Interview

【三井不動産】畑違いのぶどう事業に乗り出した社内起業家の「勝算」

【三井不動産】畑違いのぶどう事業に乗り出した社内起業家の「勝算」

日本で産まれた高級ぶどう品種であるシャインマスカット。その名の通り光り輝く大粒の種無しマスカットは、一房数万円の高値がつくこともあるほどの人気ぶりだ。しかし、苗木が海外へ流出してしまったため、韓国産・中国産シャインマスカットに、生産量・輸出量ともに抜かれてしまった。そこに立ち向かうのが三井不動産の社内ベンチャー企業、GREENCOLLAR(グリーンカラー)の代表取締役・鏑木裕介氏。不動産業とは全く畑の違う事業であることに加え、この厳しい現状に対してどのような戦略で挑むのか話を聞いた。

現在につながる、不動産業らしからぬキャリア

三井不動産における鏑木氏のキャリアは、少し特殊だ。

新卒で入社してからの4年間は商業施設本部の経理部門に配属。その後はビルディング本部にてオフィスビルテナント営業や管理を経験。しかし3年後、オフィスビルを造ってテナントに入居してもらうハード面の仕事から、テナント企業と協業して新しい事業展開を目指すプロデュース業というソフト面に大きくシフトチェンジした。

テナントの困りごとに対してのソリューション提供や協業は、これまでの業務で求められるスキルとは全く異なる。しかし、後にこれが現在鏑木氏が手掛けるぶどう事業のきっかけになる。「プロデュースの具体的な事例でいうと、三井不動産が協賛している瀬戸内国際芸術祭とクルーズを組み合わせたオフィシャルクルーズツアーを開催しました。私は旅行会社のような役割ですね。

3年間はそんなことばかりをやっていたので、その間はあまり不動産業に触れていなかったわけです。ですが、そんなことをやっていると、さまざまな方面からユニークなお声がけをいただくことが多くて、実は今のぶどう事業もその流れで話が来ました」当時の上司であり、現在のGREENCOLLARの共同代表である小泉へ、あるテナント様から、「ニュージーランドでおもしろいことをやろうとしている農家さんがいる」と紹介されたのだ。その農家というのが、今の事業の根幹を支えるパートナーである葡萄専心株式会社樋口哲也社長だ。

またとないビジネスチャンス。独特のアイデアを持つぶどう農家との出会い

北半球に位置する日本と南半球に位置するニュージーランド。葡萄専心は、この2つの国の季節が正反対なことに着目し、ぶどうの二拠点栽培で通年生産を目指すというアイデアを持っていた。しかし、狙いは効率的なぶどうの栽培・生産だけではない。ぶどうは繁忙期が終わると半年閑散期が続く。そのため、生産者の通年雇用が難しく、それゆえ技術力ある人材の育成も課題になっていた。それが二拠点で行うことで一気に解決するのだ。

「非常に話もおもしろくて社会的意義もある。このぶどう事業をやりたいと思ったのですが、当時は実現しないまま、2017年の4月に異動。三井アウトレットパークのテナント営業という、不動産会社らしい仕事に戻ることになりました。ですが、葡萄専心さんとは交流を続けていました。以前事業として行っていたレンタルキャンピングカーでお手伝いに行き、一緒にお酒を飲みキャンピングカーに寝泊まりするといった過ごし方をして。それほど心からおもしろいと思っていました。その矢先、2018年に三井不動産の事業提案制度(MAG!C)が立ち上がったんです。

これはぶどう事業を実現させるまたとないチャンスだと思い、現在GREENCOLLARの共同代表であり、かつての上司だった大場と小泉の3人で応募しました」

血気盛んな各部門の精鋭たちがさまざまなアイデアを持って応募したなかで、見事3人の事業が採択された。評価された点を鏑木氏は次のように分析する。

1、南北の季節ギャップを利用して通年生産するということが革新的

2、葡萄専心というパートナーが既におり実現性が高い

3、情熱が突き抜けていた

「1は私たちも当初からおもしろいと思っていた点です。2はゼロからやるより実現性が高いと判断されたのだと思います。3が最も重要なポイントだったと思っていて、我々の圧倒的熱意が会社に伝わったのではないでしょうか。自社へのシナジーを生む事業や見通しが立ちやすい事業があったなかで、本業とかけ離れているのにもかかわらずこの事業が評価されたというのは、そういうことだと思います」

心からおもしろいと思うことに出会えた時、それがすぐに事業に発展しなくても、チャンスが巡ってきた時に対応できるよう、諦めずに関係を継続することが実は重要なのかもしれない。

2拠点で生産。ぶどうの「閑散期」を勝機に変える

こうして始動したぶどう事業。最大のポイントである季節ギャップを生かして、生産者が日本とニュージーランドを行き来しながらブドウの通年生産を行っている。この二拠点のメリットは3つある。1つは、日本とニュージーランドの往来で、年に2回作業が発生し、技術の習得スピードが格段に速くなること。2つめは、生産性が倍になること。そして3つめは、北半球のぶどう閑散期である3〜4月にニュージーランドは収穫シーズンを迎えるため、世界の市場を独占できること。

また、社会課題解決の一助としての役割も担っている。まず、通年雇用、技術力向上、所得増加の実現による就農者の増加と離農の防止。世界中へ高品質品を販売することによる日本ブランドの価値向上。さらには様々な方に生産現場へ足を運んでもらい、体感していただくことで、農業を身近に感じていただき自分ごと化してもらうことも狙いだ。

また、生産者が二拠点居住できることも大きいという。

「木漏れ日が差し込む美しいぶどう園や田舎の風景の中で、仕事も暮らしも楽しむといったような、生き方の提案をしています。僕らはこれを“GREENCOLLAR”というライフスタイルと定義づけ、そのまま社名に起用しました」

担い手不足にあえぐ農業に活力を。そんな志も明かす。

「ぶどう生産を大規模化・効率化・高収益化し、その結果、農業できちんと稼げる状態にして、農業を憧れの職業にしたいです。それによって、ひとつの社会課題の解決につながればいいなと思っています」

ICT化、ブランド化推進で、未来型農業の実現を 

事業主、生産者、農業全体にとって三方良しの事業だが、収益化までのスパンは長い。

「ぶどう栽培のスタートは、雇用、土地の確保、ぶどう棚など生産設備の整備、といった生産体制を整えるところから始まります。ぶどうは植えてから実ができるまで3年ほどかかるので、2023年の9月に日本での初収穫、その半年後にニュージーランドの初収穫を予定しています。つまり、そこまで全く収入がありません」。事業における現在地は、本格的な収益化までの準備期間だ。具体的には、葡萄専心のぶどうを使って世界中でOEM販売し、GREENCOLLARの商品ブランド「極旬」の認知拡大、価値向上および販路の拡大を行っている。また、生産ノウハウの見える化や、データに基づいた生産工程判断、病害虫予防、収量・品質予測ツールなどの開発も進めている。

極旬は、日本の山梨県とニュージーランドのホークス・ベイ地区、つまり地球の北半球と南半球の両極で一年中旬の時期に育てた日本品種のクラフトぶどうだ。直販のECサイトや国内外の百貨店、高級スーパーなどでテスト販売し、ブランドを浸透させつつ販路を開拓している。お客様とのタッチポイントを増やすべく、飲食店と協業し、極旬を使用したオリジナルメニューの提供といったタイアップも積極的に行っている。

ぶどう事業と不動産事業、意外な共通点

収益化までの道のりは遠いが、鏑木氏は「ぶどう事業は不動産事業と通ずるものがある」と話す。

「不動産事業はすごく足が長い。再開発をするにしても、近くの地権者さんの交渉から始まり、どんどん土地を買い増していって、でもその段階では収益はほとんど上がりません。やっと話がまとまったら、解体して、建設して、営業して、ようやく収益をいただくという形で、事業スパンが長いんです」。長いタイムスパンで事業を育てていく──。農業と不動産の意外な共通点が見えてきた。

「三井不動産にはその土壌があるから、ぶどう事業のスパンの長さを許容してくれているのだと思います。事業の拡大のスケジュールにもよりますが、黒字化まで一声10年ぐらいかかる見込みです」

新品種開発と権利保護、ライセンスビジネスの促進で国際競争力を強化

本事業を推進していくにあたって、冒頭で述べた通り、シャインマスカットを自国へ持ち出し、大規模生産を行い、アジアで販売拡大をし続けている中国・韓国の存在は見過ごせない。このままいくと、アジアにおけるぶどうの主要プレーヤーは完全に中国・韓国となり、国際競争力の低下が懸念される。そんな中、今後GREENCOLLARは新品種の開発と権利保護、そしてライセンスビジネスを展開していく予定だ。

「我々にとって新しい品種の開発というのは、日本の競争力の維持と向上のために必須だと思っています。各国での新品種登録と流通のトレーサビリティーをしっかりとすることによって品種の権利保護を行う。同時に、品種開発者にロイヤリティ収益が還元されるシステムを構築します。こうすることで品種開発が活性化し、国際競争力の強化につながるとともに、プラットフォーム型の事業展開という新たなビジネスモデルが見えてくると考えています。この点でも日本の農業界に大きな貢献ができると確信しています」

新規事業は、気持ちいい。これからの時代のイントラプレナーへ

三井不動産から誕生した新たな試み。さまざまな課題解決を包括するビッグビジネスの可能性を開拓した鏑木氏に、新規事業に取り組む時の必要なマインドセットを聞いた。

「10年後20年後も本当にやりたいことかどうか。これが企業内で新規事業を行う際に最も重要なマインドだと信じています。私がぶどう事業をやりたいと思ったのは、これが大きな社会課題の解決となるとともに、ぶどうで世界一になれると確信したからです。日本のぶどうは品質がいいのに世界ではあまり広まっていないという現状に加えて、企業が参入しづらい。だからこそ開拓しがいがありますし、ずっとやり続けられると思いました」

イントラプレナーに必要なスキルとは。

「イントラプレナーには親会社と自身の事業のハブになり、アジャストするスキルが必要だと思います。お互いが違う分野での事業を行っていることから、普段接する相手も違えば、常識や言語すらも違ってくる。そこを翻訳して橋渡をするスキルが必ず必要となります。三井不動産には三井不動産の考えや常識があり、ぶどう事業には農業の特性があって、そこをきちんと理解して双方を繋げることは、イントラプレナーにとってすごく大事なことだと思います」

最後に、新規事業の醍醐味についてもこう語った。「何より新規事業は、会社で自分が一番そのことを知っているので、それは非常に気持ちがいいということも伝えたいですね」。収益化まで長期的に捉える会社の風土はもちろん、これまでのプロデュース業務で培った調整力や、そこから創出された農業の新しい在り方の提案など、これまでの経験が絡み合って実現したぶどう事業。

イントラプレナーのキャリアは、斬新であることを目指すのではなく、これまでの経験で得たスキルを最大限に生かすことで開けていくのかもしれない。

取材:加藤 隼 構成:林亜季 撮影:野呂 美帆

鏑木 裕介-image

株式会社GREENCOLLAR

鏑木 裕介

群馬県桐生市出身。2007年、三井不動産株式会社に入社。商業施設本部経理を担当。2011年からオフィスビル法人営業に携わる。2014年、オフィスビルテナントとの協業/新規事業創出に従事する。2017年、アウトレット施設法人営業を担当。2018年にMAGIC に応募し採択される。2019年にGREENCOLLARが設立され、2020年に同社代表取締役に就任。