Interview

【BOOSTRY】「資金調達の民主化」に挑む大企業発ベンチャー

【BOOSTRY】「資金調達の民主化」に挑む大企業発ベンチャー

野村ホールディングスと野村総合研究所のJVとして「新しい資金調達の形」を模索する株式会社BOOSTRY立ち上げの物語。同社の立ち上げ段階から事業推進の中核を担う、CEO / CTOの2人に取材しました。

異なるバックグラウンドを持つ2人の出会い

―まずはお二人のキャリアについてお聞きしたいと思います。これまでにどのような仕事を経験してこられたのか教えてください。

佐々木:新卒で外資系IT企業の日本法人で働いた後、金融業界に興味を持ちまして野村證券に入社しました。そこから2016年までは投資銀行部門で顧客企業の資金調達支援の仕事をしていました。

―どのようなきっかけで新規事業領域に関わり始めたんですか?

佐々木:転機があったのが2016年4月で、新設されたFinTechの新規事業部署で公募があり、自ら手を挙げて異動しました。そのチームの中ではグループ内から新規事業を生み出すための仕組み作りに取り組みました。そして2017年4月に、新規ビジネス創出に取り組むための戦略子会社として、株式会社N-Villageの立ち上げを起案しました。

―出島でのR&D組織のような位置づけの子会社ですよね。どのような背景でN-Village立ち上げを起案されたのでしょうか?

佐々木:やはり本体事業と新規事業は、組織としても分けたほうが良いと考えたからです。本体の中だと不確実性の高い新規事業開発に対して、腰を据えて取り組むことが難しいという課題がありました。また、私としては、実現したい新規事業の構想があったので、まずは推進するための「箱」を作ろうという発想でした。

―麻生さんの経歴と、新規事業領域に関わり始めたきっかけも教えてください。

麻生:私は新卒で野村総合研究所に入社し、インターネット専業証券会社向けのシステム開発に携わっていました。
当時のエンジニアチームの中で「イノベーション時間」のような、業務時間の何割かを割いて自主的に技術を学ぶことを推奨するような制度がありまして。その時間を利用して様々な部署の業務を手伝っているうちに、新規事業方面からも声をかけられる機会が増えました。

その流れから、徐々にN-Villageの中での新規事業の技術面のサポートをするようになりました。

―佐々木さんと麻生さんの出会いはどのようなものだったんですか?

佐々木:N-Villageの中で今のBOOSTRY事業の構想を考えていた時に、麻生がプロジェクトに入ってくれたところから始まりました。

麻生:佐々木が考えていたのがブロックチェーン技術を活用した事業構想だったのですが、自分もこれまでにブロックチェーンは触っていたので「これ出来るね!」となりまして(笑)。目指す世界観に共感したこともありまして、そこからは他のプロジェクトに見向きもせずに専念することになりました。

佐々木:構想段階のタイミングで、しっかり技術が分かる麻生を巻き込めたことは非常に良かったと思います。これは豊富な人材アセットがある大企業内の新規事業開発ならではの出会いだったと思います。

「資金調達の民主化」を目指す

―BOOSTRY社で取り組んでいる事業内容について詳しく教えてください。

佐々木:コンセプトとしては「今までにない価値を生み出そうとする挑戦者」と「その意思に共感して背中を押すファン」を繋ぐことです。ブロックチェーン技術を使いながら、新しい形の資金調達モデルを構築して、挑戦者である企業とファンを繋ぐプラットフォーム構築を進めています。

―もともとの事業構想としては、どのような起点で着想したものだったのですか?

佐々木:実は、2008年くらいからアイデアとしては考えていました。

野村証券に転職したばかりで、金融商品取引法を勉強しながら「証券会社って何だろう」と考えていたんですよね。法律上は証券取引に仲介者が必要と定義されているわけではないので、証券会社の存在は必須じゃないんです。

―そこで目を付けたのが、証券会社を通さない証券取引の仕組みですね。

佐々木:そうです。インターネット上でピアツーピアで不特定多数と通信する仕組みを作りながら、取引自体の信頼性は第三者証明することが出来れば面白いなと考えていました。当時はテクノロジーが追いついていませんでしたが、ブロックチェーン技術が出始めた時に「この技術を使えばアイデアを実現できる」と思ったんですよね。

―子会社での事業立ち上げ起案はどのような流れで進んだのでしょうか?

佐々木:新規事業として進めるには、POCをして進めていくのが一般的ですが、この領域に関してはPOCを実施することが難しかった。そのため、起案の際には「世の中の流れをふまえて、金融サービスがどう変わっていくか」ということを説明しました。

経営層も投資判断がつきにくい部分はあったと思いますが、FinTechへの注目が高まり始めた時期でもあり、まだ今後どう展開していくか明確に分からない中でも、推進を承認していただくことが出来ました。

―会社からのバックアップもあったのですね。

佐々木:野村総合研究所の中に「BOOSTRY」のコンセプトに共感してくれた役員の方がいまして。社内の優秀人材を集めてくれたりといった支援をしていただきました。麻生と合流したのもその支援がきっかけですね。

―事業の立ち上がりとしては順調に進みましたか?

麻生:当時は「仮想通貨」などの技術が世の中を賑わせていましたが、私たちは「ブロックチェーン技術で有価証券を取り扱う」という方向で試行錯誤を続けていました。

佐々木:子会社立ち上げについて日本経済新聞に取り上げられたことで、経営層や野村證券の事業部門の認知が高まって、急に追い風が吹いたという感じです。そのあたりからは、大企業の社内ベンチャーだという安心感もあってか、大手企業を中心に提携のお問い合わせを沢山いただくようになりました。

―事業開発プロセスの中で、特にどのような部分で苦労しましたか?

佐々木:まずは開発面ですが、普通のtoC向けサービス等と違って、まずは完成度が低くてもリリースしてアジャイルで進めるようなプロセスが出来ない点に苦労しました。

金融サービスだからこそ絶対にミスが許されないですし、ブロックチェーンという技術自体にも、サービスの内容自体も新規性があるものだったので、リスクを常に考える必要がありました。

麻生:システムやセキュリティ面で、非常に慎重にテストを重ねて検証を進めています。思った以上に、事業推進に時間がかかるなという実感でした。

佐々木:また、金融業界は非常に幅広く規制がかかっている業種でもあり、いろいろな観点をケアしなければいけないという難しさはあります。ただし、法律面では間違うと一発退場となってしまうので、事業スキーム構築もとても慎重に進めました。

―今後、中長期ではどのようなチャレンジをしていきたいと思っていますか?

佐々木:「資本市場を拡張しよう」というコンセプトを持っていて、具体的に拡張をしていきたいポイントは2つあります。1つは、小規模な事業法人、1次産業の事業者等に新たな資金調達方法をご提供して、脚光を浴びられる状態を作ること。

―「資金調達の民主化を支援する」ような構想ですね。もう1点はどのような構想ですか?

佐々木:大企業は資金自体にはそこまで困っていないけども、自社の顧客獲得に課題を感じていることが多いように思っていまして。「資金調達と顧客獲得を掛け算出来るような仕組み」を作りたいと考えています。

―資金調達が出来て、それ自体が企業にとってのマーケティング手段にもなり得るという仕組みですね。

佐々木:そうですね。誰でもいつでもどこでも資金調達が出来る「オンデマンド×ファイナンス」と、企業のファン作りに繋がる「ファン作り×ファイナンス」という2つの側面を考えながら事業拡張していきたいです。

金融における資金調達の事業だと、どうしても「既存の資金調達マーケットのシェアを何割取れるか」みたいな話に終始しがちなのですが、このような構想で拡張していくことが出来れば、今の資金調達のマーケットに限らずに浸食していけるような動きが出来るのではないかと思っています。

社内起業家としての働き方

―BOOSTRY社を立ち上げて運営していく中で、働き方やスタンス面での変化はありましたか?

麻生:新規事業あるあるだと思いますが、少人数のチームなので「自分がやらないと仕事が進まない」という感覚はとても強くなりましたね。

佐々木:人事や総務も含めた会社運営全般の業務をやらなければいけないのは、やはり大変だと思いましたね。ただ、働き方としては「解放された」という感覚もあります。自分が本当に「やりたい」と強く思って立ち上げた事業だったので、まさに水を得た魚のような感覚で働くことが出来ていると思います。

―大企業を母体とする事業だからこそのメリットとしてはどのような点で感じていますか?

麻生:私たち自体はまだまだ小さな会社ですが、母体としての人数が多いので、問題に直面してもすぐ相談出来る相手がいる安心感はあります。既存事業を担当している社員の中でも、新しいことが好きな人は多いので、相談すると面白がって乗ってくれる人がいることは心強いですね。

佐々木:弊社が取り組んでいる金融領域は、規制業界で法律などの縛りも多いのですが、そんな中で、これまで野村グループとして蓄積してきた知見や、様々な大企業のネットワーク等を活用させていただきながら、大企業ベンチャーだからこそ出来る戦い方が出来ています。

何もないところから独立でFinTechベンチャーを立ち上げるのは相当難易度が高いんじゃないかと思いますね。

―逆にデメリットとしてはどのような部分で感じていますか?

佐々木:野村ホールディングスの子会社ですので、弊社の事業に向き合うだけではなく、子会社として求められる業務にも取り組まないといけません。もちろん、豊富なアセットを活用させてもらうメリットが勝りますが、上手く仕事のコントロールをする必要はありますね。

麻生:自由度は高いと思っていますが、やはり外部のスタートアップほどではないです。開発の視点だと、新しいITインフラ環境を使用するときに、グループのルールを確認して、社内に相談して、という手間と時間はかかります。

佐々木:特にセキュリティ基準については、金融機関ではない弊社としては野村グループの既存の仕組みそのままだとかなり過剰な面もあり、開発のスピードと利便性に影響してしまう。弊社の場合は、麻生のように見極めの出来るエンジニアがいるので精査出来ますが、そうでなかったら非常に大変だろうと想像しますね。

―社内起業をするにあたって、どのようなスキル/スタンスセットが大事だと思いますか?

佐々木:大きく2点あると思っています。

1つ目は、自分の事業の分野については、社内の誰よりも詳しい状態であること。例えば我々であれば「金融とブロックチェーンの掛け合わせの知見」において、他にもっと詳しい人がいたら、社内議論の時点で負けてしまっていたと思います。
ただし、説明にあたってはガチガチになりすぎずに「ワクワク感を伝える」ことも重要ですね。

―あえて地に足が付きすぎないようにするイメージですね。

佐々木:そうですね。確固たるロジックは持っている前提で「その事業の未来にワクワクさせることが出来るか」はとても重要だと思います。

そして、2つ目は「その事業をやりたいと本気で思っているか」。本当に熱意のある人間を本気で止める人ってあんまりいないんですよね。「こいつ詳しいし、熱意もすごいぞ」と思われるようになると、応援してくれる人も増えることを実感しています。

―麻生さんの視点ではいかがでしょうか?

麻生:もちろん社内政治が必要な場面もあるので、常に「謙虚さを持ってオープンでいること」も重要だと思いますね。
ただ、絶対的にやりきる意志の強さもないと、事業を成功させることは出来ないと思います。自分の中で逃げ道を用意することって簡単だと思っていまして。本当に成功させたいなら、10年スパンくらいの感覚で意思を持ってやり切るスタンスが重要ですね。

―お二人自身としては、中長期でどのようなキャリアビジョンを持っていますか?

佐々木:この事業によって「世の中が良くなる」と信じていまして。

自分の子供に「お父さん、何やっているの?」と聞かれたときに「シェアの奪い合いをやっているんだよ」とは言いたくなくて。「仕組み自体を変えた」というスケールの大きな話が出来たらと思います。

麻生:今は、技術責任者として、事業を成功させることが第一ですね。それに加えて、成功事例の少ないブロックチェーン技術を社会適応させる一助になれたらと思っています。金融のインフラの部分なので、下層レイヤーで地味ではありますが、経済の根本成長に貢献出来るサービスと仕組みを作りたいと思っています。

佐々木:金融は黒子でいいと思うんですよね。黒子が黒子に徹しない社会は健全じゃない。我々はあくまで黒子のスタンスで社会の基盤を支えたいと思います。その上で、私としては少なくとも金融業界の中では「この事業しかない」と思って取り組んでいるので、言い訳をせず、逃げ道を作らず、向き合っていきたいですね。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、日々奮闘している社内起業家の方々、新規事業にチャレンジしたいと思っている人たちへのメッセージ、応援のアドバイスを頂戴できればと思います。

佐々木:先ほどの話の中でも出てきましたが、やりたいことがあるのであれば、その領域に関しては社内で自分が1番詳しくなった上で、世の中を良くしていく絵を描くことが大事です。それが出来ていると事業を動かしやすくなりますし、自分のモチベーション自体も高く保てると思います。

麻生:社内でやりたいことがなくて転職する人は多いですよね。でも、本当にやりたいことがあるなら社内起業すれば良いと思います。特に大企業であれば社内起業のメリットは非常に多いので、それを活かさないのは損だと思います。
もちろん苦労もありますが、自分の本当にやりたいことを実現していくプロセスってやっぱりすごい楽しいんですよ。
ですので、新規事業に取り組んでみたい人には、とにかくまずは自分の「やりたい」の想いに従って、第一歩を踏み出して欲しいと思いますね。

編集後記

野村グループ発の子会社として事業を立ち上げて「資金調達の民主化」と「資金調達によるファン作り」の仕組み作りに挑む、株式会社BOOSTRYのお二人に取材しました。

取材中のお二人の言葉の強さから、自分たちの「やりたいこと」と「信じている未来」に対して強い想いを持って、向き合い続ける意思と覚悟を感じました。

挑戦者の資金調達の未来を変えるためのチャレンジを続けるBOOSTRY社の今後の展開に期待したいと想います。


取材・編集:加藤 隼 執筆:池野 花 撮影:川上 裕太郎 デザイン:村木 淳之介

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株式会社BOOSTRY CEO

佐々木 俊典

新卒で外資系IT企業に入社。 中途入社した野村證券株式会社では長期にわたって投資銀行部門に所属。 2016年よりFinTechの新規事業チームにて、グループ全体のイノベーション創出の仕組み作りに従事。 2017年にイノベーション推進のための戦略子会社としての株式会社N-Villageの立ち上げを推進。 その後、株式会社BOOSTRYの立ち上げを推進し、CEOに就任。

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株式会社BOOSTRY CTO

麻生 祥仁

新卒で株式会社野村総合研究所に入社。 インターネット専業証券会社のシステム開発に携わった後、株式会社N-Villageの技術面のサポートを担当。 同じく株式会社BOOSTRYの立ち上げを推進し、CTOに就任。