Interview

【富士通】大企業同士の共創で新たな価値を創出する

【富士通】大企業同士の共創で新たな価値を創出する

富士通が主導する大企業同士のオープンイノベーションによる事業共創の取り組み。同社が黒子として関わりながら続けざまにローンチしたシェアリングサービス『CARITE』『手ぶら旅行サービス』はその代表だ。これらのプロジェクトを推進した山田氏にインタビューし、外部共創型で推進する新規事業開発の醍醐味を深掘りした。

転機となった社内公募へのチャレンジ

―まずは、富士通に入社してから、新規事業プロジェクトに携わるようになった経緯を教えてください。

2008年に富士通に入社し、金融業界の担当営業として、ハード、インフラだけではなく、お客様の事業観点からみてシステムがどうあるべきかを考えて提案するような営業業務に7年ほど従事していました。

その後、社内公募制度に応募し、新規事業の部門へ異動しました。

―社内公募制度にチャレンジした理由は、新規事業への関心からでしょうか?

そもそも富士通に入社した理由が、「デジタルで社会に新しい価値を作りたい」と思ったからでした。私は学生の頃から「世の中の不便って何なんだろう」「既存の物事や仕組みを変えたら新しい価値を生み出せるのに」ということをよく考えていたんです。

入社後は、富士通の営業としてビジネスの基礎を学んでいきつつも、モチベーションを持て余していました。頭の中ではやってみたいことを考えているのに何も実行していないことに対して、若干フラストレーションが溜まってきたというのも異動のきっかけです。

―異動後はどのようなプロジェクトから取り掛かったのですか?

まずは事業のシーズを探すところから始めます。自分のWillと会社のビジョン・ミッションが合う領域で、且つビジネスとして勝てるのはどこなのか。そういったところの擦り合わせから取り掛かりました。

異動した当時は2015年頃で、これから来るビジネス領域として「シェアリング」や「サブスクリプション」が注目されていました。例えば、AirbnbやUberですね。

しかし、その時点でAirbnbとUberに戦いを挑んでも勝てません。それならば次に何か来るのかと考えたとき、アメリカでは「ファッションシェアリング」が急速に拡がりつつあるということが分かってきた。この領域であれば、大企業である富士通の力を使うことによって、ある程度のポジションを取れるのではないかと考えて領域を定めました。

課題共有を起点としたアパレル×デジタルのイノベーション

―世界的なシェアリングエコノミーの成長を感じ取ったものの、富士通としては未経験の領域。ファッションの新規事業を生み出すためにどのようなことから始めましたか?

まさに、富士通で服屋を始めるのは、従来の会社の領域からは離れていました。まずは富士通が担うのは「アパレル企業を支えるデジタルサービスの提供」という定義をしました。ですので、次のアプローチとして、アパレルのパートナーを探す必要がありました。

―外部共創を前提とした事業開発のアプローチを考えたのですね。


ところが、従来の富士通の業務の中では、やり取りするお客様はシステム部門がほとんどです。ファッションシェアリングのプロジェクトを始めるならば、アパレル企業の現場の方々と知り合わなくてはと思い、ネットワーキングの場へ参加していました。

そこで、たまたま三越伊勢丹様のバイヤーや店頭管理者の方々と出会うことができました。ファッションシェアリングの話をしたところ、「サブスクリプションやシェアリングをやってみたいのにどう実現していいかわからない」という現場の現状が分かり、「それなら一緒にやりませんか」という提案をしました。

そのような形で2016年12月頃に名刺交換したのがスタート。 2017年1月から担当者同士で打ち合わせをスタートして、2017年4月頃には両社の責任者同士の顔合わせまで進み、2018年8月に両社の協業でファッションシェアリングサービス『CARITE』を立ち上げることが出来ました。

―非常にスピード感がある印象ですが、大企業同士の共創ということで苦労もあったのでは。双方の社内の説得はどのように進めていきましたか?

どんどんお互いの社内を巻き込んでいきました。例えば、新規事業の企画書には先方のビジネスエッセンスを入れるんです。三越伊勢丹様の来シーズンの狙い、ターゲットの年代や想定年収、嗜好性など、提案書を見せてもらいながら共有し、当社側の企画書に落とし込む。そうすると企画書にもリアリティが宿ってきます。その内容で社内に提案することで、共創パートナーのことを社内にもより良く知ってもらいました。同様に先方の社内向け企画書には、今まではなかったデジタルのエッセンスを加えていきました。

スピード感でいうと、三越伊勢丹様のビジネススパンは非常に速い。アパレルは週に一度は展示する商品を変更します。一方、私達システム側は年単位でビジネスを進めることがほとんど。スピード感も文化も違いました。この点は意識して密にコミュニケーションを取って事業開発を進め、無駄なミーティングはなかったと思います。

―開発自体も従来のウォーターフォール型でなくアジャイル型で進めたイメージですか?


当時はアジャイルという言葉が浸透しきっていなかったのですが、アジャイル型に近かったと思います。
富士通は比較的早く「Co-creation(共創)」という概念を打ち出していました。そのため、他社と信頼して関係を築いていくプロジェクトを進めやすかったです。社内の意思決定者の巻き込みもスムーズに進めることが出来ました。

―他社との共創には積極的だったんですね。三越伊勢丹との間で信頼関係をスムーズに構築できた要因はどこにあったのでしょう。

課題に対するソリューションを適切に提示出来たのが大きかったと思います。今の時代は、ただモノを売る従来のビジネスモデルを根幹から変えなければいけないため、自社に課題感を持っている会社が多いです。このままでは3年後はまだ大丈夫かもしれないけど、5年後10年後はまずい。私たち世代の人たちはみんなそう思っているでしょう。こういった課題感は皆が共通して持っていると思います。

これは富士通も同じです。従来の富士通のビジネスは、良くも悪くも納品したら一旦は受発注の関係が終了します。しかし、それではビジネスの天井がある程度見えてしまうし、何よりも、お客様がそれ以上のものを求めていることを感じていました。

―『CARITE』をローンチした後、プロジェクト検証ではどういった点を重視していましたか?


ビジネス的なニーズでいくと、すでにファッションのレンタルサービスやサブスクリプションは世の中にありましたので、toC側のニーズは一定検証されていました。私たちは百貨店側のソリューションにもなるサービス設計にも重きを置き、百貨店側のニーズ検証に注力しました。

もう1つの観点は、OMOを日本でちゃんと実装すること。当時は「オンライン・ツー・オフライン」が主流でした。しかし、私達がやろうとしたのは、オフラインからデジタルへと流し込む「オフライン・ツー・オンライン」のトライアル。なぜなら百貨店は店舗という強みを持っているからです。これはAmazonやその他のデジタルプラットフォーマーが持っていない強みと捉えていました。

―具体的にはどのような機能を実装したのですか?


例えば、お客様と販売員さんとのチャット機能を付けました。店頭で知り合った販売員さんをフォローすると、チャット上でも相談できるのです。また、店頭でQRコードを読み取れば家に帰ってからでも注文出来て、キャッシュレス決済を可能に。こうした機能がコンバージョンにどんな影響を与えるのか?という検証を重要視していました。

―オンラインサービスが優勢の中、オフライン店舗を持つ強みをどう活かすかという検証ですね。ローンチしてからの反響はいかがでしたか?


ローンチの際には、30社近いメディアの方が集まりました。想定していたKPIも達成し、手応えを感じています。

ただし、「ミレニアル世代の獲得」というのがアパレル業界全体の課題です。20〜30年ほど前にセレクトショップが1つの流行になり、その世代が大人になった現在は、顧客の高年齢化が進んでいます。若い層の顧客獲得ができていないというのは、どのリテールでも共通の課題。ミレニアル世代もしくはもう少し若い世代の消費行動を知るきっかけとしても、シェアリングサービスやサブスクリプションというビジネスモデルを掛け合わせる意義があると思っています。

多様なパートナーとwin-win関係を築くテクニック

―2019年12月には、宿泊先ホテルで旅行グッズのレンタル受取を可能とする『手ぶら旅行サービス』提供を開始。こちらはどのように事業開発を進めていたのでしょうか?

2018年2月頃から、ANA様と一緒に『手ぶら旅行サービス』に関するユーザーインタビューなどを始めていました。事前検証が完了して実際に『手ぶら旅行サービス』のシステム開発を始めたのは、2019年に入った頃です。

―『手ぶら旅行サービス』はANA以外のステークホルダーも複数関わるプロジェクト。航空・旅行、アパレル、電気機器など、異業種の力を掛け合わせた背景を教えてください。


アパレル業界には、構造的な市場飽和という課題がありました。新規顧客獲得が上手くいっていなかったのです。一方で、旅行会社では、旅行商品の熾烈な価格競争が生じています。そういった双方の課題に対し、モノ消費ではなくコト消費の考え方で、アパレル会社と旅行会社とを掛け合わせて新しい価値創出をすることに意味を見出しました。

旅行の際にホテルや車を予約するように、旅行券を手配する時にファッションも予約出来るようになったらどうだろう、と考えたのです。ホテルに到着したら、旅先で着る服が客室に届いていて、着終わったらそのまま現地で返せばいい。
このような共創プロジェクトに対して、デジタルで繋ぐことが私達の仕事です。

―ステークホルダーが極めて多いプロジェクトで、利害関係調整や取りまとめに苦労したのでは?

個人的には、異なる業界の裏側を見せていただいて勉強にもなりましたし、楽しく進められました。そもそも1社のみではスケールしないプロジェクトですので、足りないステークホルダーを徐々に巻きこんでいき、多数の企業さんが参画するような体制になりました。

―三越伊勢丹もANAも業界最大手の大企業。大企業同士での共創で事業を創るメリットとデメリットはどのように考えていますか?

大企業だからこその信用力、リソース、お金などアセットを持っているのはメリットだと思います。世の中に与えるインパクトの大きさや、カルチャーを変える影響力が持ちやすいという点は大企業の新規事業ならでは。仮に知名度のないスタートアップ企業がANA様に「一緒に仕事をしましょうよ」と提案しても、なかなかビジネスが土台に乗らないし、スケールさせる障壁も多いと思います。

デメリットは、大企業の多くは既存事業に最適化された組織なので、新規事業ではイレギュラーな処理となることが多くあり、そこの調整には苦労しました。また、組織の母体が大きいので、組織自体のミッションが定期的に変わることがあります。都度その風向きに合わせて取り組む意義を語っていく必要もありました。

―強力なアセットを持っていたとしても、使いこなすのは容易ではないですよね。山田さんが、自社のアセットを動かす上で心掛けていたことはありますか?

1人でも多くの社員に共感してもらい、仲間になってもらうこと。大きな企業で活動していると、基本的には自分の業務に関係する人としか関わる機会がないんです。既存業務に最適化された組織の中で働いて、部門目標を達成するために頑張っていますから。しかし、新しいことをやる時にはいろいろな部署を巻き込まなくてはいけません。

―他部門と関わる機会も積極的に作っていたのですか?

私は自分で社内交流会のような機会を作っていました。業務ではなかなか出会えない人とのコミュニケーションをとる場を設けて、半分プライベートな感覚で信頼関係を作っておくんです。そうしておくと、困ったときでも「実は…」と、すぐ相談できます。

逆の立場になったときも一緒ですよね。私の考えとして、基本的にはお互いwin-winになるような関係性を作れるようにこだわっています。しかし、相手のポジションやメリットを無視して、自分のやりたいことだけぶつけちゃう人も多いと思うことがよくあります。ギブをせずにテイクだけを求める人がいますが、それではいざという時に助けてもらえません。
今のメインの業務として取り組んでいるRidgelinezでのDX推進の業務では、そういったことを教えるのも役割の1つだと思っています。

自分のWillから価値を生み出す面白み

―RidgelinezでのDXのコンサルティング業務の中では、クライアントからどのような期待を寄せられることが多いですか?

新規事業開発の相談が多いのですが、まだまだ体系立っていない領域ですので、推進の上では様々な難しさが発生します。ビジネス的な観点、マインドセット、ネットワーク、組織や制度面などに課題を持つお客様がいますが、どこに課題があるかはお客様によって異なります。

例えば、アイデアの発想が良くても、1社だけではビジネスが成立しないプロジェクトがあります。どのパーツが足りないかを考えて、私たちが外部からパートナーを連れてきたり、クライアントを紹介したりすることも。ビジネスの土台が作れていないようなケースでは、私たちが一緒になって作ることもあります。

―山田さんとしては、新規事業に向いている人材のスタンス・スキルをどのように定義していますか?

いろんな分野に興味関心が向いている人は良いと思います。それと、何よりも諦めないで最後までやり切れるかどうか。やり切る前に諦めてしまっている人も多いように感じます。



―諦めずにやり切る素養はどうやって身につくと考えていますか?

好きなことを起点にして、自分のWillに合っていることに取り組むと良いと思います。好きなことは誰にでも絶対あるはずですよね。まずは「自分が好きな業界の課題を解決したい」「好きな分野で新しい価値を生み出したい」などでいいんです。その次のアプローチとして、その自分のWillを、会社のビジョン・ミッションに上手く合わせる必要が出てきますが、まずは自分の興味を大事にして欲しいです。

―山田さん個人として、今後でどのようなキャリアビジョンを持っていますか?

自分でも事業開発を進めながら、そこで得た知見をクライアント向けのコンサルティング業務にも活かす、という両輪を回していかなくてはと考えています。そうしなければ、コンサルタントとして陳腐化してしまう。一方で、コンサルティングも行うことで、打席に立つ回数が多くなります。他社の事例を自分の中に貯められますので、そこで得た知見を自分の事業に活かすこともやりながら、両業務に関わることで良いサイクルを回していきたいです。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、社内起業家や起業家を支える事務局へメッセージをお願いします。

新規事業の推進は、テレビゲームのRPGの主人公の感覚に似ていると思います。最初は何も持たないでゼロから始まりますよね。ただし、ゴールに向けたプロセスの中では、自分主体でいろいろな作戦を考えられます。自分のレベルを1つずつ上げるのか、装備を充実させるのか、仲間を探すのか。ゴールは遠くて霞がかっていることも多いですが、自分を成長させていったり、自分しか見えない道を探したりする過程が面白いと思います。

何が言いたいのかと言うと、新規事業はめちゃくちゃ面白い仕事なんです。自分の好きなことを起点にして考えられるから、自分の本来のWillを会社としてのミッションに合わせることも出来る。

そういう意味では、新規事業を経験すると、仕事人としての人生が豊かになると思います。仮に途中でダメになってしまっても、必ず次のステージに活かせます。ぜひ一度はチャレンジしてみていただきたいと思います。


取材・執筆・編集:加藤 隼 撮影:永山 理子

山田 修平-image

Ridgelinez株式会社

山田 修平

2008年に富士通株式会社に入社。金融業界担当の営業としてキャリアをスタートし、社内公募制度にて新規事業部門へ異動。 2020年4月より、富士通が設立したDXコンサルティング企業「Ridgelinez株式会社」に出向し現職。サブスクリプション、シェアリング、OMO*を実現する「Dassen boutique」事業の立ち上げに責任者として携わり、三越伊勢丹「CARITE」、ANA「手ぶら旅行サービス」をリリース。 現在は、「Dassen boutique」の事業拡大に従事しながら、DX、新規事業開発、イノベーション創出のアドバイザリー、実行支援に取り組む。 (* Online Merges with Offline:オンラインとオフラインを融合させ顧客体験を最大化させる施策)