Interview

【TQコネクト】東急不動産ホールディングスの新規事業、デジタル社会の本質的な課題に挑む

【TQコネクト】東急不動産ホールディングスの新規事業、デジタル社会の本質的な課題に挑む

コロナ禍で、ITリテラシーによる格差はより加速したといえるだろう。リモートワークが進み、いまやデジタルを使いこなせないと、仕事ができないほどだ。

2021年5月、東急不動産ホールディングス株式会社の社内ベンチャー制度「STEP」から、高齢者とデジタルの距離を縮めるサービスを提供するTQコネクト株式会社が誕生した。デジタル弱者といえる高齢者の課題に、真正面から向き合うサービスだ。

2年間の実証実験で数百回の調査を実施し、緻密なサービス開発を続けてきた。事業化第一弾として東急不動産ホールディングスの中でも注目を集めるTQコネクトは、どのようにして社内起業に成功したのだろうか。代表取締役社長の五木公明氏と、取締役副社長の江部宗一郎氏にサービス開発までの道のりを聞いた。

全く違うところからやってきた2人。STEP1期生として先陣を切る

五木氏は、総合ディベロッパーの東急不動産においては珍しいキャリアだ。土地開発や買収・販売など、住宅部門を中心に携わってきた。30年にわたって東急不動産を支えてきた中で、徐々にスタッフ職や新規事業に関わるようになった。VUCA時代というキーワードも出てきた昨今、五木氏は既存事業だけでは会社の成長に限界があると実感していた。

「特にマンションの分野において、新規事業で新たな活路を見出す必要があると考えていました」。社内ベンチャー制度「STEP」が始動する前から、事務局から新規事業有識者としてヒアリングを受けていたという。そのため、自然と「STEP」への参加を考えるようになったそうだ。

一方、江部氏は2013年入社後、リゾートホテルやビジネスホテルの企画・開発を手がけてきた。2018年、東急不動産ホールディングスに出向。不動産と最先端のテクノロジーを掛け合わせた新規事業開発に携わった。共に新規事業に縁があり、面識のあった2人は社内ベンチャー制度「STEP」への応募に至る。

「最先端」だけでは足りない。ポイントは「アナログ」を掛け合わせること

事業開発にあたり五木氏が重視していたのは「インターネットに一部アナログを掛け合わせる」というコンセプトだ。これまで新規事業開発でIoT活用やAI導入を経験してきた五木氏と江部氏は、最先端技術活用の難しさを痛感してきた。江部氏は「打ち上げ花火的に評価されても、サービス継続は上手くいかないケースが多かった。IoTやAIをただ単に利用するだけでは、成功は難しいと考えました」と振り返る。

サービスを継続的に成長させるために重要だと考えたのが、アナログな要素をサービスに導入することだった。最先端技術と利用者の間に「人」が入ることで、一気にサービスへの印象が和らぐため、近年のサービス開発において非常に重要なのだという。「より多くの顧客に最先端技術に触れてもらうためには『人を置く』というアナログな部分を作ることで体験のハードルを下げる必要があると感じていました」と五木氏。

「デジタル×アナログ」というコンセプトを持って解決したい課題とは何なのか。五木氏は自らの実体験からサービスアイデアが生まれたという。「地方に住んでいる母が、押し買いに困っている話を聞いたんです。我々からすればきっぱり断ればいい、と思いますが、地方ではなかなか難しい。我々世代が見逃している課題だと感じました」。

以降、五木氏と江部氏は高齢者の不安や悩みを2年間の実証実験で徹底的に収集した。その数は数百回にのぼった。身内や友人から徐々に輪を広げていくことで、ユーザーとなる人の生の声を集めていった。しかし、ただ片っ端から数を集めたわけではない。効率的かつインサイトを突くための顧客開発を行う工夫があった。

「プロモーション実験とUIUX実験と、名称を分けてヒアリングしていきました。プロモーション実験では、サービス内容の印象を広く浅く調査しました。UIUX実験では1人1人深掘りし、課題をはっきり分けることで、顧客開発の質と量を担保しました」と、五木氏。

高齢者を救う?デジタル社会の課題を解決する「TQポータル」

長期間のヒアリングの末、2021年3月TQコネクトは「STEP」の最終審査を通過した。圧倒的な顧客開発を基に生まれたのが、高齢者のためのプラットフォームサービス「TQポータル」だ。オペレーターがデバイスを通じて、高齢者と同じ画面を見ながらインターネットの使い方をサポートする。行政や企業と連動させることで、インターネット利用習得のサポートだけでなく、訪問販売の撃退などの生活相談や健康相談に繋げる。2021年11月より本格的なモニター実験を開始する。

サービスの詳細にも顧客開発が活かされている。「元々はオペレーター自身が画面上で顧客の希望にあった操作をする予定でした。しかしそれだと一向に高齢者のITリテラシーが上がらない。高齢者にも“自分で出来た”と実感してもらう必要があります。小さな成功体験が最終的に高齢者のインターネットを使うモチベーションに繋がるのです」と、五木氏は語気を強める。サービスではオペレーターはあくまでサポートに徹することにした。

また、商品デザインにも高齢者のインサイトが活かされている。当初はボタンを大きくして、いわゆる高齢者向けのデザインを作っていたが、最初の座談会で酷評されてしまった。高齢者は自分たちを”高齢者扱い”して欲しくない──そう気付いた。それから、洗練されたデザインを心がけるようになったという。

高齢者の「デジタルへの苦手意識」を解決するには、継続してモチベーション高くサービスを利用してもらわなければいけない。TQポータルは、高齢者のインサイトを徹底的に考え抜いたからこそ生まれたサービス設計だった。

江部氏は当時を次のように振り返る。「STEPに参加するまでは顧客の声を直接聞く経験があまりありませんでした。そのため、本当に意味があるのか疑問だったんです。しかし実証実験を通して、顧客の声を聞くことがいかにサービスの開発に大きく影響するか痛感しました」 。

顧客開発はまだ終わっていない。今も調査を続け、顧客の声に柔軟に対応していく。“高齢者のデジタルデバイドを解決する”という根本さえ変えなければ、サービス提供方法は多岐に渡る。「それをピボットだとは捉えていないんです」という五木氏。今後、企業や行政と連動することで、スマートシティ化にも寄与する予定だ。

新規事業の醍醐味とは。これからの時代のイントラプレナーへ

「STEP」1期生として新規事業に取り組む五木氏と江部氏。前例のない中での挑戦は、困難だったはずだ。しかし、2人は口を揃えて「新しいことに挑戦できるのが楽しい」と言う。「大企業のブランドを活かしながら、ベンチャーとしてのスピード感ある意思決定もできる。会社化してからは更に迅速に事業を進められています」と江部氏。

一方で五木氏はこのように話す。「『STEP』では事業化されると、起案者が経営者として事業を動かしていけます。そのため、東急不動産という安心感がありながら、取引先の経営者とその場で意思決定をできます。事業では一つの判断のために1、2週間も揉んでいたら、あっという間に機会損失になってしまう。今の時代には社内ベンチャーでスピード感を持って事業を進めるのが合っていると思います」。

しかし社内ベンチャーへの挑戦は、キャリアにおける足踏みに繋がる懸念もある。それでも挑戦する理由とは何なのだろうか。江部氏が答える。

「若いうちに経営者としての経験が積める社内ベンチャーは凄く魅力的でした。経営のプロになるには、“習うより慣れろ”だと思います。早くから濃い経験を積みたいと考え参加を決めました」

最後に、五木氏に新規事業を志す読者にメッセージをお願いした。

「新規事業は、正解が分からない問題を解くことです。辛い瞬間も多いけれど、それを乗り越えた先には必ず正解があります。これから事業を成長拡大させるためにもTQコネクトは仲間を募集しています。社内ベンチャーだからこそできる経験や、新しい発見を楽しんでほしいですね」

社内ベンチャーには“お金では買えない価値がある”と断言した2人。困難を楽しめるチームワークと柔軟な行動力が、事業を大きく動かしていくのだろう。

取材:加藤 隼 構成:ぺリョソン 撮影:野呂 美帆

五木 公明-image

TQコネクト株式会社

五木 公明

1966年生まれ。京都大学工学部卒業。1990年より東急不動産株式会社に入社。分譲住宅の企画、開発を中心に、住宅関連の各業務に携わった後、2016年から住宅の新規事業、新規サービスの開発を担当。2021年5月より現職。

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TQコネクト株式会社

江部 宗一郎

1989年生まれ。青山学院大学経営学部卒業。早稲田大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。2013年より東急不動産株式会社に入社。リゾートホテル・ビジネスホテルを企画、開発。その後、2018年より東急不動産ホールディングスに出向。不動産領域での最先端技術を活用した新しいビジネスモデルの検討や新規事業、新規サービスの開発を担当。2021年5月より現職。