新体験型サービスを提供する会社だ。

サービスの内容は、マンネリした休日の新たな過ごし方を、「休日ハック!」が「勝手に企画する」というもの。日時や予算感などユーザーの要望を取り入れながらも、詳細は当日まで知らされない。自分では思いつかないような「未知の体験」ができることで話題になり、2ヶ月で登録ユーザー数は15,000人を突破した。

リリースしたのは2020年10月。コロナ禍で外出が憚られる中、対応策としてリリースした「休日ハック!」の自宅バージョン「おうちハック!」でもユーザーの期待に応えた。斬新なアイデアであるが、企画した田中氏は入社以来7年間営業一本で、企画とは無縁だった。そんな田中氏のキャリアを紐解きながら、社内起業成功のヒントを探っていく。

野心のない人生に火がつくまで

2013年にライオン株式会社に入社してからというもの、東京や福岡、大阪に赴任し、ドラッグストア巡りから商談など営業職として邁進してきた田中氏。新規事業とは無縁のキャリアを築いてきたが、「何か自分でもやってみたい」という思いをずっと抱いていた。しかし、情熱を注げる決定的なものがなく、一歩踏み出せずにいたという。そんな田中氏が行動に移すきっかけになった出来事が2つある。

きっかけ①「夢中になって取り組めることをやりたい」

「覚醒」は、意外な瞬間に訪れた。

「僕は本当に適当にのらりくらりと過ごしてきちゃったんです。だけど妻から勧められた韓国のアイドルオーディション番組を見て、心を揺さぶられました。デビューに向けて必死に頑張っている姿や、それでもデビューできなかった子たちの姿。結果はどうあれ、充実感に包まれていたように見えたんです。

そして、自分と照らし合わせて、僕はこれまでの人生でそんな瞬間があったのかな、これからそんな感動が訪れることはあるのかなと思って。僕にあるのは仕事だけ。だったら仕事で一花咲かせたい、そう思ったんです」

営業を極めていくという道もあったが、本当の意味で熱意を注げるのは新規事業開発や起業ではないかと思ったという。

きっかけ②「イノベーションラボで熱意が沸点に、そして応募へ」

2018年、ライオンの研究部門に社内の新規事業創造を目的とする「イノベーションラボ」が設立。そこに訪問した田中氏が見たのは「自分が知らない世界」だった。

新たな価値創造を目指して楽しそうに働くラボのメンバーを見て刺激された田中氏は、即座にラボへの異動願いを提出するも、ラボに在籍するメンバーは全員研究員で構成されていたため叶わなかった。

そして翌年、NOIL発足。またとないチャンスだ、と迷うことなく応募した。「新規事業をやらせてくれないのなら辞めますぐらいのテンションで直談判しました」と田中氏。その情熱もさることながら、提案した事業の内容も評価された。

そして事業が走り出した

当初提案したアイデアは「コミュニティー兼定額の定食屋」

​​田中氏が最初に企画提案していたのは、定額制の定食屋だった。それには彼の“休日に感じる心細さ”が起因していた。

「営業で福岡にいるとき、仕事と家の往復ばかりで、休日もずっとダラダラしていたんです。無駄に時間を過ごしながら1人寂しく食事をしていると、誰かと出会いたくて仕方なかった。それで、みんなで集まれるようなコミュニティ機能がある定食屋があるといいなと思い企画しました」

100件の応募のうち通ったのはたったの10件。そのうちの1件が田中氏の提案で、自身の原体験が評価される結果になった。しかし、その後の3ヶ月のメンタリング期間中に、定食屋のアイデアを見直すことになった。

「今のアイデアはソリューションありきになっていることをメンターから指摘されました。また、僕1人でやるならそれなりのビジネスにはなりそうだけど、ライオンとしてやるからには、もう一度顧客の課題に向き合った方がいいんじゃないか、というアドバイスをいただきました」

人生の充実感の向上を目的に、休日の暇な時間に着目

そこで、田中氏と同じように休日を過ごしている3人、違う属性の10人に、休日の過ごし方についてヒアリング調査を開始。休日の暇な時間をうまく活用すれば、人生が充実するという確信を得た。

「その結果、現在の『休日ハック!』が生まれました」

当初のアイデアから軸足をずらさず、より拡張性のある「マンネリ化した日常を少し変化させる事業」にピボットすることができたのだ。

ターゲットである「カップル層」への実証実験開始

本事業に投資している投資家に、どれぐらいで実現できるかを尋ねられた田中氏は、初めてのことで勝手がわからず「1ヶ月でやります」と答えてしまったそうだ。

ヒアリングにより、カップルからのニーズが高そうだと感じた。カップルの場合、付き合いたて当初のデートは趣向を凝らすが、半年以降のデートは適当になりやすく、マンネリ化することが見えてきた。

「恋人がいる人、1ヶ月で30〜40人とメッセージツールでやりとりを行い、実証実験を繰り返しました。社員として業務の営業も並行しながら、死ぬ思いでやったのを覚えています」

最も重要なのは、実際にユーザーがお金を払ってまで利用したいかどうかという点。それがサービスの実現性につながっていくため、その検証もあわせて行った。

まずは自身が1万円を払って友達に自分の休日をプランニングしてもらい、ユーザー視点に立つことからはじめた。「自分では考え付かない休日を過ごす面白さを体感できました」。

次の実証実験では、実際に休日のプランニングを開始。LINEで、日時や予算、場所、人数、ジャンルを教えていただいて、1日の予定を立てた。1〜6までのプランを立てて、当日1だけ知らせた。2以降のプランは1が終わってから教えるという感じでスタートした。

それから「ユーザーが初めて体験するメインのスポット+その周辺を巡る」という現行のモデルコースができた。

1ヶ月後、事業計画と検証結果を持って投資家に会いにいった田中氏。

「ユーザー満足度の高さや、実際に1人1万円のお金を払ってもらえたこと、さらに提携先から送客したときの手数料をもらえそうだという検証ができたので、投資をお願いしました」

コロナでニーズを捉え直し、「おうちハック!」が誕生

こうして2020年10月にリリースした「休日ハック!」。緊急事態宣言も明けた後ではあったものの、コロナの猛威は終わらなかった。SNS広告やインフルエンサーの起用、漫画家による体験レポート漫画なども展開し、2ヶ月ぐらいでLINEの登録者数1万人を突破。破竹の勢いであったが、実際のところ利用者は全く増えなかった。

「ユーザーさんに話を聞くと『とても魅力的に思うけど、コロナ禍で外出はできないので、まだ登録しているだけです』という人が多くて。また、同時に『何かおうちで楽しめるようなサービスも作ってください』『東京エリア限定ですが各地方でも楽しめるような体験をお願いします』というお声もいただいたので、2020年12月から『おうちハック!』の作り込みに取りかかりました」

時代のニーズを読み取り、2021年3月に「おうちハック!」をリリース。約900人のユーザーから「おうちハック!」の利用申請があった。

「『おうちハック!』でもリアルな体験を重要視しました。なぜなら、ネットコンテンツを提供しても、まさに僕がダラダラ過ごしていた休日と同じことになってしまうから。ネットコンテンツで2時間を消費すると、すごくもったいない気分になってしまうと思うんですよね。日常のマンネリを自宅で解消するために、グルメや工作などの体験キットを送るようにしました」

今後の展開、さらに領域を拡げる

今後の事業拡大について、田中氏は次のように話す。

「マンネリ化した日常とか、ワクワクドキドキを届けるという軸はずらさずにいろんな事業を立ち上げていこうという考え方でいます。ライオンは今まではむし歯予防などをはじめとする『体』に対してのアプローチでしたが、僕らは『心』の健康を充実させる事業プラットフォーマーとして展開していきたい。心と体のヘルスケアカンパニーにしていけたらいいなと思います」

プラットフォームに集まったデータをもとに自社コンテンツを企画開発していく。2021年11月末には「おうちハック!グルメ」 もリリース。

営業一色だった人生から、企画畑でアグレッシブな人生に激変した田中氏だが、なぜここまでやり遂げることができたのだろうか。

「新規事業に関する予備知識がゼロだったからやってこられた気がします」。どういうことなのか。

「泥臭い作業もゲーム感覚で楽しみながら取り組めましたし、固定観念に縛られずにチャレンジできた。僕がもしマーケティング経験があったら、今回のように頑張る前に諦めていたかもしれない。新規事業に関わるチームメンバーに僕みたいなド素人を混ぜるというのは、非常にいい化学反応が生まれるのではないかなと思っています」

さらにこうも語った。「結局のところ、行動することでしか不安は解消しないと思っていて。社内起業の利点は、給与や雇用は保障されながらも新しいことに挑戦させてもらえるところなので、不安に思わず楽しみながら前進していくことが大切。評価は後からついてくるから、まずは行動あるのみですね」

取材:加藤 隼 編集:林亜季 撮影:野呂 美帆

田中 和貴-image

株式会社休日ハック

田中 和貴

関西学院大学経済学部卒業。2013年、ライオン株式会社に入社後、東京・福岡・大阪の3拠点で営業業務に従事。また、エリア戦立案や社内の働き方改革プロジェクトに参画。同社内での新規事業開発プロジェクトを経て、2020年に株式会社休日ハックを創業。同年、代表取締役社長に就任。