Interview

【JR東日本_BUSKIP】新規事業によって「幸せ」を創り出す

【JR東日本_BUSKIP】新規事業によって「幸せ」を創り出す

JR東日本は、社内新事業創造プログラム「ON1000」によって、社員から新しい価値を生み出すアイデアを募っている。個の発想からイノベーションを起こすことを目指し、未来に向けて事業をスケールさせるための取り組みだ。そんな「ON1000」の第1期生として採択された奥田氏は、自らの原体験をもとに、観光バスツアーの空席を個人旅行の移動手段として利活用する事業「BUSKIP」の事業開発を進めている。初めての新規事業へのチャレンジの中で、手探りで事業開発を推し進めたプロセスや新規事業にかける想いを伺った。

自らの体験を元に事業アイデアを構想

―まずは入社してから経験してきた業務について教えてください。

2014年に総合職として入社しました。鉄道部門ではなく生活サービス部門としての採用だったので観光推進業務に携わることもなく、駅ナカ店舗・商業施設の運営がメインの仕事でした。グループ会社に出向していて、首都圏での業務が中心でした。

その後、本社に戻るタイミングで仙台への異動があり、オフィスビル開発や地域イベントのスケジュール管理、イベント企画を担当しました。研修で仙台駅の改札員をやっていたこともあります。

―新規事業に関わり始めたきっかけは、社内公募制度への挑戦だったんですよね?

2018年に「ON1000」というアイデア募集型の新事業創造プログラムが社内で発足しまして、そこに事業アイデアを応募したことがきっかけです。初年度のプログラムにエントリーしました。

―当時の審査を通過した事業アイデアについて教えてください。

バスツアーの空席を分割販売して活用して「観光スポットまでのラスト10マイルの移動」をしやすくする事業です。

このアイデアが原型となって「BUSKIP」事業が出来ました。弊社がバスツアーに関する旅行商品の販売プラットフォームを作り、複数の旅行会社と連携し、2種類の商品を販売します。1つは、従来通りのバス旅行商品。そして、もう1つは今まで販売されていなかった商品です。バスツアーの行程を分割し、行きたい観光スポットだけを巡る観光ルートとして利用出来るようにしました。

―観光スポットまでのアクセスの不便さを解消するソリューションですが、観光バスに着目した理由はどのような背景ですか?

観光地の主要駅までは新幹線や飛行機等、様々なアクセス手段がありますが、主要駅から観光スポットまでの移動手段が十分にない観光地も多いです。観光パンフレットのアクセス情報を読むと「車でXX分」と書かれているようなスポットも多く、どうしても観光の行程の中に入れられずに諦める人が少なくありません。

その一方で旅行会社に目を向けてみると、空席が一定量余っているという課題感を発見しました。そこで、観光スポット間をダイレクトに移動しているバスツアーの空席を集めて分割し、新たな旅行商品として再活用することで、個人旅行の旅先での移動を簡単にするという構想を考えました。

―どのようなモチベーションから「ON1000」に挑戦してみたのでしょうか?

普段暮らしていて「こんな風になったらいいのにな」と思うことをメモするのが好きでして。メモをしながら「他の人も困っているんじゃないか」「どうすれば解決出来るだろう」というアイデアを沢山貯めていたんです。

「ON1000」は、自分で制約なく考えたアイデアをプレゼン出来るのが面白いと思いました。実は、応募時にはアイデアを4つ出していて、そのうち1つの企画が今回の審査を通過して仮説検証を進めることになりました。

―着想としてはtoC/toB両方の視点から考えたのですか?

もともとはtoC側の視点から考えた事業です。私自身が、観光に関する交通事情について全く知らない人間でした。仙台支社で勤務していた時に、いろいろな観光地に行こうと思ったのですが、効率良く巡ることに苦労しました。駅から観光スポットまでのアクセスが限られていたからです。

そんな中、仙台駅から出発してタクシーなどを乗り継ぎ、なんとか到着した観光地で、大きなツアーバスからぞろぞろと降りてくる人たちがいて、観光が終わったら、またバスに乗って移動を続けている様子を目にしました。この光景を元に着想したのが始まりです。

ヒアリングを繰り返した検証期間

―検証期間の中では、どのような検証活動をしていましたか?

この事業のターゲットは、主に地方/公共交通が少ないエリアと設定していました。まずは、そういった地方での旅行経験が豊富な人に対して、観光地での移動に関わる課題ヒアリングを行うところから検証を始めました。最初のフェーズでヒアリングをしたのは30人ほどです。検証活動にあたっては、初めての新事業開発プログラムの1期生ということで注目もされていましたので、社内でヒアリングに協力してくれる人もいました。

―toC側の検証はスムーズに進んだのですね。toB側の検証はどのように進めましたか?

toB側も同様に、まずは量的なヒアリングを進めていきました。当時の私は観光業界の知見もネットワークもなかったのですが、社内の担当メンターにサポートしてもらって、まずは社内の観光関連部門と繫がりに行きました。そしてその部門経由で旅行会社とも繋がりを持つことが出来て、十分な量のヒアリングを進めることが出来ました。

―当初の仮説から実際の検証活動を通してアップデートした点はありましたか?

「バスの座席を分割して空席を売る」という根幹のアイデア自体は、応募時の仮説がしっかりはまったので、大きな変更はありませんでした。

しかし、事業化検討にあたって、当初の仮説のみでは商品のボリュームが出しづらく、コスト負担が難しそうということがわかりました。旅行会社側の視点では、分割販売のためだけに商品情報を入力することは手間の割にメリットが少なかったのです。そのため、通常のバスの旅行商品も合わせて販売するアイデアに変更しました。

―パートナーとなるtoB企業側との提携はスムーズに進みましたか?

当初、旅行商品はすでにWeb上で販売されているものなので、システムの仕組みさえ作れば簡単に連携出来ると思っていたんです。しかし、旅行商品は旅行会社の自社サイトのみで売られていることも多くありました。ホテル宿泊や航空券であれば、宿泊予約サイトからでも買えるのが一般的ですが、旅行商品は外部に在庫を共有していないケースも多いことが分かってきました。

さらに旅行会社では、バス会社とのやり取りやお客様への告知もダイレクトメールや用紙の手渡しなど、紙ベースが主流。提携の提案をする中で「想像がつかない」「うちの会社でやるのは難しい」という声をいただくことも多かったです。

―アナログな慣習が残る企業も多い中で、どのようにして事業への理解を促したのでしょうか?

事業構想に担当者の方自身が共感してくださった企業は前向きに捉えて支援してくださいましたが、全体としては新型コロナウイルスの影響が大きかったです。今まではインバウンドで十分な収益を上げられていて、自社サイトのみでの商品販売のみで十分だった企業もあります。しかし、コロナウイルス影響でインバウンド需要がなくなったことにより、新しい収益獲得のためのアプローチを考えなければならない状況を迎えました。この転機によって、前向きに導入を考えてくれる旅行会社が増えました。

―旅行会社へのパートナー提携交渉にあたってはどのような提案をしましたか?

最初は「事業のビジョンや社会的な意義」を中心に話をしていたのですが、それだけでは導入工数のハードルを超えることが難しいことが分かりました。そこで「導入によって提供出来る具体的なメリット」について、定量データを交えながら示すようなアプローチに変えていきました。その前の段階で実証実験を行っていて実売の実績数値もあったので、説得力のある提案をすることが出来たと思います。

1,000件越えの応募の中からの事業化採択

―「ON1000」の第1期生としてのチャレンジだったとのことですが、当時の応募数はどのくらいのボリュームでしたか?

エントリーとしては「1000件超」の応募があって、書類審査・社長審査等の様々なプロセスを経て、事業化に向けて動いているのは私の事業を含めた3件です。

―非常に高い倍率ですが、ご自身の事業が通過したポイントはどこにあると分析していますか?

「未知の事業領域で新しい価値を生み出す」というプログラムのコンセプトにマッチしていたことに加えて、「既存事業にもメリットがある事業である」という具体的なストーリーを示した点が評価されたと考えています。

―検証期間中は通常業務と新規事業の兼務だった思いますが、どのような点で苦労しましたか?

仙台支社での通常業務との兼務をしていたのですが、当時はオンライン会議が主流ではなかったので、ひたすら東京と仙台を往復する日々でした。自分の新規事業を強烈に推進したい思いがありつつも、私のチャレンジを応援してくれている同じ部署の人たちに対して、仕事で還元することが難しいシーンが出てくるというもどかしさがありました。

―部署の皆さんにも応援される関係を築いている点が素晴らしいですね。

兼務が始まる前から「ON1000に応募したいんです」という意思をはっきり示していたことは良かったと思います。実際に審査を通過した後に「実は応募していて審査通過したので、兼務で忙しくなります」では、同じ部署の人たちも困ってしまいますよね。上司を含めた自分の部門に対して、雑談レベルで良いので意思表示をしておくことは重要だと思います。

―第1期生として事業開発を進めるならではの難しさはありましたか?

特に法的論点の整理には苦労しました。会社にとっても前例がない事業であるため、社内法務部門に相談しても100%の確証を持てないこともありました。事業化を進める上では、続々と新たな問題や確認点が出てきますので、その度に常に振り回されるのは大変でしたね。

―御社の基幹事業では「安心/安全」が最優先ということもあり、よりハードルが高かったと想像しますが、どのように乗り越えていきましたか?

特に法律に関わる事柄はクリティカルなので、想定出来る懸念に関しては、常に各所に対して先回りして確認・共有しておくようにしました。社内だけではなく、国土交通省や観光省等の関連省庁にも事前の共有を徹底していました。

―システムの要件定義・プロジェクトマネジメントも奥田さん主導で進めましたか?

私は文系畑ということもあり、まずはシステム関連の用語を理解するところから始めました。自分で勉強しながら、社内でシステムが分かる人に壁打ちしてもらいながら進めていきました。全てを自分でやろうとせず、社内外の助けてくれる人を見つけて、頼る部分は頼ることも重要だと思います。

新規事業で「幸せ」を創りたい

―今後についてはどのような事業戦略を描いていますか?

2021年4月から正式ローンチとなるのですが、まずは東北エリア限定で展開する予定です。最初から手広くエリアを拡げすぎずに、特定エリア集中でオペレーションの磨き込みを行っていく狙いです。その後は順次拡大し、東日本のみでなく、九州や四国でも展開していきたいです。

―さらに中長期の目線では、どのようなチャレンジをしていきたいと考えていますか?

この事業を旅する時間の楽しさを最大化するサービスにしていきたいです。旅行では目的地や行程を事前に決める人もいますし、もっと柔軟にカスタマイズしたい人もいるでしょう。

例えば、実際に観光地に訪れてみたら想像より素敵だったので、もっと長くそこにいたいと思っても、次の時間の交通手段を逃すと乗り換え時間が長くなるので後ろ髪をひかれながらも離れないといけないことはよくあると思います。ふと「行きたい」と思う観光地があっても、交通手段がないために諦めることも少なくありません。

「BUSKIP」では、その時その場で「行きたい」と思った観光スポットがあれば、それらの場所を結ぶ観光ルートを安価に提供することを理想の世界観として考えています。現状のBUSKIPシステムは各商品の購入締切日までの事前予約が必要ですが、バスにGPS とスマホやタブレット端末を搭載すれば、リアルタイムでお客様とのやり取りが可能になります。徐々にシステム面も整備していって、そういったより価値の大きいソリューションを提供していきたいと思っています。

―奥田さんが考える新規事業に向いている人の特徴を教えてください。

ガッツは重要だと思います(笑)。社長審査の時も「元気がいいね」と言っていただき、印象に残った部分はあるかもしれません。プレゼンでもある程度覇気を出せないと、事業を実現出来る人間だと思ってもらえないと考えています。

また、周りを全く見ないで「自分はこれがやりたい」という願望だけを言っても周りから信頼を持ってもらえません。人の意見や世の中の情報を広くキャッチしつつ、自分の方針や考えをしっかりと伝える力も大切だと思います。

加えて、特に大企業の中で新規事業に取り組む場合は、本業に対するリスペクトも必須だと思います。私自身、これまで沢山の人に応援してもらいながらここまで来れましたが、常に既存事業で頑張っている人たちに感謝しながら取り組んでいます。

―奥田さん個人としては、今後でどのようなチャレンジをしていきたいですか?

まずは「BUSKIP」事業をしっかり立ち上げることを前提としての話ですが、全くの別ジャンルでも新規事業を立ち上げて、世の中に新しい幸せや価値を届けていきたいです。

立ち上がる新規事業を創出することは「生きた証を残すこと」に繋がると思っています。両親をはじめとした、これまでお世話になった人たちに対しても、価値のある新規事業を創ることによって恩返ししていけたらと思います。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、新規事業にチャレンジしている皆さんへメッセージをお願いします。

新規事業開発は、楽しいだけではなく「産みの苦しみ」が伴いますが、「世の中の不便を解決して幸せを作る」という仕事なので、それは絶対に意味のある苦しさだと思います。

私の場合はもともと「世の中がこうなったらいいな」という想いが新規事業へのチャレンジのきっかけで、「社会に対して幸せを届けたい」という一心で事業開発を続けています。

私の「BUSKIP」の場合は、しっかり事業を立ち上げていくことが出来れば、観光地へのアクセスに困る人が少なくなります。そのような意味で、事業立ち上げは「幸せを作る作業」だと思っているんです。そういった楽しさを見出しながら、「産みの苦しみを味わいたい」と思える人には、ぜひ新規事業にチャレンジして欲しいと思います。


取材・執筆・編集:加藤 隼 撮影:永山 理子

奥田 結香-image

東日本旅客鉄道株式会社

奥田 結香

2014年に東日本旅客鉄道株式会社に新卒入社。商業施設の運営・リニューアルに従事。2017年に仙台支社に異動し、オフィスビル開発等を担当。 仙台を起点として東北エリアをくまなく旅する中で感じた地方の観光二次交通の課題の解決を目指した事業アイデアを社内新事業創造制度に応募。経営層による審査を通過し、2020年に事業創造本部に異動。現在は「BUSKIP」事業の立ち上げに従事するとともに、社内新事業創造制度の運営にも携わっている。