Interview

【Moon_Lullaby】起業家マインドで「ママ・パパの睡眠不足」を解決する

【Moon_Lullaby】起業家マインドで「ママ・パパの睡眠不足」を解決する

三井物産グループの「Moon」は、世界中で活躍する約4万5千人以上の社員や組織からビジネスアイデアを募集し、新規事業創出を進めている。アイデアオーナーとなった社員はMoonへ出向し、多国籍なビジネスデザインのプロフェッショナルたちと協働して事業化を目指す。今回話を伺ったのは、自らの子育ての経験を元に、赤ちゃんの夜泣き改善アプリ「Lullaby」を生み出した田子氏。「0→1」の事業創出のポイント、やMoonのユニークなビジネスプロセスについて語っていただいた。

 

育休期間の悩みが新規事業アイデアに

―まずは三井物産に入社してから、Moonに出向するまでのキャリアを教えてください。

2010年に三井物産に入社し、インフラ事業を担当。イギリスの電力発電や石炭火力発電事業への出資等の業務に携わりました。

そして、3年目の時に将来のキャリアや次のライフステージ等の人生プランを考え始めまして。「海外にチャレンジするなら今がいい」と考え、社内の海外修業生(地域スペシャリスト育成)制度に参加しブラジルに赴任。その後、本社に戻ってからも引き続きブラジルの案件を担当しつつ、国内外の教育ベンチャーへの出資等をしていました。
その後、Moonで初めて実際されたピッチイベントで私の起業アイデアが採用され 、2019年9月にフルタイムで出向しました。

―Moonにチャレンジしようとしたきっかけを教えてください。


きっかけの1つは、多くの出資先のベンチャー企業CEOの方々とお仕事をする機会に恵まれ、直近で1つの事業が創り上げられていく現場を目の当たりにしたことです。直接CEOやCOOの方々とやり取りをする中で、私もいつか自分で事業を創りたいと思っていたんです。

―ベンチャー企業CEOの方々からの話からどんなヒントを得ましたか?

視座や熱量の高さにも刺激をもらっていましたが、ノウハウで言うと「新しい事業を作るなら、まず明確なペインポイントを見つける」ということは学びになりました。「いくらお金を払ってでも解決したい」と思うような強いペインポイントを見つける、ということですね。

また、出産・育休を経験したことも、チャレンジのきっかけとなりました。2017年に息子を産み、一年間育休を取りました。当時は夫がロサンゼルスに駐在していたので、私たちも育休の一年間だけロスで過ごすことに。その間も同僚が仕事で経験を積んでいることを考えると、育休中に焦りを感じていました。「せっかくアメリカにいるのだし、帰国するまでに何かしら得て帰りたい、日米での出産・育児経験は何かのヒントにならないか、事業のネタになることはないか?」と常にアンテナを張っていました。

―どのような経験が事業の着想に繋がったのですか?


「Lullaby」は、赤ちゃんのねんねに着目した事業ですが、私自身の育休中の経験がもとになっています。私の息子は、生後6ヶ月を迎えるまで、眠っても2、3時間おきに起きるという睡眠サイクルでした。結果赤ちゃんも私も睡眠不足の状態に。眠れなくて心身ともに辛いという状態は、私の人生において初の経験でした。

―まさに「痛みを伴う課題」ですね。どのようにして解決を試みたのですか?


アメリカには「スリープコンサルタント」という、赤ちゃんのねんね改善をサポートしてくれる職種があるのですが、睡眠不足の中での育児の辛さを味わっていた頃に、スリープコンサルタントのコンサルサービスを思い切って受けてみたところ解決することが出来たんです。

コンサル代は決して安く無かったのですが(平均1万円/時間) 、当時の私にとってはまさに「いくらお金を払ってでも利用したいサービス」だったのです。そこまで追い詰められていました。この赤ちゃんのねんねサイクルを改善するという文化を日本でも広めたいと考えていきました。

―「Lullaby」事業について、改めて概要を教えてください。

「Lullaby」事業には3つの要素があります。1つはアプリ、2つ目がデバイス、そして3つ目が小児スリープコンサルタントです。

「Lullaby」の提供価値のベースは、赤ちゃんのねんね改善です。赤ちゃんが1歳半位になるまでに、3~4割のママが夜泣きや寝かしつけにとても苦労するのですが、ねんね改善に毎日取り組むことで、徐々に赤ちゃんが夜通し寝てくれるようになります。ところが、赤ちゃんのスケジュール管理は、なかなかママ一人でできるものではありません。

そこで「Lullaby」では、赤ちゃんの睡眠環境や生活習慣スケジュールを整えるのをテクニカルにサポートします。赤ちゃん一人ひとりに合わせたパーソナライズドスケジュールを提案し、赤ちゃんがそろそろ眠くなりやすい時間をママにお知らせします。スマホアプリを起動するだけで、いつ頃寝かしつけをすればスムーズに寝かしつけられるかが分かる仕組みです。

―3つ目のスリープコンサルタントはどのようなものですか?


寝かしつけに関する一連の流れには、各ご家庭のニーズも異なるのである一定のカスタマイゼーションが必要になってきます。そこをサポートするのがコンサルティングサービスです。

アプリ内にユーザーとコンサルタントのマッチング機能を用意することで、ママが悩んだり、辛くなったときにワンクリックで睡眠のプロに相談することが出来ます。ねんね改善は、継続と忍耐が大切で簡単ではありません。だからこそ二人三脚で一緒に頑張ってくれる人がいないとママも孤独です。そうした保育者のために用意した機能でもあります。

徹底したユーザーヒアリングを繰り返す

―事業立ち上げのプロセスについて教えてください。Moonへの出向後、どのような検証からスタートしましたか?

最初の3ヶ月間は「デザインサイクル」という徹底的なコアターゲット調査をするのですが、私も100人以上のママたちにディープインタビューを行いました。例えば家庭訪問させていただき、ママを囲んでヒアリングして分析して、を繰り返します。そうすると次第に一定の共通項が見えてくるので、そこから大事な要素を抽出して、事業のコアを作っていきました。

そうして決まったコンセプトをベースに、アプリのプロトタイプ開発へと進みました。例えば、インタビューを通じてママは赤ちゃんを抱っこしながら、バギーを押しながら等、片手が塞がった状態でアプリを使用することが多いことに気づき、ママが片手でも操作しやすいようにアプリのUIをデザインしていきました。

―ユーザーインタビューは奥が深いと思いますが、気をつけていた点はありますか?


あえて漠然とした質問をするように意識していました。私もよくやってしまったのですが、新規事業のインタビューでは「言って欲しい答え」へ誘導してしまいがちです。そのスタンスで進めてしまうと、インタビュー対象者の方々も期待に応えようとするバイアスが働いて、本音を言えなくなってしまいます。特に日本人の女性はその傾向が少なくありません。

―非常に重要なポイントですね。本音を引き出すためのコツがあれば教えてください。

サービスのβ版に関するヒアリングの場合、アプリを触ってもらった後に「どういう感情になりましたか? ワクワク、ドキドキなどで構わないので表現してください」という聞き方をしました。言葉だけではなく、絵を書いてもらうようにお願いすることもあります。相手がちょっと戸惑うような質問をしたときに、本音がぽろっと出てくるんです。

また、複数人でインタビューすることもポイントだと思います。インタビュアーは会話に集中するため、回答者のしぐさや表情の変化や持ち物の特徴などを見逃してしまいがちですが、複数人で実施すると、そういった細かい変化を拾えます。インタビューというより観察に近いです。人の本音は、言葉より表情、仕草や持ち物に現れやすいです。ただし、インタビュアーの人数が多いと緊張させてしまいますので、雰囲気作りや距離感も大事にしていました。

スケールさせるための人材確保という課題

―実際に事業を立ち上げていくプロセスで苦労した点はありますか?

チームの人材確保には苦労しました。Moonには事業創りを手伝ってくれるエンジニアやデザイナーがいるのですが、プロジェクトの進捗状況によって必要な役割が変化するので、チームメンバーは流動的です。ですので、事業オーナーとしては、自分のプロジェクトに必要な人に対して、その都度積極的に口説いていくことが必要です。エンジニアやデザイナーの皆さんに「このプロジェクトをやりたい」と思ってもらえるような雰囲気、仕組み作りも大切ですので、社内に対しても意識的に進捗などを発信していました。

―今の「Lullaby」事業においてはどのような人材を求めていますか?


現在はMoon内のメンバーを頼ることも多いのですが、中長期でのことを考えて、外部からも事業に100%コミットしてくれる人材を集めなくてはいけないので、すでに、採用活動も並行して進めています。特にエンジニア採用においては、私自身も知見・経験が少ない領域なので苦労しながら進めています。

今のフェーズでは、何よりも「Lullabyのビジョンに共感してくれる人」を求めていますね。事業自体に強い共感を持ってもらえると、推進力も強まると考えています。

―キーパートナーとなるスリープコンサルタントの確保についても教えてください。日本ではまだ市場が確立されていない中でどのように集めていますか?

小児スリープコンサルタントという職業は、アメリカだけではなくフランスやイギリス、オーストラリア等でもよく知られています。出産のために休職していた女性が、夜泣きに苦労しコンサルタントのサポートを得てねんねの改善を実感し、自身もねんねの勉強をしスリープコンサルタントの資格を取得するケースもよく聞きます。

日本でも、「小児スリープコンサルタント」は徐々に増えてきています。しかし、まだまだその母数は少ないです。そのため、コンサルタント自体を育成していく必要があると思い 、「CISA認定小児スリープコンサルタント」という資格取得コースを開講し、人材を育てるところから着手しています。

―「Lullaby」事業の中長期での構想を教えてください。


中期のゴールとしては、赤ちゃんを産んだママが、必ずダウンロードしてくれるようなアプリにしたいです。結婚をする女性にとっての「ゼクシィ」のような存在ですね。新米ママ・パパにとって当たり前の存在になっていたいです。提供価値を磨き込んでいけば目指せる目標だと思っているので、ここ数年 はアプリを仕上げることに集中したいです。

そして、ゆくゆくはデバイスで赤ちゃんの睡眠・ヘルスケアデータを取得し、ログ作業を自動化して、保育者が自分で睡眠ログをつける作業をなくすことを実現していきたいのですが、長期ビジョンとしては、その取得したデータを医療や保育の領域で役立てていきたいと考えています。

リスクを恐れないマインドで一歩先へ

―Moonで新規事業に取り組むにあたり、心配や不安に思ったことはありますか?

「絶対に事業化する」という想いやプレッシャーはあります。夫を始めとする家族、元部署の上司・同僚や今一緒に「Lullaby」に携わってくれているチームメンバー等多くの方々の協力・犠牲のもとにチャレンジ出来ているので、やるならばやり切る覚悟で取り組んでいます。

また、個人的には「ワーキングマザーとしての働き方」に悩むこともあります。2020年以降は新型コロナウイルスの影響で、仕事と育児の両立に想定外な事態が起こりました。私も息子も在宅になったため、24h育児体制となり必然的に仕事に集中できる時間は減る中でも成果は出さなくてはいけない、という正にパニックな時期がありました。

―両立を目指す中でどのような工夫をされましたか?


家庭面では夫とよく話し合い 、時差出勤を利用し勤務時間を極力ずらしたり、家事・育児の役割分担を明確化しました。仕事面でも、息子が在宅中はどうしても集中できる時間が少なくなったので自分が何に今一番時間を割くべきか、アウトソース出来ることは無いか 、ということを常に問いながら進めています。

―経営者視点のビジネス感覚ですね。そのような感覚はどのように培ったのでしょうか?


ベンチャー企業への出資事業で、実際に様々な経営者と接して対話してきた経験は大きいと思います。

また、「母親になった」ということも大きいですね。どのワーキングマザーも、限られた時間内で 家事・育児・仕事をこなさなければいけないので「これはやる。これはやらない」と常にさまざまな優先順位と照らし合わせて判断していると思います。その感覚が新規事業にも活かされているのかもしれません。

―起業家として挑戦し続けるモチベーションはどこから湧いていますか?


私のタイプとして「自分が当事者である事業」の方が感情移入出来るようです。その意味では、完全に自分の言葉で語れる「Lullaby」事業に取り組めてとても良かったと感じています。

―新規事業開発を進める上で大事なことをどのように捉えていますか?


新規事業においては「イメージ出来るかどうか」の違いが大きいと思います。私がメンターとして慕っているベンチャー企業の幹部の方から教わった「とことん考えて、イメージ出来たら、あとはそこに近づけばいい」「ゼロからイチを作る上では、自分の想像力を養うことが重要だ」という言葉が心に残っており常に意識しています。

―一歩踏み出せる人と踏み出せない人の違いはどうやって生まれると考えていますか?

リスクヘッジを考えたら怖くなって手を出せなくなります。子育てをするようになってから思うのですが、育った環境と成功体験も影響しているのではないでしょうか。私は幼少期を海外で過ごしました。「正解がない問いをみんなで考える(=否定されない)」「褒めて伸ばす」という環境でたまたま育てられたので、そういった意味での成功体験を沢山積ませてもらえて、成績がたとえそこまで良くなくても「自分はできるかもしれない」という自信を持てるようになったのだと思います。失敗体験も勿論重要ですが、まずそもそも自分が出来ると思えないとなかなか最初の一歩は踏み出せないですよね。

私自身も親になって分かりましたが、子どもに成功体験を意図的に積ませてあげることは、結構大変で面倒くさいものです。ちょっとしたチャレンジを設け、達成出来るように程よくサポートする。ちょっとした成功体験を沢山積み、適度に褒めるを繰り返すと、自分の力でやろうとし始めると思います。ビジネスにおいても、こうした成功体験の蓄積が影響するのかな、と考えています。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、新規事業にチャレンジしようとする皆さんへメッセージをお願いします。

新規事業においては、とことんペインポイントにこだわって、強い課題・ニーズのある一点を見つけ出すことが大切だと思います。そのペインポイントさえ的確につかめれば、その後で事業は、ニーズに合わせて育てあげることが出来ると考えています。「1万円しか持っていないときに、そのお金を出しても解決したいペインポイントか否か」。それに尽きると思います 。

また、ゼロからイチに取り組む時は、一見はダメに見えるものも「どうやって事業化するか」を詳細にイメージ出来るかどうか?の違いは大きいと思います。私自身も、難しそうなチャレンジに見えても「もしかしたらこうすれば出来るかも」というまずイメージを語り続けて(周りの知恵も拝借し)、具体的に前に進められるように追求してきました。

新規事業は、自分自身が想いを持っていることを形に出来るチャレンジだと思いますので、迷っている方は、是非最初の一歩を踏み出していただきたいと思います。


取材・執筆・編集:加藤 隼 撮影:永山 理子

田子 友加里-image

Moon Creative Lab Inc.

田子 友加里

2010年に三井物産株入社。6年間国内外の教育事業の新規事業開発を担当。2017年に第1子出産後、夜泣きによる睡眠不足に心身共に疲弊したことをきっかけに、夜泣き改善アプリの開発を三井物産グループのベンチャースタジオである「Moon Creative Lab(以下Moon)」に出向し着手。2021年3月末にオフィシャルアプリ「Lullaby(ララバイ)」をリリース。