Interview

【大東建託】立ち上げた事業の収益がこの手に。将来の経営層も育成する社内公募制度

【大東建託】立ち上げた事業の収益がこの手に。将来の経営層も育成する社内公募制度

大手企業の社内ベンチャー制度、事業化に至るまでの道のりはいつだって容易ではない。その中で大東建託の小林社長が掲げる新5ヵ年計画から生まれた社内ベンチャー制度「ミライノベーター」は、それらと一線を画す。何が違うのか。大きな違いは「実際に事業化できるかどうか」にあった。

集まったアイデアは、将来の事業化を視野に入れ、実現に向けて本格的に検討される。事業が採択されれば、起案者は実証実験の段階から事業専任になる上、事業化が決定すればマネジメント職位に就任する。さらに、その事業が黒字化した場合は、利益の一部が事業推進メンバーに還元されるのだ。新5ヵ年計画達成に向けた売上利益の上積みをミッションとし、将来の経営層も本気で育てる社内ベンチャー制度。その設立の軌跡と今後の展望を、事業戦略室長である天野氏に伺った。

新5ヵ年計画、始動。戸惑いながら歩んだ軌跡

―まずは事業戦略室に配属されるまでのキャリア/経歴を教えてください。

新卒入社した建設会社から、大東建託の所沢支店に転職したのが1997年のこと。その後、設計職で6年、設計課の課長として3年間勤務しました。設計で経験を積んだ後、思い切って営業職へのキャリアチェンジを希望しました。

営業職では順調に成績をあげることができ、豊島支店の支店長や商品開発部の部門長に就任するなど、様々な事業を担当させていただきました。

そして、2年前に現在の小林社長が就任した際に、新5ヵ年計画が発表され、その時に発足した事業戦略室の立ち上げから携わってきました。


―新5ヵ年計画とは、どういった内容の戦略でしょうか?


大東建託が「賃貸専業から総合賃貸業へ、そして生活総合支援企業へと成長していくこと」を目指す戦略です。

今までの大東建託は土地の一括借上げを起点とした賃貸住宅事業がメインでした。しかし、新しい利益を生み出す事業を作ることで、会社の成長とともに社会への貢献の幅も広げなければならないと考えるようになりました。そのために、新5ヵ年計画では商業施設、レンタルオフィス、ホテル、寮など総合賃貸業へ領域拡大することを目指します。それに加えて、エネルギー、介護・保育などに加え、生活支援サービス業まで事業領域を広げる計画です。

―突如始まった事業戦略室で、まずはどんなことから始めたのでしょうか?


当初は具体的に何をするのか、予算はいくらなのか、も決まっておらず、正直戸惑いました。メンバーも取締役1名に、部長2名、課長4名のたった7名の小さなチームでした。そのような状態から、まずは繋がりのある企業や金融機関に対して地道に情報収集を行うところから始めて、多角化で成功している競合企業のリサーチも行っていきました。また、全社員に向けた経営計画発表説明会の場で社員にアンケートを実施し、社員が考える「大東建託の強み」と「ステークホルダーへの貢献内容」を洗い出しました。そのプロセスの中で、自社のリソースを定義して、実際に勝負できる分野をピックアップしていきました。

―具体的にはどのような方針とテーマを定めたのですか?


アセットサービスや再生エネルギーを含めた環境分野など、注力する6つのカテゴリを決めました。それらの中には、既存事業に近いカテゴリだけでなく、一見遠いものも含まれます。それらに関しては、スタートアップの力も借りて不足する知見をカバーし、スピード感をもって事業化したい。そのような経緯から、まずオープンイノベーションプログラム「大東建託アクセラレーター」がスタートしました。これは、スタートアップ企業のアイデア力やスピードの速さと、自社のリソースを掛け合わせてイノベーションを生んでいくことを目的としています。さらに、自社の1番の財産である約1万7,500人ものグループ社員のアイデアを未来の事業にすべく、社内ベンチャー制度「ミライノベーター」が2020年に始動しました。既存事業は各事業部門と事業戦略室で、新規領域はオープンイノベーションで、そして、その間の事業を社内ベンチャー制度が担えたら、という立ち位置を意図して立ち上げました。

「社員が本気で挑戦したい」と思える社内公募制度の仕組み

― 改めて、「ミライノベーター」とはどのような制度ですか?

当新規事業の創出を目的にして、2020年4月に生まれた社内公募制度です。当社グループの従業員であれば誰でも参加できます。

まず書類選考で30〜40件に絞り、各統括部長による2次審査であるプレゼン審査に進みます。10件程度に絞ったのち、執行役員がサポーターとして応募者を支援します。最終的には役員にプレゼンを行い、採択されると起案者は事業戦略室へと異動。本格的な事業化に向けて実証実験などを専任で行います。

―「ミライノベーター」の設計で大事にしたポイントはどのような点でしょうか?

「応募者たちが本気でやりたいと思ってくれる制度にしよう」、という点です。1次選考の通過者は、最大3割を事業の検討時間に使うことができます。その後、3次審査となる役員プレゼンを通過すれば、専任担当として事業に専念できます。さらにマネジメント職として事業のトップに立ち、黒字化した暁には利益が還元される仕組みです。若い年代の社員からベテラン社員まで、幅広い社員にチャレンジしてもらえるよう、モチベーションの上がる役職や報酬を意識して設計しました。

―職位やインセンティブも付与するとのことで、関連部門調整に苦労されたのではないでしょうか?

人事部を中心に、様々な部署と連携して実現していきました。人事部もちょうど「企業風土を変えたい」と考えていた時期だったため、良いタイミングが重なったという背景もあります。大東建託には実行力のある人材が多いのですが、いざ自分で考えるよう促すと及び腰になってしまう人材が多かったのです。それに正直なところ、失敗を許容する文化も薄かった。

今後の成長や有望な人材を採用するためには、企業風土の変化が必要です。そこで、人事部とともに将来的に当社の収益となる新しい事業を継続的に生み出す仕組みを作ろう、「能動的に企画立案できる人材」を育てよう、と目的が合致しました。

予想を大幅に上回る応募数は451件

―「ミライノベーター」制度発足当初の社内の反響はいかがでしたか?

第1回は予想を大きく上回って450件を超える応募がありました。量だけではなく「新規事業を創り上げ、将来は自分の“一生の仕事”にするぞ」という強い意志を持った起案者もいました。起業家のような視座を持った社員が沢山いることを可視化出来たことが嬉しかったです。

―それだけ多くの応募がある中で、どういった観点で起案者を見極めていますか?

まず、世の中の課題解決ができるのか。新しい価値を提供できる事業なのか。そして、事業の実現性を合わせて判断しています。理想ばかり掲げていては、会社の柱となる事業を創ることは出来ません。書類選考の時点で、関連する統括部門に実現性を確認したり、実証実験が可能な事業かどうかをチェックしたりしていますね。

―実際に第1回のプログラムを実施してどのような手応えがありましたか?

最終プレゼン前に、起案者が飛躍的に成長したのが印象的でした。最初の書類選考の時点では、論点が細かすぎたり、事業内容に迷いが生じていたりと、各アイデアにさまざまな課題が見え隠れしていました。しかし最終的には、「本当に世の中で解決したい課題は何なのか? 新たに提供できる価値とは?」と、起案者が当社を通して実現したい事業の原点に立ち返っているのがよく分かりました。最後の1週間で事業がブラッシュアップされ、力強く質の高いプレゼンばかりで非常に感動しましたね。

社員の「挑戦意欲」を掻き立てる効果も

―既に実証実験フェーズに入っている事業がいくつもあると伺いました。中でも着目している事業はありますか?

実証実験を経て事業化まで進んでいる「いい部屋Space」です。これは実際に社会課題の解決に繋がっていると感じています。「いい部屋Space」は個室中心のフレキシブルスペースで、練馬店・八千代店の2店舗で運営が始まっています。オフィスワーカーだけでなく、オンライン授業を受けたい学生の方や資格取得の勉強をされる方など、幅広い年代・目的でご利用いただけるサービスです。さらには「空き家活用」という自社の課題解決にも繋がっています。居酒屋など外に行きにくい情勢の中で、世の中にサードプレイス的な居場所を新たに提供出来ているのではないでしょうか。今後の事業成長にも期待しています。

―人材育成面での成果はどのように振り返っていますか?

新たな挑戦への意欲を持った、能動的な人材が増えてきている実感はあります。第1回で採択されなくても、その後自発的に事業をブラッシュアップし、第2回に再挑戦してくれる社員もいたことには驚きました。ただ、制度に参加するメンバーが固定化するのも良くないと考えています。より広く、多様なメンバーに参加してほしいですね。

現時点での課題感は、若い人材やグループ会社の人材のチャレンジが少ないという点です。今後はより「ミライノベーター」の関係人員を増やしたい。そのためには、既存事業から離れて、様々な事業に挑戦してもらえるよう、社員に向けてメッセージとして打ち出すべく工夫しているところです。

―プログラムとしての中長期のデザインをどう描いていますか?


事業化はもちろん、収益の上がる仕組みをつくらなければなりません。大東建託の新しい収益の柱として成長させられる事業は、まだ生み出せていないのが正直なところです。事業戦略室としてもミライノベーター自体のPLを作って、制度としての検証をしていきます。プロジェクトに人件費や実証実験の費用がかかっている以上、黒字化させる必要がある。「イベント」で終わらせず、事業の成長性・スケールアップも重視して運営していきたいと考えています。

そのために「ミライノベーター」のプロジェクト内容自体も改善を続けていきます。初年度は年2回開催の強行スケジュールでしたが、もう少し事業アイデアを熟成する期間を設けるために、年1回の開催に変更しました。今後、より質の高いアイデアが出てくることを期待しています。

新しいことを生み出せる、ハングリー精神を持ったメンバーを

―大企業の中で新規事業を進めるならではの障壁もあるかと思います。事業をスムーズに進めるために大事にしていることはありますか?

事業を推進するメンバーにとっては、社内でのすり合わせや調整に摩耗するのは良くないと考えています。最大限新しいことを生み出すことに集中してもらえるよう、事業戦略室がサポートしていきたいですね。

ただし、社内起業家は自分でゼロから会社を立ち上げた起業家に比べると、どうしても「会社に守られている」という意識があるため、自発的に動くハングリー精神に欠ける側面はあると思います。成果に対する意識を、今後もっとシビアに求めていきたいと考えています。

― 起案者を支援する事務局サイドのならではのやりがいはありますか?

やはり、「実際に立ち上がる事業を生み出して成功事例を創っていくこと」がやりがいです。事業が生み出されることが事務局としてのモチベーションにも繋がります。新しい取り組みとしては、起案者をコミュニティ化し、情報交換が生まれる仕組みを創っています。このように「イノベーションが生まれやすい組織風土創り」にも面白さを感じています。

チャレンジにペナルティはない。前向きにトライせよ

―これまで沢山の起案者を見てきた中で、社内起業家に向いているマインドセットは何だと思いますか?

ポジティブな人、馬力がある人ですね。多少の苦しいことがあったとしても、前に進む意欲を失わず、勢いを持って乗り切れることが重要です。事業の形がなんとなくでも見えてくれば、協力してくれる人が自然と増えていきます。
一方で、形にするまで慎重になりすぎ動けずにいると、周囲の期待感も徐々に薄れてしまいます。そのうち、サポートしてくれる人も減ってきてしまいます。早い段階で仲間を巻き込みチームを創っていける人が強いと思います。

―既存事業とは異なるマインドセットかと思いますが、マインドチェンジを促す働きかけは行っていますか?

小さな成功でも良いから、まずは積み上げることが重要です。考えすぎず、早く挑戦するように促しています。思うような成果が出なくても、結果がでれば次の施策が生まれてきます。最初のトライをとにかく「早めに」するように発信し続けています。

―最後に、新規事業にチャレンジしようとする皆さんへメッセージをお願いします。

プログラムを立ち上げた際、社長からの最初のメッセージとして「熱い想いと事業アイディアで、あなたも社長になれる!」という発信がありました。我々事務局としても、社員にその視座の高さを求めています。「ミライノベーター」をきっかけに、将来は大東建託の経営陣になりうる人たちが出てくるはず。そんな方々に、とにかく早く頭角を現してほしいですね。

これまでは「会社の敷いたレールの上で物事を実現するのが上手な人」がマネジメント職になってきました。しかし、これからは事業を作る力のある人が、将来の大企業を担っていく時代が来ると思います。

チャレンジすることにペナルティは一切ありません。とにかく最初の一歩を恐れずに踏み出し、チャレンジして欲しいと思います。


取材:加藤 隼 構成:ぺ・リョソン 撮影:野呂 美帆

天野 豊-image

大東建託株式会社

天野 豊

1991年に建設会社に入社後、1997年に大東建託株式会社へ転職。支店の設計課にて9年間勤めたのち、営業職にキャリアチェンジ。その後商品開発部の部門長や首都圏エリアの建築事業部長などを経て、2020年に事業戦略室長に就任。大東建託グループの新5ヵ年計画の達成とグループの持続的成長の実現を目指し、グループ全体の新規事業を俯瞰しながら自ら事業を生み出すことに加え、社内ベンチャー制度「ミライノベーター」によるボトムアップでの事業創出や、オープンイノベーションプログラム「大東建託アクセラレーター」による協業も推進している。