Interview

【Moon Creative Lab】革新的制度で「起業家創出」を後押しする

【Moon Creative Lab】革新的制度で「起業家創出」を後押しする

企業内新規事業創出を推し進めるためには、アイデアを生み出す社員のほか、その仕組み作りも重要だ。三井物産は、連結子会社含む45,000人以上の社員や組織からの公募で新規事業を発掘/育成するベンチャースタジオとして「Moon Creative Lab(以下Moon)」を米シリコンバレーと東京に立ち上げた。Moonの意思決定は三井物産本体から独立した形で行われ、起業経験者、エンジニアやデザイナーなど、Moon所属の専門人材登用にも積極的。社員個人、子会社や営業部から幅広くアイデアを抽出し、事業化を目指している。今回は、MoonのPresident兼CEOである横山 氏に、Moonの事業創出の仕組みや支援側としてのビジョンについて話を伺った。

事業創出と人材育成の両輪を回す

―まずは三井物産に入社してからMoonのCEOに就任するまでのキャリアを教えてください。

新卒入社から25年間にわたって三井物産で働いていますが、新規事業立ち上げのキャリアが殆どです。入社後の2年間は経理に配属され、ファイナンスを勉強。その後はヘルスケア領域が長く、医療機器の輸入販売や国内製造、新会社設立、投資や病院経営などに幅広く携わりました。若い頃には6年半程ベルギーに駐在し、ヨーロッパで新規事業の立ち上げや新会社の設立を担当し、25カ国に跨る消費財のサプライチェーン構築も経験しました。

そうした経験を積んだ後、経営企画部で「長期業態ビジョン策定」のプロジェクトに携わり、それがきっかけでMoonを立ち上げることになりました。

―どのような背景からMoon立ち上げに至ったのでしょうか?


三井物産の長期業態ビジョンの中で「“つなぐ”から“つくる”へ」という方針を策定しました。現在の三井物産の事業はトレーディングや投資といった「つなぐ」領域が強い一方で、新しい事業を創出する「つくる」という領域はまだまだ磨く余地があります。

長期業態ビジョン策定の中で「変化の激しい時代背景の中、投資を主軸とした事業形態のままで、長期的に成長し続けることは出来るのか」という疑問が出てきました。主体性を持った人は育つのか。変化を自ら感じる事ができる現場経験の場は十分にあるのか。投資先の事業が上手く回らなくなった時に、次のビジネスを主導していく人間が潤沢に育っているのか?という課題です。

Moonの立ち上げにあたっては、そういった課題感も踏まえて「ビジネスを主体的につくる人材の育成」の目的も込めています。三井物産は歴史的に「社会の変化や流れがどう変わったとしても、しっかりとした人を育てておけば、それが次の新しい事業を生み出す芽になる」という考え方を持っています。そういう意味では、新規事業に挑戦していくDNAは昔から存在していましたので、Moonは今の時代にあったその新しい形の模索なのだと思っています。


―「事業創出」と「人材育成」の両輪を回していく構想なのですね。


三井物産はトレーダーでありインベスターの側面が強く、中間者のような立ち位置がメインですので、基本的には前面に立って事業開発をすることは少ないです。

一方で、Moonにおいては、事業のプロジェクトオーナーが事業の全てを前面で仕切ります。投資業務ではなく、本気で事業創出を目指してもらいながら、そのプロセスの中で、事業開発人材を育てることを狙いとしています。

―Moonの公募制度をリリースした際の反響はいかがでしたか?


Moonでは関係会社も含め45,000人以上の社員や組織からアイデアの種を募集していますが、出だしの反響は非常に良かったですね。ただし、もちろん既存事業に集中したい人、すべき人も多いです。Moonとしても、好調な基幹事業のエースを抜き出してまでMoonに応募して欲しいとは思っていません。既存のコア事業部が努力に努力を重ねて潤沢なキャッシュを創出しているからこそ、新規事業へのチャレンジが出来ると思うので、そこはバランスですね。

三井物産では幅広い産業で日々現場の事業に深く刺さり込んでいる人が多くおりますが、そうした人々が雑談の中で「この産業、もっとこうだったらいいのに、もっとこうしたら面白いのに」という話がよく出てきます。まさにそういった直感やアイデアこそが新たな事業のタネになると信じていますので、Moonはそれらを拾い上げる新しい装置になれればと考えています。

一方、45,000人から一気にアイデアを求めるというのは現実的ではないので、2,000〜3,000人くらいの社員と日々コミュニケーションを取りながら、継続・安定的に新規事業にチャレンジしてもらうようなイメージで進めています。

外部人材登用が与える化学変化

―外部の専門家の積極雇用はMoonのユニークな試みの1つだと思いますが、どういった狙いで組織を設計されたのでしょう?

0→1の新規事業を連続的に生みだすために「事業をつくることが出来る本当の専門家集団にしたい」という考えがありました。三井物産の中にいる人間だけで組織を作ると、どうしてもケーパビリティが似通ってしまいます。起業に不可欠な発想力や、アイデアを人に伝えるビジュアライズ・ストーリーテリングのスキル、更には早くプロトタイプを世に出して小さな失敗を繰り返しつつその経験を内部蓄積するためにどうしたら良いかを考えた結果、デザイナーやエンジニアの内製化が必要だということが分かりました。

従来であれば開発等も外注することが多かったのですが、Moonでは知見として貯める必要性の薄い仕事以外は内製化して、直接雇用で集めています。事業のプロジェクトオーナーは、コーディネーションや仕切りをするだけでなく、デザイナー・エンジニアと一緒に事業を考えて進めてもらいます。

―三井物産のカルチャーと外部人材が混ざることで、どのような変化が生まれていますか?

Moonのプロジェクトオーナーと話すと「自分がこんなに成長すると思わなかった」と言ってくれる人が何人か出てきています。

プロジェクトを進めるためには、様々なスキルやノウハウが必要ですが、Moonでは日々の仕事を手とり足とり教えてくれるような上司もプロセスも何もありません。もちろん起業経験者をはじめとするメンター陣はいるので、一定の教育はしますが、これまでに新規事業の経験がない人でも、Moonでのプロジェクトが始まった瞬間から「それじゃ君に任せたぞ、頑張ってね」と全ての意思決定を任されます。必要な人材もお金も用意していますが、事業オーナーとして自分で考えて前に進まなければいけません。そうした環境の中でMoonの専門人材と一緒に仕事を進めていくことで、刺激を受けながら成長に繋がっているようです。


―外部人材の直接雇用等も含めて、柔軟な組織運営が出来ている印象ですが、意思決定の権限は本体と独立して持っているのでしょうか?

やはり新規事業においてはスピード感が重要です。Moonでは一定金額の範囲内であれば本体にお伺いを立てずに投資の意思決定をしますので、スピード感と自由度を保ちながら事業を進めることが出来ていると思います。

これは、三井物産としても新しいチャレンジなのですが「Moonでは失敗があってもいい。経験を多く積み、そこから学び、早く次へ進もう。」という視点を持つようにしています。

―本体経営陣としての本気度も感じますが、Moonでの事業創出については長期で腰を据えて取り組んでいく想定でしょうか?

三井物産の経営幹部としても、腰を据えて長期コミットによる成功を願ってくれています。2000年代前半ではヘルスケア事業が経営幹部による長期コミットの成功例です。新しく挑戦する領域では長期目線でコミットしないと簡単には軌道に乗らない事が多いですが、ヘルスケアの領域も経営幹部が我慢に我慢を重ね、地道に長期コミットを継続した歴史から目が出た経験値があるのです。その時と同じ様な懐の深さでMoonに対しても長期コミットの姿勢で臨んでもらえています。

ただし、予算と権限を持たせたからといって、放置しているわけではありません。Moonのプロジェクトオーナーは、3ヶ月ごとに投資の意思決定機関に対して事業進捗を報告しながら、目標と進捗のギャップを振り返りつつ、次のアクションを随時ブラッシュアップするサイクルを回していますし、三井物産の経営会議でも定期的にMoonの進捗を確認して進めています。

―事業への投資は段階的になされていくイメージでしょうか?

マイルストーンごとの目標達成に関わらず、投資の必要性が合理的に説明出来ていて、意思決定機関が納得すれば、順次必要額を投資していく仕組みです。

また、三井物産本体ではプロジェクトに明確な撤退基準を設けているのですが、Moonではそのルールに当てはめずに事業育成をしています。大企業発の事業ではあるものの、現実的には外部のスタートアップに限りなく近いスタイルを取っていると思います。

壁は「失敗を恐れる」マインド

―Moonで実際に走り出しているプロジェクトにはどんな特徴がありますか?

三井物産本体が「アジア」「ヘルスケア」「環境」に注力していることもあり、日本を含めたアジア関連のプロジェクトやヘルスケア関連、新エネルギー領域に関するプロジェクトが多くなっています。

また、Moonでは個人/組織に関わらずアイデア応募が可能です。個人の場合は所属している部署とは関係なく、本人が手を挙げます。一方、組織からの応募の場合は、部署単位で新規事業を進めてもらいます。

Moon立ち上げ当初は個人応募が多かったですが、部門長とコミュニケーションを取ってMoonについて知ってもらうようにしたところ、組織単位でのアイデア応募も増えてきています。

―組織単位での新規事業創出をMoonの中で進めるメリットをどう整理していますか?

三井物産の中にいるとどうしても正攻法でじっくりと間違えないように事業開発を進めてしまいます。部門内で新しいことを始めるときは「部門業績にマイナスの影響を与えないか?」等の観点を慎重に精査しして進める必要があります。

そういった時にMoonを頼ってもらえると、部門業績への悪影響や稟議制度に則った正攻法で時間のかかる進め方から切り離して進めることが出来ます。小さな失敗を繰り返し、そこから学び、良くしていく事が自由にできるのです。外部人材を積極登用しているので人手もアイデアも豊富です。そのような意味では、既存事業部門にとっても役立つことが出来ると思います。

―立ち上げから3年間運営する中で見えてきた課題はありますか?

最も大きい課題は「失敗を恐れるマインド」という壁だと考えています。

三井物産の仕事は、基本的に大型の投資案件が中心です。失敗を恐れずに仕事をするのではなく、絶対に失敗してはいけないのが当たり前です。その経験が影響して「失敗を恐れる」というマインドが刷り込まれてしまっているので、どんどんチャレンジするカルチャーへ変えていくのに苦労しています。

―具体的にはどのようなシーンにおいて感じることが多いですか?

例えばですが、アイデア応募の際に、事業内容だけでなく、コスト計算等まで完璧に仕上げてから相談に来るケースが多いのです。しかし、応募の段階でそこまで構築してしまうと、逆にアイデアが凝り固まってしまいます。

Moon出向後の事業推進のシーンでも、失敗を恐れるマインドによる弊害は発生しています。「必ず達成できる目標」を掲げてしまう人が多いのです。目標設定を高くすること自体に渋る人もいますし、達成出来ないと悲壮感漂う表情になる人もいます。

ただし、カルチャー醸成は一朝一夕に出来るものではないと思うので、これからも試行錯誤していきたいです。

Moonが目指す未来ビジョン

―Moonはまだまだ発展途上にあると思いますが、短期・中長期での構想を教えてください。

まずは「Moonでのチャレンジに意味がある」という実績を証明しなくてはいけません。小さくても良いので、新しいビジネスを生んで世に出すのが短期的な目標です。

中長期的には、普通の人でも新規事業を立ち上げる、新会社を立ち上げる、という事が当たり前にできるようなエコシステムを構築していきたいですね。「日本の大企業を含むもっと多くの人たちからスタートアップが生まれる」ということを発信出来れば、海外からも「日本は面白い国になったものだ」と目を向けてもらえるでしょう。

日本もかつては「先進的なものづくりの国」とみなされていました。近年でも、おもてなしや細部へのこだわり、丁寧さという独自の魅力を持っていますが、残念ながら「新しいものが生まれる国」という印象は持たれていません。日本を再び、新しいものを生み出す国にしたいと考えています。

―ボトムアップでのチャレンジを継続的に盛り上げていくために、どのような点が重要だと考えていますか?

まずは小さくても良いので結果を具体的に示すことだと考えています。幸いにもMoonのプロジェクトが少しずつ形になってきていますので、それらを発信していくことも重要だと考えています。

もう1つは、Moonで事業を創った人間を正当に評価していくこと。 三井物産という大きな会社では、基幹事業に関わっている社員にスポットライトが当たりがちになります。それはある意味当然なのですが、Moonでの挑戦者にもしっかりスポットライトを当てていきたいのです。

Moonの社名は「夜道を照らす月光のように、挑戦するあなたの未来への道筋を照らす」という意味を込めました。新規事業のチャレンジは上手くいけば光に照らされますが、そのプロセスは誰も注目してくれません。そこにスポットライトを当てていきたいと思っています。0→1の事業を創る難しいチャレンジに臨む人に対して「あなたは注目されていますよ、評価されていますよ」と思ってもらえるような仕組み作りを目指しています。

―「失敗を恐れないカルチャー作り」に挑戦しているとのことですが、大企業の社員が起業家へと変革するために必要なスタンスとマインドをどう捉えていますか?

「言うは易し、行うは難し」なのですが、「自分で考えて自分で判断してリスクを取って行動出来ること」は重要だと思います。新規事業を進める上で大事なのは「答えに飛びつかないこと」です。答えが分からなくても平気で、自分で考えて進められる人は強いです。そういう意味では、いわゆる従来の大企業で活躍する人とは対局の人物像とも言えるかもしれません。三井物産でも、徹底的に事前調査し、最も確率が高い正解に向けて動く働き方が多いです。

しかし、0→1の新規事業創出の場合に限っては前例も正解もないことが多いです。自分で考え、問いかけをし、ビジュアライズして、コミュニケーションして伝えていく必要があります。

元々は起業家タイプではなかった人が、後天的な経験によって変化していくこともあると思うので、Moonで影響を受けて起業家人材へと変わっていくようなケースも期待したいと思っています。

―いわゆる従来型の優秀なサラリーマンタイプの人の殻を破らせるには、どのような支援が必要だと考えていますか?

「環境を用意すること、徹底して答えを与えないこと」だと思います。なるべく気づきを与えるような問いかけをして、そこを起点に良い思考を引き出し、自分で答えを考えさせる機会を与えていきます。これが非常に難しいのですが、Moon社内にはこのような行動様式を引き出すことを得意とする専門家もいて、よく助けてもらっています。

そういう意味でもMoonが目指しているのは、「人をトランスフォームするカルチャー創り」。我々の考え方に共鳴し、カルチャーとビジネスの両方を創ることに興味がある人を集めています。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、新規事業にチャレンジしようとする皆さんへメッセージをお願いします。

新規事業創出をミッションとする皆さんに対しては「情報共有しながら一緒に歩んでいきましょう!」というメッセージを伝えたいです。我々も模索しながらMoonを動かしています。0→1にチャレンジしている者同士で知見やノウハウを共有していきたいものですね。会社間で壁を作らず、他社さんとも情報を共有して、新規事業創出の機運自体を盛り上げていくのが理想だと思っています。

私自身のMoonの経験でお話しすると、事業が立ち上がっていく過程の中でプロジェクトオーナーがとてつもない成長を感じている時に、一番やりがいを感じました。そんな風に「事業を創る人材が育つカルチャー」を外部にも発信していくことで、日本の若者の希望になっていけたら、と考えています。

現代の若者の選択肢として「リスクを取って起業するか、大企業で安泰を選ぶか」という二者択一なパターンが出来つつあります。でも本当は、その他の中間の選択肢があっても良いと思うんですよね。我々のMoonでのチャレンジが若者にとっての1つのエキサイティングな希望になれたら、という理想を抱えながら、今後も邁進していきたいと思います。


取材・執筆・編集:加藤 隼 撮影:永山 理子

横山 賀一-image

Moon Creative Lab Inc.

横山 賀一

Moon Creative Labでは、主に起業家のメンタリングやビジネスの戦略策定を担う。三井物産では、ヨーロッパにおける消費財サプライチェーンの構築からアジアにおけるヘルスケアビジネスの拡大に至るまで、多様な領域で新規事業の立ち上げや新会社の設立を担ってきた。