Interview

【ライオン_ご近所シェフトモ】思いを起点とした新規事業チャレンジ

【ライオン_ご近所シェフトモ】思いを起点とした新規事業チャレンジ

ライオンの新価値創造プログラムである「NOIL」で採択された事業化テーマとして、「料理の不」の解決を目指す「ご近所シェフトモ」事業。事業責任者である廣岡 氏は、自身が抱える「苦手な料理は手放し、自分の時間を大事にしたい」という課題と向き合って本事業を起案し、そのリアルなインサイトを反映した本事業は多くの共感を掴んでいる。同氏が、「実体験に基づく生活のストレス」を「事業」へと昇華させた軌跡について伺った。

「自分の思い」を仕事にするため社内起業に挑戦

―入社してから「NOIL」に応募するまでの経歴を教えてください。

2006年に新卒入社して、最初は札幌エリアの営業職に配属になりました。その後に社内の人材育成施策の一貫で当時開催していたアイデアコンテストに応募したところ、なんと優勝してしまい、それが縁となって、ファブリックケア事業部という衣料用洗剤の事業部門に異動となりました。

異動後は、主に衣料用洗剤の企画開発を担当して、アクロン、ナノックス等の商品企画やマーケティングを約11年間務めながら、産休と育休も経験しました。

―どのような経緯で新規事業プログラム「NOIL」に応募したのですか?

お客様起点でものづくりをする商品企画の仕事には、とてもやりがいを感じていました。しかし、仕事をしながら育児・家事をこなす日々の中、1人の生活者として「お洗濯」以外にも課題を感じるシーンが増えており、洗剤の開発を超えて幅広く生活をよくするモノ・サービス開発がしてみたいという思いが強くなっていました。

そんな2019年に「NOIL」という新価値創造プログラムが立ち上がり、「あなたの思いが、常識の壁を破る」という募集キャッチコピーがとても深く刺さったんです。また、ライオンはロングセラー商品が多く、「新規事業・ブランドを開発する」ではなく「既存ブランド・商品を育成する」という仕事が圧倒的に多いため、いつかは「0→1を生み出す新規事業に挑戦してみたい」という気持ちもありました。

そのような思いが掛け合わさって、「まさに自分のやりたいことが出来るかもしれない」という期待からチャレンジしてみることにしました。

「顧客の共感」が自信に繋がった

―起案された事業の概要を教えてください。

「ご近所シェフトモ」という地域密着型の夕飯テイクアウトサービスで、キャッチコピーは「あなたの街の夕飯おまかせネットワーク」。保育園のお迎えの帰りや仕事帰りに、近所の飲食店で夕食をテイクアウト出来るサービスです。飲食店が作ったバランスの良い家庭料理風の夕食を1日/1食から注文可能にしています。

―もともとどのような着想からアイデアを検討されたのですか?


自分自身の「仕事と子育てをしながら料理をすると自分の時間がほぼなくなる」という実体験から着想しました。夫は出張が多く、仕事が忙しいのですが、仕事に打ち込んでいる姿も尊重したいので、基本的に育児や家事は私のワンオペ中心です。ただ、自分も仕事が好きで頑張りたい。そんな生活の中で、料理には苦手意識があり、ミールキットや時短料理も結局は「調理する必要がある」ということを不満に感じていました。

外部サービスも様々試してみましたがフィットするものがなく、保育園の前にある飲食店に相談してみたところ、飲食店の方が夕食を作って特別に販売してくれることになりました。そして、これを保育園のママ友に話したところ、意外にもみんなが料理に負担を感じていることが分かり、この飲食店での夕食購入が広がっていったんです。
この経験から「これはサービスになる!」と感じて、事業案としてずっと温めていました。

―ご自身の生活の中で実証実験が完了していたという点が素晴らしいですね。最初の書類審査通過後はどのような検証を行いましたか?


実証実験によって、生活者側の顧客ニーズは掴めていた自信があったので、パートナーとなる飲食店側のニーズを深堀りしました。「NOIL」応募時は、ちょうどデリバリーサービスも普及し始めていた時期。沢山の飲食店にヒアリングを実施した上で、他社サービスとの差別性を明らかにしたり、この事業のポジションを明確にしていきました。

―事業化採択にあたっては、どのような点が評価されたと考えていますか?


顧客課題と地域リソースを結び付けた点を評価していただきました。また、私の実体験に基づく想いを反映した事業案だったため、「提案にかける熱意」も審査員に伝わったのではないかと思います。「NOIL」の1期目は100件以上の応募があったのですが、事業化採択まで漕ぎ着けることが出来ました。


―その後の実際の事業化に向けた検討の中では、どのように検証を進めていったのでしょうか?


部所を異動し、事業の本格検討を開始したのが2020年1月なのですが、ちょうど新型コロナウイルスの影響が出てきて先行きが不透明な状態に。デリバリーやテイクアウトの需要も急激に伸びていましたので、急ピッチで実証実験を計画し、2020年の3月から実施しました。

―どのような仮説を検証するために実証実験を行ったのですか?


以前に実施した実証実験では、「周りのママ友に紹介して広まった」だけだったので、「顧客課題と解決策の妥当性」を改めて検証する必要がありました。

その検証のために、注文を受付するプラットフォームとしてLINEを使ったプロトタイプを設計して、1店舗で20名までの注文枠を設けて検証を行いました。

―とにかく「早く手軽に検証する」という基本に忠実なプロトタイプですね。反響はいかがでしたか?


集客手法として、保育園にポスターを貼ってみたのですが、わずか2日で20名の枠が埋まってしまうほどの人気でした。他社デリバリーサービスと差別化するため、子育て層のインサイトを捉えたキャッチコピーで訴求することにこだわりまして。「働きながら子育てをして、さらに夕食も作るって大変ですよね」と共感を誘う内容にして、企画者としての私の存在も前面に出していくことで安心感を得ることも心がけました。

―スピード感を持ってPoCを実施するがゆえの苦労もあったのではないでしょうか?


事前に充分な段取りをせずに突っ走ってしまったので、オペレーション上の課題はたくさんありました。しかし、コロナウイルス影響で先行き不透明であったことと、何よりも「早くこの事業の可能性を証明し、社内稟議を通してやる」という意地もありました。

我々が開発する新規事業には、「次フェーズに行くまでの検討期間は1年」と期限が設けられています。しかしながら、いち早くこのサービスを世に出したい強い思いから、「最短期間でやってやる」と意気込んでいました。
結果的には、PoCでの反響も評価されて、約半年で稟議を通すことが出来ました。元々スリルを楽しめる性格なのが良い方向に転がったのかもしれません。

―「ご自身が顧客」という事業の場合、バイアスがかかってしまうことも多いと思いますが、事業の構想に自信を持てた理由はありますか?

仰る通りで、これまで経験したマーケティングの業務では、自分の感覚ではなくお客様の声を大事にしてきたため、自分の想いから発想した事業アイデアに対して、どのくらい共感が集まるか不安はありました。

しかし、当時の自分の想いを元にして「4年前に料理をやめた。その理由」というnoteをプライベートで書いたところ、共感の声とともに拡散されてnote編集部のおすすめにも載せていただけたのです。この経験で事業の根幹の想いの部分に多くの共感を得られたことで、「自分の気持ちに正直にサービスを考えていけば良いのだ」という自信に繋がりました。

手探りで進めた事業開発プロセス

―事業開発のプロセスの中でどのようなことに苦労しましたか?

会社としてシステム開発経験が少ないこともあり、サービスのシステム開発には苦労しました。飲食店から手数料を頂くビジネスモデルのため、決済機能を付けたシステム構築が必要だったのですが、私を含めて要件定義すら経験のないメンバーばかりで、全てが手探りでした。

また、「ライオン」という企業名で事業を展開する以上、利用規約を1つ作るにも様々な配慮が求められます。法務や経理の部門と共に勉強しながら進めていきましたが、とても時間のかかる仕事でした。しかし「NOIL」というオープンな制度から生まれたサービスということもあり、社内がとても協力的だったのが助かりましたね。

―これまでのプロセスを振り返ってみての反省はありますか?

特にシステム開発周りの話で、「もっと早く、周りに頼ればよかったな」と思っています。当時は私ともう一人のメンバーの2名が中心となり二人三脚で企画を推進していました。そのメンバーが経験が少ないながらも積極的に頑張ってくれていたのですが、実は別の支援チーム側にWillも経験もある人材がいたことを見逃していました。

今はその支援チームメンバーが前面に立ってシステム開発を仕切ってくれているのですが、とてもやりがいを感じてくれ、着実に成果に結び付けてくれています。適材適所な人材を見極め、巻き込んでいく重要性を知りました。

自社の戦略と重ねてシナジーを見出す

―一見はライオン社とのシナジーは薄い事業に見えるのですが、経営層に対してはどのようにアピールしたのでしょうか?

私としては、むしろライオンらしいビジネスだと認識しています。ライオンが掲げる4つの提供価値領域のうちの1つに「スマートハウスワーク」というものがあります。スマートハウスワークの本質は「新しい家事習慣の創出」です。当社はこれまで「製品」でお客様の家事効率化に寄与してきましたが、「ご近所シェフトモ」は「サービス」として新しい家事習慣を提供できる、という捉え方をしています。

また、ライオンはお客様の日常に寄り添い、「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する」というパーパスがあります。「ご近所シェフトモ」も、月に1度頼むご褒美的なサービスではなく、毎週頼むことで忙しいお客様の可処分時間を増やせるサービス。日常に寄り添うサービスであることがライオンらしさであり、他社との差別化のポイントにもなってくると考えています。

―今後の事業拡大に向けた展望を教えてください。

今は展開エリアを絞っていますが、順次拡大していき、ゆくゆくは全国に広げていきたいと考えています。また、実証実験を続ける中で、ユーザーが子育て層だけでなくシニア層や単身者層にも広がっていることが分かりました。この兆しを掴んで、幅広いユーザーに需要のあるサービスに育てていきたいです。

さらに中長期的の構想としては、料理だけでなく、洗濯や掃除といった「生活の中でのペイン」に注目していきたいです。本事業のユーザーは、料理だけでなく、家事全般にストレスを抱えているはずという仮説を持っているので、それらを幅広くライオンが引き受けられるようになったら面白いなと構想しています。

会社を有効活用して積極的にチャレンジを

―社内起業家としての事業開発を進める中でのメリットをどう捉えていますか?

メリットはなんと言っても会社の「リソースの強さ」だと思います。熱い気持ちで奮闘できる仲間と、創業から130年以上お客様の生活向上に寄与してきたからこそのブランドと信頼は大きな武器になります。それらのせっかくの強いアセットも活用出来なければもったいないと考えているので、様々な部門の方々に細やかにコミュニケーションを取ることで、「いざというときに助け合える繋がり」を増やすよう心がけています。

一方で、デメリットはブランドがあるからこそ、失敗のリスクも踏まえて検討しなければならず、スピード感が落ちること。しかしながら、チームや社内の関連部門のメンバーは想像を超えるスピード感で協力をしてくれました。「会社が変わるためにこの事業は成功させなければならない」という共通の思いが、スピード感を生んだと思います。

―大企業の中で新規事業を立ち上げるのに向いているのはどのようなタイプだと思いますか?

大企業内の新規事業といえども、新規事業にはスピードが何より重要だと思います。しかし、スピードを重視しすぎると、やはり様々なリスクが出てきます。ここはバランスでもあるのですが、個人的には、そのようなシーンで失敗を恐れず、スピード感に比重を置きながら前に進める人が向いていると思っています。

―廣岡さん個人としての今後のキャリアビジョンを教えてください。

個人的には「ロールモデルを参考にするのではなく、自分らしく人とはちょっと違う道を歩みたい」というタイプだと思っています。今は「NOIL」の1期生として、大企業であるライオンの中で初めてのチャレンジが出来ることに面白さを感じています。

今回の「ご近所シェフトモ」事業に限らずで、今後もライオンの中でも、プライベートでも、様々な挑戦を楽しんでいきたいと思っています。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、新規事業にチャレンジしている皆さんへメッセージをお願いします。

社内起業のメリットは、会社の多大なリソースを活用して、大きな挑戦ができることだと思います。また、雇用は安定しているので目の前の事業に全力投球できることもメリットです。

恵まれた環境で自分の熱い思いを仕事にぶつけられることは、企業で働く人にとって最高の福利厚生です。

チャレンジしたい気持ちもあるのに飛び込まないのはもったいないと思いますので、ぜひ思い切って最初の一歩を踏みだしていただきたいと思います。


取材・執筆・編集:加藤 隼 撮影:永山 理子

廣岡 茜-image

ライオン株式会社

廣岡 茜

大学卒業後、2006年ライオン株式会社入社。札幌で営業職として働いた後、2009年にファブリックケア事業部に異動し衣料用洗剤の商品企画・育成に携わる。 2019年に社内の新価値創造プログラム「NOIL」に応募したアイデア「夕飯テイクアウトサービス」が事業化テーマとして採択され、2020年1月より現部所ビジネスインキュベーションで新規事業開発に携わる。 プライベートでは一児の母として、家事・育児に奮闘する日々。