Interview

【小田急電鉄】獣害問題を起点とした「地域作り」の新規事業

【小田急電鉄】獣害問題を起点とした「地域作り」の新規事業

小田急電鉄には、既存の事業枠組を超えたアイデアを公募する社内事業アイデア公募制度がある。新しい価値提供と社会課題解決を軸にビジョンを描き、ビジネスを生み出す「climbers 」だ。climbersに応募し、提供価値が曖昧になりがちである社会課題に対してユニークな視点で挑んだのが有田氏である。狩猟を楽しみたいハンターと獣害に悩む地域をつなぐ事業である「ハンターバンク」をスタートさせた。企画の着想や開発プロセス、新規事業に挑むマインドセットなどについて話を伺った。

「獣害問題」というユニークな社会課題への着想

―まずは有田さんのキャリアついて、入社からどのようなお仕事を経験されてきたか教えてください。

2014年4月に新卒入社し、最初の3か月程は駅員の仕事をしていました。その後は、小田急百貨店新宿店の婦人ハンドバッグ売り場での販売業務、電車の保線や車両の整備現場を体験し、9月中旬にIT推進部(現デジタルイノベーション部)という社内情報システム部門に配属されました。

2018年7月にグループ経営部へ異動し、グループ会社の経営管理担当に。2019年4月からは経営戦略部に所属しています。

―経営戦略部への異動は、社内新規事業への応募がきっかけだったのですか?

「climbers(クライマーズ)」 という新規事業のアイデア公募制度に応募し、審査を通過して異動しました。もともと学生時代から地域づくりに興味があり、それが小田急電鉄に入った理由でもありました。鉄道会社は地域作りにも深く関われる仕事です。弊社のclimbersも、地域の社会課題解決という点にフォーカスしています。

―有田さんが提案した「ハンターバンク事業」は狩猟をテーマとした新規事業。ユニークなアイデアはどこから来たのでしょう。

私は大学時代に登山をしていたんです。山小屋や山の中で会う人たちと会話をする中で、シカやイノシシが増えたために山の生態系が荒れていることを知りました。

鉄道会社としては、列車とシカが衝突してダイヤが乱れる問題もあります。お客さまに多大なご迷惑をおかけしますし、弊社としても経済的ダメージが大きく、関わりが大きい問題といえます。

―ハンターバンク事業の狙いを教えてください。

ハンターバンク事業は「獣害問題」の解決を目指しています。問題は大きく3つに分けられ、農業被害、林業被害、生態系への被害です。対策としては、一般的に「攻めと守り」の方法が取られています。

守りの対策は、畑などに柵を付けて獣の侵入を防ぐ方法です。農林水産省が予算を確保しており、補助金で柵を付けられるため、被害は減ってきています。ただし、それでも害獣といわれるシカやイノシシの頭数は増加傾向にあるのが現状です。

そこで攻めの対策は駆除捕獲ですが、担い手であるハンターが高齢化を迎え減少しています。かつては60万人いたハンターが、今は20万人ほど。地域のハンターの集まりである猟友会も持続性が危ぶまれています。若い人たちがもっと狩猟の世界に入り、駆除捕獲を地域で回せるようにする必要があります。

―「狩猟の担い手確保」もハンターバンクの狙いということですが、若い世代の狩猟への関心についてどう考えていますか。

ここ最近、若い人の狩猟免許取得数は伸びています。私も2019年11月に東京都で試験を受けたのですが、申込は長蛇の列でした。しかし資格取得後に実際に狩猟をしているかというと、半分以上の人はしていないと言われています。私は「ペーパーハンター」と呼んでいますが、免許を取った後に狩猟を始めるハードルが多く、かつ高いことが原因と考えています。

―ハンターバンクは、狩猟を始めたくても始められない若者にとってどんなメリットがありますか?

狩猟する場所を探している若手のハンターと、害獣を駆除してほしい農家さんなどをマッチングします。地域の行政や農家さん、林業者さんは「誰でもいいから害獣を駆除してほしい」という要望を持っています。
一方で若者は、狩猟に対して様々なハードルを感じています。

まずは場所のハードルです。基本的に狩猟を行う場所は、行政が定めているエリアであれば問題ありません。しかし、実際に狩猟をするには地権者さんの承諾が必要です。次に、猟友会に対するハードル。60歳以上が中心のコミュニティですし、新規に入会することをためらう若者もいると聞いています。

こうした若いペーパーハンターと地域をマッチングさせるのがハンターバンクです。

ハンターの裾野を拡げる仕掛け

―初心者ハンターへのサポート内容を教えてください。

マッチングの仕組みだけあってもダメで、ほぼ素人のハンターが狩猟を行うにはサポートが必要です。駆除捕獲を行うために、まずは行政への許可申請書類提出が必要ですが、そのための手続きには、平日に時間コストをかけなくてはいけないのもハードルになっています。ハンターバンクはこうした手続きの代行も行います。ユーザであるハンターはスマホから代行依頼が可能です。

次に道具のサポート。「狩猟道具は何を揃えたらいいかわからない」「道具の調達が難しい」という初心者の悩みに対して、月額制レンタルサービスを設けています。

―初心者ハンターに対して技術面のサポートもしているのでしょうか。

狩猟の教科書のような本を読んだり、YouTubeで公開されている狩猟動画を見る方法もありますよね。

しかし、現実の狩猟は座学通りにはなかなかいきません。従来であれば猟友会に入り、師匠のようなハンターと一緒に狩猟をして学んでいきます。ただ、母数が少なくなっている猟友会で、相性が合う人を見つけるのは大変です。猟友会は上下関係や、職人のようにウェットなコミットメントが求められる場合もあり、若者が継続しづらいようです。

そこでハンターバンクでは、ある意味ドライに「お金で解決する仕組み」を採用しました。若手ハンターへの指導金額を決め、1回ぽっきりから技術指導を受けられるようにしています。若者からするとハードルが下がりますし、地元のハンターさんとしてもある程度の収入源になる方法です。双方にとって良い形での技術面のサポートを目指しています。

―狩猟というユニークな領域において、工夫が必要だった点はどこでしょう?

初心者ハンターを対象としたサービスですので、取り扱う狩猟方法を絞る必要がありました。狩猟の方法は大きく分けて3パターンあり、銃猟、くくり罠、箱罠です。

それぞれ利点があるものなのですが、まずは「ハンターの安全性」という観点から検討しました。「初心者ハンターが安全に狩猟出来るか」という点で考えると、暴発や誤射のおそれがある猟銃は最も危険度が高くなります。くくり罠も罠から抜け出た害獣がハンターに襲いかかってくる危険があることが心配です。箱罠は、しかけた箱型の罠に餌を撒いて誘引し、中に入ってきた獣を捕獲する方法。銃猟やくくり罠と比較すると、初心者でも捕獲しやすく安全性も高いといえます。

こうした狩猟方法の選択にしても、私一人では分からないことばかりでしたので、社外のアドバイザーから知見を得ながら設計していきました。

ニッチ領域からの可能性の拡げ方

―事業検証のプロセスはどのように進めましたか?

まずはペーパーハンターにヒアリングを繰り返して、狩猟におけるハードルを調査して、事業の枠組を作りました。次に、狩猟に詳しいアドバイザーを探す段階です。こちらでは人づての紹介で繋がりを持つことが出来ました。ニッチでウェットな業界だからこそ、一度入り込むと繋がりやすかったです。

―狭い世界ならではのメリットがある一方で、入り込みは大変だったのでは?

どういう属性の人が狩猟に興味を持っているか?の公的な統計データがなく、その把握には苦労しました。顧客リサーチのために、ジビエのBBQイベントを開催したこともあります。参加者は狩猟免許を持っている方に限定せず、様々な人を呼び込みました。イベント内容も、社会課題的な色を強くしたのが特徴です。みんなでジビエを食べながら、日本の山間部の状況や害獣が増えた原因を学んでもらいつつ、顧客属性についても知見を深めました。

―実証実験はどのように進めていますか?

まず、2020年に小規模な実証実験を実施し、実際に13頭のイノシシを捕獲出来ました。そこでハンターバンクの仕組みが機能する手応えは掴めたので、2021年には第二弾の実証実験を一般公募/有償で行う予定で、参加者も順調に集まっています。今後はさらに、事業としての認知度を高めていく必要があると考えています。

―ターゲット顧客を見つける難易度が高そうですが、実証実験ではどのように人を集めたのでしょうか?

実証実験段階なので大々的な広報活動は行っていませんが、猟師という狭い世界ゆえに、口コミでイベント情報が広がっていったのです。Facebook の狩猟コミュニティに投稿するだけで一定数の申し込みが集まったため、マーケティングコストを低く抑えられました。

もう1つのアプローチは、2019年に小田急電鉄と神奈川県が結んだSDGs連携協定です。狩猟免許は国家資格のため、資格試験は都道府県が運営します。希望者は基本的に居住地で受験しなければいけないのですが、試験日に自治体が配布する資料に、ハンターバンクのチラシを入れ込ませてもらい、狩猟免許を始めて取得したターゲット─初心者ハンターに向けてダイレクトにリーチできました。

―その他ステークホルダーに対してはどのような手応えを感じていますか?

協力してくれるハンターさん達からは「小田急さん、おもしろい取り組みやっているね」という声をいただいています。地域のために狩猟を成り立たせなくてはいけないという意識を強く持っている人達で、ハンターバンク事業も応援してくれています。

―今後の事業の展望を教えてください。

現在は小田原エリア向けにローカライズしながら事業開発をしていますが、スタンダードにするべき部分、ローカルに特化していくべき部分の見極めが重要と考えています。

特に、ローカライズは今後の鍵です。というのも、狩猟は市町村ごとに条例等のルールが違うからです。地域のルールに合わせてローカライズし、細かいサービス設計を変えていけるかどうかは、今後のサービス展開の肝になるでしょう。来年度の構想としては、より多くの地域に向けて事業を広げたいですね。すでに複数の自治体から声をかけていただいています。

―さらに長い目で見た時、ハンターバンク事業でどういったチャレンジをしていきたいですか?

行政や地域から応援してもらえるようなブランディングを目指したいです。地域の猟師の皆さんの理解を得ることはもちろんですが、地域全体を巻き込むことも重要。

ハンターバンクの目的は、林業や農業を害獣から守るためだけに限りません。たとえばイノシシが通学路に出てくると、登下校中の子供に危険が迫ります。害獣によっていろいろな影響が広がりますので、地域作りという意味でも非常に大事な事業になっていくと思っています。

―入社のきっかけでもあった「地域作りへの参画」に繋がりますね。本事業が地域作りにどのような影響を与えると考えていますか?

例えば、若者の「地方に移住したい」というニーズがありますよね。田舎に住みたいと思っても、田舎に行って何が出来るのか、という課題があります。「見知らぬ若者がいきなりやって来て住むらしいぞ」といった空気感もあり、コミュニティに受け入れてもらうのは簡単ではありません。

そんなときに、田舎のコミュニティに貢献できる技を1個でも持っていると、受け入れてもらえる度合いが一気に上がるでしょう。ハンターバンクには、若者が田舎のコミュニティに入るきっかけづくりの土台となるような可能性もあると考えています。

ホワイトスペースで事業を見出すマインドセット

―社内起業にチャレンジしてみて、どのようなマインドセットが重要だと感じましたか?

まず、「失敗してもくよくよしない」というメンタリティは大事です。新規事業は一発で答えが見つかるものではありません。100回、300回と繰り返してやっと答えが見つかります。

小田急電鉄のような大企業で働いている人は、失敗やマイナス評価を恐れる傾向にあります。特に鉄道業者は、失敗がすなわちリスクになるからです。新規事業においてはそういったメンタリティを持ち込むべきではないと思います。

―大企業で新規事業を推進するポイントはどのように考えていますか?

大企業で新規事業を進める上では、「飛び地ではない」ということを見せてあげるのが大事だと考えます。私の事例で言うと、資本効率性を考えたときに、狩猟が既存のアセットとどう絡んでいくかを示さなければなりません。ハンターバンクの事例では、狩猟人口の増加による獣害の低減、これによる沿線魅力向上からの沿線人口増加や地域の活性化、を考えています。そういった効果の繋がりを分かりやすく社内に見せることが重要です。

―「climbers」の社内審査において、企画が評価された理由をご自身でどう考えていますか?

ビジネスとしての可能性だと思います。ニッチな分野ではあるのですが、狩猟はホワイトスペースです。実は狩猟に対しては政府が予算を毎年増やしています。それにも関わらず大企業が参入しておらず、NPOやそこに住む方々が頑張って支えている地域が多いのが現状です。

ホワイトスペースだからこそ「ひょっとしたらこの領域で小田急電鉄が新しいモデルを作れるかもしれない」「本領域のガリバーにもなりうる」という可能性を感じてもらえたと考えています。

―既存の鉄道事業と比較しても、ハンターバンクは地域課題解決の要素が色濃く見えます。「climbers」が新規事業と地域課題解決を結びつけた理由はどこにあると思いますか?

私は経営戦略部で、中長期の経営戦略を考える仕事も担当しています。小田急の長期ビジョンでは、将来にわたり社会やお客さまへ提供すべき価値を追求しています。社内事業アイデア公募制度では、その実現に向けた新規事業を集めており、またSDGsについても強く意識しています。

小田急をはじめ、私鉄というビジネスモデルはグループをあげて様々な事業に取り組みますが、やはり1番の経営資本は沿線地域です。地域のお役にたてれば地域とともに栄え、そうでなければ衰退していく、と考えています。

―所属している会社のビジョンや現場把握も重要ですね。小田急電鉄の新規事業ならでは発展可能性はどのように考えていますか?

小田急沿線は、多様な都市構造を持っていることが特徴だと思っています。新宿の大都会から始まり、都心の住宅街として世田谷があり、海老名や厚木は首都圏でありながら地方都市のような色も併せ持っています。箱根という温泉観光地、江の島・鎌倉という長い歴史のあるエリアなど、非常に特色豊かです。大袈裟に言うと日本の縮図のような沿線だと思っています。

都市構造が様々であるため、発生する社会課題も多岐に渡ります。住宅街なら待機児童、多摩地域の団地では高齢化や独居老人の問題が発生しています。観光地ではオーバーツーリズムもみられます。

それらの地域が持つ社会課題を解決するビジネスモデルを作れば、似たような特徴を持っている地域で展開出来るはず。沿線を守るということは、ビジネス領域を広げるという意味でも良いルートだと考えています。

―有田さん個人としては、今後でどのようなビジョンを持っていますか?

ハンターバンクを事業化させていくことはもちろんですが、関東だけではなく地方都市の活性化に携わりたいです。地域に入り込んで社会課題を考えることがすごく大事だと思います。地域の特色を見極めるスキルを身につけ、ハンターバンクをどんどんカスタマイズして地方創生に関わりたいです。

社内起業家へのメッセージ

―最後に企業内新規事業に取り組む皆さんへのメッセージをお願いします。

私個人の体験からのメッセージとなりますが、「自分の好きなことや興味」をそのまま会社の事業領域に繫げて考えると良いと思います。新規事業をやってみたい人が最初にぶつかる壁が、アイデアが浮かばないことだと思いますが、アイデアは今までの経験の蓄積から出てくるものが大きいです。ですので、会社の分析よりも、まずは自分の経験を振り返ってみてください。

自分の中の好きなものから掘り出した方が、熱意も続きやすいメリットもあると思います。まずは、自分の好きなこと、興味が持てることから種として出していくこと。会社に対するシナジーのストーリーはその後で構築していければ良いと思います。

私自身も好きな領域で新規事業を推進しているので、日々とても楽しく働けています。会社から給料を保証してもらいながらもそのようなチャレンジが出来るのは社内起業の醍醐味だと思います。是非まずは「好きなこと」から一歩を踏み出してみてください!


取材・執筆・編集:加藤 隼 撮影:永山 理子

有田  一貴-image

小田急電鉄株式会社

有田 一貴

2014年に小田急電鉄株式会社に新卒入社。IT推進部(現デジタルイノベーション部)でテレワーク環境の整備などに従事。 2018年にグループ経営部に異動し、主に流通セグメントのグループ会社の経営管理や会社再編を担当。 大学時代から関心を持っていた、獣害問題の解決を目指した事業アイデアを社内新規事業制度に応募。経営層による審査を通過し、2019年に経営戦略部に異動。現在は「ハンターバンク」事業の立ち上げに従事し、プロジェクトリーダーとして小田原での実証実験を推進している。