【シャープ_bitescan】toアカデミックに勝機を見出す若手研究者イントラプレナーの挑戦

シャープ株式会社の新規事業として生まれた「bitescan(バイトスキャン)」。耳にかけ、「噛む」回数・テンポ・姿勢などを計測する咀嚼計だ。咀嚼回数が減少している現代人。一般的によく噛む習慣の人は肥満になりにくいという研究データもある中、咀嚼を計測することにより「噛む」ことの重要性を伝える役割を担っている。本プロダクト開発を初期の仮説検証段階からオーナーとして推進するのが、若手研究者の谷村だ。「若手社員研修のプログラム」から始まった同サービス。その誕生秘話と今後の展望を聞いた。

物怖じせずに挑戦を繰り返した研究者時代

―bitescan事業を立ち上げる以前のキャリアについて
2011年にシャープ株式会社へ入社。要素技術開発センターにて、寒冷地向けのエアコン開発を担当しました。時にはマイナス30℃の空間を作り出すため、実験室を自ら手作り。震えながらシステム開発したことが思い出に残っています。また、寒冷地のニーズを探るため、ドイツやスウェーデンに出向いて、現地の一般家庭を回ったことも。当時から、仮に新入社員でも手を挙げれば様々なチャレンジが出来る自由度の高い環境でした。

―開発部門新規事業開発に携わることになったきっかけとは?
入社3年目研修プログラムの一環で、新規事業開発を疑似体験するグループワークがありました。グループメンバーと一緒に新規事業案についてまとめ、3ヶ月後に発表するというもので、もともと事業化が前提ではなく、最終発表で終了するプログラムでした。
しかし、私たちは毎日議論するほど本気で取り組んでいました。それが「bitescan」の始まりです。プロトタイプも製作して提案に臨んだところ、全社コンテストで優勝。実際の事業化に向けた継続検討が認められて、仮説検証の期間を経て、2015年にbitescan開発の専任担当者となりました。

「噛む」を可視化するbitescan

―bitescan(バイトスキャン)の概要を教えてください。
近年、生活様式や食生活の変化から、咀嚼回数が減っていると言われており、それに伴う「早食い」が肥満や生活習慣病に与える影響が問題視されています。日常の咀嚼回数を意識することは少ないと思いますが、定食メニューと麺類では、咀嚼回数が約2倍も異なることもあります。噛むことは無意識の行為ですが、噛むことと私たちの健康には関連があると言われおり、外部機関では咀嚼回数と肥満との関連を指摘する研究もあります。
bitescanは耳にかけることで「噛む」回数・テンポ・姿勢などを計測する咀嚼計。「噛む」を見える化して、行動変容を促します。一般家庭を意識したモデルから、研究者向けのモデルまで幅広く構想した上で、まずは研究者向けに販売を開始しました。

―そもそものbitescanのアイデアの着想とは?
もともと、当時の本部名称として健康・環境システム事業本部という部門に所属しながら健康に関する商品開発を行っていたんです。しかし当時は、エアコンや空気清浄機など、空気を綺麗にし、外部環境を整えるというアプローチが中心。「健康」を意識するのであれば、「体の内側からアプローチする」ような商品も出すべきでは、という議論になったんです。
この観点から様々なテーマを検討。例えば、「運動」や「睡眠」はすでに問題意識が世間に浸透しています。一方「噛む」ことは、重要性を訴える論文も多く授業や保健指導も行われているのに、なかなか実践されていない。そこで、咀嚼というテーマが決まりました。
当初は家電のアイデアで纏まりかけたのですが「それでは今までの延長線上にすぎず、誰でも考えられるのでは?」との意見が。もっと新しい概念のものを生み出そうと、「咀嚼をはかる」というbitescanのアイデアへと向かっていきました。

独学で咀嚼回数判定のアルゴリズムを作成

―新しい概念のプロダクトであるbitescan。ターゲットとする市場や顧客ニーズはどのように想定していたのか?
当初は、「子供の食育」「ダイエット」「女性の美容」「高齢者の健康」の4つの顧客ニーズを想定。白物分野ではBtoCのウエイトが高い企業で、一般顧客を想定するのが常でした。しかし、量販店でbitescanを販売したとしても、一般家庭が手に取るイメージがなかなか湧きません。そこで咀嚼にまつわる様々な学会に参加し、意見を聞いていくうち、研究者や歯科医などアカデミックな分野に顕在化したニーズがあることが判明しました。
現在は、咀嚼の重要性を啓蒙したい歯医者や、「咀嚼と子供の発育」「咀嚼と生活習慣病」「咀嚼と高齢者の健康」などを研究する先生からの需要が多いです。研究者の方々は咀嚼をビデオに撮って地道にカウントするなど、咀嚼の計測にかなり苦戦されてきたこともあり、「こんな画期的なものを待っていました」「未来を変えるデバイスです」といった嬉しいコメントをいただくことも。少しずつですが、確かな提供価値を実感でき始めています。
その他にも、生活習慣改善のためのヘルスケア領域、介護施設など高齢者領域、子どもの食育の領域からも問い合わせを受けています。

―開発過程の中で特に苦労したことは?
検証フェーズにおいてプロトタイプを作ることに苦労しました。私はプログラマーでもなく、データ解析の専門的知識もありません。独学で勉強し、取得データから咀嚼回数を判定するアルゴリズムを作成。様々な手法を調べては試し、追い込まれるように日々取り組んでいましたね。
また、シャープ社内には咀嚼やヘルスケアのノウハウがない。様々な企業に問い合わせたり、学会の懇親会で大学の先生と名刺交換をしたりと、地道に社外の専門家の方々と知り合い、知見を増やしていきました。

―新しい概念のプロダクトである中で、プライシングはどのように決めたか?
研究者向けモデルについては、ストレートに研究者にヒアリングを重ねて予算構造を把握した上で、研究予算から逆算して策定。減価償却できる金額感との折り合いの観点も必要でした。最終的には事業責任者として意思を持って腹決めしたイメージです。

―中長期的にどんなサービス・世界観を作っていきたいか?
「噛む」ことの重要性は、まだまだ世の中に認知されていません。しかし、咀嚼回数を正確に測れれば、今後でさらに研究も発展していき、肥満リスクや健康寿命との関連も見えてくると思います。bitescanを教材のようなツールとして活用いただき、生活習慣病を予防する一助となることを目指しています。
「噛む」ことは子どもから高齢者まで幅広い世代にとって大切です。ですので最終的には、一般家庭において、子どもは食育のため、お父さんはダイエットのためなど様々な目的で使って欲しい。bitescanを通して「楽しく健康な食事の時間」を過ごせるようなソリューションとして、日本だけでなく、世界中に広げていけたら理想だと思います。

外部評価を得ることで社内の風向きも変化する

―研究者から新規事業立ち上げという転身。もともと新規事業への関心はあったのか?
新規事業への関心はありましたが、同時に不安もありました。ヘルスケアの知見が全くない中での挑戦でしたし、エアコン事業に携わっていた方がスキルも身に付くのでは、という不安も。
しかし、仮説検証やトライアルを通してbitescan事業の確かなニーズや手応えは掴めてきていたので、徐々にやりたい気持ちが強まっていきました。

―初めての新規事業立ち上げ経験で苦労したポイントは?
これまで世の中に無い、完全に新しいサービスの開発であったゆえに、実際の事業化に向けた社内の説得は難航しました。
そんな状況を打開するため、学会で知り合った先生と一緒に、日本医療研究開発機構の研究事業へ応募。その結果として採択されることとなり、社外でのお墨付き・評価を得たことから、社内での風向きも変えることができました。
また、新規事業ゆえに部署異動も多く、異動のたびに関係者に対して、この特殊性の高いサービスの魅力を説明する必要がありました。これは大変だったのですが、後から考えると、思考を整理するための良い機会になっていたと思います。

―収益性が不透明な中で予算を勝ち取り、事業を守り続けることは困難が多いはず。社内攻略のポイントは?
一番大きかったのは、部門トップである事業本部長に価値を認めていただいていたこと。具体的な事業内容や、アイデアをしっかり詰めた上でコミュニケーション出来ていたことが良かったと思います。
また、日本医療研究開発機構の研究事業の採択を含め、社外からの評価を獲得することも意識していました。

―研究者時代と比較し、経営視点も必要となる新規事業。思考の切り替えはどのように考えたのか?
やはり経営的な視点はいきなり身に付くものではありません。社内での事業化に向けた様々なステップの中で、その都度の経験や試行錯誤を通して、徐々に身に付いていいった気がします。まだまだ事業的な視点は足りていませんが、様々な方から高い視座でのアドバイスをもらいながら、日々模索していきました。

―谷村さんが考える社内起業に向いている方のスタンスや思考とは?
私はいたって普通の人間だと思いますが、「自分でやりきる力」があったのかなと思います。まずはとにかく手を挙げて、出来なくても、分からなくても、なんとか自分で考えてやってみる。
また、社内起業にはもちろん壁も沢山存在します。だからこそ、多少の苦労があっても、めげずに負けずに継続する力は必要だと思います。

―苦労も多かった中で、折れずに前に進んでいけた理由とは?
プロダクトを開発した当初は、「一緒にアイデアを生み出した仲間たちのために絶対に発売までこぎつけるぞ」という気持ちでいました。
しかし、その過程で社外の様々な方から実際の反響を得たことで、「bitescanで救える人・笑顔にできる人がいる」ということに気付いたんです。今の自分にしか生み出せないサービスで、誰に対してどのような貢献ができるか見えた。それが大きなモチベーションになりました。

―個人としてのキャリアビジョンはどのように描いているか?
同期が技術者として成長していく姿を見て、自分は何のスキルも身に付けられていないのでは…と悩むこともありました。
しかし、大企業の中で新規事業に携われる機会はとても貴重です。自ら新しいサービスを考えて生み出すという経験は、自分の成長に確実に繋がっていることを、今ではしっかり実感出来ています。これからもbitescanの開発と、さらなるビジネス化にむけて携わっていきたいと思っています。

―社内起業に取り組んでいる方や、その支援を行っている方々にメッセージを。
会社の中に留まっていることなく、積極的に社外に出ていくことが重要だと思います。外に出て行動していると、いつかは必ず、お客様や応援してくれる味方が見つかると思います。

また、私自身も、始めから新規事業が得意だったわけではなく、少しずつ小さなチャレンジを積み重ねることでここまで来ることが出来たと思っています。ほんの小さなことでも良いので、まずは最初の一歩を踏み出してみていただきたいと思います。

谷村 基樹
2011年シャープ株式会社入社。要素技術開発センターにて寒冷地向けエアコンの開発を担当。社内コンテストの優勝を機にワーキンググループとしてbitescanの事業化を検討。2015年よりbitescanの専任担当者に。現在はSmart Appliances and Solutions事業本部 BtoB ソリューション事業統轄部 新規事業企画開発部に所属しbitescanの開発を推進している。


(取材/執筆/編集:加藤 隼)

2021-01-08|
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