Interview

【ライオン_RePERO】オーラルケアを起点に企業カルチャーを変革する

【ライオン_RePERO】オーラルケアを起点に企業カルチャーを変革する

ライオン株式会社(以下、ライオン)の変革を目指す “イノベーションラボ” 発の新規事業「RePERO」立ち上げの物語。同社において前例のなかったアプリサービス型の新規事業を立ち上げた裏側には、製品開発キャリアから新規事業開発に飛び込んでチャレンジした社内起業家の存在がありました。全くの未経験であった新規事業をどのように推し進めたのか?その立ち上げのストーリーを取材しました。

研究員としての課題感から新規事業に挑戦

―まずは石田さんのキャリアについてお聞きしたいと思います。ライオンに入社してから経験してきた業務について教えてください。

2004年にライオンに新卒入社しまして、基礎研究の部門で育毛剤の研究をしていました。「薬用毛髪力ZZ」など育毛剤の有効成分を探索するという研究です。そこで3年間研究をやった後に、医薬品の製品開発研究の部所に異動して「バファリン」のような錠剤の製品開発を中心に担当しておりました。

―薬品の製品開発研究の仕事はどのくらいの期間やっていたのですか?

2017年までの10年間です。

2016年末頃から今の「イノベーションラボ」の前身となる組織で「モノコト作り革新プロジェクト」というプロジェクトが立ち上がりまして。従来のモノ作りばっかりじゃなくて「体験価値作り・コト作りをやっていかなきゃいけないね」という考えで立ち上がった組織だったのですが、その流れで中堅研究員が集まって新規事業を考えよう、という有志のプロジェクトが立ち上がったんです。

―既存業務と兼任で手挙げ式で始まった形ですか?

そうです。私はそのプロジェクトに2017年から携わって、「RePERO」事業の構想を提案したところ「面白そうじゃないか」ということで薬品研究の仕事から離れて、専属で進めることになったんです。

―これまでは研究畑を歩んできた中でいきなりのチャレンジですよね?

そうなんです。事業開発なんて全く経験したことがなくて、自分に合うのか不安に思うところもありましたが、始めてみたら意外と面白くてハマっていきました。

―もともとはどんなモチベーションで手を挙げて起案したんですか?

自分自身としても、これからの研究員は「コト作りも一貫して考えられるようにならなきゃダメなんじゃないか」という思いを持っていましたので、プロジェクトの方針に共感して手を挙げてみた形です。

「顧客の声」から事業機会を見出す

―「RePERO」事業について掘り下げていきたいと思いますが、まずは改めて事業の概要についてご紹介をお願い出来ますでしょうか?

「RePERO」は、舌の画像を撮影して判定ボタンを押すと、人工知能(AI)を活用して導き出したアルゴリズムによって、5段階で口臭リスクを判定する仕組みです。判定結果とともに口臭ケアの方法や口臭に関する豆知識などを提供します。

現在は企業に対して「従業員の口臭ケア対策をサポートするBtoBのサービス」としてソリューションを提供しています。対象となる企業は例えば、接客業等の口臭ケア対策を課題に捉えているような企業です。

正しいオーラルケアの情報を提供しながら、オーラルケア行動を実践してもらって、アプリによって効果の可視化をします。その可視化によって、正しいオーラルケア行動が定着していって、結果的にコミュニケーションの活性化に繋がったり、健康意識の増進という貢献を狙っています。

―構想段階ではどのような事業機会に着目したんですか?

当初の着想の背景には、弊社として長年オーラルケアの製品を作ってきた中で品質の良さでお客様の口臭対策に貢献してきたという実績があります。一方でお客様の声を聞く中で「本当に自分が口臭ケア出来ているか不安に思ってしまう」という方も一定数存在していることが分かりました。

―なるほど。そこで「可視化」に注目したんですね。

そうです。既存事業で品質の良い製品を出すこととあわせて、そういった不安を取り除くためのアプローチとして「可視化するソリューション」が必要ではないか、と考えました。そういった方々の不安を軽減して「心の底からコミュニケーションを楽しめる世界を作りたい」という想いから、この事業を立ち上げました。

―形がアプリサービスということで初めての経験ばかりだったと想像しますが、特にどのような点で苦労しましたか?

まず技術の面で言うと、この課題とニーズ自体はずっと前からあったのに定着してこなかった背景を考えると、誰もが持っているデバイスで気軽に使える必要があったんです。

そう考えるとやはりスマートフォンかなと考えたんですけど「本当にスマホで口臭チェック出来るのか」という部分のハードルがとても大きかったです。スマホで撮影する画像と口臭の関連性について何千枚もテストして法則性を見出して、AIに読み込ませるというプロセスが、技術的には非常に大変でしたね。

そしてもう1つは、やはり社内で提案を通すための調整ですね。

―社内での承認プロセスも整備されていなかったような状況でしょうか?

そうなんです。特に弊社としては「RePERO」のようなアプリ系のサービスを独自に開発して事業化したことが無かったので、品質保証等のルールも前例がなかったんです。ですので、自分で逐一合理的な説得材料を作って「これで進められるでしょ」という感じで理解してもらった、というプロセスでした。

―石田さん自身もアプリ・ソフトウェア開発には馴染みが少ない中で、とても大変な作業だったと想像します。

そうですね。自分で他社の事例を読み込んで学びながらやっていきました。

開発の面では、自力で開発したらスピードも遅いし良いものも作れないと思ったので、信頼出来るパートナーを探して委託して、自前にはこだわらないようにしました。丸投げではなく、自分でもちゃんと技術は理解した上で、プロダクトの意思は持つようなイメージですね。

―サービスをローンチしてからの反響はいかがですか?

「着眼点としてはとても面白いね」ということで、ありがたいことに非常に多くの企業様からお声がけはいただいています。ただ、興味を持つことと実際の導入の間には大きな壁がありますので、そこのハードルを乗り越えるために継続してブラッシュアップしているという状況です。

―新しい体験を提供するソリューションならではの苦労がありそうですね。

顕在化してるニーズではなくて誰も経験したことがない「新しい体験価値」を提供しようとしているので、提案されても「まだ分からない、イメージしづらい」というお客様が多いです。その潜在ニーズを啓発しながら起こしにいく、という作業ですね。

―営業活動をする中で、当初想定していなかった意外な反応等もありましたか?

我々としては「従業員の方のオーラルケア意識の向上やコミュニケーションの活性化に貢献したい」と思っているんですけど、例えばですが「自社のヘルスケアプロダクトを売るための販促ツールとして使いたい」といったニーズもありましたね。

そのような引き合いもあることから「新規性があって、目を引くソリューションであろう」というような期待も寄せていただいているのかな、とポジティブに捉えています。

―今後の拡大戦略としてはどのような展開を考えてらっしゃいますか?

まだ立ち上がったばかりですので、まずは顧客企業様が「このサービスをどのように使ってくださるのか、どこが良かったと言ってくださるのか」というフィードバックをしっかり取っていきたいです。その上で「攻めるべき領域はここだ」という見極めを精度高くやっていきつつ、お客様の要望に合わせて、サービス自体もどんどんアレンジしていきたいと思っています。

社内起業家としての働き方

―1人で慣れない業務もこなす中で大変だと想像しますが、石田さん自身どのようなモチベーションで立ち向かっていますか?

初めての経験ばかりで試練も多くて大変ではあるのですが、例えば営業の提案力であったり、これまで磨いてこなかったスキルが日々上がっている感覚がありまして。その自分自身の成長を楽しみながらやれていると思います。

あとは、新しいサービス・商品を考える研究の立場で考えても、この事業の経験によって、反省と学びがたくさんあります。過去を振り返って、やっぱりお客様と直接話して「本当に求めるものは何だろう」というニーズの発見から、最後の作り上げるところまでを一貫してマネジメントするような気持ちでやらないといけなかったな、と反省しています。

―研究員としてのさらなる成長も感じてらっしゃるんですね。

そうですね。仮に今後また研究開発の仕事に戻ったらやり方は全然違うだろうな、と思っています。今でも既存の研究所との交流があるので、そういったイノベーションの文化や経験を伝えていく、波及させていくっていうのは、私の1つの役割でもあるかなと思います。

―主に「顧客の捉え方の解像度」という部分でしょうか?

まさしくそうですね。「意外にこういう使い方をされるんだ」という驚きだったり「リサーチデータでは見えない本音」みたいなインサイトだったり「最後の流通まで考えた製品設計」であったりとか。

以前に私が製品開発の研究をやっていたときは、品質や安全性の保証といった部分に主眼を置いていたので、実際のお客様の使用シーンに対する想像力が弱かったと思っています。そういった部分をより強化出来ると、もっと良い製品開発が出来るんじゃないかな、っていうのを実感してるところです。

―大企業の中で新規事業に取り組む中で、良いことも悪いこともあると思いますが、石田さんが考えるメリット・デメリットについて教えていただけますでしょうか?

まずメリットとしては、弊社は創業120年以上にわたってお客様に寄り添う製品開発をしてきたので、その信頼感は非常に強いと思います。その看板に助けられながらやれている、という部分はあるかと思っています。

デメリットとしては、逆にこの伝統が足かせになる部分もあります。長年積み上げてきた製品開発・品質保証の考え方や承認プロセスは従来のモノ作りに最適化されてきているので、それをベースに新規事業にも当てはめようとしてマッチしない、ということはあったと思います。

―伝統と信頼があるので、リーンスタートアップ的なアプローチは理解されづらそうですよね。

そうなんです。もちろん弊社の中でも「例外として扱う方がいいものはあるよね」ということは分かっていて、スピードとリスクのバランス等の観点で、新規事業にフィットした承認プロセスを設計している最中ですね。まさに今走っている事業をケーススタディにしながら考えている、という状況です。

―企業内新規事業家として活動するようになってから大事にするようになった考え方・哲学はありますか?

弊社社員の行動指針の中に「粘り強くやり抜く」という指針があるのですが、新規事業に関わってから、改めてその重要さをすごく実感していまして。

やっぱり新規事業を始める前って「こんなの絶対上手くいかないよ」って言われたりするんですが、やってみたら意外と出来たりとか、技術的に躓いても必死に考え抜いたら意外にアイディアが思いついたりとか、そういう経験が何回もあって。だから、粘り強く考え抜いたり、実際に行動して何回も検証するようなバイタリティは非常に重要だと実感しています。
そういう人が新規事業に向いてるんじゃないかな、とも思いますね。

―石田さん自身は、新規事業に関わる以前からそのようなスタンスだったんですか?

製品開発研究をやっていた頃も「これはダメだ」という状況で諦めないで考え抜いたら起死回生のアイデアが出てきたことはありましたが、新規事業をやると、もっとすごい修羅場が頻度高く出てくるんですよね。それでも「乗り越えられるはず」と思いながらやってるとやっぱり乗り越えられるので、その気持ちを忘れちゃいけないな、ということをより強く実感しています。

―個人のキャリアとしては、今後どういう方向に進んでいきたいと思っていますか?

まずは「RePERO」事業をしっかり検証して、ちゃんと拡大する事業にしていきたいです。この事業検証を成功させた上で、新しい事業部になるのか新会社になるかは分からないですが、事業運営の土台を整備して、リーダーとしてやっていきたいと思っています。

そこから派生して、自分の手で「生活者の健康ケア習慣の変容」といった領域に貢献出来る事業を作り出していけたら理想ですね。

社内起業家へのメッセージ

―最後に、日々奮闘している社内起業家の方々、新規事業にチャレンジしたいと思っている人たちへのメッセージ、応援のアドバイスを頂戴できればと思います。

やっぱり「新規事業を創る」というのは、誰もトライしていない領域であることが多くて本当に分からないことだらけなので、いろんなトラブルに遭遇したり、技術的なハードルにぶち当たったり、社内での調整で悩んだり、といった苦労は、絶対に誰でも経験することだと思います。

ただ、そうやって本気で悩むからこそ、苦悩を乗り越えられた時に個人としてもすごく成長するということを、私自身強く感じています。苦しいことが多いですが、その分得られるものも非常に多いと思うので、それを励みに頑張ればいいのではないか、と思いますね。

所属している組織や会社は違えども、新規事業をやる仲間だと思いますので、一緒に頑張って世の中に貢献出来るようなものを一緒に創り上げていきたいなと思っています。

編集後記

研究員から社内起業家へと転身した石田さんへのインタビューでしたが、「新規事業開発の経験を経た上での研究開発のあるべき姿」など、研究開発・商品企画の仕事においても参考になる部分がある内容だったかと思います。

後日談として、この取材の後、本メディアで以前に取材したココネット株式会社をお繋ぎして「RePERO」の導入を決めていただくという、incubation inside編集部としても非常に嬉しいニュースもありました。

オーラルケアで企業のカルチャーを変革していく「RePERO」事業の今後の展開に、引き続き注目したいと思います。


取材・編集・構成:加藤 隼 撮影:川上 裕太郎 デザイン:古川 央士

石田 和裕-image

ライオン株式会社

石田 和裕

2004年に新卒入社して育毛剤の基礎研究に携わった後、医薬品関連の製品開発研究に10年間従事。2017年に「RePERO」事業を起案し、2018年に設立したイノベーションラボに異動し、同事業の責任者として事業立ち上げを推進。