Interview

【TOUCH TO GO】強烈な当事者意識で「無人決済」の未来を創る

【TOUCH TO GO】強烈な当事者意識で「無人決済」の未来を創る

2020年に高輪ゲートウェイ駅にオープンした無人決済店舗「TOUCH TO GO」は、ウォークスルー型の完全キャッシュレス店舗。店内で商品を手に取ると、カメラ等でリアルタイムに認識、無人で決済までを完結することが出来る。社会課題である「労働力不足」をテクノロジーで解決するスタートアップらしい事業構想だが、「自分の母親が使えるもの」という親近感も大事にしながら開発を進めている。本事業の立ち上げから、同社の経営までを行う阿久津 氏に、事業開発の軌跡を伺った。

若手時代に多岐に渡る事業開発を経験

―まずは「TOUCH TO GO」事業の立ち上げに関わる前のキャリア/経歴を教えてください。

2004年にJR東日本に入社。元々鉄道事業ではなく駅ビル開発などに関心があり、生活サービス事業部に配属されました。駅ナカコンビニ「NEWDAYS」の埼玉エリアを担当し、店舗経営を経験しました。月に数百万人もの来店がある、浦和レッズが拠点とするJR東川口駅の店舗も任され、辛くもやりがいのある日々でした。

その後、駅の中の自動販売機を改革するウォータービジネスを担当しました。飲料メーカーとのハードな交渉の連続で、ここでも非常に濃い経験が積めたと思います。

そして、2009年からは青森に異動となり、2010年の新青森駅開業に合わせた地域活性化事業を担うことになりました。1年後の開業は決まっているのに、何をするか明確に決まっていない状態での異動だったので最初は戸惑いました。

様々な試行錯誤の末、青森の名産であるりんごを活かしてシードルを作ることになりました。もちろん醸造の経験などない中で、様々な方々の協力の元で、なんとかシードル工房を開設して、その他駅ビルのリニューアル等も含めて、何とかやり遂げることが出来ました。

―「鉄道」が基幹事業のJR東日本の中で、異色の経歴ですね。


そうですね。その後、東京に戻ってからも、各駅ビルの「ポイント統合事業」を取りまとめることになりました。ポイントの統合は、システム統合に時間がかかる上に、駅ビル各社のPLにも影響するため、JR東日本としても、なかなか踏み出せない事業でした。このような背景で、このプロジェクトもハードなものでしたが、各駅ビルを1つずつ地道に口説いて合意を取り付けて、ポイント統合の基盤を築くことが出来ました。

スピード感を求めてオープンイノベーションに挑戦

―若手時代から本当に様々な経験をされてらっしゃいますが、「TOUCH TO GO」事業の立ち上げに関わるきっかけは何だったのでしょうか?

もともと、大企業の中での事業開発のスピード感にフラストレーションを感じていました。「企画書を作り、稟議を通し、予算を取り」と、どうしてもプロセスが長くならざるを得ないので、刻一刻と変わっていく時代に合わせて事業開発が出来ないことが多かったんです。

そこで、よりスピード感を持って事業開発が出来る「オープンイノベーション」に関心を持つようになり、ベンチャー企業と共創できる「JR東日本スタートアッププログラム」に挑戦することにしました。

プログラムの中では「荷物預けサービス」や「インバウンド事業」など様々な新規事業開発を担当しまして、「TOUCH TO GO」にて協業しているサインポスト社とも、そのような取り組みの中で出会いました。

―大企業の中においては、非常に変わった経歴に映るかと思います。もともと起業家マインドをお持ちだったのでしょうか?

若手時代から、大企業の中でのキャリアや出世に関しての興味はありませんでした。そういった意味では、もともと起業家気質ではあったのかもしれません。ただ、初めから「起業をしよう」というモチベーションがあったのではなく、様々な経験をしていくうちに自然と事業開発の楽しさに気づいていったのだと思います。

実証実験で手応え。TOUCH TO GO社の設立へ

―「TOUCH TO GO」のサービスについて、改めてご紹介をお願いします。

「TOUCH TO GO」は日本で唯一実用化されている「無人決済システム」です。ウォークスルー型の完全キャッシュレス店舗で、商品を手に取るとカメラ等でリアルタイムに認識します。決済エリアに立つと、自動的にタッチパネルに商品と購入金額が表示され、決済することが出来ます。省人化によるコスト削減はもちろん、お客様にとっても、短時間での買い物が可能になり、利便性と両立しながら利用いただけます。

2020年に高輪ゲートウェイ駅で初の店舗がオープンし、2021年3月には東京・丸の内に「ファミマ!!サピアタワー/S店」をオープンさせました。ファミリーマート社との資本業務提携契約も結び、さらに事業展開を加速させていくところです。

―「無人決済」という事業の着想はどこから得たのでしょうか?


青森県での事業開発や駅ビル開発などの仕事の中で「事業運営における人件費のインパクト」を現場で体験してきました。そのため、以前から「省人化」への意識は持っていて、ビジネスとしても強い事業になると感じていました。
そのような構想を持っていたタイミングで、サインポスト社と出会って構想を共有し、そこから一気に構想を具現化させていきました。

―TOUCH TO GO社はどのような経緯で設立に至ったのでしょうか?


JR東日本スタートアッププログラムの取り組みの中で、二度の「無人決済システム」の実証実験を行ったことが直接的なきっかけです。

その実証実験での結果を見て、ビジネスとして成り立つという実感が得られたため、事業の本格的な運営開始を決意しました。事業立ち上げにあたっては様々なスキームを検討しましたが、最終的には、TOUCH TO GO社として合弁会社設立をすることとなりました。

―国内で前例のない「無人決済システム」の実装にあたって、様々な苦労があったかと思います。事業の立ち上げの中で、特に大変だったことを教えてください。

全てが「未知のこと」へのチャレンジであり、その未知に対してジャッジをしなければならないので、経営者として日々神経を使っています。例えばシステム開発等も、立ち上げ検討の際から今まで試行錯誤の日々ですが、全て事業を伸ばすために「当たり前にやらなければいけないこと」なので、それらを大変だと思ったことはないですね。

―新規事業開発プロセスで訪れる「前例のない未知の事柄」をジャッジするにあたってのポイントはありますか?


自分の聞いてきたことや、取り組んできた経験からくる「自分のセンス」を信じることです。自身の経験も元にしながら、都度自分の頭で考えて解決してくスタンスが重要ではないでしょうか。

日々の取り組みで言うと、そのための経験値を積んでおくことは大事だと思います。まずは小さくでも事業を回してみると、様々な知見が得られて、それらが自分の血肉になっていきますよね。とにかくリアルな経験値を得ておくことで、適切な意思決定が出来るようになると思っています。

「自分の母親でも使える」デジタルとアナログの折衷を目指す

―「TOUCH TO GO」の今後の事業戦略について教えてください。

「TOUCH TO GO」の開発におけるモットーは、「自分の母親でも使えるものを作る」ということです。駅の店舗は、ITリテラシーの高いビジネスマンの方のみでなく、現金決済が基本という方も、幅広い方が利用されます。世の中全体の実情としては、言われているほどITリテラシーが高くはないので、その中でデジタルを追求しすぎるとユーザーは離れてしまいます。どんな年代の方でも使えるものを作って「デジタルとアナログの間の存在」を目指しています。

また、ビジネス的には「ユーザー/店舗の関係者/私たち」の三方良しの関係を、さらに追求していきたいと思います。具体的な店舗計画としては、3年間で100店舗までの店舗展開を予定していますが、そのスピード感の中でも、三方良しの考え方は大事にし続けていきたいですね。

―実際の店舗で購入体験をしましたが、無人でも温かみを感じる場所だと感じました。「お母さんが使えるものを作る」というモットーがあるからこそのUXなのですね。

その通りです。従来の店舗体験は極力変えずに展開していきたいと思っていて、自分たち主体でシステムの進化だけを追求するのではなく、生活者に寄り添っていくことが重要です。

「2030年には必要な労働力の30%がいなくなる」と言われており、コンビニのような単純労働の人口はどんどん減っていくでしょう。そんな世の中でもコンビニ店舗事業が生き残っていくためには、全国のお母さんや、おじいちゃんやおばあちゃんでも、普通に使えるシステムであることが必要だと考えています。

―店舗数の増加に伴って、データ活用の可能性も見えてきそうですね。


店舗を利用して頂いたユーザーの様々なデータが取れている中でも、特に注目しているのは、「商品を購入しなかったユーザー」のデータをマーケティングに活用することです。購入したユーザーだけでなく、購入しなかったユーザーの気持ちや行動を丁寧に分析していくと有用な示唆が出てくると思います。また、データ分析が進むことで「TOUCH TO GO」の事業自体の改善にも活かせるのでは、と期待しています。

経営者が誰よりも働き、自ら文化を創りにいく

―採用も独自で進めていますが、TOUCH TO GO社の魅力についても教えてください。

TOUCH TO GO社では、「スタートアップ企業の裁量」と、「の安定性・処遇」の両立が図れるようにしています。店舗があり事業が常にリアルタイムで動いているので、それをすぐに改善していけるような事業開発スタイルはスタートアップ企業と変わりません。一方で、「今日明日会社が潰れてもおかしくない」と社員が不安に思うような経営はしないように、と心がけています。

実際に参画してくれているメンバーを見ると、特にエンジニアなどは、ユーザーとの距離の近さとスピード感に魅力を感じてくれているようです。

―誰もが当事者意識を持って働く企業文化を創るにあたって心がけていることはありますか?

経営者である自分が「メンバーの100倍働こう」と決めています。

これは青森でのシードル工房事業の時の経験が元になっています。青森県と東京都では給料の相場が異なるため、東京から異動した私に対して、周囲の視線が厳しい時期もありました。それを覆して同じ目線で事業を創っていくには、自らが誰よりも動くことが重要だったのです。

これは経営においても同じだと考えています。社長が誰よりも当事者意識を持ち動いている姿勢を見せれば、社員もついていかなければ、と思うはずです。自らの背中を見せて、企業文化を創りにいく姿勢が大切だと思います。

―阿久津さんにとってのモチベーションの源泉は何なのでしょうか?


社内起業は特に給料が上がるわけでもないし、その他の金銭的なインセンティブもありません。時には会社内で孤独になることもありますし、努力が評価に直結しないことも多いですよね。社内起業家同士で情報交換をする中でも、よくそんな話になります。

それでも、一度新規事業開発の経験をすると、もう一回経験したくなってしまうのです。ある種、刺激の依存症なのかもしれないです(笑)。新規事業開発に携わってきた中で周囲から「無謀だ」と言われたことも多いですが、それを成功させるのは何にも変えがたい経験です。

また、青森のプロジェクトに関わったメンバーとは、今でもファミリーのような関係性です。苦難を共に乗り越えた仲間とは特別な絆が生まれるのも、新規事業の面白いポイントだと思います。

―「TOUCH TO GO」は大企業×スタートアップの共創から生まれた事業ですが、両者が上手く寄り添うために重要なことは何だと考えていますか?

「お互いがお互いを、徹底的に利用する姿勢」が必要です。スタートアップ企業側の目線では、事業拡大のために大企業のアセットを大いに使うべきだし、大企業側の目線では、スタートアップ企業の経営者から学ぶことが沢山あるはずです。一番やってはいけないことは、大企業側がスタートアップ企業を「下請け企業」のように扱うことです。協業の中に忖度があると事業開発にも影響が出ます。事業を成功させるために、スタートアップ企業からも大企業に対して「対等であること」を求めていく必要があるでしょう。

―阿久津さんは自らの事業開発経験も豊富ですが、その経験も活きていそうですね。


そうですね。JR東日本スタートアップはCVCとして投資と協業の推進の機能をもっていますが、、外部との協業だけではなく「実業」の事例を創りたくてTOUCH TO GO社を立ち上げました。

大企業側のフロントも自ら事業開発を推し進める姿勢で積極的に汗をかきに行って、最後は自身もリスクを負う覚悟と当事者意識を持つことが重要ではないでしょうか。

私としては、純粋にスタートアップ企業の経営者を尊敬しています。人を集め、お金を集め、自らの事業を創っていくというスキルは凄いし、優秀な方ばかりです。そんな方々と近い距離で働けることは非常に楽しいと思っています。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、社内起業/新規事業にチャレンジしている皆さんに向けてメッセージをお願いします。

個人的には「リスクを取って挑戦する」という覚悟がなければ事業を生み出すことは不可能だと考えています。そのような気概を持ってチャレンジしていいただきたいですね。

また、よく大企業の中では「100点」を目指してしまいがちですが、完璧を目指しにいくとスピード感が足りません。「70点くらいまでは詰めて、残りは走りながら構築していく」という意識が重要だと思います。

大きな組織の中で新規事業に取り組んでいると、時には周囲からネガティブなことを言われることもあるかもしれません。しかし、チャレンジの過程で、確実に戦うための知識やノウハウは身につくので、周囲の目を恐れずに挑戦していっていただければと思います。


取材・執筆・編集:加藤 隼 撮影:野呂 美帆

阿久津 智紀-image

株式会社TOUCH TO GO

阿久津 智紀

2004年に東日本旅客鉄道株式会社に入社。生活サービス事業部として駅ナカコンビニNEWDAYSの店舗運営を務める。2009年には、新青森駅開業に合わせた青森県でのシードル工房事業の開発を担当。その後、JR東日本グループのポイント統合事業を手がけたのちJR東日本スタートアップに参画。 サインポスト株式会社との無人決済システムの実証実験を足掛かりとし、2019年7月に本格的なシステム開発に向け株式会社TOUCH TO GOを設立し、代表取締役社長に就任。2020年、無人決済店舗「TOUCH TO GO」を高輪ゲートウェイ駅構内にオープン。