Interview

【住友商事_CLOW】総合商社の若手エースが挑む農業物流改革

【住友商事_CLOW】総合商社の若手エースが挑む農業物流改革

住友商事の社内起業制度「0→1チャレンジ」の選考を通過したことをきっかけに、日本の農業領域の物流課題の解決を目指す農業関連物流マッチングサービスの「CLOW」事業。起案当初から同事業のリーダーとして事業開発を推進した20代社員の2人に、事業立ち上げの経緯や事業化への道のりについて取材しました。  

   

異なる専門分野をもつ同期の出会い

―まずはお二人のキャリアについてお聞きしたいと思います。住友商事に入社してから経験してきた業務について教えてください。

仲村:2015年に新卒入社して、バイオマス原燃料部に配属になりました。燃料のトレーディングや事業投資に関わりながら日本で2年間営業を担当し、3年目にブラジルに語学研修へ。幼少期に5年ほどブラジルに住んでいたことがきっかけで、同国には昔から興味を抱いていまして。ブラジルの公用語であるポルトガル語を現地で学びながら、バイオマス燃料に関する事業を担当しました。そして帰国後の2019年に社内の起業制度に応募しました。

―帰国してすぐに社内の起業制度に応募されたのですね。

仲村:2018年に「0→1チャレンジ」という社内起業制度が始まったのですが、当時から応募したいと考えていました。同制度はグループ会社を含めた社員を対象に新規事業案を募り、アイデアピッチを通過すると事業化の権利が得られるというもの。選出された社員には本業を離れて、アイデアの事業化に専念する権利が与えられます。しかし、当初は自分自身の中で新規事業のアイデアが固まっていなかったため、ブラジルに駐在している間に構想を練っていました。

―榎本さんのご経歴も教えてください。

榎本:仲村と同じく2015年に入社し、不動産分野を担当してきました。弊社は創業時から不動産ビジネスを展開していましたが、新たに物流施設に着目し始めたタイミングで私が入社しました。土地の取得に関わる地主への営業や、ゼネコンや設計会社との開発調整、物流会社に対する建物のリーシング活動など、物流施設事業に関わる幅広いビジネスに携わりました。

そして、仲村がブラジルから帰国したタイミングでたまたま会う機会があり、そこで意気投合しまして。起案に向けたアイデア構想を一緒にブラッシュアップして、社内起業制度に挑戦しました。

―新規事業にはもともとご関心をお持ちだったのでしょうか?

仲村:昔から新しいことに挑戦し、その中で目標を達成することが好きでした。中学ではテニス部、高校はゴルフ部、大学では陸上(走り高跳び)に打ち込むなど、様々なスポーツにも取り組んだりしていまして。

しかし、いざ就職活動を迎えた時には、まだやりたいことが明確に決まっていませんでした。そこで入社してから幅広く新しいことに挑戦出来そうな総合商社への就職を目指すことにしたのです。

入社して実際に働くようになってからは、人生をかけて登りたい山は何か? 何をすれば死ぬ前に後悔ないよう楽しみ尽くせるか?を更に深く考えるようになりました。その結果として行きついた先が、「せっかくの一度きりの人生、事業家としての道を踏み出した以上、何か世界を変えるようなビジネスを立ち上げたい」という夢でした。そこで榎本と一緒に新規事業に挑戦することにしました。

榎本:私ももともと起業自体に関心を持っていました。「事業を通じて自分の考えやこだわりを形にすること」に興味があったんです。そこで仲村と話した際に、新規事業への情熱や抱いている事業構想自体にとても共感できるところがあって。これまで私が携わってきた物流にも関連する新しいビジネスということで、親和性もあるかなと感じました。新しいサービスを始める際に、1人で取り組むには限界があるのではないかと思っていたこともあり、彼と一緒に一歩を踏み出すことにしました。

ブラジル駐在から着想を得た新事業

―新規事業の構想はどのように考えられたのでしょうか?

仲村:農業大国であるブラジルに駐在した時の経験から着想を得ました。現地ではサトウキビの残渣を原料としたバイオマス燃料事業を担当しており、生産現場である広大なサトウキビ畑に何度も足を運んでいました。

どのくらいの広さかというと、1つの畑が青森県と同面積なのですよね(笑)。そこでは自動運転やドローンなど最先端の技術が活用されていて、とても衝撃を受けました。

―すごい世界観ですね!

仲村:作物を運搬する物流や農業ビジネスというと、多くの人員で作業を分担しているようなアナログなイメージを抱いていましたが、ブラジルでは、テクノロジーを用いた非常に洗練されたシステムが使われていました。

当時はブラジルの農業現場に泊まったりしながら見学を続けて知識を吸収していきました。日本へ帰国した後も、休日は農家や物流会社の方々のもとに足を運んで話を聞きに行き、徐々に新事業のアイデアをブラッシュアップしていきました。

当初はドローンや衛星写真を使用した営農分野の効率化も視野に入れていましたが、ブラジルと同じような農業の効率化システムを導入しようとすると、日本の農業では規模が小さすぎるといった課題も同時に見えてきたのです。

―スケールメリットがないということでしょうか?

仲村:おっしゃる通りです。そこで、駐在中にサトウキビ畑で見た「物流効率化システム」のコンセプトであれば、日本の小規模分散型農業でも使えるのではないかと考え始めました。ブラジルでは、90万ヘクタールの面積をもつ畑の中心にデータセンターが設置されていて、そこで作物の集荷などに関わるトラックの位置情報をすべてコントロールしていたのです。

―農業に関わる物流の効率化に着目されたのですね。

仲村:日本の農業界では物流の手配などを筆頭に、関連するデータをとてもアナログな方法で管理していました。例えば、多くの農業法人は、自社でトラックを直接手配していますが、やり取りは基本的に電話やFaxです。また、物流会社も、配車マンと呼ばれる専門職の方が、経験と勘で配車組みをしています。こういった状況では、中々データに基づいたスピーディかつ効率的な物流は実現が難しい。

これをITの力で改善できないかと考えました。貨物やトラックの情報をクラウドに集め、AIで配車ルートを組み上げる、言わばブラジルの中央データセンターのようなものを、インターネット上に作れないかと思ったのです。

榎本:物流面でいうと、1軒の農家だけでは大型のトラックをチャーターするほどの荷物量がないという実情もありました。本来であれば、複数の農家が共同で大型トラックを手配し農家間の共同物流が実施出来ていれば効率的なのですが、農家ごとに出荷量や出荷時間が違い、目的地もバラバラなこともあり、共同物流を実現するには調整事項が多すぎて現実的ではなかったようで。こうした農業における物流の課題をテクノロジーを活用することで解決するための事業として構想を考えていきました。

―具体的にはどのようなプロセスで事業を立ち上げていったのですか?

仲村:2019年度に実施された社内起業制度に応募し、4段階の選考を通過して現在に至ります。2020年度は1年間かけて事業化を検討する実証実験期間として位置付けられており、その後は社内のいずれかの部署に紐付けられて、より踏み込んだ事業開発を進める予定です。2019年度はグローバルで300組以上がエントリーし、アジア地域で最終的に4組が選考を通過しましたが、私たちが最年少で、かつ管理職でもない唯一のチームでした。

―最終候補まで残ることができた理由をどのように分析されていますか?

榎本:社内の新規事業としてビジネス展開するメリットを全面的に打ち出しました。私たちが現在立ち上げているサービスは、農業や物流という古くからの歴史や慣習がある業界に関係する事業であるからこそ、総合商社のネームバリューを使って事業を進める方が成長スピードも一段と早まると考えました。また、過去の応募事例や周りのチームを徹底的に分析した点も良かったと思います。

仲村:過去に社内起業制度を通過した社員の方にサポートをいただき、フィードバックをもらいながらブラッシュアップしていきました。とにかく出来る努力をし続けた成果が実を結んだと思っています。審査員からのあらゆる質問も事前に想定し、即座に答えられるように準備しました。プレゼンは1秒単位まで時間の管理にも気を配りましたね。

「世界を変えるビジネスを作るんだ」という夢に向かい、「ここまでやったなら必ず通過できるだろう」といえるほど準備に打ち込んだことが、最終的な結果に繋がったと思っています。

AIがもたらす農業と物流の未来像

―改めて、お二人が手掛ける「CLOW」事業について詳しく教えていただけますでしょうか?

仲村:物流の世界を変えたいという夢を込めて「Change the Logistics World」の頭文字から新事業を命名しました。ライドシェアサービスのUberウーバーの農業版の実現を目指しています。

農作物の量や種類といった作物情報のほか、物流会社の情報をクラウドに集約し、AIが効率的な配車ルートを策定して、農家・農業法人と物流会社をマッチングするサービスです。

―農業における物流面での課題解決を目指すサービスなのですね。

仲村:ご理解のとおりです。農作物の配送には独特の課題が多くあります。作物は種類ごとに大きさが異なりますし、腐りやすいため、迅速な対応が求められます。また、例えば「りんごと桃を一緒に配送してしまうと、りんごから出る成分が桃の腐敗を促してしまう」など、組み合わせの問題もあります。現場で知見を貯めながら事業化を進めていますが、なかなか一筋縄では解決が出来ない、骨太な課題のある領域だと思っています。

―現場の1次情報に着目しない限り、本当の課題が見えにくいのですね。

榎本:これまで農業分野では、現場の情報の集約化が進んでいませんでした。そのため、私たちも電話で営業をして、農家や農業団体にアポイントを取って直接足を運ぶようにしています。まさに「ドブ板営業」を続けながら、先ずは自ら集めた1次情報をもとに仮説を組み立てていました。

仲村:農作物の配送担当者は、これまでに培った感覚に基づいて配送の処理判断をしているという現状等、実際に話を聞くことで見えてくる課題が多くありました。これまで100社以上の農業関連の企業に話を聞いてきましたが、新規事業を進めていく上では、現場のヒアリングをベースに課題を整理するプロセスがとても重要だと思っています。

―お二人とも現場の情報を大切にされていらっしゃるのですね。

仲村:これまでの経験をふまえて、私たちの共通スタンスとしては「お客様の話を徹底して聞くこと」を大切にしています。コンサルティング会社など、第三者の俯瞰的な立場からの意見が重要な場面もあるかと思いますが、まずは「とにかくひたすらに現場に足を運ぶことでしか見えてこない解決策や突破口」があるように感じています。結局、答えを持っているのはお客様ですので。

―「CLOW」事業のマッチングシステム自体もお2人が中心となって設計されていらっしゃるのでしょうか?

仲村:そうですね。「CLOW」を始めるにあたって、自費でAIのプログラミングを学びました。今後重要になってくるのが「何が出来て、何が出来ないかを把握すること」だと考えていて。そのあたりを理解できたら、エンジニアに何を頼めばよいのかという判断もより的確になるのではないかと感じています。

榎本:私もAIに関してのプログラミングを学んでおり、CLOWのモックアップも作成しました。6ヶ月ほどかけて勉強しましたが、個人的にはプログラミングの勉強も楽しみながら取組むことが出来ました。

―実証実験の準備を進める中でどのような点に苦労していますか?

榎本:事業のパートナー探しです。農業や物流業界には長い歴史がある分、新しく何かを始めることに対して保守的な考えを持つ方もいらっしゃいます。そのため、今は若手の農家や、農業団体の中でも若手が多く集まっている会などに根気強くアプローチしながらパートナーを探している状態です。

―事業の構想に対する農家の皆さまの反応はいかがでしょうか?

仲村:ありがたいことに、 多くの方がポジティブな反応を示してくださります。その一方で、パートナー探しには苦労しています。現時点の我々が必要としているのは「一緒に事業を組成してくれるパートナー」です。そういう意味で、サービスに共感していただくということと、一緒に新しいサービスをつくる段階まで踏み込んでいただくということの間には、非常に大きな壁があるように感じています。

―今後はどのようなスケジュールで事業化を進めていかれるのでしょうか?

仲村:幸いにも、ご協力くださる方が出てきたため、既に実証実験を開始しており、できれば来年度には製品化を目指したいと考えています。

物流業界には既に多くの大手企業も参入していますので、私たちは「農業の物流」というニッチな分野を狙い、スピード感も重視していきたいですね。現在サービスを作る上で活用しているAIというのは、情報が集まれば集まるほど精度が上がるため、農業の分野でしっかりと情報を収集して先行者利益を得たいと思います。

「CLOW」の事業化を進める中で感じているのは、「既存の方法を踏襲しているだけでは、他国に負けてしまうのではないか」という危機感です。まだまだ道のりは長いと思いますが、同じような想いをもってくださるような方と一緒に、日本の農業課題を解決できるような事業を作っていきたいですね。

社内起業家としての働き方

―社内起業制度の中でも最年少で事業化に向けて走っているお二人から見て、社内起業に向いている人のマインドセットをどう考えていますか?

榎本:「自分がやりたい事を実現したい」という強い気持ちをもっている方だと思います。会社の中では少し浮いているような人に多い特徴かもしれません(笑)。あとは、ゼロからイチを作ることにあまり抵抗がないことも大事だと思います。私の場合は、立ち上がったばかりの部署で物流施設に関しての知見や経験がなかったため、前例がない中で積極的に外に情報を取りに行き、事業を形にしていくプロセスを体感出来たことは大きな経験だったと思います。

仲村:浮いている人というのは間違いないですね(笑)。起業や社内起業というのは「何かしらの夢や想いを実現するためのツール」に過ぎないと考えています。私の場合は「世界を変えるビジネスを作る」という夢に対し、社内起業というツールを通じて、会社の名前や資金といった力のサポートを得ながら事業を推進することが、最初の時点では最も効率的と思い、この道を選びました。

―会社の名前やアセットを使えるというのは大きなメリットですよね。

仲村:どこにいってもだいたいは話を聞いてくれますし、お金の心配をし過ぎなくても良いというのは、やはり大きな強みですね。いわゆる外部起業であれば、資金や信用力の面で時間や労力を割かれてしまいますが、社内起業ではその点の心配はありません。これは、社内起業制度活用の大きなメリットだと思います。

―お二人としては今後どのようなことにチャレンジしていきたいですか?

榎本:「CLOW」が成長し、日本全国で活用してもらえるプラットフォームになるまでは5年程度はかかるかなと思いますので、まずはその実現に向けて注力していきたいと思います。そして、将来的には新しい事業を生み出し続けるシリアルアントレプレナー連続起業家を目指していきたいですね。

仲村:私の目標は「世界を変えるビジネスを作ること」です。そしてその軸として考えているのがAIです。「CLOW」を「物流会社と農業法人のマッチング事業」だけで終わらせる気は全くありません。農業だけでなく、様々な分野にもサービス対象を広げて、AIの可能性を追求していきたいです。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、日々奮闘している社内起業家の方々、新規事業にチャレンジしたいと思っている人たちへのメッセージ、応援のアドバイスを頂戴できればと思います。

榎本:もし自分で「やりたい」と考えていることがあるのであれば、ぜひ挑戦してみていただきたいと思います。それぞれの環境の問題などで、いきなり起業するのは難しい場合もあるかと思います。そういった時の選択肢の1つとして、「社内起業」はとても良い選択肢の一つであると思います。新事業の立ち上げや起業という仕事が自分に合っているのかどうかを見極める手段としても、とても有効だと感じています。

仲村:まずは自身の人生をかけて登りたい山を決め、その道が社内起業と被るということであれば、取り敢えず、最初の一歩を踏み出してみるとどんどん世界が広がると思います。

編集後記

それぞれの強みを活かして事業開発を強力に推進するお二人からは、信頼できる仲間と同じ情熱を抱きながら、自らが設定した課題の解決に向けて一歩一歩着実に前に進むエネルギーを感じることができました。

現在注力されている農業事業だけでなく、今後は他の分野へのサービスの横展開や、AIを活用した更なる事業の創造など、高い視座を持っている姿も印象的でした。

社内起業制度発で、骨太な構造課題に挑んでいく「CLOW」事業の今後の展開に、引き続き注目しながら期待したいと思います。

 

取材・編集:加藤 隼、永山 理子 執筆:土橋 美沙 撮影:土井 雄介、デザイン:村木 淳之介

榎本 太一-image

住友商事株式会社

榎本 太一

2015年に住友商事株式会社に新卒入社。不動産関連の事業に一貫して携わる。立ち上がったばかりの物流施設事業部にて、営業や開発調整等の幅広いビジネス領域の業務に従事。 2019年に仲村氏とともに社内起業制度で「CLOW」事業を起案し、現在は共同事業責任者として、実証実験の推進に従事している。

仲村 将太朗-image

住友商事株式会社

仲村 将太朗

(写真左) 2015年に住友商事株式会社に新卒入社。バイオマス原燃料部でトレーディング、事業投資業務に従事する。 2017年から語学研修制度を通じてブラジルに駐在する中で、テクノロジーを活用した先進的な農業現場を目の当たりにしたことをきっかけにして、2019年に社内起業制度に応募し、「CLOW」事業が選考を通過した。 現在は事業責任者として「CLOW」事業の実証実験の推進に従事している。