Interview

【ワンデイワーク】元百貨店バイヤーが挑む”現場起点”での新規事業

【ワンデイワーク】元百貨店バイヤーが挑む”現場起点”での新規事業

三越伊勢丹ホールディングス(HDS)が実施した第一期の社内新規事業プログラムで優秀案件に採択され、同社では前例のない形で子会社として設立された「ワンデイワーク」。単日や短期アルバイトの求人情報を提供し、柔軟に働きたいという求職者や復職に向けたステップとして活用したい女性たちなど、様々なユーザーに活用されています。百貨店の現場で感じた課題から起案し、同事業の立ち上げを進めてきた社内起業家に取材しました。

百貨店ビジネスのど真ん中で、現場力を身につける

―まずは飯島さんのキャリアについてお聞きしたいと思います。伊勢丹(現・三越伊勢丹)に入社してから経験してきた業務について教えてください。

2002年に新卒で入社し、伊勢丹新宿本店メンズ館の紳士服売り場でバイヤーなどを約10年担当しました。その後、三越日本橋本店に異動し、メンズバイヤーやマネージャーとして、売り場のマネジメントに従事。国会議員向けのファッション講座の講師を勤めたり、VIP顧客を対象にしたパーソナルコンサルティングを手がけたりと、様々な経験を積ませていただきましたね。

「ここだったら毎日違う仕事を経験できるかもしれない」と考えて入社を決めたのですが、まさにその通りで、日々様々な仕事に向き合っていました。

―百貨店の現場を一貫してご担当されていたのですね。

百貨店業務の延長線上にある新しいビジネスに取り組んではいましたが、あくまでベースは売り場でしたね。そういう意味では、百貨店ビジネスのど真ん中でキャリアを歩んできました。

―当時の経験の中で今にも活きていることはありますか?

売り場では毎日異なるお客様と接しているため、対応力が養われました。「今この場で考えられる最大限のパフォーマンスをなんとか発揮しよう」と考える習慣が自然と身につきましたね。その力は今にもしっかりつながっているように感じています。

これは新しい事業を担当したり、自分で事業を始めようとしたりする際にも求められる能力ではないかと思っています。

現場の原体験から着想を得た新規事業

―どのような経緯で新規事業に携わり、ワンデイワークを起業されることになったのでしょうか?

2018年に三越伊勢丹HDSが導入した社内の新規事業プログラムに手を挙げたところから、現在の事業はスタートしました。

社内のインナーポータルサイトで「新規事業のアイデアを求めます」という文言をたまたま見かけまして。当時個人的に感じていた課題を、新しい事業を通じて解決できないかと考え始めたのです。

―どのような課題を感じていらっしゃったのでしょうか?

結婚や出産、ご家族の病気や両親の介護などを理由に、退職してしまう女性の社員が多いことに課題意識を感じていました。仕事を任せられるくらい成長した社員たちが辞めてしまう状況をなんとかしたかったんです。社内では女性が働きやすい制度を整えてはいたのですが、多くの方が「職場に復帰できる見通しが立たないので、一旦退職させてください」と去ってしまって。

その一方で、一度百貨店での仕事を辞めた人々のなかには、柔軟な条件で勤務することを前提に「再度働きたい」と考えている方も多かった。働きたい意欲を持つ方の力を、十分に活用しきれていないと感じていました。そこで、なんとかまた一緒に働ける機会がないだろうかと、日々解決策を考えていました。

―まさに現場の当事者として、課題意識をお持ちだったのですね。

さらに起業のきっかけにはなったのは、自分の家族の体験でした。同じ職場で働いていた妻は出産して約4ヶ月後に復職したのですが、彼女から「働きながら子どもを育てるのは難しいかもしれない」と打ち明けられて。

妻は結婚してから一度も私の前で弱音を吐いたことがないほど強い性格の持ち主だったので、これは何か行動しなくてはいけないと痛感しました。

―もともと新規事業自体に強い関心を抱かれていたわけではなかったのですね。

課題を先に見つけていたので、それに対してなんとか解決出来ないだろうかと模索する中で、新規事業という糸口に辿り着きました。

社内プログラムに応募した頃は、サポートしてくれる事務局もまだ手探りの状態。新規事業のテーマは「三越伊勢丹HDS内のアセットを活用できて、将来的にシナジーを生み出せる事業」でした。説明会で事務局の方々と話す中で「とにかく一緒に進めていきましょう」と方向性を決めていきました。

―事業化までの具体的なスケジュールについて詳しく教えてください。

まずは書類選考があり、その後事務局との面談や事業のプレゼンテーションを経て、経営陣による最終選考がありました。書類を提出してから新規事業が形になるまで、約6ヶ月間のプログラム内容でした。

―飯島さんの場合は、どのように事業開発を進めていったんですか?

私の場合は、提案したい事業案が「本当にユーザーの求めているサービスになっているのか?」を確かめるために、まずは様々な対象者にヒアリングを実施しました。ユーザーの求めているものとマッチしていない部分が見えてくる度に、ブラッシュアップを重ねていきました。

―現業がありながら十分量のヒアリングを進めるのは大変だったかと思います。その辺りはどのように工夫されたのでしょうか?

社内のネットワークや個人のSNSを最大限に活用しました。「女性のキャリアや就職、復職をサポートする新しい事業を考えているので、意見を聞かせてください」と社内サイトに投稿したりして。すると直接関わりがなかった社員がダイレクトメッセージを送ってくれたり、「知人を紹介しますよ」という提案をしてくれたりしたのです。

特に子育てを実際に経験した女性たちからの意見は、とても勉強になりました。正直なところ、女性の復職をサポートできるような事業であれば何でもいいと思っていたので、無我夢中でヒアリングを続けましたね。何度も検証を繰り返し、想定されるユーザーと課題をとことん突き詰めてから最終の審査にのぞみ、無事通過できました。

―最終審査に通過された後は、どのような経緯で会社化されたのでしょうか?

2019年1月に事業が採択され、2月から事務局付の専任になりました。最初の2ヶ月間は私一人で事業を進めていたのですが、途中からは1人サポートがつき、伴走してもらって。そこから10月まではひたすらサービスのローンチに向けて試行錯誤しました。1日でもはやく事業化したいという強い想いと、絶対にユーザーの方々にご利用いただけるサービスになるという自信が大きくなり、次第に会社化を目指すようになりました。

―「会社化する」という制度が最初から整えられていたわけではなく、ご自身で提案されたのですね。

そうです。事業の性質的に求人情報を扱うため独立した会社であった方がガバナンス的にも良いこと、またシステム開発など事業をスピード感を持って拡大するためにも、子会社化を進めていきました。

最終的に会社として立ち上がったのは2019年10月で、三越伊勢丹HDSの100%パーセント子会社として設立されました。将来的には外部資本を入れることも考えながら、会社として成長させていきたいと考えています。

現場目線で組み立てたサービスが持つ強み

―「ワンデイワーク」の事業について詳しく教えていただけますか?

ワンデイワークでは単日や短期アルバイトの求人・求職者情報を提供しています。求人の検索や申し込み、契約書の締結、給与の受け取り手続きなどすべてがアプリケーション上で完結する仕組みです。オンラインで雇用契約を進められる点を重視して、アプリでご紹介している仕事に関しては、源泉徴収が発生しない日給の上限を設定しています。

募集している仕事は、原則として2週間先までのものに限定しました。特に家事や育児に携わる女性は、長いスパンでスケジュールを立てるのは難しいですよね。そのため、確定している予定の中で応募いただける点にこだわっています。現在は小売店や飲食店、百貨店が繁忙期に短期で働いてくれる人員を探したいシーンなどで、多くご利用いただいています。

―百貨店などが悩んでいる「人手不足」の課題も解決出来るサービスですね。

加えて、アプリ内には応募者の方々に職務経験を記入していただくスペースも設けています。大手の百貨店や小売店での勤務経験の有無は、その方のコミュニケーションスキルを測る判断材料になると思っていて。

百貨店などでの勤務経験があるユーザーさんにヒアリングをすると「私には販売しかスキルがない」「履歴書に書けることなんて何もない」というネガティブな意見が出てくるんですよね。その一方で実際に百貨店で働いたことがある私のような人間からみると、彼女たちのキャリアやスキルはとても貴重だと思うのです。だからこそ「あなたみたいな方を求められているよ」というメッセージを伝えていきたいですね。

―ユーザーの視点をしっかりと捉えてらっしゃいますね。

私たちは百貨店の現場で長年経験を積んできましたので、実際に仕事を依頼する側としても使いやすいサービス設計にこだわっています。雇用主にとっては「雇いやすい」、労働者にとっては「働きやすい」仕組みを徹底的に考えました。

例えば、求人の掲載期間は、基本的に就業の1営業日前までで一度区切っています。また、小売り業態では3日前までに区切るケースがあります。ネームプレート作成等の事前準備が必要な場合も多いので、企業が人材を採用してから、しっかりと準備時間を確保出来るようにしたいからです。

そういった実際の仕事の流れや作法を知っていることは強みだと思いますね。

―単発アルバイトの募集サービスいう面では、同様のサービスを手がける企業もあります。そのなかで御社の特徴はどういった部分にあるのでしょうか?

私たちは「就業経験があり、働きたくても様々な事情から長い期間は働けない方々」に対して「再度働くというハードルを下げること」を目的としています。つまり「今すぐ働こう」と思っていない人を掘り起こすことがミッションですので、その点では他のサービスとターゲット層が異なりますね。就業経験がある30歳〜50歳代の女性を主なターゲットユーザーにしています。そのためサービスのプロモーションにも様々な工夫をしています。

―どのような施策でサービスを伸ばしているんですか?

いわゆる求人広告などの媒体を対象にしたプロモーション活動は一切しておらず、ママコミュニティに直接アプローチをしたり、保育園のフリーペーパーに記事を出したりという、ターゲットユーザーに根ざした施策を続けています。

ありがたいことに口コミを中心にサービスは広がっており、日々アプリのダウンロード数も増加。サービスを開始して約1年で20,000ダウンロードを達成し、現在も毎月2,000人以上の方々に新規でご登録いただいている状態が続いています。

―アプリ開発などは知見がなかったと思いますが、どのように進めたのですか?

システム開発にあたっては、1日単位のアルバイト求人サービスを運営するWakrakさんと共同で行いました。細かいサービス内容について社外で色々と話せる相手がいたのは、様々な場面で活きていますね。

弊社はとても小さなスタートアップですので、お金も人も潤沢だとは言えません。システム面においても自分で本やインターネットで調べたり、知識のある方からアドバイスをいただいたりと、地道に事業化を進めていきました。

―ワンデイワークを利用されている企業はどういった業種の方が多いのでしょうか?

アパレルや小売店、イベント事業者の企業が多いですね。大手健康医療販売会社様や介護施設など求人の幅も増えてきました。

企業の皆さんからは「大学生やフリーターとは違った経験のある人材を獲得したい」というご相談を多くいただきます。接客に関わる仕事では対人能力に長けている人を採用したいとニーズが大きいため、そういった場面で弊社のサービスをご利用いただくケースが多いですね。登録いただくユーザーの差別化を明確にすることが、私たちの一番の売りになっていると思います。

―今後の中長期ではどのようなチャレンジをしていきたいとお考えでしょうか?

現在は1都3県のみでサービスを展開しています。2021年中に主要な地方拠点にサービスを拡大し、今後5年ほどで全国展開を目指していきたいですね。

とはいっても求人情報が少なくては意味がありませんので、ユーザーの方が働きたいと思う案件を毎日掲載できるようにしていきたいと思います。

社内起業家としての働き方

―ワンデイワークに携わる社員はどのように集めていらっしゃいますか?

現在一緒に働いている6人の社員は全員が(株)三越伊勢丹からの出向者で、百貨店の現場を経験した人間が集まって構成しています。

社内報などで定期的に事業の進捗などを発信しているので、社内認知度も少しづつ向上しているように感じています。

―新規事業プログラム発での初めての会社化案件だとお伺いしましたが、必要な知識はどのように学ばれたのでしょうか?

事務局と話しながら、1つずつ課題を解決していきました。稟議書の書き方も分からないところからのスタートでしたが、新規事業の意味や果たす役割をしっかりと言語化し、事業のGOサインをもらうために役員にもサポートしてもらいました。

―経営層のサポートを受けるためにどのように工夫をされていましたか?

キーパーソンにあたる方には、「自分が事業を通じて何をやりたいかのか?」をしっかりと伝えるようにしていました。そういう観点では、戦略的に根回しをしていたと言えるかもしれません。

社内政治的な動きは無駄だという考え方もあると思いますが、私は「社内政治すら出来ない人は、企業経営は出来ないのではないか?」と感じています。社内の役員を説得することが出来ないのであれば、投資家を説得するのも難しいですよね。だからこそ私は言い方がおかしいですが社内政治も必要と考え行動していました。

―具体的にはどのような行動をされていたのでしょうか?

例えば、役員の部屋の前を通りかかった際に立ち話をして相談をしたり、エレベーターでたまたま一緒になった役員にこちらから声をかけて報告する機会を得たりしていました。

新規事業を進める上では、強力な味方を作ることが重要です。そのため「事業をやりきる」という断固たる意思を見せて、味方を集めていきました。

―大企業発のスタートアップとして新規事業に取り組む中で、良いことも悪いこともあると思います。飯島さんが考えるメリットについて教えていただけますでしょうか?

大企業としてこれまで築いてきた知見を活用できる点は大きなメリットですね。通常は繋がることが難しいような企業にアポイントを取れたりと、人との繋がりにおいて感謝する部分は多いですね。この点は他のスタートアップと比べて、非常に恵まれた環境にいると思います。

また、起業に向けて試行錯誤している間でも安定した収入を得ることが出来たので、家族を持つ身としてはとてもありがたく感じました。

―飯島さんから見て「社内起業家に向いている人」の素養はどのようなものでしょうか?

「人を動かすスキル」が最も求められるのではないでしょうか。企業の経営は決して1人ではできませんし、アイデアがあるだけでは物事は具体的に前に進みません。自分の事業を推し進めるためには、人を巻き込んで動かす必要があると思います。

私はサービスの運営を担当しすぎてしまっているので、会社としてはまだまだ1人前ではありません。メンバーだけでサービスを進められる状態になった時に初めて、経営として本当にスタートするように感じています。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、日々奮闘している社内起業家の方々、新規事業にチャレンジしたいと思っている人たちへのメッセージ、応援のアドバイスを頂戴できればと思います。

社内起業家は孤独な存在です。アイディアをまとめたり事業化を進めたりするなかで、壁にぶつかることも多くあります。そんな時は、家族や仲間、話をきいてくれる人の存在こそが、事業を推進する糧になると思います。そういった意味で、どれだけ当事者意識をもった仲間を作れるかは、新規事業を進める上で最も重要だと思います。

私は百貨店の現場を長年経験していたので、「新しいステップを踏み出せたら」と考えて新規事業に挑戦しました。現場を見てきた自分だからこそ見つけた課題に対して「解決に取り組まなくてはいけない」という使命感も伴っていたように思います。現在百貨店はオンライン販売を開始するなど、業界としては劇的な変化の過渡期にあります。だからこそ新規事業を通じて、あらゆる可能性を探求していきたいですね。

また、個人としては、今後の三越伊勢丹HDSの社内起業家を目指す人々にとって、私のようなキャリアが選択肢の1つになれたら良いな、と考えています。百貨店のバイヤーは専門職のように思われていて、逆に言うと「商品に携わる以外に道がない」という状況にいるとも言えます。長期的なキャリアビジョンを描く際に、私のようにバイヤーから新しい道を歩み始めるという選択肢が、少しでも何かのヒントになれたら嬉しい限りです。

編集後記

百貨店大手である三越伊勢丹HDSが開始した社内の新規事業プログラムにおいて、第1号案件として誕生したワンデイワークの飯島さんに取材をしました。

ご本人の原体験を出発地として、「顧客と課題」にとにかく真摯に向き合って新規事業開発を進めていかれたストーリーは、まさに「お手本のような事例」だと感じました。

百貨店や様々な小売店が抱える課題を解決し、女性のキャリアサポートにもつながる新規事業に挑戦する飯島さんのご活躍に、引き続き注目していきたいと思います。



取材・編集:加藤 隼、永山 理子 執筆:土橋 美沙 撮影:川上 裕太郎 デザイン:村木 淳之介

飯島 芳之-image

株式会社ワンデイワーク

飯島 芳之

株式会社ワンデイワーク 代表取締役社長 2002年に株式会社伊勢丹(現・三越伊勢丹)に新卒入社後、伊勢丹新宿本店メンズ館のバイヤーや三越日本橋本店のメンズバイヤー、マネージャーとして長年百貨店の現場を担当。商品のバイイングや売場マネジメントのほか、VIP顧客のパーソナルコンサルティングなどに携わる。2018年に実施された社内のイントレプレナープログラムに挙手し、第一号案件として2019年10月に起業。三越伊勢丹ホールディングス(HDS)の100%子会社として株式会社ワンデイワークを経営する。